2003年1月

1/7/2003

昨日の荒川洋治、ラジオ「にっぽん全国8時です」。

年賀状についての文句、いえ論評です。荒川に届いた年賀状は約350枚。そのうち45パーセントは、肉筆のひとことがなかった。デザイン性が優れたものが増えたとはいえ、肉筆のひとことが年賀状をいきいきとさせる。何年も会っていない人に「お身体に気をつけて」と一筆認められていると、身近な人に言われるのとは違い、厳粛な気持ちになる。できれば宛名も肉筆がよろしい。

荒川も森本も、家族写真が刷られた年賀状は好きではないらしい。私としては、家族をよく知る人には、家族の近況を知らせる意味で写真を送るのは悪くないと思う。受け取る立場からも、若いころから知る二人が結婚して、家族が変っていく様子を年賀状で知るのはうれしいもの。困るのは子どもだけの写真。職業上のつきあいだけで家族の顔も知らないのに、子どもの写真を送りつけられるのは、やはり不気味な感じがする。荒川が意図するところをくむと、肉筆の言葉もなく、切り取られた微笑だけで近況を伝えようとされると困惑する、場合によっては不愉快な気持ちにさえなる、ということだろう。

荒川は言葉を大事にする人だから、肉筆での一筆にこだわる。実は彼の意見に反対する発言も聞いたことがある。年賀状とは、「あなたを忘れていません。何かあったら手助けしましょう、連絡を取り合いましょう」という合図なのだから、コメントも何もいらない、その分できるだけ多くの人に出せという意見。これは確かビジネスの世界からの発言。


確かに一理ある。大切なことは、年賀状をきっかけにどのような新しい、あるいはなつかしいコミュニケーションがもてるかということではないか。新しい関係に力点を置けばビジネスマンのような意見になるし、きっかけの美的感覚を重視すれば、荒川のような意見を支持することになる。

年賀状を書きながら不思議に思うのは、年が明けない内に「今年もよろしく」と書いてしまうこと。旧年中に投函するのは、郵便局の都合に合わせているだけではないのか。できれば気持ちも身体も新年を迎えて、新年の気持ちで「今年も」と言いたい。

といっても、元日は何かとせわしなく、それどころか年末からすでに酩酊しているので一年の計を認めるどころではない。その結果、いただいた人になんとか返事を書くのが精一杯。こんな言い草はもちろん、なまけ者の言い訳にすらならない。荒川のコラムをまとめるついでに書き過ぎてしまった。

筆不精の私には年賀状について論評する資格などない。まだまだ脳神経が千鳥足。


1/8/2003

成田空港にて。

一年ぶりの海外出張。行き先はウェイン・テッドローの根城。何度行っても、海外渡航は緊張するし、楽しみでもある。空港が好きだし、飛行機も好き。外国へ行くのも、仕事であっても楽しみはある。これまで後ろ向きの仕事や、辛い気持ちででかけたこともないわけではないが、それでも空港へ来るとなぜか心がはずむ。

初めて外国へ旅したとき、まだ朝暗いうちにバス・ターミナルまで車で送ってもらった。そのとき車でかかっていたのが、Todd Rundgren,“I Saw the Light”。それ以来、空港へ出かける車中ではいつも聴いていた。


今回聴いていたのは、Earl Klugh, “Crazy for You”。二年前にはじめて聴いたアルバムだけど、ずっと昔から知っていたような気がする。子どもの頃、家ではずっとラジオがついていた。カーペンターズ、ヘンリー・マンシーニ、それからアール・クルー。はっきり記憶に残っていない、おそらく当時は聞いたことがなかった曲まで懐かしいのは、どの曲もラジオの匂いがするから。


1/9/2003

私が辻邦生の文章から学んだことは、グローバリズムを肯定的に受け容れる「世界文化混淆(アレクサンドリア)」という概念と「世界は我が内にあり」という一種の唯我論

砂漠に浮かぶ欲望の不夜城と呼ばれるこの街に来てみると、美しいと思われたこの二つの概念が、もっとも醜悪な形で具現化された世界であるように思われてならない。ここには古代エジプトがあり、中世ヨーロッパの騎士物語がある。ニューヨークがあり、パリがある。南の島もあれば、イタリアもあり、スイスの湖もある。宝島もあれば、アラビアン・ナイトもある。

世界中の美しい風景が模写され、世界中の料理が供される。しかもそれらはすべて“American Taste”によって「我が世界」として再解釈されている。「世界文化混淆(アレクサンドリア)」と「世界は我が内にあり」という考え方について、これ以上のパロディはあるまい。


私は、確かに一方を美しく、他方を醜悪に感じる。それはなぜか?

