2003年5月

5/1/2003/THU

モデルグラフィックス No.221 2003年4月号 巻頭特集:1/700洋上模型の今昔物語 ウォーターライン進化論、大日本絵画、2003

鉄道ファン No. 490 2002年2月号 特集:客車列車2002、交友社、2002
鉄道ファン No. 500 2002年12月号(創刊500号記念特大号) 特集:鉄道ファンを飾った車両名作選、交友社、2002
鉄道ファン No. 502 2003年2月号 特集:短路線ミステリー6「地下鉄の謎」、交友社、2003

図書館の児童書コーナーには、子供向けの本に混じって、子供が読みそうな大人向けの雑誌が置いてある。鉄道と模型。どちらも少しかじってみたことはあるけれど、継続する趣味にはならなかった。それでも雑誌はときどき目にとまる。

鉄道と模型に共通しているのは、年齢層が幅広いこと。幅広いというより、投稿などをみると、老若両極端にすり鉢状に広がっているようにみえる。もう一つは、圧倒的に男性が多いこと。以前、荒川洋治は、決まったところを進んでいくのが男性には心地よいのかもしれない、と話していた。この回は文学、言葉に直接関連がないので要約は残さなかったが、今になって思い出してみると、面白い話題に面白い指摘。

決まったところを進むというのなら、模型も同じ。図面どおりに作ることが第一の目的なのだから。ところが、マニアの世界は図面どおりの先にほんとうの至福があるらしい。

軍艦は戦況に合わせて何度も艤装を変更する。これを残された写真や資料をもとに必要な部品を自作し、ある年、ある海戦の時の様子を事細かに再現している。自動車でも、ある年のあるグランプリの、あるドライバーの運転したレーシングカーを再現するところに、究極の模型趣味がある。

『モデルグラフィックス』は、軍艦からフィギュアまで、およそ模型と呼ばれるものは何でもとりあげていて年齢層だけでなく、趣味の広さも隅から隅までという感じがする。

いまは定期的に雑誌を買うほど入れ込んでいる趣味が、私にはない。あえていえば、こうしてほんの少しでも関心のある分野の専門誌を少しずつのぞき見することで、いろいろなことにのめりこむ人がいるものだなとつくづく思い返すことが、趣味になっているかもしれない。そういう意味で図書館をぶらつくのが、休日には一番楽しい。

2002年の身辺雑記に書評にならなかった読書記録を植栽。

日記鯖に書いていたもの。日記鯖へのリンクを廃止したので、内容を整理して復活。


5/3/2003/SAT

憲法記念日にあわせてか、朝日新聞では、通知表で愛国心を評価している学校が増えていると一面で報じている。社会面では、「愛国心は評価にそぐわない」と教員からの批判的な意見が取り上げられている。これまでの報道からみて、朝日新聞は学校教育で愛国心を指導することについて批判的であるのは疑いない。

愛国心が国家から強制され、国外へと肥大化した過去を顧みて、愛国心に警戒するのもわからなくはない。とはいえ、ヒステリックな対応は愛国心を推し進める側との間に議論の成り立たない溝を作り出し、ますます感情的な対立を深めるだけになるのではないか。

問題は、愛国心に警戒するあまり、愛国心そのものを否定してしまう論理に陥ってしまう点にある。国民である以上、国家への愛情と忠誠は必ず必要になる。愛情と忠誠という言葉に抵抗があるなら、もっと具体的に有権者意識と納税者意識といってもいい。つまり、国民としての権利と義務がある以上、それを擁護し、忠実に果たす心持をもたなければ、国はよくならないし、国民の生活もよくならない。

それでは愛国心は国民だけのものか。件の記事は、公立学校へ通う外国籍の人もいるのだから、愛国心の教育、評価は外国人差別の遠因になりかねないと見ている。そうだろうか。外国籍であろうと、住民として住み、税金を払っている以上、その国家に対する義務と忠誠は求められて当然であるし、だからこそ、義務に対して権利の主張ができるはず。

愛国心が良いか悪いかという議論は不毛。必要なことは議論を避けず、愛国心は必要と認めた上で、排他的、強制的になってはならないこと、どうすれば排他的でない、開かれた愛国心を育むことができるのか、相手側へ議論を求めていくことではないか。それを避ければ、愛国心を進める勢力は、ますます強圧的で求心的な愛国心を求めてくるに違いない。

