7/7/2007/SAT

6月の終わり、二泊の小旅行をした。6月の初めに海外出張があって、そのあと温泉で疲れをとる。2003年以降、つまり『庭』をはじめて以来ずっと、6月は同じ行動をしている。5月の連休以降、異常な緊張と憂鬱な気持ちが6月いっぱい続くことも同じ。
慣れた旅先では、特別なことは何もしない。温泉にゆっくり入ったり、ガラス越しに霞む山の端、濡れた木の葉をぼんやり眺めたり。雨の合い間に少しだけ、散歩もした。
今回は、鉄道の旅。これまでクルマと飛行機が多かったので、鉄道の家族旅行はおそらくはじめて。家を出るのが遅くなり、予約してあった特急列車になんとか駆け込んだ。一人、ホームに戻り、大急ぎで4人分の弁当を買う。こんを待つあきのようだったとあとで話してくれた。尻尾は、はさまれずにすんだ。しばらく、もう読みきかせることもなくなった『こんとあき』(林明子、福音館、1989)の話に花が咲いた。
定宿には大きなスクリーンのシアター・ルームがあるので、毎回、映画を見る。今回は劇場版『銀河鉄道999』(1980)を借りていって見た。テレビ版の特番を見てからどうしても結末を知りたくなったらしい。テレビと映画とでは、鉄郎の姿は少し違うけれど、声は同じ野沢雅子。
『銀河鉄道999』は私にとってアニメであるより声と音楽のドラマだった。ささきいさおの主題歌はもちろん、予告編の音楽と車掌役の肝付兼太の声、それから劇場版で星空の彼方から聴こえてくる城達也の声。私はコミック版『999』はほとんど読んだ記憶がない。映像でよく覚えているのは、後主題歌のなかでくるくると回り続けていた、鉄郎にとって母の形見ペンダント。重要な小道具なのに、映画では形が違っていて少し驚いた。
2年に及んだ大河ドラマを短縮しているせいか、それとも当時の技術や脚本の水準のせいか、物語はかなり大味。『ポケモン』や『ドラえもん』でさえ、最近の作品では、背景の細部や設定の辻褄はもっときめ細かい。それについて、どう考えたらいいのか、私にはよくわからない。
はっきりしているのは、絵の粗さも唐突な筋書きも子どもはまるで気にしていないこと。作品が人をひきつける力は、そういうところとは別のところにあるのだろう。
今回、見直して印象に残ったことは、鉄郎を乗せた列車が地球を離れるとき、鉄郎は進行方向に向かってうしろ向きに座っていたこと。背景には、ゴダイゴの「Taking Off」が流れていた。
写真は、雨に濡れた緑。
7/14/2007/SAT

うつを克服する(You Can Beat Depression-A Guide To Recovery, 1989)、John Preston、大原健士郎監修、熊谷久代訳、創元社、1997
長い正座のあとで足の痺れが抜けていくように、7月に入り、頭痛も不安も、少しずつ薄まっている。
どういうわけでこういうことになるのか、よくわからないでいる。この季節の気候のせいだろうか。過去にあった、記憶の表面では忘れてしまった出来事がいまも古傷のように痛むのだろうか。しかし、思い出す限り、失恋の記憶も失業の記憶も、この季節にはない。
あるいは、そのように今の心の動きは過去の出来事に縛られていると考えること自体いまの動揺した心理を映す誤った認識かもしれない。
『庭』を書きはじめる前には、こんなことはなかった。文章を書きはじめてからは、この季節になると、文章を書くのが嫌になってくなる。事実、第一部は6月に、第二部は5月に終わらせている。
それとも、文章を書きはじめてようやく、6月にはいつもこんな気持になっていたことに気づかされたのかもしれない。
例年、この時期にはどんよりした気持ちを変えようと笑いを求める。今年はついにそういう気分にすらなれなかった。そこで思い切って、憂鬱な気分に正面から向きあうような本を借りてきて読み出した。
この本を借りてきた理由は、大原健士郎が監修者だったから。序文を寄せているだけだけれど、温かみのある待合室でくつろいでいるような気持ちになってくる。
大原の文章は、数年前に日経新聞の連載で知った。読書記録を見てみると、その後著作をいくつか読んでいる。
- 「生きること」と「死ぬこと」――人はなぜ自殺するのか、大原健士郎、朝日新聞社、1996
- よりよい生と死を求める、大原健士郎、PHP、1998
- 悲しみを超えて(Beyond Grief: A Guide for Recovering from the Death of a Loved One, 1987)、Carol Staudacher、大原健士郎監修、福本麻子訳、創元社、2000
上の2冊は、2004年の9月に、もう一冊は、2006年の6月に読んでいる。大原の文章に教えられたことは、自死は熟慮のうえの合理的な決意による選択ではけっしてないということ。でも、この二冊に書評は残していない。あえて言えば、『庭』全体が、これら書評を残していない本を読んで考えたことのまとめになっている。
うつについての本のなかで面白かったのは、認知療法のこと。ネガティブな発想から悲観的な思考循環に陥らないようにすることは、日常の心がけでも十分にできるとある。
認知療法を支えているのは、人間は言葉で生きる、言葉は何よりまず自分の心身に秩序を与える、という考え方。この考え方は、よくわかる。
実際、私も小学生の時から、わけもなく不安になったときには、まず不安をかきたてているものは何か、紙に書くことはないまでも、心のなかで箇条書きにしてみた。それから次にそれらが最悪の事態になったときに、それぞれどうなるかを想像してみた。
そうすると、心配事はほんの二つか三つであったり、最悪の事態でもたいしたことにはならないことがわかったり、事情を整理することで自分ではどうすることもできないとあきらめがつくこともあった。
小学生のころから、ある種の「生活の知恵」として認知療法の練習のようなことをしていた。ということは、その頃から、不安やパニックに陥りやすい資質があったのかもしれない。何かがあったから憂鬱な気持ちになりやすいと思いこむよりは、もともとそのような体質だった、と思うほうが、練習次第で改善されていくと思うこともできる。それ自体が、言葉によって自分自身を変えていく認知療法の一つの練習と言える。
写真は、鎖を伝う雨だれ。
7/21/2007/SAT