私が“American Taste”を解さないからか。まったくの私の恣意的な直観ではないか。そもそも二つに本質的な違いはあるか。一方は本質的な理解という深みにたどりついているが、他方は表面的な記号をもてあそんでいる。そう言えそうだけれど、いったい何を根拠にそこまで言い切れるか。一方は開放的で、動的、他方は閉鎖的、固定的、そうも言えそう。少しはうまい説明になっているか。まだ説得力が足りない気がする。

ストリップを渡る歩道橋の上に立つと、その箱庭的な風景に、しばし呆然としてしまう。宿題はまだ提出できそうにない。


1/10/2003

メジャー・リーグの選手は非常に高給取り。メジャー・リーグでは試合数も多く、移動距離も長く、実際の生活は過酷。この二つの事実が並べられると、高い報酬は過酷な生活に対する代償と理解しがちだけれど、そうではない。

日本のプロ野球を経験したあるメジャー・リーガーによれば、移動はむしろ日本より楽らしい。球場までリムジンが迎えに来て、空港で待つ専用機のわきまで送り届ける。ホテルはもちろん超一流。選手は野球以外のすべての雑事から解放されている。黙っていても、疲れも覚えないうちに次の球場に到着し、試合が終われば、また次の場所へ快適に運ばれる。

要するに、選手は野球に専念することだけが要請されている。ほかは何もする必要はない。つまり、高い報酬は球場でのプレイと結果に対してのみ、支払われている。


丸山眞男のいう「『である』ことと『する』こと」(『日本の思想』岩波新書)という議論は、ここでも有効ではないだろうか。メジャー・リーガーは一流選手であることに対して報酬を受けているのではない。一流のプレイをすること、最高の結果を出すことに対して報酬と名誉を受けている。

メジャー・リーガーが野球中継以外のテレビ番組にほとんどでない理由もここにある。野球選手であるだけでは、テレビで歌を唄ったり、私生活を披露したりして報酬を受ける理由にならないから。

ここから話を少し広げれば、コメンテーターや、ご意見番というテレビやラジオの配役が実に愚かなものか見えてくる。ある分野の専門家というだけで、政治、経済、芸能のすべてにわたって一言する資格はない。


例外は確かにある。超一流のプロ、例えばマイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズは私生活も報道されるし、また本人たちもスポーツ以外の分野、とくに自分が受けてきた差別に関わる教育や文化に関わる問題については積極的に発言し、時に政治的にさえなる。

その一方で、超一流の選手や専門家となると、私生活がスキャンダラスに報道されることもあれば、突然、あらゆる分野で指導者であると勘違いして、周囲を唖然とさせることもある(例えば、O.J.シンプソンやウィリアム・ショックレーの晩年)。

それでも一般的な傾向として、まだ合衆国では、プロはその道のプロとして、その道でのみ賞賛され罵倒されるという原則は守られているようにみえる。その一番の理由は、おそらくスポーツ界にしてもショー・ビジネスにしても、裾野が広いこと。いわゆる「ぽっと出」や生半可な技量ではたちまち消えていく。下からの突き上げが激しいから。

「世界は広い」。この認識が、合衆国の良心的な一面を作っているように思う。

7/15/2003/TUE追記

この前日に書いたように、この広いはずの「世界」が自国だけを示しかねないところに合衆国のもう一つの面があることは言うまでもない。


1/14/2003

グッゲンハイム・エルミタージュ美術館“The Arts through the ages-masterpices of paintings from Titan to Picasso”展。虚飾に満ちた街も、最近は余暇の多様化を受けて従来の薄汚れた印象を払拭しようとしている。巨大なショッピング・モールや大掛かりで多彩なショー、質の向上したレストランなどは、そうした方向転換の現れだろう。

かつてはいかにもギャンブルとストリップが似合いそうないかがわしさが持ち味だった街に、「本物」を見せる美術館ができたのは、大きな流れに沿ってはいるのだろうけれどまだ不思議な気がする。

美術館はカジノの一角にあり、端の方では音楽や騒音が聞こえてくるほど。それでも何点か見ているうちに、しばし静かな絵画の世界へ没入できた。客の入りも経営が心配になるほどでもなく、新しい試みは商業的にも成功しているように見受けられた。