また、記事にあるような「愛国心は評価になじまない」という議論も、有効な反論にはなっていないように思われる。それでは、美術や体育は評価になじむのか。学園紛争の時代に、不毛な議論で経験済み。なじむか、なじまないかという議論には意味がない。教員が疑義を唱えるのは、もっと意味がない。学校である限り、評価はついてまわるのだから。

たとえば、会社員は会社への忠誠を求められ、評価される。しかし、究極的に問題になるのは、会社に従順であるかどうかではない。企業が利益を生み出すことにどれほど貢献したか。つまり忠誠度は従順度とは必ずしも一致しない。

だからこそ忠誠の内実、すなわち愛国心の中身を徹底的に議論すべきであって、愛国心を持つべきかどうか、評価すべきかどうか、などといったところをぐるぐる回ってはいけない。


5/4/2003/SUN

書評「『おじさん』的思考」を植栽。


5/5/2003/MON

絵本評「あまがさ」「からすたろう」「道草いっぱい」「村の樹」


5/6/2003/TUE

荒川洋治のラジオ・コラム。外来語から日本語への言い換えについて。国語研究所から外来語の日本語への言い換えについて答申がだされた。

アクション・プログラムは実行計画、アジェンダは検討課題、コンテンツは情報内容、と、書き換えられた日本語もわかりにくいものが少なくない。また、ライフラインを生命線にするなど、直訳しただけで日本語の語感や意味が盛り込まれていないものもある。

成功する外来語は古くからあるパン、カステラ、ガラスなど、短くて発音しやすいもの。どれも透明な感じがする。もともと、外来語を使うのは日本語では簡単にいえない、もとの言葉で言ったほうがすっきり言えて、すっきり伝わるから。小さくてかわいらしいのが、外来語のいいところ。また、活気がよくなるのも外来語を使う効用の一つ。集合住宅や競技場、商店街に次々と新しい外来語が使われるのもそのせい。

ところが、最近の外来語は言いづらくて、書きづらい。拗音の入る場所がわかりくにいものも多い。この結果、最近の外来語は、かつてと違い、気取った印象ばかりを与え、相手を煙に巻くような作用さえもっている。

結論。言葉は単語だけで成り立っているのではない。文章、会話のなかで使われる。単語だけで良し悪しを判断するのは、「お家騒動」「コップの中のあらし」のようなもの。最近の日本語ブームにも同じ匂いを感じる。

最後は荒川らしい鋭い指摘。最近の日本語ブームや、横行する言葉狩りを批判しながら、言葉に深い思いを寄せる詩人らしい、開かれた言語観を披露している。

どんなに上品な言葉を使っても、場面によって下劣な嫌味になることもある。荒川に付け加えれば、言葉は単語だけでもなければ、文章だけでもない。用いられる場面で、はじめて意味も価値もきまってくる。

井上ひさしはある文章で、東北弁に敬語表現が少ないというのは誤解、目上の人と話すときには視線を落とすのが東北弁の敬語表現と書いていた。この指摘も、木だけでなく森や山までをみるような、感性豊かな観察眼に感心した覚えがある。

外来語ではないけれど、翻訳の問題として最近あきれたのは、サリンジャーの新訳。書名が「キャッチャー・イン・ザ・ライ」って、それ訳してないじゃん。中身を読まずにいて文句を言える筋合いではないけど、こんな書名ではそもそも読む気にならない。キャッチャーって何、ライって何。中身の質以前に、心意気で旧訳に負けていないか。

実際、帯には「『ライ麦畑でつかまえて』の新訳」と書いてある。


5/7/2003/WED

 グレン・ミラー物語(1953)/ベニー・グッドマン物語(1955)GREAT BOX、
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン、2003

グレン・ミラー物語(The Glenn Miller Story)(1953)
監督 Anthony Mann
製作   Aaron Rosenberg
脚本   Valentine Davies and Oscar Brooney
撮影   William Daniels
音楽   Glenn Miller
編曲   Henry Mancini
主演   James Stewart
助演   June Allyson, Henry Morgan, Louis Armstrong

ベニー・グッドマン物語(The Benny Goodman Story)(1955)

監督 Valentine Davies
製作   Aaron Rosenberg
脚本   Valentine Davies
音楽   Joseph Garhenson
編曲   Henry Mancini
主演   Steve Allen
助演   Donna Reed, Benny Goodman Orchestra

