イエス巡礼、遠藤周作、文春文庫、1995


昨年暮れに聖誕劇を見たのを機に、イエス生誕の意味や彼の生涯についてもう少し知りたいと思い、なるべく手ごろな本を探してみた。本書はイエスの生涯を十五章に分け、福音書と聖書学の研究成果を頼りにイエスの生涯を簡潔に追う。また、それぞれの章にはふさわしい絵画が選ばれ、簡単な解説が添えられている。

遠藤が設けた十五章は次の通り。受胎告知、クリスマスの夜、ナザレのイエス、ヨハネの洗礼、悪魔の誘惑、カナの結婚式、ガリラヤの春、北方への流浪、エルサレム入城、最後の晩餐、ゲッセマネでの逮捕、ペトロの否認、処刑宣告まで、ゴルゴタの丘、イエスの復活。


聖書学の研究に依拠するといっても、遠藤の目的はイエスにまつわる歴史的事実を解き明かすことではない。あくまで信徒である遠藤自身にとっての「真実」を説き明かそうとする。遠藤にとって真実とは、歴史的事実とは異なる後世の創作や伝説も含む。それは信仰のよりどころとなる物語であり、「優れた芸術作品と同じように、事実よりはるかに高い」ものである。このような立場から遠藤は、信仰に基づく考察によって、福音書に書かれていない空白の時間や人々の真意を推測し埋めていく。

この推測には教えられる点は多いものの、同時に私が抱いているイエスに対する印象と異なる点もあり、興味深い読書となった。


なるほどと思ったのは、イエスとユダヤ人共同体との関係についての指摘。ユダヤ教徒のなかでも下層民には敬虔でありながらも、当時の閉塞した形式主義や排他主義に疑問をもつ者が、少なくなかった。そうした状況の下、イエス以前に登場したのが洗礼者ヨハネ。ところが、彼は志半ばで処刑されてしまう。

そこでイエスはヨハネの後継者として、すなわちユダヤ教の改革者として待望される。ところがイエスはユダヤ教を改革するだけでなく、それを解体し、突き抜ける宗教観をもちはじめる。

その新しい宗教観の根幹が、神の愛。イエスは、ユダヤ教の怒り、裁く神に対して赦す神を説き始める。こうした宗教改革は急進過ぎて、救世主を待望していた庶民にもなかなか受け容れ難いものであった。まして改革以上を期待しない人々には、イエスの言動はユダヤ教に対する破壊行為に映ったに違いない。

こうして人気を失ったイエスは逡巡し放浪するが、最終的な決着をつけるためにエルサレムへ向かうことになる。こうしたイエスの前半生についての理解はそれほど突飛ではないし、遠藤の筆致にも説得力がある。


私の素人解釈が遠藤のそれと異なるのは、イエスの後半生について。遠藤は、イエスがユダヤ教の改革者として歓迎されたにも関わらず、それを乗り越えるいわゆるキリスト教精神を見出しはじめたところに悲劇の原点を見る。遠藤の描くイエスはひどく孤独で、己の見出した神の愛を信じて一人、受難へと立ち向かう。

遠藤の解釈によれば、使徒らは、イエスの本心を理解していない。イスカリオテのユダは、ユダヤ教の改革者としてのイエスを支持していたために、その役割を逸脱しはじめた師をファリサイ派に告発した。また、ペテロはイエスの仲間として身に危険が迫ることを怖れ、イエス奪還を試みないばかりか、イエスの身柄と引き換えにわが身の安全を確保するよう懇願した、というのが遠藤の見立て。


私がこれまで得てきたキリスト教の知識や思慮はまことに頼りない。それでもそれをもとに私なりの「真実」を探ってみると、使徒たちはもう少しイエスの信仰を理解していたのではないか、という解釈になる。ユダは裏切り者ではなく、むしろイエスの指示で、受難の預言を成就させるため告発者の役割を引き受けたという説を、読んだことがある。そういう説にたつと、いかにも受難は教団を団結させるための現実的な戦術にとられかねないが、そんな簡単なことではなかったに違いない。

遠藤が詳しく書いているように、重い十字架を背負って市中引き回しとなる当時の極刑は、過酷きわまるものだった。信仰の正しさを証明するためとはいえ、進んで受難を引き受けるにはさまざまな葛藤がイエスの内面にあったに違いない。まして彼は神の愛を信じ、自らを神の子であると信じていた。神は自分を赦し、助けてくれるか、それとも受難の道を進ませるのかという問いもあっただろうし、神に助けを求めるべきではない、むしろ進んで十字架にかかることこそ神の子の生きる道だという迷いも、あったのではないだろうか

ペテロについては、確かに遠藤のように利己的な人間ととらえ、受難、復活を通じて回心したと見ることもできる。私としては、ペテロもイエスが自ら受難に進もうとした意志をある程度理解していたのではないかと思いたい。そのように考えると、三度鶏が鳴くまでのペテロの葛藤が違って見えてくるから。

師を助けにいくべきではないか、わが身と引き換えにしてでも師を助けることが使徒の役目ではないか、あるいは師を決意どおりに受難に送り出し、それを眼に焼き付けることこそが与えられた役目ではないか。そうした問いを胸にしながらも、結局、ペテロはイエスを助け出すことも、その最期を見届けることもできなかった。その悔しさが彼を慟哭させたのではないだろうか。

遠藤の解釈がもつ特徴は、イエス個人の内面的葛藤を中心にキリスト教の始祖としての孤高の宗教人という偶像を作り出している点にある。私の解釈は、初期キリスト教をイエス個人というより、ユダやペテロら使徒たちとともに生み出した共同体的宗教という理解を前提にしている。

こうした理解をとるのは、私にとってキリスト教は信仰の問題であるよりも、西洋思想史における最重要概念という認識があるためかもしれない。西洋思想史において、キリスト教は個人の内面的な信仰の伝統をつくりあげただけではなく、教会、国家、帝国という巨大な組織や制度を支える精神的基盤でもあり続けた。もちろん今日でもその二面性に変わりはない。


イエスの生涯をどう理解するか。遠い過去のことゆえ、これから発掘される「事実」もまだあるかもしれない。イエスの発した肉声は、いずれにしてももう聴くことはできない。だからイエス・キリストの生涯に対する理解は、つねに「事実」を踏まえて各人が心に描く「真実」でしかないのだろう。

従って、恐れ多いことだけど、遠藤の解釈と私の解釈に、本質的な差異はないはず。たとえ聖書学の知識が足りないとしても、たとえ聖書の記述を受け止める誠実さが不足しているとしても、遠藤には遠藤だけの、私には私だけに許される「真実」がある。

少なくともそう信じてみたい。ただし信仰の有無、すなわちイエスをキリストと認めるかどうかが本質的な差異であると言われるであれば、信仰という言葉の意味さえわからない私には返す言葉は何もない。


碧岡烏兎