1/15/2003

マッカラン空港から機中にて。

究極の社会主義は、実は、もっとも洗練された資本主義で、完全な階級社会だった。党員と選別されたスポーツ選手と文化人の住む高級アパートや、特別な百貨店がそれを象徴していた。今や、究極の資本主義は、もっとも見事な社会主義に近づいている。すべては同じ製品で、価格は安く、給与は努力ではなく、社会全体の経済状態によって決定されている。

どうでもいいものと、どうしても必要なものはほとんどただ、それなりのものはほどほどの値段、よいもの、価値あるものにはたくさんのお金を払う。そういう経済の仕組にならないものか。

不気味なことにラスベガスはそうした制度を実現してしまっている。質を問わなければ飲み食いはかなり安い。金さえ払えば、とてつもなく美味しいものが食べられる。それは誰かが快楽と引き換えに大金を払っているから。


離陸した飛行機から見下ろすと、砂漠に浮かぶラスベガスは、宇宙に浮かぶ地球に見えてくる。荒野のオアシス。そこにはさまざまな歴史的遺跡や個性的な都市の記号が彩りをそえている。ギャンブルやセックスだけではない。いまでは食事、買い物、スパ、遊園地、美術館まで、あらゆる快楽と欲望を満たす街。同時にそこにはあらゆる犯罪、偏見と差別経済的格差が渦巻いている。

背後ではどうなのかわからないが、少なくとも表面的には、かつてのいかがわしさはかなり払拭されている。観光都市、見本市都市として生きていこうとすれば、洗練された欲望をもつ都会人の要望を聞き入れなければならないから、今後もこの傾向は強まるだろう。一方で、この街を訪れる観光客には、私を含めて、さまざまなデザインが記号のままで終わらず、現実の世界を知る契機となることを願う。


一つ、気がかりなのは、ラスベガスがいかがわしさを失い、あらゆる欲望をかなえる街となるとき、観光都市として世界中の大都市と競合しなければならなくなるということ。ニューヨーク、ロサンジェルス、東京、パリ、ロンドン、ローマ、上海、シンガポール。そこではレストラン、名所、歓楽街、遊園地、美術館、などあらゆる施設、記号が存在する。しかもそれらは記号でもあり、現物でもある。

そうした都市と争うとき、ラスベガスはどこまで独自性を打ち出せるだろうか。結局はギャンブルとショー・ビジネスが、やはりベガスをベガスたらしめているものとして、ずっとこの街の中心であり続けるのかもしれない。


ところで、この街には日本的なものを記号として使ったホテルが、まだない。きもの、仏教、すし、柔道、満員電車、ハイテク製品。どれもホテルの装飾としては面白くない。思い浮かべやすい、つまりはステレオタイプの“JAPAN”を素材にして、しかも娯楽性の高い施設を作るのは意外と難しいかもしれない。

ふと思いついたのはポケモン。立ち読みした書店ではMangaがずらりと並んでいた。ポケモン、ガンダム、千と千尋さくら、ラブひな、ドラゴン・ボール、何でもある。アニメとマンガ。これこそ合衆国の観光地で今、もっとも受ける日本文化ではないだろうか。これならばホテル、ゲーム、ギャンブル、レストラン、何でも作れるし、家族客も呼び込める。近い将来、ホテル・ポケモンができるかもしれない。

1/16/2003追記

現地の人に聞いてみると、家族向けの施策はうまくいかず、伝統的なラスベガス、すなわち、ギャンブル、セックス、ドラッグの街に戻っているそう。結局は危なっかしく、きわどい売り方でしか、この街は生き残れないのかもしれない。だとすれば、ホテル・ポケモンの実現性は低いだろう。

日本のアニメは“animatoin”ではなく、“anime”と呼ばれるほど定着しても、砂漠の不夜城、大人の歓楽街、欲望の裏通りには不釣合いかもしれない。あるいは、“anime”と“otaku”は、現代日本文化の生んだ欲望の裏通りとすれば、ホテル・アキハバラこそ“JAPAN”の新しい記号を生み出すのかもしれない。


1/16/2003

森有正は、東京やジュネーブでした仕事と、そこで考えたこととは関係がないと書いている。その気持ちはよくわかる。どこのホテルに泊まったか、どんな仕事をしていたか、私が文章で表現する内容とは関係がない。そう思うから、他のところでもできる限り固有名詞を極力避けてもいる。さらにいえば、固有名詞を使っているところでも、その固有名詞の指し示すものだけを意味しているのではない。