連休のあいだ、ふだんしないことをしようとして、思いつくのが映画。3月には「バック・トゥ・ザ・フューチャー」三部作を見た。今回は、発売になったばかりのジャズ伝記の二本立て。今回もBTTFのように、何年も前に見たことがある。同じスタッフによる二作を見比べると、モデル、俳優、それから映画の中心である音楽の違いが楽しめて面白い。

昔の映画ならではと思うのは、女優の顔を大写しにしたシーンが多いこと。いずれの物語でもミュージシャンに恋した女性が、落胆、決心、希望、成功、愛情、など、要所の場面を大写しの表情だけで締めている。ジューン・アリスンはもちろん魅力的だけれど、ドナ・リード扮する富豪令嬢のアリスが、グッドマンの演奏するモーツァルトを聴きながら表情を変えていく場面も印象的。

後から撮影となったドナ・リードは、前作で人気を博したジューン・アリスンを意識しないわけにはいかなかっただろう。比較されるのを承知のうえで引き受けたに違いない。勝気な役柄と重なって、強い意気込みを感じる。

日頃の関心からみると、ジャズが民衆、それも虐げられた人々の音楽から「アメリカの音楽」に公定化していく過程が、二人の白人音楽家の成功を通じて見えてくる。グレン・ミラーによってマーチに編曲された「セント・ルイス・ブルース」に合わせて兵士が行進し、将軍が満足そうに眺めているのは、その意味で象徴的な場面。

『ベニー・グッドマン物語』では、カーネーギー・ホールで演奏すること自体、いろいろな意味でジャズの一大変化を示している。賞賛もあれば批判もあるだろう。ともかく、ジャズを愛した人によって、ジャズは広がり、変わっていった。そして今もそうに違いない。

長らくDVDを待っていたので、発売はうれしい。でも製品としての仕上がりには不満が残る。英語字幕はないし、特典映像も貧弱。年譜、ディスコグラフィー、楽曲の解説などがあってもよかった。


5/8/2003/THU

神戸泊。

八島太郎“Crow Boy”(邦題「からすたろう」)でコールデコット・オナー賞(次席)となったのは1956年。森村兄弟が、後にノリタケと呼ばれる陶器をニューヨークのブロードウェイで販売し始めたのにいたっては、1876年まで遡る。

日本語話者、日本国出身者が、海外で活躍するのは、けっして今にはじまったことではない。まるでつい最近になって、グローバルリズムの進展とともに、「国際的に活躍する日本人!」が登場するようになったと思うのは、あまりに浅はか。多くの人が関心をもつプロ野球という世界ではそうなのかもしれない。それは、日本プロ野球界がどれだけ閉鎖的であったかを示しているに過ぎない。

こういう考え方、つまり最近、海外で活躍する日本人が増えている、という見方は、日本語話者、日本国に生まれ育った人は、それ以外の文化に弱い、別の世界では成功しないという劣等感や過小評価を助長するだけになってしまう。実際には、はるか昔から外国で活躍した人はたくさんいる。

確かに外国で活躍する日本語話者、日本国出生者は少ないかもしれない。しかし考えてみれば、日本でも外国からの渡来者や、日本語を母語としない人が社会の中枢にわんさかいるわけではない。プロ野球を例にしても、メジャー・リーグで活躍していた人が、即座に日本プロ野球で活躍できるわけではないことは、誰でも知っている。実際、野茂英雄がメジャー・リーグにいるより長く、日本に滞在しているいわゆる「助人外人」もほとんどいない。

要するに、誰にとっても、自分の母語が通じない場所、生まれ育ったところと法体系や習慣の異なる場所に住んだり働いたりするのは、やさしいことではない。どこの国民だから得意、不得意ということではあるまい。

国境を越えることや母語の通じない場所へいくことは、確かに大きな試練であるには違いない。それを認めたうえであえて問いたい。それでは、国境を越えないでいること、母語が通じる場所にいることは、そんなにやさしいことなのか。

転職解雇によって、それまで何十年もしてきた職業とはまったく違うことを始めなければならない人、入学や就職で、これまで慣れ親しんだ街からは遠く離れた場所に住み始める人、これまで抱いたことすらなかった小さな赤ン坊これから育てていかなければならない人、昨日まではヒラ社員だったのが、部下と目標を与えられてしまった人。国境のように見えなくて、高くて、先の見えない境を、多くの人が日々乗り越えようとしているのではないだろうか。国境を越えることも、そうした日々の挑戦の一つであって、これみよがしに「国際人」などともてはやすものではないのではないだろうか。

