土を掘る 烏兎の庭 第三部
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2007年12月


12/29/2007/SAT

最近の読書

10月9日以来、まったく文章を書かなくなった。毎年11月28日には、「庭」を続けてきた記念に少し長い文章を書いてきたのに、それもできなかった。

年末には10月以降の出来事と今年を振り返る文章を書こうと思っていたものの、どうやらそれをすることもできそうにない。

このままで第三部を終わらせるつもりはない。区切りもないまま、消滅させてしまうのももったいない。

一年の区切りとして、このあいだに読んだ本の書名と、一言ずつの感想を書き残しておくことにする。

写真は、今年一番印象に残った場所、鳥取県浦冨海岸、夜の波打ち際


時のしずく、中井久夫、みすず書房、2005

中井久夫の未読本。回想のなかに阪急電車の細かな記述があり、彼が鉄道好きでもあることを知った。

中井の文章に誘われて、須賀敦子を手に取ってみたけれど、読みすすめることはできなかった。性に合わないのか、あるいはまだ、その時ではないのでかもしれない


黙読の山、荒川洋治、みすず書房、2007

紙しばい屋さん(Kamishibai Man, 2005)、Allen Say、アレン・セイ訳、ほるぷ出版、2007

ルリユールおじさん、いせひでこ、理論社、2006

気に入っている作家三人の新刊。セイの絵本は、4月にアメリカ出張したとき、書店で見つけた。最近になり日本語版が出版されたことを知った。三人の本はほとんど読んできた。読むたびに新鮮な感動があった。今回はどういうわけか、どちらにもほとんど何も感じなかった。

作品の性質がこれまで読んだものと変わってしまったのか、今の私にこれらの作品を受け止める感性が欠けているのか。それを分析する気力が、いまはない。ただ、どれも後味のよくない読書だった。

荒川の新著には、素人を非難する一文があった。本を出版できる人が出版できない人を公然と非難する文章を私は好きになれない

紙芝居は、テレビの普及によって廃れた。テレビは途中悪者のように扱われている。でも、おばあさんはひさしぶりに街に出て紙芝居を披露したおじいさんの活躍をテレビで知った。紙芝居屋さんでさえ、自分を失職させたテレビがなければ、もう暮らすことはできない。


『ルリユールおじさん』は、年老いた手製装丁家の話。私がもっている老練の装丁家のイメージとあまりにかけ離れていたので、絵本に没入できなかった。

私がもっているイメージとは、森有正の文章にでてくるS氏のこと。森は文章のどこでもその名前を明かしてはいないけれど、画家の野見山暁治の文章を読んで、S氏こと椎名其二の数奇な生涯はもとより、彼が森有正以上に頑固で奇行の人だったことを知った。

その印象が強い私には、ルリユールおじさんは胡散臭いほどにいい人すぎる。それと結末も好きになれない。少女は成長して植物学者になったという。物語のうえで、植物の本を大切にしていた彼女が植物学者にならなければならない必然性はあるだろうか。


野球が好きだったから野球選手になれた、絵が好きだったから画家になれた。そんな風に胸を張って言える人はむしろ少ない。もし、植物学者になることができていなかったとしても、彼女が大切にしていた本の価値はすこしも減らない。ルリユールおじさんとの交流は、大人になってから彼女がついた職業と直接に関係があってもなくても、彼女の人生にとっても、またその本にとっても、まったく関係ないことではないか。

私には、最後のページに大人になった彼女の部屋の片隅に大事に本が置かれている風景があるだけで十分深い余韻を感じられたと思う。


教育工場の子どもたち(1984)、鎌田慧、岩波書店、2007

社会の喪失 現代日本をめぐる対話、市村弘正・杉田敦、中公新書、2005

原武史『滝山コミューン一九七四』を読んでいたときに、70年代の中ごろから80年代にかけての管理教育について取材した鎌田慧のルポルタージュが文庫化されていることを知った。同書以外にも、学校と家庭と地域社会のバランスが崩れていることを指摘した本として、本多勝一『子供たちの復讐』(朝日新聞社、1979)を80年代の中ごろに読んだ記憶がある。

市村弘正と杉田敦の対話でも、戦後社会の一見民主的にみえる制度や場所が、戦時体制に根を残していることが指摘されていた。『滝山コミューン一九七四』が“暴露”したように、70年代の民主主義的な教育現場が実態としてはそれに反したものであることは当時から現在まで多く指摘されてはいる。

