最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

横浜ベイブリッジ

2016年5月

5/2/2016/MON

そこに絵があるだけでは絵を見ない

絵を見るのが好きで、よく美術館や百貨店の展覧会へ行く。でも、いまだに絵の見方がわからない。好きか嫌いか、でしか見ていない。そもそも自分がなぜ絵を見ることが好きなのかが説明できない。


中学校の美術では、作品を作るだけで鑑賞する時間はなかった。絵の見方、名画と言われる作品の、どこがスゴいのか、を教えてほしかった。にもかかわらず、中学二年の3月には9科目の全県試験があった。画家の名前を問題にすることはなかったが、複数の作品から構成や技法の共通するものを見つける問題があった。

どう準備すればいいのか、わからず、何も準備しなかったので、高校入試にも25%の影響がある大事な試験で美術はひどい点数だった。

高校三年生の時、大学受験のために、文学も美術も、ひたすら人物名と作品名を暗記した。

世界史の先生は、「大学へ入ったらぜひ覚えた作品を見てください」と勧めてくれた。だから、いつか見るぞ、というつもりで覚えた。美術作品は見るだけで済むので、暗記を補強するために図書室で画集を眺めた

といっても、文化史で頻出する画家や作品ではなく、なぜかは説明できないけれども、自分が気に入った作品ばかりを眺めていた。


絵を見るとき、題材や構図よりも、色に関心を寄せていることに最近気づいた。絵を見ているのではなく、色を見ている

では色だけを見ているか、というと、そうでもない。マーク・ロスコのように色だけの表現も好きだけれど、人物画風景画宗教絵画にも好きな絵はある。

どんなに有名な作品でも混んでいるところへは行きたくないので、絵を見たいのではなくて、静かなところを求めて美術館へ行くのかもしれない


5/3/2016/TUE

政治に善悪はない - 政治の無価値性ということ

皇居正門石橋旧電飾燈

Twitterやネット上の言論を見ていると、安倍首相は悪、SEALDsは善、と断言している人を見る。憲法改正は悪、護憲が善という説も。

こういう論法には賛成できない。政治の世界を、普通/異常、善/悪、友/敵、という対立の図式でとらえるのは危ない。

政治とは、もう少し詳しく言えば、政治的判断や政治的合意とは本来、価値のないものであり、善悪や真偽を問うものではないはず。

さまざまな意見を持っている人々が、議論をしながら、より良いものに近づいていく営為をデモクラシーと呼ぶのであれば、普通かどうかを相手に決断を迫ることは、一つの意見の押しつけになる。それでは、憲法解釈を無理やり変えて国民に押し付けた首相と違わない。


政治の無価値性については、以前、長谷川宏『丸山眞男をどう読むか』の感想で次のように書いた。

   誤読といえば、長谷川は、政治の無価値性という点についても誤読している。丸山は、政治はそれ自体には価値はないが、芸術や学問には固有の価値がある、なければならない、と考えている。これに対し長谷川は、「芸術や学問と歴史的・社会的現実との関係を問うに当たっては」、芸術や学問に価値をおかない可能性を探るべきだと述べる(『どう読むか』「第五章 思想の流儀」)。
   長谷川が歴史的・社会的現実と関係があると考えるものこそ、表面的には学問芸術にみえても、丸山のいう政治というものではないか。政治は、合意と決断の産物。歴史、社会、民意、為政者の意図、そうした諸要素の絡まりあいから導き出される。だからそこに普遍的な価値はない。結論はその都度その都度、状況に応じて変化する。
   学問や芸術は、本来、妥協や意志とは異なる。妥協に抗して求める、あるいは意志に反しても求めてしまうものではないか。もちろん学問や芸術も、時代から離れてはありえない。だからこそ、それに抗う。時代の制約との孤独な戦いから真理と美が生れる。政治は、時代をつくるため、現実という制約のなかで決断を繰り返す。肯定的な言葉を使えば、政治とは「英知」の世界といえる。
   丸山も「政治の世界」のなかで政治の無価値性と英知について書いている。

憲法もそれ自体に明記されているように、改正することができる法律であり、改正を主張することは、一つの政治的主張であり、改正しないことを主張することと価値的に違うものではない。