国境を越えていくことを何とも思わないようにならなければ、それを越えて、こちらへやってくる人たちを特別な存在に見てしまう姿勢も変わらないだろう。真の国際人とは、外国で活躍する人ではなく、外国から来た人が前にいた場所で持っていた実力どおりに活躍できるように振舞う現地人。


5/10/2003/SAT

「青春の一冊」「私を変えた一曲」と銘打った特集が雑誌や新聞でときどき組まれる。著名人が、思い出に残る本や音楽を紹介し、それらにまつわる短文を寄せる。好きな作家が「学生時代に繰り返し読んだ」などと書いていると、なんとなく読みたくなってくる。

そういう点で、新しい読書や音楽への案内にもなるし、こういう記事は他人の書棚や秘密の引き出しをこっそりのぞくような楽しさも確かにある。本でも音楽でも、思春期に影響を受けた作品、と言われれば、私にも思い当たるものはないわけではない。

一冊の本が人を変えることは、けっして大袈裟なことではない。けれどもその一冊は自分が自覚している一冊とは限らない。

青春の一冊、と訊かれると、十代から二十代にかけて何度も読んだ本の書名を答えたくなる。何度も読むほど好きだったから、影響も受けているに違いないと考えるから。これは実は、正しくない。何度も読むのは、書いてあることがわからなかったり、反対に読むことが心地よかっただけだからかもしれない。

一度しか読まなかった本が、グサリと心に刺さったまま抜けないことがある。そんな本は二度と読みたくない、読めない。そうしていつの間にか、刺さったまま忘れてしまうことさえある。

図書館や本屋で、ふと著者の名前や正確な題名さえ忘れている本なのに、なぜか気になり開いて見ると、内容や台詞まで覚えていて、自分でも驚くことがある。森有正の表現を借りれば、慄然とする。心に刺さったナイフの痛みが急に蘇るから。

本だけでなく、音楽やテレビ番組でも似たようなことがある。ラジオから流れてきた名前も知らない曲や、偶然見かけた再放送が、ある出来事や人物のことを鮮やかに思い出させることがある。あるいは、かつては聴くこともなかったのに、大人になってからある時代の音楽を聴いて、その頃を思い出すこともある。つまり、その音楽と自分の記憶は直接関係がないのに、ある時代に流行していた音楽を聴いて、まるでその頃からその音楽を聴いていたかのような錯覚に陥ることもある。

自分が思っているほど、自分のことを知っているわけではない。それは悲しむことでも恐れることでもない。自分の世界は、自分が思うより広いのだから。自分の世界は未来だけでなく、過去に向かっても無限に広がっている。

絵本評「落語絵本 じゅげむ」


5/11/2003

書評「森有正エッセー集成2」を植栽。うまく書けたとはとても思えないが、先へ読み進むためにともかく覚書程度でも残しておくことにした。


5/13/2003

書評“Bemelmans: The Life & Art of Madeline's Creator”を植栽。

書評「森有正エッセー集成2」を早速剪定。こういう思い込みの強い文章は、とにかく書き上げてしまい、あとからゆっくり手直しするのがいいようだ。


5/15/2003/THU

文化的生活とは何だろう。週刊誌に、著名人が一週間の動静をどんな食事をしたかとともに随筆にして、栄養士がその食生活を診断するという連載がある。学者、作家、音楽家など、いわゆる文化人と呼ばれている人でも、売れていればいるほど、その食生活は皮肉にも文化的とはいえないほどお粗末だったりする。

このことを、正反対の地点から見れば、生活が貧しいとはどういうことだろう、となる。


5/16/2003/FRI

フェミニズム批評という文章がある。文学はもとより、映画、広告、発言、あらゆる表現のなかにある、女性を抑圧する論理、いわゆる男性中心主義を、暴露する。似たような手法で、賃金労働者批評のようなものはできないか。

最近は不況と世界的な競争を背景にして「働くことはよいことだ」「再びモーレツに!」などの標語が、テレビ・ドラマやコマーシャル、新聞記事、コラムなど、さまざまな表現の場にみられる。

そうした主張は一見正論であるだけに、反論が難しい。しかし、過剰労働、サービス残業を安易に肯定するような風潮は首肯できない。しかも、こうした労働賛美の論調は労働を人生の一部として積極的にとらえる、つまり働きがいを再評価しているようでいて実は労働の可能性を狭めている。