しかし、その指摘のほとんどは外部から、つまり当時すでに大人だった人たちからのものであり、当時その場にいた子どもたちからの声はこれまでなかった。あったとしても、親を殺した少年の供述書だったり、いじめを苦にして生命を落とした少女の遺書だったり12歳で大空へ舞った少年が遺した言葉のかけらだったり。いずれにしても、その場から不幸な形で退場した人たちの声ばかり。

『滝山コミューン一九七四』は、その場を生き延びた子どもが大人になって当時をふりかえった作品としては、私の知るかぎり、最初のもの。その点で、この本が書かれたことには大きな意味がある。


「生き延びた」という言い方はけっして大げさではない。これまでは未成年の犯罪者自死した者が極端な事例としてルポルタージュの対象になってきた。ということは、その背後には犯罪者や自殺者にならずにすんだ人たちがたくさんいることを示している。

彼らは、いや、私たち、いや、私は、なぜ犯罪者にもならずに、あるいは自らを殺めることもなく、大人になれたのだろうか。

マックス・ウェーバーは『職業としての学問』の中で、自分がどのようにして大学教授になれたか進んで語りたがる人は少ないと書いている。戦場からの帰還者についても同じことが言える。多くの敗残者の存在を知っている者は、自分がどのようにして生き延びることができたか、語りたがらないし、語りたくても語る言葉を見つけることができない


そういう、語ることができない言葉ではじめて語ることができるような70年代の記憶がこれからもっと書き起こされていくだろうし、そうでなければならない。

自分が生きてきた時代を総括できないでいて、どこに思想史を学ぶ意味があるというのだろう。


のんのんばあとオレ(1977)、水木しげる、講談社漫画文庫、1997

鬼太郎づくしの夏休みのあと、調布、深大寺にある鬼太郎茶屋へ行った。二階にあるギャラリーでは折りしも「水木しげると戦争」展が開かれていた。出征時の写真、帰国後両親を驚かせないように事前に送った片腕を失った姿の写真などを見た。

境港ではテレビドラマで見た『総員、玉砕せよ』だけを買った。一階の土産物屋で漫画版『のんのんばあとオレ』を見つけて買って帰った。絵を描くのは好きでもまだ人目を引くほど上手くはない主人公に妖怪の小豆洗いが手ほどきをする。そうして描けた不思議に魅力的な姿が、大人になり漫画家になった水木しげるの手によって描かれているという構成が面白い。

ギャラリーの隅に全国妖怪地図があった。各県を代表する妖怪が小さな人形で置いてある。片隅に漫画と同じ姿ののんのんばあがいた。


モードの方程式、中野香織、新潮文庫、2007

ファッションの歴史(I VESTITI, 1992)、Piero Ventura、Piero Ventura、大町志津子、三省堂、1994

衣服の歴史図鑑(Eyewitness - Costume, 1990)、L. Rowland-Warne、川成洋日本語版監修、2005

ももせいづみに続いて、日経新聞夕刊連載コラムの本。文庫を書店で見つけて購入。図書館で借りた図鑑をながめながら読んでみると、ファッションとはつくづく合理的なものではないことに気づく。現代では、着心地や身体のラインや肌を直接見せる傾向が強いけれども、それもまた自然なものではなく、非合理なモードの一つに過ぎない。


「心の病」なんかない、大野裕、幻冬舎、2006

「うつ」と明るくつきあう本、斎藤茂太、ぶんか社、2002

うつ病を体験した精神科医の処方せん、蟻塚亮二、大月書店、2005

うつからの完全脱出 9つの関門を突破せよ! 、下園壮太、講談社、2006

大野裕も、日経新聞夕刊のコラムから。以降、うつについての本を濫読した。「うつは心の風邪」という言葉に異を唱える人も少なくない。比喩はあくまでも比喩であり、全てにわたって的確なわけではない。私は実感として、風邪という比喩はよく当っていると思う。

ちょっとしたきっかけで誰でもなる。軽いものは、休むだけで治る。こじらせると生命にかかわる。症状が深刻ならば、休養するだけでなく薬を飲んだほうがいい。かかりやすい体質というものはあるとしても、かかってしまってからそれを言ってもはじまらない。いま鼻水を出している人に乾布摩擦が効果的と言ったところでさらに悪化させるだけ。寒いのに薄着をしていたからとか、日頃の不摂生が原因とか、そのとき説教を垂れても何も変わらない。