いわゆる護憲派の人たちには、情緒的な主張をする人が少なくない憲法改正を唱える人をまるで悪魔のように非難する。そういう敵対意識から政治的合意は生まれない。

外交を見ればわかるように、感情的になるほど合意は遠ざかる。


政治とは、主張であり、議論であり、手続きであり、そうした一連の過程がまとまった段階で、判断が下り、執行される。

政権の方針に異を唱えたいのであれば、徹底的に議論すべき。感情的になるのは政権を利するだけ。感情的になれば、政権は粛々と手続きを進める。

市民団体ならともかく、国会にいる野党はもっと理詰めになってほしい。

感情論で政治を動かせると思うことは、解釈で憲法を変えられると思うことと同じくらい危険なことと思う。


ふと見かけたツィートへの疑問から思いつくまま長々書いてしまった。それでも内容は、憲法記念日にふさわしいか


写真は、江戸東京たてもの園、皇居正門石橋旧電飾燈。


5/4/2016/WED

つまらない大人

「つまらない大人にはなりたくない」と歌っていた人が「つまらない大人」になった。いわゆるブーメランという奴。

盗作をした「つまらない大人」がいつまでも市場に残っていることに腹がたつ。

出版界では、盗作は命取りになる。事実、干された人は少なくない。

その点、音楽業界は甘いのではないか。オマージュとかインスパイアとか、言い訳をいろいろ聞く。実際のところ、多くは盗作、いわゆるパクリ。


でも、アルバムの名前から、収録された曲の名前や編曲までもほぼ同じという悪事は、聞いたことがない。ショックだった

彼が発表したクリスマス・ソングは、John Lennon, "War Is Oer"とコンセプトが全く同じで新味がなかった。


後日、本人が言い訳しながら詫びた、と聞いてさらに失望した。詫びた、ということは確信犯だったということだから。詫びるくらいなら、二度と歌わないとか再販しないとか、そういう償いがあるべきではないか。

「いままでのキミは間違いじゃない」という歌詞も、もし自分自身に向けて言っているとしたら、冗談にもならない。

ネット上では、熱心なファンほど擁護する傾向があるけれど、どうしても私には納得できない。「ファンです」と言うことが恥ずかしくなった。

「さよなら革命」と歌っていたくらいだから、「売れさえすれば中身は何でもいい」「産業音楽」に転向したのだろう。本人はまだアーティストのつもりのようだが。


こんなことにこだわっている私のほうが「つまらない大人」なのだろうか。


5/5/2016/THU

葉山公園

葉山公園から長者ヶ崎 葉山公園から江ノ島

連休に帰省した。家族は、予備校、部活、弁当作りで忙しいので一人で帰った。飛行機で行くほど遠いわけではないが、20年以上、東京暮らしに慣れてしまうと隣の県でも遠く感じる。

実家まで帰ると、海を見ずに帰るのはもったいなく感じる。東京で海から離れた場所に住んでいるので、ときどき「海を見たい」という飢餓状態になる。

かわいい甥姪が帰ってから、年老いた両親を誘い海を見に行った。実家の住所は横浜でも、一山越えれば鎌倉と逗子。海は近い。ここまで来て海を見ないで帰るのはもったいない。連休に人の多い鎌倉は避けて、逗子からバスで葉山公園へ行って海を見た。風が強く、波も高い。

これは正解だった。県立葉山公園も、駐車場は空いていた。


強風と高波のさなか、サーフボードを抱えて泳いでいく人が三人見える。勇気があるのか無謀なのか、素人にはわからない。無事を祈りつつ、バスで駅まで帰る、今度は山周り。十代の頃、スクーターで何度も通ったトンネルや、逗葉新道の入口を過ぎる。

逗子と葉山はいい。連休でも人出は大したことない。

駅前でよく行く店を覗くと予約で満席。隣の店へ初めて入ってみると感じもいいし、味もいい。観光客向けの高い店やメニューの多い鎌倉に比べると価格も安い。

17時を過ぎて店に入り、シコイワシのマリネをつまみながらワインを呑む。しばらくすると、誰もいなかった店に常連客が入ってきて店の人と世間話をしている。こういうところが、ガイドブックに掲載されている鎌倉の店と違う。