能力主義、裁量労働制は、健康状態が不安定な人や、介護、養育すべき家族を持つ人など、労働にばかり時間を割けられない人へありがたい制度にみえるが、実際は、生活のすべてを労働に注げる人がいれば、ましてそういう人が存分に努力するほど、労働以外に生活の場を持つ人に対する評価はどうしても下がらざるをえない。

要するに、がんばることでがんばれない人を虐げてしまう。そんな風に、弱者にとってよかれと思われている制度でも、結果的に労働強化と弱肉強食に手を貸していることも少なくない。

世論も、労働に関しては奇妙な論理をもてあそんでいる。例えば、銀行や一部特殊法人の職員が受ける高給厚遇について、けしからんという批判をきく。その次にでてくる言葉は「あいつらの給料を下げろ」ではなく、「あの程度であれだけもらえるなら、こっちにもよこせ」でなければならないはず。つまらない妬みは、かえって同じ身分の労働者への評価を下げることになり、ひいては自分への評価も下げることになりかねない。

もう少し巨視的に見れば、仕事をがんばればがんばるほど、地球環境を破壊することに寄与していたり、世界のほかの人々を苦しめる結果になっている場合もある。それでも自分が生活していくためには働かなければならない。そういう、いわば混沌とした状態にある労働のあり方を考えるために、まずは現在出回っているまやかしの労働観を徹底的に批判する必要がある。


5/17/2003/SAT

ONTOMO MOOK J CLASSIC主義 新世代日本人アーティスト・ガイド、
音楽之友社、1998

二年ほど前から少しずつクラシック音楽も聴き始めた。何を聴いたらいいか、誰を聞いたらいいか、手引きになる本を時々探す。本書は若手を中心にしたインタビュー集。村治佳織福田進一千住真理子、など、関心をもっている人の発言も気になる。

日本、日本人という言葉を無批判につかう無定見については、これまで何度も書いてきた。とりわけ音楽は国境を越え、言葉を超えると言われているのだから、今さらJ Classicでもないだろう。実際、本書に登場する若手演奏家のほとんどは外国で修行している。なかには現在も外国を拠点にしている演奏家もいる。反対に、外国出身でも日本を拠点にしている芸術家も少なくない。「新世代日本人アーティスト」という括りはまったく時代錯誤と言うほかない。

ただし、諏訪内章子や村治佳織をはじめ、多くの演奏者がはっきりと口にしているように、クラシック音楽の発祥地であるヨーロッパと日本では、コンサートの数、料金、観客の受け止め方などに無視できない違いがあることも事実だろう。個人の複合的なアイデンティティと、社会のあり方については、別々に考える必要があるかもしれない。

クラシック音楽の演奏家というと、裕福な家庭や両親も音楽家であるような人を想像しがち。そういう人も確かに少なくないが、なかには学校の授業で興味をもった人や、クラブ活動で楽器を始めてプロになった人もいる。若いときに好きなことに出会い、それに打ち込める人は、うらやましい。

とはいえ、競争は思いのほか厳しいに違いない。音楽大学からだけでも毎年一定数の卒業生が吐き出されるのだから。競争に生き残るためは、演奏の実力だけでなく、音楽性とは直接関係ない外見や話題性も欠かせない。若い世代の演奏者は、そうした現実もためらいもなく受け止めている、というより自然に受け流しているように見える。

しなやかさという流行りの言葉であらわすと、いかにも若い世代だからとも感じられるかもしれない。インタビューを読んでみると、そういう面より、これだけ多様化した情報過剰社会であっても、ある人々は天啓に導かれた仕事にすべてを賭けて打ち込み、結局はそうした無心に努力した人が成功していることを思い知らされる。その点も、やはりうらやましく感じる。


5/18/2003/SUN

世代論が陥る二つの間違い。

世代論という考え方には二つの形がある。一つは1970年代、1980年代という具合に時代を輪切りにする見方。もう一つは二十代、三十代のように年齢で区切る見方。

二つの形式は絡み合って、「定年を迎える団塊世代」などのように、人と時代を結びつける。その結果、年齢や時代が変わるたびに思想や行動を無自覚に変化させていくことを許す。思想と行動は、時代と年齢によって確かに変わる。しかし、それをいつも「時代が変わったから」「齢を重ねたから」という理由で片付けていいものではない。

