土を掘る 烏兎の庭 第三部
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2009年4月


4/4/2009/SAT

先週のつづき。

アンジェラ・アキ「手紙~拝啓 十五の君へ」(ERJ, 2008)の歌詞には、「消えてしまいそうなとき」という言葉がある。この言葉にも揺さぶられる。

私は、死にたいとか、どうなってもいい、と思ったことはない。少なくとも、そう思った記憶は残っていない。でも、このままでは自分は死んでしまうのではないか、と思ったことはある。そのときの気持ちに、自分の意志はない。

「消えてしまいそう」という言葉にも、自分がそうしたいと思っているわけでないのに、という響きがある。

余談。自分が書いてきた文章を批判したくなることは頻繁にある。別の名前で別のドメインから、自分を指して徹底的に批判してみようと思ったこともある。結局、実行に移したことはない。


自分が自分ではないものになってしまうのではないか、そして、自分ではなくなった自分は、自分をめちゃくちゃにしてしまうのではないか、その恐怖は計り知れない。

うつ病のもっとも恐ろしいところは、自分を自分ではないものにした挙句に、自己破壊につながる危険性を秘めている点にある。これは、多くの専門書入門書も書いている。最近になり、ようやく自死を合理的な判断の結果とか、責任を果たすための潔い決断とか、はたまた若くてナイーブな精神の挫折などと断じる人は少なくなってきている。

決断としての自死責任をとるための自死というものが存在した時代や社会があったことは否定しない。でも、それは全体からみれば、一部分だっただろうと思うし、現代社会ではさらにありえないと思う。

平日、多忙でなかなか長い文章が書けない。日をあらためて書きなおすことにする。

写真は、満開の桜、競技場にて。


4/11/2009/SAT

先週のつづき。アンジェラ・アキ「手紙~拝啓 十五の君へ」について、もう一度。

この歌には気になる言葉が多い。例えば、「いつの時代もかなしみを避けては通れないけれど」という言葉もそう。

この歌の締め括りは、「拝啓/この手紙/読んでいるあなたが/幸せであることを願います」。この「あなた」とは、誰のことだろう。

15歳の自分が、今の自分、つまり15歳から見て未来にいる自分に向けて幸せになっていてほしいと願うことはわかる。では、いまの私が、15歳の自分に向けて幸せでいてほしいと思うことはどうだろうか。それは、ありえないことではないだろうか。初めて聴いたときには、まずそう思った。


何度も繰りかえし聴きこんでいるうち、ふと、司修が日経新聞夕刊の「プロムナード」で書いていた文章を思い出した。探してみると、切抜きが残っていた。日付は、2007年1月26日

あるとき、先輩だった小説家の小川国夫が司修に、「少年時代に幸福を感じた者は、生涯、幸福を持続できる」と言った。少年時代、「父」と呼ばれる人が年に数回来るような家で、日々の暮らしにも困っていた司は、小川の言葉に反発した。けれども、不愉快で、不幸だったように思えた自分の少年時代を思い出していると、そのなかに「幸せと感じたこと」が、いつのまにか数え切れないくらい見つけられたという。

過去を今から変えることはもちろんできない。でも、少年時代をどう見るかは、いまの自分でも変えることができる。

人は、樹木のように年をとる。木が成長するとき、年輪が刻まれる。前の年の樹皮は見えなくなっても、なくなるわけではない。15歳の私が16歳になった時、15歳の私は消えてしまうわけではない。十五の私は、16歳の私の内側で、そっと隠れてとどまる。

この点で、誕生日に前日までの自分は死んでしまうという、さだまさし「HAPPY BIRTHDAY」(ワーナー、1980、「道化師のソネット」のB面)は間違っている。

幾重にも積み上がった自分の年輪の底に隠れている過去の自分の声を聴くことは、やさしいことではない。でも、静かな思索の時間をもつことができれば、司修が出会えたように、忘却のむこうに、幸福なひとときが数えきれないくらいあったことに気づくだろう。そのとき、十五の自分が今も自分のなかで生きていることを知る。


そう考えると、「手紙」の歌詞にある「自分の声」には、いまの自分の声だけでなく、出会った人々の声ばかりでもなく、ずっと遠い昔の自分の声も含まれていると言える。

だから、大人になった自分が、十五のときの自分が幸せだったと気づくだけでなく、“いま、十五の自分が幸せである”ことを願うことは、ありえないことではない。

写真は、見上げた桜の枝。


4/18/2009/SAT

うつからの脱出―プチ認知療法で「自信回復作戦」、下園壮太、日本評論社、2004

大人の心の鍛え方、下園壮太、河出書房新社、2008

相談しがいのある人になる 1時間で相手を勇気づける方法、下園壮太、講談社、2008

いのちに寄り添う道、NPO法人 生と死を考える会(田畑邦治理事長)編、一橋出版、2008

  1. --支えるボランティア自身の心のケア大切な人を亡くした時の心の軌跡について、下園壮太
  2. --グリーフワーク 和解への道のり、若林一美
  3. --社会問題としての自殺と自死遺族のサポート、清水新二

下園壮太の本を、昨年末から今年の初めにかけて集中的に読んだ。2年前、最初に読んだ一冊が自分の思考の波長と合ったような気がしたので、続けて読んでみた。

自殺とは、うつ病の結果、自分自身を制御する力を失い、なおかつ、不幸な偶然が重なり、自ら崩壊することを防ぐことができなかったために起きた事故

下園の本はどれも明快にそう教えてくれた。上の引用は、記憶によるもので正確ではない。一連の本を読んでいた頃は、本を読むので精一杯だったので、きになるところを抜き書きしたり、すぐに感想を書くこともできなかった。