連休は逗子にかぎる。


写真は、葉山公園で撮影。一枚は東側、一枚は逆光の西側。


5/6/2016/FRI

手書きメモ

手書きのメモ帳

日記の手書きは全く書いていない。机の真ん中にパソコンを置いてあるのがよくない。

手書きのメモ帳はたくさん書いている。60ページのメモ帳をすでに4冊使い切った。

推敲のアイデアは、電車に乗っているときや、歩いているときに思いつくことが多い。思いついたら、すぐにメモ帳に記入する。そういうアイデアは、ふとひらめくものなので、書いておかないと帰宅したときには忘れている。

電車では、自分が書いた文章を読み返すことが多い。誤字脱字を見つけたら、やはりメモしておいて、帰宅後に修正する。そもそも私の文章は、Twitterでも『庭』でも誤字が多い。投稿する前にちゃんと読み返していないから。この癖は治さなければいけない。

メモは、まず帳面の左端に○を書く。ファイルに反映させたら、○に斜線を引いて「完了」の印にする。

メモ帳は動きながら書くことが多いので、文字はひどく汚い。人様に見せられるようなものではないが、出してみる。


5/7/2016/SAT

昭和へ還る

実家へ帰ったあとは疲れが残る。元気とはいえ気分が頻繁に変わる高齢の両親の相手をしたせいもあるし、単に呑み過ぎと夜更かしのせいでもある。それから、気持ちの表には出なくても、あの家に帰ると「あの頃」を思い出してしまい、心が重くなる


昨日は研修のあと、ひどく疲れていて気分が落ち込んでしまい、「終わり」のことばかり考えていた。こういうことは久しくなかったのに。

重い足を引きずり日本橋三越で『昭和のスターとアイドル展』を見に行った。

壁いっぱいに飾られた70年代から80年代のレコードのジャケットを見ているうちに、なぜだか気持ちは次第に穏やかになっていった。「懐かしい」と思うことは、気持ちを落ち着かせる効果があるのだろうか。

昨日は3週間ぶりの診察。書類の申請のため月末と月初に診察を受けている。月末に書類を出して、月初に医師の押印のある書類をもらう。


気持ちが落ち着いているようなら、抗うつ薬を減らして、極度な高揚を抑える薬だけにしましょうか。

「減らすのではない。落ち込みを抑える薬を減らし躁状態を抑える薬に切り替える」という方針という。「減薬」の提案を初めて聞いたと思って喜んだのは一瞬のぬかよろこびだった。


今夜は、NHKテレビで『ブラタモリ」に続いて、真島ひかりが黒柳徹子の半生をテレビの歴史とともに演じる『トットてれび』を見たあと、『昭和のスターとアイドル展』の感想を書く材料にと思い、YouTubeで『ザ・ベストテン』で検索して昭和50年代後半の映像を探した。


いくつかの番組を見ているうちに、展覧会では気持ちを穏やかにしてくれたはずの歌謡曲が、ずっしり心を押さえつけてきた。「懐かしい」どころではない

何であんなことになったのだろう
何であんなことを言ってしまったのだろう
何であの一言が言えなかったのだろう

おきまりの鬱フレーズが心を満杯にして、つい一昨日の気持ちに逆戻りした。心が落ち着いた理由も、再び沈み込んだ理由もわからない。

S先生には「少し落ち込んでも自分でも戻せるようになってきました」と言ったばかりなのに。

こういう乱高下を自分で制御できるようになりたい。


『ザ・ベストテン 1980-81』を聴きながら、いまの気持ちを率直に書いてみた。明日、『昭和のスターとアイドル展』が書けるか。いまは自信がない。今夜は、ひとまず寝る。

よく眠れば、明日は書けるか。


5/9/2016/MON

言葉一つで

この週末はきつかった。久しぶりに強烈な鬱が襲ってきた。夜、寝床についてから、『庭』もTwitterも辞めてしまおうと思ったほど

朝はいつもより遅く起き、Wii Fitのヨガもサボり、それでも、事業所へは出かけた。

午後、昨年11月に面談した臨床心理士との面談を予約していた。

まず、前回、取り乱したことを詫びてから、今の状況を伝えた。


これまでの職歴と技能を活かせる仕事が必ずあるから、いろいろな立場の人に相談しながら、焦らず、じっくり探すように、と励まされた

先週、S先生にも同じように声をかけてもらった。

誰かに認めてもらう、励ましてもらうということは、本当にありがたい。満ちた潮が次第に引いていくように、真っ暗で憂鬱な気持ちが消えていく。

何かが変わったわけではない。言葉をかけてもらっただけで、気持ちが変わる。

あちら側へ行ってしまうかどうかは、ほんの言葉一つ、紙一重の行き違いで決まってしまう

そこが人間の素晴らしいことでもあり、また、悲しみをもたらす矛盾でもある。


5/10/2016/TUE

気分不安定

昨日は、ちょっとしたお祝い事のある日だった。昼間のカウンセリングで励ましてもらったけれども、申し訳ないことに不安定な気持ちのままで帰宅して、家族が準備してくれた祝賀ムードを壊してしまった。