長期的には確かにかかりやすい体質そのものを変えなければならない。しかし、体質改善は病的な症状がおさまってから、綿密な計画に基いてしたほうがいい。

そして、現在の私はといえば、休むだけではもう治らないので、薬を飲んで大人しくしている、というところ。酒もほとんど飲まなくなり、夜出かけることも減った。幸い、泊まりの出張や海外出張も最近はほとんどない。

薬はおそらく効いているのだろう。便秘や眠気の副作用を実感しているから、良いほうの作用も効いているはず。理由のない不安感やパニックはほとんどなくなった。いつでも眠いので寝入りは悪くないけれど、夜中に起きてはそのあとに眠れない、いわゆる早朝覚醒は以前よりひどい。これは、酒を飲んでも飲まなくても変わらない。飲まないほうが短くても深く眠れることがわかったので、平日にはほとんど飲まなくなった。


うつに関する本は、図書館でも書店でも一つの棚では収まりきらないほど増えている。短いコラムから長い論文、軽いエッセイから深刻な体験談、内容も生活態度や気持ちの持ちようを説くものから薬の説明、医師の選び方まで実践的なものまでさまざま。

何を読んだらいいかわからないときは、読書案内のようなものに頼るよりも、とにかく手あたり次第に読んでみる。つまらなければすぐやめる。読み進めたくなる本だけ終わりまで読む。

上の4冊は、手に取ったたくさんのうつに関する本のなかで、最後まで読んだ本。やさしく軽いものから順に並べた。最後の本は、実際的でいて、なおかつ示唆深い。医師と患者の交流をドキュメンタリータッチで追うので、治癒していく過程、それが平坦ではないことも含め、生々しく伝わってくる。読んでいると、「必ず治る」という医師の意気込みと励ましを強く感じる


父子消費、山岡拓、日本経済新聞社、2007

日経新聞の書評で知った。基本的にはマーケティング調査の結果とトレンドの分析。現在の30代~40代の家族では、父親と子の関係が消費行動において重要な鍵を握っているという。その実態について、著者はさまざまな視点から分析する。休日の過ごし方、おもちゃの買い方から習いごとの選び方、進路の選択までにわたり、現代日本の父親は90年代までの家族と比べて影響力を強めていることが指摘される。

解説される父子を軸にする消費行動には、実感をもって納得することが多い。私自身『ウルトラセブン』『未来少年コナン』ビリー・ジョエルなど、私が子ども時代から十代にかけて気に入っていた作品を積極的に子どもに与えてきたことをこれまで「庭」のなかでも書いている。


本書は、「父子消費」という事象を概観し、分析することに主眼をおいているので、なぜ父子消費という事態が生じているのかという歴史的、あるいは社会的な分析や、そういう時代にあって父親自身はどう振る舞うべきかという規範的な考察は、あまりしていない。

私なりに考えてみると、父子関係が強くなった背景には、二つの理由がある。一つは、大まかな意味でのライフスタイルが日本において80年代以降、変化がないこと。言葉をかえれば、それ以前にあったような決定的な世代間の断絶がない。私の場合、いわゆる昭和ヒトケタ世代の両親とは、最初に覚えた日本語の書き方からして違う。それに比べれば、CDがMDになり、やがてMP3になった違いはそれほど大きいものとは思われない。

世代間に文化のギャップが少ないというだけでは、親子がいわゆる友だち親子になる理由は説明できても父子消費の説明にはならない。そこで、もう一つ、私が思うことは、現在、30代~40代の父親には、父親としてのモデル像がなく、彼らの親像は、母親像をモデルにしているのではないかということ。


最近、絵本を読み聞かせる父親が増えているという話を聞く。そうした父親の多くは、小さいころ母親に読み聞かせをしてもらっていたという。自分が母親にしてもらったことを自分が父親になって子どもにしている。そこから母子的な、親密な父子関係が生れる。

その背景には、昭和ヒトケタから団塊の世代までの男性について多くあてはまる会社中心の生活と家庭における存在感の低下がある。もちろんこれは一般論であり、一方で多くのスポーツ選手が述懐するように、父親との体験が大人になってからの職業にまで影響をもつ人もいる。