世代にこだわった考え方をすると、過去と未来について、二重に間違いを犯す。何年生まれだから、何々世代とよく言う。何らかの傾向は見出すこともできるかもしれない。それでも多くの人がいる世代を観察して抽出される言葉は、星占いや血液型占い以上の確かさはないのではないだろうか。

年齢が近い人と話すと、話題が共通して、「同世代」を感じることがある。この共感も、実は普遍的ではなく、裏切られることのほうが少なくない。音楽にしても本にしても、同じ頃に同じものを聴いていた人はいる。それは同じときに同じことに関心をもっただけで、同じ年齢であったことは、偶然に過ぎない。実際は、同じ年齢であっても、趣味も経験も違う人のほうが圧倒的に多いのだから。

世代にこだわる考え方で、もっと有害なのは過去より未来を世代で縛ってしまうこと。何歳になったら、こういうことをしなければいけないということは、まったくない。ところが人は、何歳になったからそろそろ、とつい考えてしまう。何だって、いいきっかけにはなるかもしれない。そうだとしても、こういう考え方は、自分の可能性を広げるよりも、むしろ狭めることになりかねない。

ファッション雑誌を眺めると、押しつけがましい世代論が横行している。ファッションは自分を好きなように演出する小道具。自分を出来合いの型にはめることとは違う。世代論は、ナショナリズムと同じように、不気味なほどもっと身近なところで、もっと意識させない姿で、人をまとめ、くくり、個性を奪っていく。

1/9/2004/FRI

世代論が陥るもう一つの間違い。それは同じ世代の中で、ある経験をした人だけを世代の象徴や代表どころか、世代の全体と思ってしまうこと。

批評文「学校について」を植栽。このところ、身辺雑記も長くなる傾向になり、その分、一つ一つの文章にまとまりがなくなっている。思いつくことはまだまだある。書いていかなければ忘れてしまいそう。そのうち苗を植えるより、庭いじりを楽しむ時もくるだろう。


5/20/2003

書評「バッハ問」「バッハからの贈り物」を植栽。


5/21/2003/WED

しばらく前のこと。幼稚園の入園式で、職員の人たちがまどみちお作詞の「あたらしいひとたち」という歌を歓迎のために歌ってくれた。「いらっしゃい/いらっしゃい/あたらしいひとたち」と歌いだされる。

「ようこそ」ではなく「いらっしゃい」と少し儀礼的な言葉が背筋を正す。「ひとたち」が何より新鮮。よく、大人は見知らぬ子どもを指して「これはおともだちのおもちゃだからさわらないでね」と言う。ほんとはお友達でも何でもないのに。これから「おともだち」になるのであって、まだ見知らぬ「ひとたち」なのだ。なかには相手に向かって「ボク」と呼びかける人もいる。「ボクがボクで、あなたはボクじゃありません」。

「ひとたち」と言われると、目の前に座っている、慣れないよそゆきを着て神妙な顔つきをした幼い子が一人前に見えてくるから不思議。


5/22/2003/THU

大阪泊。のんびり新しい文章を書くつもりが、過去の文章を読みかえして推敲する、庭いじりで夜半まで過ごす。

ほぼ一週に一度、関西圏に宿泊する。常宿と呼べるほどの場所はまだない。毎回、違う宿を試してみる。それでも繰り返して選ぶところもあり、今夜の場所は昨年来、一番多く泊まっている。場所も便利というわけではなく、部屋や朝食が特別豪華というわけでもない。ネット接続が無料なのはありがたいが、それだけでもない。

風合いというのだろうか。絨毯や調度品の色合い、受付から浴室のすみずみまでに感じられる清潔感。言葉にするのは難しい快適性を演出する細やかな配慮も、専門家にとっては設計するときに計算可能なのかもしれない。

CD評「空の風景」を剪定。


5/23/2003/FRI

発泡酒の販売量が、ビールを越えたと聞く。悪酒は良酒を駆逐する。デフレ時代だからではない。いつの世にもあてはまること。もちろん自分だって、偉そうなことは言えない。発泡酒とビールの違いくらいは表示を見ればわかるとしても、何が良貨で何が悪貨か、見た目ではわからないことのほうが多い。

すべて安物で揃えて、一つだけ金に糸目をつけずに気に入ったものを買う、いわゆる一点豪華主義は、大量消費/デフレ/ブランド/高度情報の社会に暮らす人々がもつ自己防衛本能のあらわれかもしれない。悪貨を見抜くことができない以上は、悪貨でも使えるうちに価値がわかるものに替えておこうということか。