たとえば、八木重吉と書くとき、思い浮かべているのは八木重吉だけではなく、別の詩人でもある。それが誰かを書くつもりはない。なぜ二人がつながるのか、いまは説明できないし、きっとずっと説明できないような気がする。

それは、文章を書く私のなかの問題。書かれる文章とは次元が違う問題。

以下、植栽。書評「やわらかな心」「イエス巡礼」「ナショナリズムの克服」「学歴貴族の栄光と挫折」雑文「名前の呼び方、呼ばれ方」「世界の終わり」

書評「ナショナリズムの克服」にある、「確かに沖縄の歴史は抑圧された歴史であるとしても、同時に抑圧する歴史であったことを見逃してはならない。」という一文は、十年以上前に行った石垣島の記憶から。八重山民俗園で、人頭税のために使われた機織を見た。


1/17/2003

サンフランシスコ空港(SFO)にて。

行けると期待していたSFMOMAには行けなかった。残念に思っていたところ、チェックイン・カウンター裏に小さな展示と売店があった。こういうところをみると、その街で美術館がどういう位置づけをされているかがわかる。

展示は、肖像画が少しと、“The Arrangement In Red, White, and Blue: The American Flag”。「星条旗小史」といったところだろうか。以下、展示に添えられた説明文の要約。

星条旗は、1777年に国旗として制定された。当初は細かい規定もなければ、象徴性もなかった。艦船を英国軍と識別するための軍旗としての実用性が必要だっただけだからである。1794年、ケンタッキー州とバーモント州が追加され、以後州追加とともに星が増えた。つまり国旗はつねに形を変え続けた。この点、星条旗は静的なシンボルではなかった。星条旗のデザインや使用法には、20世紀初頭まで規定もなければ、規制もなかった。そこで自由な解釈、意匠、用法が可能であった。20世紀以前の星条旗やそれをモチーフとしたさまざま物品は、合衆国のFolk artであり、American heritageである。

展示品のなかで面白かったもの。ネイティブの衣装に織り込まれた星条旗、スポーツ雑誌を飾ったバットとボールの星条旗、国産品を称揚するために星条旗をあしらわれたタバコの箱、同じく米国製を強調するスープ缶。「星条旗は13の星と紅白の帯からなる」というあまりにも単純な規定が20世紀まで続いていたとは知らなかった。


合衆国とはつくづく、国を愛することが求められても、その愛し方は各人の自由にまかせられた国だった。今日、展示も説明するように、星条旗の意匠には細かい規定があり、その用法もまったくの自由というわけではない。公共の場で侮辱するようなことがあれば処罰の対象にもなる。国を愛することが強制されるだけでなく、その愛し方まで強要されるのは、現代国家に共通する傾向なのかもしれない。


1/18/2003

Madeline (1939), Ludwig Bemelmans, Puffin, 1998

Madeline's Rescue (1953), Ludwig Bemelmans, 2000
No one saw: Ordinary Things Through the Eyes of an Artist, Bob Raczka, Millbrook Pr, 2001

Late Night Guitar, Earl Klugh, Blue Note, 1999

Heart String, Earl Klugh, Blue Note, 2000
Two of a Kind (1982), Earl Klugh with Bob James, Manhattan, 1994

出張での買い物。

『げんきなマドレーヌ』と『マドレーヌといぬ』の原著。街道沿いにある大型書店では、原色のキャラクター絵本に溢れた棚の奥に、コールデコット賞受賞作のコーナーが設置されていて驚いた。脚韻を読むと、原著ではマドレーヌではなく、マデラインらしい。

パリの雰囲気を踏まえて「マドレーヌ」と訳したのは、瀬田貞二の名案。“in rain or shine”を「ふっても、てっても」と訳すなど、原著と翻訳を比べてみると、二倍、三倍に楽しい。実際のところ、ベーメルマンスの妻はどう呼ばれていたのだろう。

“No one saw”は子ども向けの絵画入門。空港の中にあるSFMOMA shopで買った。「グランジャッド島の休日」に“No one saw Sunday like Gerges Seulra”という言葉が添えられている。ほかにも、「ブロードウエイ・ブギウギ」には、“No one saw squares like Piet Mondrian”と記されている。こういう具合に集められた近代絵画のアンソロジー。

巻末にある言葉が子どもたちを美術の世界へ、さらに広いそれぞれの内なる世界へ誘う。

Artists express their own point of view, and no one sees the world like YOU

こういうところから個人という考え方が育てられていくのかと、感心することしきり。

私としては、希望を込めて次の一文を加えておきたい。

However, it doesn't mean that you are all alone.  You can create a beautiful harmony with others, like an orchestra playing a symphony, by playing one tune, by playing different parts.