就職活動を始めたばかりで、不安が先立つ。

   仕事、見つかるのか
   仕事、こなせるのか
   仕事、働きがいは見つけられるか。
   仕事、暮らしていけるのか

いっそ活発に動き出した方が、不安は減るだろう。

それにしても、気分の乱高下は振り回される周囲にも申し訳ないのはもちろんのこと、自分にとっても、疲れてくたくたになる。海水浴と素潜りを繰り返しているような感じ。


5/11/2016/WED

ハローワーク

就労移行支援事業所の近くにハローワークがある。2週間前、就職活動を始めるために行き、一般的な、つまり障害者枠でない仕事を探すための登録は済ませ、カードをもらった。

ただし、障害者枠の求人を検索するためには、居住地域を管轄するハローワークで、今回とは別に登録しないといけないと言われた。そこで、地下鉄に乗り、別のハローワークへ行った。

すると今度は、障害者枠での就職活動には医師の同意書が必要と言われた。

聞いてないヨ〜!

思わず、口にしそうになったところを堪えた。お約束のお役所仕事。そう自分に言い聞かせた。

一人一人の担当者は親切で丁寧に仕事をしている。でも、いつも何か足りない。思い出せば、私の仕事ぶりがそうだった。きちんとやっているつもりが、何か抜けている。何度注意されても、誤字脱字や数字の間違いが報告書に残っていた。どんな条件で働くにしろ、これは治さないと


S先生に依頼して、同意書を作成してもらった。

同意書を居住地域を管轄するハローワークへ持参して、ようやく障害者枠での登録ができた。


写真は、都電、踏切からの風景。線路の幅が、狭軌のJRとも標準軌の京急とも違うような気がした。

調べると、変則的な1372mmだった。JRは1,067mm、京急新幹線は1435mm。こういう知識を昔とった杵柄というのか。


5/12/2016/THU

障害者手帳の特典(福祉サービス)

障害者手帳のおかげで都営地下鉄都バス都電が無料で乗れるようになった。運賃が割高なので、これまでは極力使わないようにしてきた。

使ってみると、都営交通は至極便利。山手線の内側は、ほとんど行きたいところへ行けそう。もっとも時間は余計にかかることもままある。

昨日は、就労移行支援事業所を出てから、下の通りに乗り継ぎをして無賃で用事を済ませることができた。最後に山手線の駅に着いて、そこから帰宅した。

地下鉄→地下鉄→都電→ハローワーク→都バス→都電→都バス

二度目の都電は、一駅だけ乗車。上の乗り継ぎで運賃を払うと1,000円近くになる。時間も、営団地下鉄やJRを使えば半分で済むだろう。

いまは時間には少し余裕がある分、倹約が必要なとき。これからの就職活動でも都営交通に応援を頼む。


5/14/2016/SAT

修学旅行の苦い思い出

中学三年生の修学旅行は三泊四日、最終日が5月9日だった。なぜか、日付をはっきり覚えている

夜、消灯時間が過ぎて寝ようとしたところ、女子生徒が何人か部屋に入ってきた。パジャマでなくて、学校指定のダサいジャージ、通称「いもジャー」姿だった。

電灯をつけて同室の男子とおしゃべりをはじめた。そのうち誰かが電灯を消した。

点けたり消したり。そのたびに「触らないで」だの「触ってねぇよ」だの、終いには、キャーキャー笑い声が聞こえた。

私は布団にもぐったまま黙っていた。


そのとき小学校が同じだった女生徒の一人が声をかけてきた。何と言ったかは覚えていない。「一緒に楽しめばいいのに」。そんなようなことだった。彼女とは、小学校のときは仲がよかった。彼女が他の女子生徒を先導して男子生徒を数人誘い、バレンタインデーにピクニックに行った。女の子たちがお弁当を作ってくれた。