5/24/2003

書評「『原罪』としてのナショナリズム」を植栽。


5/27/2003

表紙写真を変更。新しいデジカメも買ったことだし、表紙写真も自前にしたいところ。


5/28/2003/WED

昨日の荒川洋治のラジオ・コラム。二週間ぶりに聴く。

「歴史新聞」(日本文芸社)という本が面白い。歴史の出来事を新聞記事に見立て、新聞を通じて政治経済から文化まで、世界の出来事が見渡せるように、ある時代のさまざまな出来事を立体的にみせている。

このようなパロディは、あくまで現代の視点からなされている。今日のように世界中のできごとが翌日の新聞で記事なるような時代はかつてなく、人々は情報のないところでさまざまな決断を迫られた。例えば、本能寺の変の翌日、新聞で互いの動きを知ったら、明智、羽柴は違う行動をとったかもしれない。情報がなかったために、かえって大胆な決断をし、また歴史は大きく動いたと言えるかもしれない。

時代の渦中にあると全体的な視点をもつのはむずかしい。戦中を過ごした人は、自分の地域への空襲はよく覚えていても、太平洋の海戦のことなどは、詳しく知らされてもいなかったし、後から歴史で学んだ若者のほうが詳しいくらい。

裏を返せば、歴史を自分の視点でみることも同じように難しい。「歴史新聞」のように過去を鳥瞰的に見渡すことができるのは、現代にいるから。その時代の人が、あとから見れば愚かにみえるような行為をなぜしたのか、その時代の「歴史新聞」のない状態に身をおいて想像してみなければわからない。

どんなに新聞を読んでも、現在のことについて、全体的な視点をもつことはできない。地理的に全体を見渡すことができたとしても、時間的に、また社会的にも未知の部分はどうしても残る。

今日付けの「歴史新聞」は未来にならなければ読むことはできない。だからいま訓練すべきは、今の時代で全体的な視点をもというとすることではなく、過去の時代に「歴史新聞」を読むことができない立場を空想してみることではないだろうか。そうすることで、はじめて今を生きる窮屈さがわかってくるような気がする。


5/29/2003/THU

神戸市博物館、新収蔵品展

神戸泊。斎藤清のような温かみのある版画で神戸を描いた川西英、たくさんある古地図の中では、17世紀ベネルクスをライオンになぞらえたライオン・マップ、16世紀欧州をカール5世の姿にした王政地図が面白い。頭がスペインで、杖で同盟を結んだばかりのイングランドを指す芸の細かさ。

よく知られているフランシスコ・ザビエルの肖像画。複製とはいえ、初めて作品全体を見て感動した。南蛮画は、アレクサンドリア(世界文化混淆)を映す美術で、見ていて楽しい。

この絵は高山右近領地にあった民家に江戸時代の間ずっと隠されていたという。九州につくられたイエズス会の工房で現地人が欧州の絵画を学びながら描いたらしい。下半分には漁夫環人の署名。画家はペテロの洗礼名をもっていたと思われる。

この作品を神戸市に寄贈した池長孟は、別荘を売ってこの絵を買ったと展示説明に書いてある。歴史と人とお金の関わりが深い、まさに文化財。それが今、入場料200円で見られる幸福!


港町には、多様な文化が集まる。洋の東西だけではなく、品の上下という意味でも。何が上品で、何が下品かを問うまでもなく、ともかくどんな人から見ても、品のいいものわるいものが入り混じっている。今でもそうした混在状態は変わらない。

和漢洋というさまざまな地域からの流れだけでなく、文字通り玉石が入り混じることも積極的に受け入れてこそ、アレクサンドリア(世界文化混淆)。何が玉で、何が石かはわからない。また一人の人間にとってすべてが玉であることもおそらくない。だから、誰にとっても等しく玉石混淆である状態が、不安定に見えて平衡を生み出すこともあるのではないか。

ハイカラさと猥雑さ。港町に惹かれるのは、自分に似ているからかもしれない。

博物館では震災の映像も見た。博物館前の道路が地盤沈下している映像を見ても、惨劇が想像できない。それくらい復興はめざましい。しかし、人の心はどうだろうか


5/30/2003/FRI

向き合おう。語り合おう。――いま、問われるハンセン病の過去と未来、厚生本広報協会、2003

写真真集 ハンセン病を撮り続けて、趙根在(Cho Kun-je)、草風館、2002

碧岡烏兎