人生手帖、山口瞳、河出書房新社、2004

言語の思想 国家と民族のことば(1975)、田中克彦、斎藤美奈子解説、
岩波現代文庫、2003

田村隆一エッセンス、青木健編、河出書房新社、1999

深い河(ディープ・リバー)(1993)、遠藤周作、講談社、1996


人生手帖、山口瞳、河出書房新社、2004

三泊四日でシンガポールへ行って来た。その前日には兵庫へ行ったあとで成田空港近くに泊まったから、正確には四泊五日の出張となった。

以下、読書日記風に感想を残しておく。出張前に機内で読む本を図書館で準備した。それとゆっくり読み進めているエマーソンアウグスティヌスも鞄に入れておいた。この二冊は予想通りほとんど進まなかった。読みかけの本は、いつも読む場所で読み続けたほうがいい。

最初に手に取ったのは、昨年出版された山口瞳の単行本未収録のエッセイを集めたアンソロジー。対談や、彼をよく知る作家の回想を中心にしてまとめた『夢ムック  文藝別冊  総特集 山口瞳 江分利満氏の研究読本』の姉妹編と言えそう。山口瞳を読むとくつろいだ気分になる。きつい小言が心地よい。

山口の文章についてあまり書くことはない。気持ちよく読む文章に感想はないから。すこし疲れているときは、山口のエッセイや胡桃沢耕史『翔んでる警視』シリーズを読む。二人の文章に惹かれるのはなぜか。共通するのは何だろう。

常識とはひと味違う独自の倫理観や正義感、趣味や家族や自分の世界を大切にする感覚、自嘲気味に隠した矜持、そしてユーモア。要するに確固とした自分の信念のようなものが、さらりと、衒いもなく書いてある。あまりうまい説明にはなってないけれども仕方ない。説明はあきらめる

「リトル」という文章で山口は、熱血教員にしごかれるとそのあとで、「意外にもこれが精神的な“甘ったれ”になってしまう。」と書いている。今の言葉では「燃え尽き症候群」か。少し強い調子で「洗脳」と言ってもいいかもしれない

山口は小学校を卒業した時、人生が終わったと思った。受験戦争や管理教育、過酷な労働を経て似たような感覚をもった人は少なくないだろう。でも、それを語るとなると妙な達成感や根拠のない選民意識にすりかわっている人が多い。

従って「リトルは駄目だ」という言葉は、私にとってなかなかに複雑であり、かつ、苦いのである。

こういうことをこんな風にさらりと書ける人は、確かに少ない。

山口瞳で面白いのは、何といっても酒の話。「私のウイスキイ史」では、自分の酒の遍歴を書いている。『江分利満氏の優雅な生活』に描かれた階段を上るような酒の遍歴は、彼の人生そのものに対する実感だったのだろう。


言葉の思想 国家と民族のことば(1975)、田中克彦、斎藤美奈子解説、岩波現代文庫、2003

『言語の思想』は、文庫棚で言葉についての軽い本を探していて見つけた。この本は期待に反して少し重かった。学生時代、同じ著者の『ことばと国家』(岩波文庫、1981)を読んだことがある。国境と言葉の境は同じではないという単純明快な主張は、その後、ずっと私の言葉の見方を支配している。

本書は『ことばと国家』より前に書かれた本。解説でいつも辛口の斎藤美奈子が絶賛しているけれども、若さと気負いと時代のせいか、少し力み過ぎにも感じる。

気になったことを二つ。いずれも既存の考えを批判しようと力むあまり、意図してないにもかかわらず別の既存の考えに落ち込みそうになっている

例えば、漢字信仰をもつ知識人を批判しようとして、日本語を和語だけや音声だけにとらえることになっている。言語を言語単独ではなく、人間がそれを使う社会的な環境を重視する著者の意図を考えれば、望む方向性ではないだろう。また大日本帝国の植民地での言語政策を批判するくだりはかなり情緒的。そのため言葉の普遍的な問題から目をそらせているように感じる。