生返事を返したまま、布団からは出なかった。その10日ほど前にちょっとした出来事があり、もっともそれは、修学旅行などどうでもよくなるような、「ちょっとした出来事」だったので、誰かと話をする気にもなれず、早く眠ってしまいたかった。

それに、何よりも、教員が巡回してきて、消灯後でも起きていることが知られ、廊下で正座させられたり、平手打ちされるのが、私は嫌だった。怖かった。いつ、そうなってもおかしくないのに、楽しそうにおしゃべりを続ける同級生の気持ちが理解できなかった。


修学旅行後に書いた作文がひどいものだった。「我が学級は規律がなってない。集団行動ができていないし、規則も守っていない」。何様のつもりでそんなことを書いたのか。学級委員様だったからか。同級生とスリルを楽しむこともできず、女子生徒と親しくなることなどできるはずもなく、ただ支配する側に屈服していたことは間違いない

三年生の後期。中学生活も最後だからと思い、自分から学級委員に立候補した。誰かが他の人を推薦して、投票で私は落選した。新しい学級委員は、夜の部屋を仕切っていた男子生徒だった。投票で委員に落選したのは初めてだった。立候補しておいて落選したのは惨めだった。

誰からも期待も信用もされていないことに、二学期になってからようやく気づいた。教室では、いつも一人だった

あるとき、夜の部屋で声をかけてきた女子生徒が、教室の隅で窓辺にもたれてぼんやり外を見ている私のそばに来た。

あなた、変わっちゃったわね。小学生のときはあんなに明るかったのに。

そんなことを言われた気がする。

変わらないはずがないだろう。

そう言い返すこともできず、黙っていた。彼女とは中学校を卒業してから会ったことがない。


松田聖子の「天国のキッス」を聴くたびに、同じことを思い出す。四月から五月は、一番好きな季節。でも、こういう思い出もある。毎年、この時期になると思い出す。

確かに、中学三年生の頃、私は暗かった。弱かった。醜かった。そして、いつも悲しかった


5/16/2016/MON

岩波文庫 私の三冊

岩波文庫

Twitterで「お題」が回ってきたので、考えてみた。多読とはとても言えない読書量なのですぐ決められると思ったところ、意外に時間がかかった。

前に選んだ10冊の文庫本と重ならないようにした。シバリをつけたために、思いのほか選択に悩んだ。

以下は、『日本近代文学評論選 (明治・大正篇) 』に所収されている文章の一部。


5/17/2016/TUE

辞めた会社のこと

2年前に辞めた会社の株価が上場来高値の1/4になってる。

決算報告書を見たら2年続けて赤字。粗利率も、業界では健全と言われる数字をはるかに下回ってる。

技術は業界のなかで先行していたのに、市場が拡大した分、薄利多売で儲からないビジネスモデルに陥っているのかもしれない。

これで本社の幹部が誰も辞めないのだから、不思議でならない。こんな業績ではレイオフがあってもおかしくない。日本支社は大丈夫だろうか。こちらから同僚には連絡してはいないので、様子はわからない。

追い出された形だったけれども、辞めてよかったか。塞翁が馬? そう言えるかどうかがわかるのは、まだまだ先。


5/18/2016/WED

「一緒に過ごす」ということ

就学前に、どれだけ一緒に過ごしたかということが、後々の親子関係に大きく影響を与える。子と親の両方を経験した実感。

ただし、「一緒に過ごす」と言うのは、近くにいることや時間が長いことだけを意味しない。

たとえば、親が単身赴任でも、一緒に過ごす週末を、それが月に一度でも、濃密にすることもできる。たとえ亡くなっていたとしても、「こんな人だったよ」と周囲が伝えれば、心の中で一緒に過ごすことができる。

これは親子に限ったことではない。


でも、心のなかでしか一緒にいられないことに気づくのは、やはり、悲しい

悲しいときには、悲しむほうがいい悲しみを分かち合える人と悲しむ。それがいい。悲しみを分かち合えないことが、一番、悲しいから。


烏兎の地図--庭園案内板(さくいん)

