土を掘る 烏兎の庭 第三部
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9.22.07

滝山コミューン一九七四、原武史、講談社、2007

鉄道ひとつばなし2、原武史、講談社現代新書、2007


滝山コミューン一九七四 鉄道ひとつばなし2

本書を知ったのは、6月10日付、読売新聞にあった佐藤卓己による書評。成田空港へ行くために乗った成田エクスプレスのなかで読んだ

70年代の小学校に起こった民主主義の名の下の集団主義。「本書は一九六〇年代生まれのぼくたちが書き残さねばならない学校体験である。」という評者の言葉に、私は読む前から強く共感していた。

一週間の海外出張から帰国したあと、強い期待といくらかの義務感を感じなら本書を読みはじめた。

本書には、今後70年代を考えなおすために鍵になる概念がいくつも登場する。鉄道郊外、家庭での父親の位置、塾や習い事など学校以外の活動、家庭収入の変化、すなわち70年代全体を通じた社会階級の移動、などなど。その点では、70年代論の論点を豊富に盛り込んでいて、読み応えがある。

鉄道については、マニアではないと再三断りながらも、書きつづけている鉄道コラムは二冊目の新書になった。『滝山コミューン』『鉄道ひとつばなし2』の両方に書かれている少年時代の鉄道体験を読んでいると、彼の鉄道への関心は、70年代への郷愁に裏づけられていることがわかる。

思い返してみると、70年代の鉄道は趣味というよりは、少なくとも多くの少年にとっては嗜みと言えるものだった。鉄道を通じて、新しい言葉を覚え、新しい友を見つけ、想像を膨らませた。言葉と人と夢を媒介したという意味で、70年代の鉄道はメディアだったとも言える。

ディスカバー・ジャパン、いい日旅立ち、西村京太郎、銀河鉄道999、ミステリー列車、『ドカベン』にはブルートレイン学園という名前の高校も登場していた。70年代の鉄道は、生活のさまざまな場面で、単なる乗り物以上の存在感があった。


結論だけを先に書けば、本書が書かれたことには書評者同様、大きな意味があると思う。70年代、80年代の学校体験は、これから40代、50代を迎える世代にとってきちんと回顧しておかなければならないことという点については、読後も強く感じている。

本書はその端緒をつけたけれども、本書自身は一歩も本質的な部分に踏み込んではいない。読み終えて、そういう感想を否定できないでいる。

本書で著者が身を削るようにして書いた内容をあえて客観的にまとめると、70年代の中ごろに民主化教育の頂点があったこと、それは同質的な集団=団地において、純度高く達成されてしまったこと、しかし、純度高い民主化教育と平等教育は、実は軍隊的、社会主義的な集団主義と一体だったこと、などとなるだろう。

著者のように勉強ができて、自意識の芽ばえも早かった生徒には辛い体験だったに違いない。それを否定する気はない。

しかし、教育現場は、本書に書かれた時代のあとにさらに深刻な事態を迎えたのではないか。校内暴力、いじめ、登校拒否、偏差値による輪切りの進学、校則、号令、体罰による管理教育。そうした70年代から80年代にかけての学校体験の異常は、どこよりも中学校で起きていたのではないだろうか。

著者は、それを見届けていない。著者が見た風景は、学校教育崩壊の前夜にあった最後のキャンプファイヤー。そこにすでにはみ出した子どもがいたことは想像がつく。

言葉をかえれば、本書のもう一つの主題、郊外の崩壊は、最近になって始まったものではない。著者が団地を離れた25年前から徐々に崩壊している。そこから離れられないでいる人もいれば、脱出を試みたあと、あえて留まることを選んだ人もいるに違いない。

例えば、同質性が高いはず団地でも、なかへ入ればピアノがある家とない家がある。収入や生活感、社会学の用語で言えばハビトゥスの違いがすでに存在していたことを、幼かった著者も感じ取っている。

また、高い同質性の一方で団地には住民の絆をはぐくむ文化がなかったことを著者は指摘するけれども、同時に彼がそこを去ってから、団地内に住む舞踊家が盆踊りをはじめたことを彼自身、記述してもいる。崩壊はすでにはじまっていた。それに気づいている人もいた。そして、それでも留まり、抵抗した人も、郊外には確かにいた。


本書には、そういう人々への視点がまったくといっていいほど見られない。久しぶりに小学校時代を過ごした場所へ行ってみてふと著者がもらした、「——随分とさびれたものだな。」という言葉に傍観者的な著者の立場が端的に顕れている。

意地悪な見方をすれば、当時の教員やクラスメイトの言動まで冷静に記述することができたのは、小学校とそれ以後の体験が連続していないからではないか。小学校時代とそのあとが著者のなかでは分離している。もし彼が地元の中学校に進み、そこで友情、恋愛、競争、裏切りなどを経験していたら、もし、いまも同じ地域に暮らし、働いていたら著者の姿勢はまるで違うものになっていただろう。