Love Map Shop(1981)、チューリップ、EMIミュージックジャパン、2007
久しぶりにCDを一枚買った。
4年前の今ごろ、図書館でチューリップのベスト盤を借りた。それをきっかけに、十代のころ聴いていた音楽を聴きなおして、新たな感想やあの頃の記憶を書きとめることをはじめた。
夜中、気まぐれにネットを散歩していて、昔カセットテープでよく聴いていたアルバムが再販されたことを知った。
「さよなら道化者」「日曜日の風景」「Sweet Memory」。喪失感にあふれた歌が多い。それも、もう二度と会えない、そんな悲しみがただよう。
なぜ君はここにいない
まだずっとずっと夢の中にいるようで
(「日曜日の風景」、財津和夫作詞)
再販されたアルバムを手に入れて、このアルバムが1981年発表の作品だったことを知った。私が、ほとんど言葉を失っていたころ。その頃の言葉にならない気持ちがすべて音楽を聴いた記憶のなかに閉じ込められていた。
私にとってはチューリップの音楽が、紅茶に浸したマドレーヌの味だった。
写真は、雨上がりの森。
7/28/2007/SAT

「軽うつ」かな?と感じたとき読む本、菅野泰蔵、講談社+α、2005
うつについてもう一冊。図書館の文庫棚で、電車のなかで読める軽い本を探していて題名のそのとおり、ちょうどいい本を見つけた。
この本の特徴は、著者が精神科医ではなく、カウンセリングの現場で働いてきたということと、著者自身が「軽うつ」の体験を持っているということ。実践的で、体験的、つまりはうつに苦しんでいる人の立場から書かれている。
この本もコップの水の比喩について書いている。「半分しかない」か「半分もある」か。学校や職場で、何度も聴かされたことがある。この本は、どちらが正しいと決めつけてはいない。状況に応じて、どちらがより妥当なのかは変わると説く。例えば、砂漠を歩いているなら、「半分しかない」と思って大事にすることのほうが状況に応じた考え方と書いている。そうして、悲観的な考え方をもつこと自体が悪いことなのではないと、そんな傾向をもつ人を安心させてくれる。
この数ヶ月の体験を踏まえて言えば、「半分しか」「半分も」のどちらが正しいかを問う以前に、水に問題がある、とりあえずは水の量だけが問題であると気づくことが大切で、それが、ある心理状況によってはとても難しい。
文章に堅苦しいところはない。筆者が、これまでに関わったカウンセリングを再現した会話文がふんだんに盛り込まれている。相手を否定することはもちろん、諭すようなこともなく、相手の言葉を言いなおして返し、さらに言葉を相手から引き出す、言ってみれば「聴く力」の実践を間近に感じることができる。
写真は、一滴の朝露。
uto_midoriXyahoo.co.jp