悲嘆の項


5/19/2019/THU

親子で過ごす時間

子どもが大きくなってきて、ふと気づいた。。家族旅行ができる期間は意外に短い。

生まれてから小学校入学までが6年、中学入学までが6年、高校卒業までが6年。言うまでもなく、あとになるほど、部活にしろ、勉強にしろ、あるいは友だちとの交際にしろ、子どもは自分の活動を拡大していく。それだけ、家族全員で旅行することは難しくなる。

かといって、あまりに幼いと記憶は親にしか残らない。それでも、家族みんなで行った、という事実は残る。写真と思い出が残れば、子の記憶にあとから刷り込むこともできる。

母は、「あのとき無理して大阪万博まで連れていってよかった」とたびたび言う。私はまったく記憶にないけれど、「太陽の塔」の真下で、母親にしがみついて泣いている写真が残っている。経済的にも体力的にもかなり大変だったらしい。

私も、行けるときに無理して、NBA観戦に連れて行ってよかった。息子は小学校六年生、娘は中学二年生だった。テーマパークでもどこでも四人で楽しんだ。

その後、娘が受験期に入ると、日帰りできる私の両親の家に行くことも難しくなった。

今は時間があったとしても経済的に厳しい。でも、時間があるなら、近くでも安宿でも、一緒に過ごせば楽しいだろう。各々、スマホとにらめっこしていても、同じ部屋にいれば、きっと楽しいに違いない。

「Alone Together」という言葉を聞いたことがある。違うことをしていても、同じ場所にいる、ということ。同じ場所にいても心が離れている、ということではない。

そういう風景は、今に始まったわけではない。木陰で別々の本を読む二人連れは昔からいる。テレビのCMや漫画の一コマでも見たことがある。


5/20/2016/FRI

A Decade of Steely Dan, MCA, 1985

夕焼け

金曜日の夕方。早めに仕事を切り上げて帰宅。

借りてきた音楽を録音しながら、借りてきたずっしりと大きな図鑑を眺める。

小さなスピーカーからお気に入りの音楽。今日は、Steely Dan, "Peg," "Deacon Blues," and "Kid Charlemagne"。もちろん、片手には週末の贅沢なビール。

こんな暮らしができれば十分に幸せになれるのだけど。


5/21/2016/SAT

わたしには夢がある (I Have a Dream, 1963)、spoken by Martin Luthur King Jr., illustrated by Kadir Nelson、さくまゆみこ訳、光村教育図書、2013

ぬすみ聞き 運命に耳をすまして (The Listeners, 2009, written by Gloria Whelan, illustrated by Mike Benny、もりうちすみこ訳、光村教育図書、2010
おじいちゃんの手 (These Hands, 2010), written by Margaret H. Mason, illustrated by Floyd Coope、光村教育図書、もりうちすみこ訳、2011

5/23/2016/MON

『海街diary』、テレビ放映

先週末、地上波テレビで『海街diary』が放映された。DVDを持っているので、本を読みながらちらちら見ていた。

この映画は、見るたびに発見がある。

今回、気になったのは、花火のあと、極楽寺駅ですずが風太と別れる場面。

風太が「その浴衣、けっこう似合ってるよ」と言っているのに、すずは「ありがとう」さえ言わずに背を向けて帰る。何だか素気無い。

風太がすずに気があることは誰の目にもはっきりしているのに、すずはまったく気づいてない。由比ヶ浜で桜の花びらを集めているときも。

誰よりも、風太が、「こんなに声も震えているのに、何でオマエは気づかないんだ?」と訝しく思っているだろう。


この年頃では、恋愛感情の気づきについて、性別というより個人差が大きい。個人差、というのは、一人のなかで、という意味。ほかの人の恋愛感情は見えているのに、自分が好かれていることに気づかないことがある。こういう例はジブリ映画『耳をすませば』で見た。

あまりに距離が近いとそばにいるのが当たり前で「好き」という気持ちがあることに自分でも気づかないこともある。奥華子が「ガーネット」でそう歌っていた

そう考えると、帰宅後の姉たちとのやり取りを見ても、素っ気ないのは、すずの照れ隠しだったのかもしれない。


連載開始20周年を記念して再放送が始まった『カードキャプターさくら』でもそうだった。

『カードキャプターさくら』を見ながら気づかれない「好き」という気持ちについて考えてみたい。


5/24/2016/TUE

これだけはいいものを買いたい

山田太一脚本のテレビドラマ『男たちの旅路』「車輪の一歩」(第4部 第3話)の一場面、吉岡晋太郎(鶴田浩二)は訪ねてきた車椅子の青年、川島(斎藤洋介)にお茶をすすめながら言う。記憶なので、多少、不正確かもしれない。