確かに押しつけられた言葉で感情表現ができてしまうという境遇は、苦しくて悔しいに違いない。しかし、そういうことは日本から朝鮮半島への一方通行というわけではないのではないか。日本語のなかにも朝鮮語のなかにも、そういう事態は常に起こっているのではないだろうか。

大日本帝国に押しつけられた言語は悪かもしれない。しかし、元の政府が押しつけていたかもしれない言語が善とも限らない。母語という言葉は、いかにも幸福に獲得したような印象を与えるけれども、母や家庭が幸福とはそもそも限らない。

それに、押しつけられた言葉であっても、それを身についた言葉として、それを使って表現を極めようとする人もいないわけではない。そういう人に向かって、押しつけられた言葉の表現だから嘘だとか、間違っているなどとは言えない。

嫌々通った学校で教わった漢字や公式でも、ずっと使わなければならない、味気ない受験勉強で覚えた言葉でも、大人になって考えたり、仕事をしたりするときには使わなければならない。現に私がいま使っている用字法は正しくないと主張する人もいる。そう言われても、その主張を正しいと認めても、これが私の自由に使える言葉である以上、私は私の用字法を変えるつもりはない。正しいことが、言葉にとっていちばん大切なこととは思わないから。

政策の批判に重点があるから、その奥にある普遍的な問題意識がかすんでしまうのかもしれない。目的はどこにある。政策の批判か、言語の研究か。こういうことを続けていると田中の門下であるイ・ヨンスクが警告した「『亡霊』を否定するために『亡霊』をもう一度呼び寄せる」ことにつながりかねない。もっとも現在では「エクソフォニー」といったり日本語対何かではなく、多分化世界の中でたわむれるように日本語を考えたりする人も少なくない。そこではもう、亡霊はすっかり退治されている。


田村隆一エッセンス、青木健編、河出書房新社、1999

田村隆一は、荒川洋治『詩とことば』『吉田満著作集』から。気に入る二人の紹介であれば、相性があう確率は高い。没後編まれたアンソロジーを読んでみると、これまで気に入った本に共通する何かを感じる。といっても、面白く感じるのは詩より散文。なかでも「死せる海軍予備学生への鎮魂賦(オード)」に、マイケル・ローゼン『悲しい本』から吉田満、小泉義之『弔いの哲学』紀貫之『土佐日記』までたどり着いた今年これまでの読書を一点に凝縮する言葉を見つけた。

そして、これらの死の統計のなかに、林学生の「死」も数えられてしまうのである。だが、ぼくらは、量の世界にくりこまれることをあくまで拒否する。質としての死を、林学生のノートから読みとらなければならない。質としての死は、あらゆる遺族や、その生をともにした精神的な血縁者の胸底に現存している。さもなければ、死者のおもかげが、いまもなお親しいものの胸中によみがえりはしないのである。そして死者をよみがえらせるためには、生き残ったものは質としての「死」を経験する以外にない。ということは、量的な世界を生きるばかりではなしに、質としての「生」を生きることなのだ。
真の平和は、政治的なスローガンや、擬芸術的なメッセージからは、けっして生まれはしないのである。なぜなら、平和は、受動的に守るものではなくて、人間の固有の手によって“つくる”(原文傍点)ものだからだ。人間が、あたえられた固有の、つまり、質としての条件のなかで、全的な自己表現の道を見出さないかぎり、なにものをも創造することはできないのである。

詩にも気に入ったものはある。初期の詩集『言葉のない世界』(1962)の「保谷」。以前住んでいた町の名前に惹かれて読んでみた。この言葉もまた、今までの読書と思索を代弁してくれているように思う。

ちいさな部屋にちいさな灯をともして
ぼくは悲惨をめざして労働するのだ
根深い心の悲惨が大地に根をおろし
淋しい裏庭
あのケヤキの巨木に育つまで

このまま「第二部 草の上に腰を下ろして」の表紙に掲げておこうと思う。「第一部」の表紙にはピエール・クラストルの言葉が掲げてあるのに、第二部には何もなくてさみしい感じがしていた。こうして詩人の言葉で読みなおすと、昔住んでいた街の名前もちがって響く。