もう一つ意地悪な疑問がある。原は現在では学校教員となっている。同じ時期に出版された『鉄道ひとつばなし』の続編では、学生との旅行も話題になっている。彼が、どんな風にゼミを運営しているのか、彼の考える民主的な学校とはどんなものなのか、実践の場を見てみたい気がする。

70年代の経済成長期の間に、日本での人々の生活は個人優先になったという見方が一般的である一方、本書も指摘するように、戦争中を思わせるような異常な集団主義も消えてはいない。どちらが優勢だったということではなく、それらは実は本質的には表裏一体のものだったのではないだろうか。

シラケた感じの学校で、体育祭や文化祭など一時的なイベントだけは盛り上がったり、大学では厳しい体育会は避けられる一方、サークル活動ではイッキ飲みの強制、そして何をするのも自由なキャンパスで、自ら個性を捨てて駆け込んだ新宗教で指導者に全面依存。個性と集団。そのバランスは、70年代以降になって壊れたのではなく、はじめからどこかずれていたのではないだろうか。

確かに原は、地域以外の学校に行けた自分が特権的な立場にあったことを批判的に「追求」しなければならないと書いている。とはいえ、それは終章にこれからの展望として書かれていて、本書全体を覆う気分とはなっていない。むしろ、全体を覆っているのは、逃亡者意識ではなく、被害者意識のほう。

私が読んだ新聞書評をはじめ、本書は論壇では評価が高い。それは彼ら「知識人」が被害者意識を共有しているからという気がしてならない。


研究者が自らの体験を書くことが「禁じ手」なのは、たいていうまく書けないから。その原因は、対象に客観的に向かうという姿勢が、自分について書くときには発揮されずに、自分にだけ甘くなってしまうから。私小説家やすぐれたエッセイストと呼ばれる人たちがどれほど厳しく自分自身と向き合っているか、彼らはきっと知らない。思いを吐き出せばエッセイになると思っている節さえある。

ある表現が思想となりうる要件は、当事者性にあると私は思う。自分から逃げないと言ってもいい。近代日本の思想は、時代に対しても自分に対しても傍観者になっているものが多いという批判を聞いたことがある。思想が現実から解離していることと、現実に密着したいわゆる体験談がもてはやされることは、コインの裏表。体験を思想的に表現する、現実を思想的に生きる、そういう例はきわめて少ない。

思想的な表現は、必ずしも精緻な記録でなければならないわけではない。本書の冒頭原は志をルソーの『告白』に託している。しかし、『告白』は虚構に満ちた作品でもある。ルソーは、精緻な記録よりも誠実な思索を選んだ。そのために虚構を織り交ぜることも恐れなかった。彼は歴史家にはならなかったけれど、確かに私小説の先駆となった。

虚構という言葉を原も持ち出しているけれども、事実かどうか、あるいはどこに焦点をあてていて、どこを見せないでいるか、などという細部が重要なのではない。全体を貫く姿勢、それによって定まる視点、そこがぶれなければ、細部は自ずと決まってくる。その視点が、本書ではまだ定まりきっていないように感じられる。


本書を読みながら、何度も読み返している『君はサヨナラ族か』森忠明、金の星、1975)を思い出していた。フィクションとはいえ、いろいろな点で内容が本書と似ていて、それでいて描かれ方は対照的。

主人公は、学校生活になんとなく馴染めないでいる。人より秀でているのは、絵を描くことだけで、勉強もできないし、運動も苦手。彼のまわりには学校生活を存分に楽しんでいる子どもがたくさんいるし、中学受験に向けて熱心に塾に通っている子どももいる。

居場所のない主人公は、病院に逃げ込み、街を逃げ回り、その途中で、さまざまな人々に出会い、別れる。別れを通じて学び、彼が最後に出した結論は、人々を見続けること。中学進学を断り、彼は小学七年生を選ぶ。

虐げられた状況から脱出するという物語の結末は多い。もちろん、そのすべてが逃亡というわけではない。それにしても、とどまるというと滅亡を覚悟した悲壮感が漂いがちななかで、『サヨナラ族』の結末にはさわやかな敗北感がある。これは珍しい。

原が私立中学進学をあきらめて地元の学校に行くべきだったと私は責めたいのではない。自分が置かれた状況や選んだ道からしか、思想は生れない。そこは終点ではなく出発点にすぎない。つまりコミューンを脱出して私立中学に進学したことを彼が特権的な立場にあったと思うのであれば、その地点こそが思索の出発点にならなければならないのではないか。本書の終章を序章にした作品が書かれることを私は期待している。


40代、50代となると、社会的地位を得たり大きな成功を収める人も出てくる。そうした人たちが過去をふりかえると、往々にして「たいへんだったけどがんばった」という過去の肯定になる。すでにそういう本が書店で平積みになっている。

著者の責任ばかりではない。そうした本しか売れないし、だからよく知られた人はなおさら、サービス精神からほんとうのことを書かなくなる。

前の世代は、第一線からのリタイアを控えてさらに醜悪な自画自賛に堕している。同じ轍を踏むことになるか、新しい世代はいつも試されている。



uto_midoriXyahoo.co.jp