贅沢をしたいとは思わないが、お茶だけは美味しいものを飲みたい。

私にも、そういうこだわりがある飲み物がある。それは、ビール。ビールだけは美味しいものを呑みたい。少なくとも、麦とホップ以外の材料を使ったものは呑みたくない。「第三の」類いはなおさら。

ビールだけは少し高いものを買う。日本酒も純米酒以外は呑まないが、味の違いはよくわからないので、安い紙パックの純米酒を買う。

まったくわからないのが、ワイン。ビールを呑んでから呑むせいもあるだろう。

何かの記念で外食するときには少し奮発することもある。ふだんの食事でワインだけいいものにすることに意味はないと思う。

だから、ワインはスーパーに行ってとにかく一番安いものを買う。最近の買い物では、3本で1,000円が最安。

ときどき、旅先で呑んだビールを呑みたくなる。Samyuel AdamsHoegaardenTigaer青島⋯⋯。輸入品は安くないので、滅多に買わない。


5/25/2016/WED

就活、始動

本格的に就職活動をはじめた。ハローワークで希望条件を入力して検索、見つけた求人票を係員に渡して紹介状を書いてもらう。「紹介状」と言っても、ハローワークで見つけたことを伝えるだけの文書で、「推薦状」ではない。

すでに2社、書類選考で落ちた。今日の時点では4社、書類選考の結果待ち。

細かい仕事が苦手なので、履歴書と職務経歴書の作成に思いのほか時間がかかった。出来上がったつもりで印刷すると、誤字脱字があったり、枠がずれていたり、年月が間違っていたり。

先週の後半、しなければならないことが多すぎて、パニックを起こした。多すぎたのではない。多すぎるように勝手に思い込んでいただけ。何のことはない。履歴書一式を2部、印刷して郵送するだけのこと。

不安が先行して、パニックになり、仕事が手につかない。ふたを開ければ、大したことではない——3年前に経験した悪循環がまだ治せていない。

大学生は数十社にエントリーシートを提出するらしい。転職活動は何度もしたことがあるので、数社、書類で落ちても慌てることはない。とはいえ、これから何通履歴書を送ることになるのか、わからない。手書きでないことが当たり前になって、正直、ありがたい。


5/26/2016/THU

最近のアクセス状況

八丁堀の南高橋、「東京都内最古の鋼鉄トラス橋」

ときどき、Google Analyticsでアクセス状況を見ている。

これまでページビューの一番はずっと「未来少年コナン」だった。最近になって、初めて表紙が上まった。とはいえ、話ごとのページビューを足すと「コナン」関連がまだ多い。


気になるのは、訪問者の半数以上はiOSデバイスを使っていること。

『庭』には、付属サイトで『庭の窓』というアルバム・サイトがある第二部以降、貼付した写真を見ることができる。

ところが、IPSが提供しているこのサイトはFlashを使っているので、iOSデバイスではPuffinなど、Flashを表示できるブラウザを使用しないと閲覧できない。恥ずかしいことに、自分自身、最近まで気づかなかった。


あらためて写真だけを表示するページを作ろうか、とも考えたが、まだ作業は始めていない。画像ファイルじたいはサイト内にあるので、写真ページを作ってもサイトが重くなることはないが、どう見せるか、拡大できるようにするか、しないか、など、アイデアがまとまらない。


写真といえば、苦労しているのが、第五部で各ページの上部にある横長の写真。サイズは 940 x 200 ピクセル。横長で綺麗な景色がなかなか見つからない。箱庭で見せている正方形のほうがよほどやさしい。


写真は、八丁堀の南高橋都営地下鉄浅草線の日本橋で降りて三越へ向かって歩いているつもりが正反対に歩いていた。方向音痴のおかげでこのに出会えた。


BIGLOBEのアルバムサービスが終了したので、写真は「はてなフォトライフ」に引っ越した。


5/27/2016/FRI

心は天気?