下園の本を読んでいて心地よいのは、非常に実践的であること。助言は具体的で、いろいろな表現で何度も繰り返される。また、これこれのような状態のときはこの章は読まないほうがいい、こういう状態の人はこの章は読まないほうがいい、といった細やかな配慮もある

実際、どうしてもその気になれず、『大人の心の鍛え方』を書店で見つけてから、買うまでに三ヶ月、読みはじめるまでにさらに三ヶ月かかった。彼の本は、読めるようになるまで待っていてくれる。

配慮といえば、彼の文章を読んでいると、うつ状態にある人から、その人を支えている人、不幸にもうつから自死してしまった人を身近にもつ人など、うつをめぐるさまざまな人たち、それぞれの心持に気を配っていることがよくわかる。それは、それだけ多くの、さまざまな境遇の人たちと真剣に関わってきた証だろう。


もう一つ、彼の著書で何度か登場する印象深い言葉がある。それは、「魔法はない、でも治し方はわかっている」という言葉。こういうアドバイスを聞くことが、最近はめったにない。

これさえやれば、これだけで……、書店でも広告でもそんな文句の本があふれているなかで、「魔法はない」と言い切る潔さが快い。それでいて、信じて取り組めば、必ずいい結果が出る、と励ましてくれるのもありがたい。

下園は、大人と子どもでは、求められる努力の仕方が違うという。子どもは少々のことでも「我慢」して環境に慣れていくことを覚える。大人はそうではなく、我慢したりしなかったりを自分で調節できなければいけないと言う。

この三週間、アンジェラ・アキ「手紙」の歌詞について考えたことを書いてきたけれど、実は、大人と子どもの違いについて書きながら考えていたのは、『大人の心の鍛え方』の感想だった。

写真は、月光と桜。夜景をもっと上手に撮れるようになりたい。


4/25/2009/SAT

先週のつづき。

下園は、しばしば原始人を喩えに使う。そうして現代人がいかにストレス過剰な世界に生きているかを説明する。魔法もないのに、もともと備わっていた力まで、現代の社会や人間は失っている。下園は、繰り返し、そのことを強調する。

事件や災害が起こるとすぐに「心のケア」という言葉が飛び交う。それは、自然にできあがった心遣いが世の中には消え失せていて、人為的に制度を作らなければならない現実を如実に示している。

「聞き上手」になるための助言も、確かにためにはなるけど、そうなるために意識的に訓練しなければならないと思うと途方に暮れてしまう。「気兼ねなく話せる」「甘える」、そういうことがもう自然にできなくなってしまう気がする。実際、そんな風につきあえる間柄は私にはほとんどいない

そんな風に考え込んでしまうのは、私がまだ、『大人の心の鍛え方』や『相談しがいのある人になる』を読める状態にまで治ってないからだろうか。それとも、私の訓練がまだまだ足りないのだろうか。

あせらないこと。逡巡してしまうのは、まだ心のどこかで魔法を求めているから

憂鬱な気分に落ち込んでしまいそうな瞬間は、自分でもわかるようになってきた。その自分の気持ちに話しかけてみる“フォーカシング”にも少し慣れてきた気がする。

柔軟体操や数息法、書いてあることは、できるところから少しずつ試している。


先週書いた文章を書き終えてから、もう一度3月28日に書いた、いまの私から十五の私へあてた文章を読みかえしてみた。

先週と4月11日とでは、まったく反対のことを書いている。文章では何か見きったようなことを書いておきながら、ほんとうのところ、私はまだ、十五の自分に幸福だった瞬間を見つけることができない。

とりわけ、この季節、十五歳になる直前、暖かでそよ風の心地よかった春のある日を思い出すと、独善的で感傷的な気持を抑えられない

もともと、今日はこんな風に憂鬱な記憶や感傷的な思い出にとらわれる日ではない。12年前の今ごろには、やわらかな陽射しを受け、萌えて美しい若葉を、公園のベンチに座り、缶ビールを片手に眺めていた。そうして、静かに、新しい生命に自ら名前をつけることができる歓びをかみしてめていた。

ところが、それよりずっと前のことを思い出そうとすると、あるいは、何かの拍子に思い出してしまうと、やりきれない気持ちが「苦くて甘い今」を忘れさせてしまう。

つまり、こういうことが言える。私は、あるとき、おそらく20年ほど前から、それ以前の出来事や自分の気持ちをなかったようにして暮らしてきた。その姿を鏡に映してみれば、祖国を逃げ出した亡命者のようであり、敵国に送り込まれた諜報部員のようでもあった。

けれども8年前から、少しずつ、私はこの20年間とそれ以前の20年間に連続性があることにようやく気づきはじめた。

森有正もどこかで、思索を続けてようやくあるときようやく、突然に、少年時代の自分と今の自分が同じ自分であることに気づいた、と書いていた。小林秀雄も「自分の過去を正直に語る為には、昨日も今日も掛けがへなく自分といふ一つの命が生きてゐることに就いての深い内的感覚を要する」と書いている(『全集 第九巻』「正直な戦争経験談、『戦艦大和ノ最期』初版跋文、、吉田満著作集、上巻、付録」)。

私はまだ、言葉のうえでしか、このことが理解できていない。

写真は、萌えはじめた若葉。撮影したのは4年前以上前のこと。桜ばかり写していたので、新緑の写真がまだない。しかも今日は雨。あとから差し替えることにする。


4/16/2009/SUN追記

写真を新緑の並木道に変更。今日はすっかりと晴れあがった。自転車をこいで床屋まで行った帰りに撮影。2005年6月10日に掲載した写真と同じ場所。


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