それでも、父子消費の背景に、現代の父親が確固とした父親像を持てずにいるということは言えると思う。本書のあとがきで著者も指摘しているように、父子消費は父子の絆ともなれば、父親の成功体験の押しつけ、あるいは挫折や失敗を雪辱する代理をさせることにもなりかねない。

父親世代と子ども世代が体験を共有できる時代は、経済的社会的に成熟した時代の証でもある。そういう時代は、めったにあるものではない。

どこかの場所、どこかの時代に、父子消費の模範になるようなものはなないだろうか。反面教師でもいい。過去の成熟した時代を父子関係を通じて見ることは、大いに参考になるだろう。


信じない人のための〈宗教〉講義、中村圭志、みすず書房、2007

本書も日経新聞の書評で知った本。書名の「信じない」という言葉は、「宗教」と聞いただけで何か怪しげなものに感じてしまう人も含んでいる。

著者はそのような人たちに向かって言う。「宗教」「宗教的」という言葉に、実は厳密な定義はない、見方をすこし変えるだけでも、「お客様満足」という見えない目標を掲げる企業は宗教的な側面をもっているし、派閥抗争もあれば財政問題も抱える宗教団体は十分に世俗的。はじめから「宗教」という言葉にとらわれて、宗教に関わる問題を見ると宗教の本質を見失う。そして、一瞥して宗教的には見えない問題に潜む宗教的な問題を見過ごすことにもなる。

そういう著者の主張は私にもよくわかる。それでは、卑俗な使い方の「宗教」ではない宗教の本質とは何か。著者は、その答えを出さない。私たちが生きている時代についてよく考えること、という問いを残したまま、本書は終わってしまう。世界的な宗教の概観やその人口分布などを解説しているので、宗教学の入門としては良書といえるだろう。とはいえ、文体の軽さや入門的な内容から見れば、新書で出版されていたほうが読みやすく感じただろう。書名も少し大上段に構えすぎている気がした。

そんな不満があるのは、著者の主張に反対しているからではなく、著者の考えているその先を知りたいから。信じようとしても信じることができないでいる私が求めているのは信じたい人のための宗教講義なのだろう。


もう一人の博士、Henry Van Dyke、佐藤努文、岡田尚絵、新教出版、1984

今年見つけたクリスマスの本。

イエス聖誕にかけつけた三人の博士のほかに、もう一人の博士がいたという説話は、二年前にはじめて聞いた

物語を読みながら、幼稚園の可愛らしい聖誕劇や、園長先生の穏やかな話しぶりを思い出した。

私は、宗教とは結局、人間世界のものと思っている。人間を超越した何ものかと直接交信するする人もいるのかもしれない。でも、そんな人はごくごく稀にしかいない。

多くの人は、そのような特別な人と交わった人から伝え聞いた話をさらに伝え聞いて宗教に関心をもつようになる。だから宗教は、一面では個人と個人を超越した何ものかとの関係でありながら、他面で、人間が伝えていく伝統と同時代の人間がつくる組織の問題にもなる。宗教は神の世界の問題ではなく、人間の世界の問題とはそういう意味。

「特別な宗教は信じていませんが、神様や自然の力は信じています」。そんな言い方をする人を、ある宗教を全く無批判に受け入れている人と同じくらい私は胡散臭く感じる。結局のところ、自分の信じたいものだけを信じていると言っているのと何ら変わりないのだから。自分に理解できないものを信じていると言えないのならば、信じているとはいえないのではないか。

確かに私はキリスト教に興味をもち、おおげさに言えば霊的に惹かれてもいる。でも、それはほかの宗教と比べて、教義の上で優位であると思っているからではない。偶々、これまで読んだ本や出会った人が私の関心を引きつけてきたにすぎない。そして、私は興味をもって本を読んだり、ときどき近くの教会に散歩に出かけ黙って座る以上のことをしないのも、同じ理由による。誰も、またどの本も、それ以上に私を導いてはくれない。

このことについて、急ぐ必要はないし、急いではいけないとも私は思っている。「その時」は来るなら来るし、来ないなら来ない。プロテスタントであれカトリックであれ、組織的宗教としてのキリスト教と私のあいだには、埋めがたい溝があることを私は知っている。にも関わらず、キリスト教へ導く道が見つけられるのかどうか。それは私が決めることではない、私はすでに理由もなくそう信じている。


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