公園の散歩道

Twitterを始めてから、京都駅近くのラーメン屋を教わった縁でずっとフォローしている僧侶、延寿さんから気になるツィートを受信したので思い切って質問をしてみた。


延寿さんが言っていることは、言葉では自分もわかっているつもりでいるが、気持ちでは理解できていない。

「たまにはずぶ濡れになってみようか」という思い切りが、なかなか持てない。「自分=天気」という比喩について、もっと深く考える必要がある。


自分を好きになれないのは、実は、プライドと言うものか、自分自身に対する評価が実態より高過ぎるためではないだろうか。

本当の自分を曝け出したくない、自分が大事で、可愛くて仕方ない。要するに自己愛もしくはルソーの言う自尊心(amour propre)が強すぎる、一言で言えばナルシスト、ということだろう。

つまり、我執にしがみついているから、自分を開くことも、視点を外に置いて、そこから自分を見ることもできない。そういうことではないか。


自分を変えることはできない。そう思う。でも、自分が変わってしまうことはある

だから、自分に出来ることは変わっていく自分を受け入れることだけ、と思っている。


5/30/2016/MON

「上を向いて歩こう」

「上を向いて歩こう」は、全米一位になったあと、今日まで多くの人がカバーしている。自分の音楽ライブラリで「上を向いて歩こう」をいくつ持っているか。調べてみた。

坂本九バージョン

カバー・バージョン

  • 忌野清志郎、青山ロックン・ロール・ショー 2009.5.9 オリジナルサウンドトラック、MILESTONE CROWDS、2009
  • RCサクセション、ラプソディー(Live)、USM、1980
  • RCサクセション、’76 - ’81 & ’88 - Soulmates、キティ、1995
  • RCサクセション、SINGLES + 1、キティ、1994
  • 桑名靖子/渡辺香津美、おやつ、ポリドール、1994
  • 南佳孝、Another Tomorrow、キティ、1996
  • さだまさし、上を向いて歩こう|遠くへ行きたい~永六輔・中村八大を歌う、ユーキャン、2008
  • 新妻聖子、(The First Star)、ポニーキャニオン、2010
  • Time Five, Timeless、日本コロムビア、1999
  • 羽毛田丈史、Lonely Nights(上を向いて歩こう)、image 8 emotional & relaxing、SMJ、2009
  • Taste of Honey, Best Love Songs 100, Universal Music、2006
  • Taste of Honey、僕たちの洋楽ヒット Vol.13 (1981-82)、EMIミュージック、2002
  • Jaimee Paul, Jazz Woman -Love Melodies-、東芝EMI、2011
  • George Winston, (I Look Up When I Walk), Plains, アリスタジャパン、1999

渡辺香津美のギターで桑名晴子が歌うバージョンは、簡潔でしっとりした雰囲気があり、なかなかいい。

上記のアルバムは、すべて図書館で借りたもの。これだけ買い集める金はないし、置き場所も我が家にはない。


5/31/2016/TUE

実践トレーニング

人前で話したり、プレゼンテーションをすることは、好きではなくても得意なものと思っていた。ところが、それは勘違いだったことが、最近、わかった。

就労移行支援事業所のプログラムで、特養老人ホームを慰問した。「実践トレーニング」という名称で、事業所の外で利用者だけで企画から実施場所との下打合せ、イベントの台本から準備までする。

これができれば、いよいよ事業所の外でも活発になれる、ということで、本格的に就職活動を始める。今後は、応募と、受け入れてくれる場所があれば、実習を並行して行う。

5人で出かけて、10人の居住者と一緒に貼り絵をして、歌を歌い、紙相撲をした。私は司会を担当した。


先週前半に行ったリハーサルで、他の利用者から「笑顔が足りない」と指摘された。言われてみれば、リハーサルなのに緊張して顔が硬直している。

トレーナーの一人に、「プレゼンは演技と思って、ふだんの自分と違う自分を楽しみましょう」と言われ、さらには「よかったじゃないですか。課題が見つかって」とたたみ込まれた。人材教育の関係者は、なぜ、これほど前向きになれるのか、不思議でならない。

本番は、何とかやり通せたが、やはり笑顔どころではなかった。1時間程度のイベントの司会ですっかり疲れた。

先週は、いつにも増してダメだった。リハーサルや人材紹介会社との面談が続いたので、緊張した気分を紛らすために毎晩、ビールを呑んでしまった。