ところで田村は、ほとんど学校では教えなかった小林秀雄の講義を受けていたことを「体操と音楽」で書いている。もっとも田村は「『ドストイエフスキーの生活』という著作を刊行したばかり」の「K先生」としか呼んでいない。K先生は、プラトン『饗宴』の重要性を強調していたという。また一つ星がつながり、また一つ新しい読書へのつながり


深い河(ディープ・リバー)(1993)、遠藤周作、講談社、1996

『深い河』は、遠藤文学の集大成といわれる晩年の長編小説。確かにこれまで読んだエッセイや随筆、対談やインタビューで繰り返されている彼の宗教観があますところなく盛り込まれている。しかも鮮やかなドラマのなかに。これがかえって、私には気がかり。できすぎているような、均整がとれすぎているような、大工の仕事はすべて片付けられて出来上がった建築だけを見ているような感じがする。よくできた小説より荒削りの(そうみえる、あるいは、そうみせている)エッセイを好む性分のせいだろう。

遠藤周作は日本の風土に根づくキリスト教を模索した、としばしば言われる。そうとすれば、大切なのは結論よりその過程であるような気がする。『全集』のなかで読んだあるエッセイのなかで「神々との闘争に打ち克った者だけが唯一の神を知ることができる」というようなことを彼は書いていた。これはどういう意味だろう。それを考えると、「日本的なキリスト教」とか「汎神論的カトリック」などという結論先取りの言葉では済まされない。

ガンジス河を舞台に輪廻転生を題材にし、阿弥陀経を引用しても、物語を導く「はたらき」はどこか別にある、そして、人間とそれを仲介するのは「あの人」しかいない。『深い河』の深い底に流れる遠藤の思いを、私はそう読んだ。読んだけれども、それがどういうことなのか、私には、まだ、よくわからない

小説はすっぱり突然終わる。不自然にさえ感じられる。物語をこれで終わりにしたくはなかったのかもしれない。この結末を読み「それ見たことか」と思うか、「それでもなお」と思うか。遠藤は読者に想像を促している。今の私には、この結末のあとに何も想像できない。想像することを拒んでいると言ったほうがいいかもしれない。

『遠藤周作文学全集』(新潮社、2000)の書評は残してない。評論と随筆とを収めた第12巻、第13巻の表紙絵は見たことがある。舟越保武『ナザレの少年』。こんなふうに読書がつながっていくことは、もちろんうれしく、楽しいことではあるけれども、何かに先回りされているようで、少し恐ろしい気もする。

「はたらき」のなかへわが身を投げ込んでいった大津よりも、「はたらき」を認めない、認められない、認めたくない美津子の気持ちのほうが、いまの私にはわかる気がする。大津について言えば、彼がどういう道程をたどって東京の四谷からフランスのリヨンへ、そしてインドのガンジス河のほとりへと向かっていったのか、その道程を知りたい。

遠藤は本書のあと、「ヨブ記」を題材にして作品を書こうとしていたらしい。『深い河』のような小説を考えていたのか、『イエスの生涯』のようなエッセイか、いまとなってはわからない。その作品が書かれていたら、この本の読後に残るたとえようのない不気味さは消えただろうか。それもまた意味のない問い。遠藤が残した問いかけには、自分自身で答えなければならない

西洋の一神教は日本人にはわからないという人がいる。なぜわからないということがわかるのか。それでは一神教がわかった、わかろうとしたという人は日本人ではないというのか、例外なのか。お前にはわからないという言い草は、自分だけはわかってると言いたい驕りの裏返しでしかない。考えるふりだけをして考えることをやめて、わかったようなふりをして何もわかっていない常套句には辟易する。

ヨーロッパはキリスト教文明というけど、ギリシアやローマはキリスト教世界だったか。むしろそこは異教徒の世界だったのではないか。そもそもキリスト教が生れたのは今の地理では中近東と呼ぶ場所ではないか。

これでわかったということはない。そのかわりに、ずっとわからないとはじめから決めつけることもないだろう。

ローマの若き軍人、ウィニキウスは、動揺しながらも、わからないとは言わなかった。しかし彼は短絡的に「洗礼を授けてください」とも言わなかった。彼が、年老いた使徒に向かって言ったことは、「教えてください」だった。