Earl Klughはラジオでよく使われている。たいてい天気予報や番組情報の背景など、目立たないところ。邪魔にならないさりげなさが彼の音楽の魅力。NHK-FM、金曜夕方、EPOの「エポック・ミュージック」のおしまいには“Dance with me,” (“Finger Painting”)が使われている。

“Heart String”に入っている“Rayna”は、文化放送、平日の夕方に放送されていた「都民マイク」の背景音楽。CDから藤木千穂アナウンサーの声が聴こえてきそう。

そのほかの買い物リスト

DVD
Steely Dan, Two Against Nature
Sade, Life promise pride love

Weekly World News

“Weekly World News”はお決まりの土産になっているトンデモ新聞。今週のトップニュースは、「日本軍の潜水艦、1944年から潜航!乗組員はまだ臨戦態勢のままカリフォルニア沿岸へ接近中!?」。

こういうネタが、ウエブ・サイトではなく、わざわざ新聞という体裁にしているところが、何しろ可笑しい。


1/19/2003

12日間の出張から帰宅。直接帰宅せずに、二晩、温泉で休んだのはよかった。家に帰り、しばらく休んでから、散歩がてら近所にあるスーパーへでかけた。まわりの風景をながめながらゆっくり歩いて、ようやく帰ってきた気がする。大きな荷物は、まだ届いていない。

身体だけ先に帰ってきて、自分のまわりは、徐々に徐々に、帰ってきた感じがする。


1/20/2003

21世紀に入り、長らくジャンボことボーイング747が独占してきた旅客機の世界にも、新しい世代が登場するらしい。次世代機はより速く、さらに快適になるときく。どちらもありがたいことだけれど、速くなるのに、エンターテイメントや、通信機能をいま以上に充実させる必要があるのだろうか。

長いといっても太平洋路線は現在でも半日で到着する。空の上でメールまで見なければならない忙しさは異常。むしろ、機上は電話がかかってこない唯一の場所になりつつある。それさえも奪い去り、人を鎖でつないでおこうとするのか。速く飛び、機内設備を充実させることは、結局、何もしない時間を削減するだけとしか思われない。


1/21/2003

まだ、出張で感じたことのつづき。

以前は機内の娯楽が少なかったから、興味があろうとなかろうとやっている映画を見たり、音楽を聴くしかなかった。そのおかげで、それまで知らなかった音楽や映画を知ることにもなった。今は、映画だけでも10時間の飛行時間でも見切れないほどの番組が用意されている。音楽も案内役のついた番組だけでなく、さまざまな分野の最新盤を全曲聴くことができる。

もともと自分から出かけて映画を見ることはないので、機内は唯一映画を見させられる場所だった。ところが今や、気に入った音楽チャンネルを順繰り聴くだけでも寝る暇がなくなる。そうなると映画や落語、ドキュメンタリーなど、自分のなかでは関心はあっても優先順位が低いものには当然手が回らない。

選択肢が多様化するということは、個人の側から見れば、興味ある分野を深く掘り下げることができる反面、よほどはみだす意識をもたなければそれ以外の世界へは関わる機会すらなくなるということがはっきりわかった。


1/22/2003

昨日の荒川洋治。新しく刊行された筆順辞典について。筆順は長年先達がつみかさねた歴史。行書、草書、楷書で筆順が異なる漢字もある。

少し話が飛んで、字には個性が表れる、というのが結論。

これだけ印刷技術が発達すれば、手書きの原稿をそのまま印刷することも可能ではないか。中途半端なデジタル技術はアナログの質に及ばないが、解像度の高い極上のデジタル技術は自然界に存在する姿を限りなくそのままの形で表現することができる。


詩ではときどき、毛筆で書いたものをそのまま印刷した本を見かける。小説ではおそらく推敲や校正が多すぎて、すらすらと読めるようなものにはならないだろう。編集者や印刷所には清書した原稿を出す人もいるらしいけれども、自分で清書する人は多くないとも聞いた。このことだけでも、文学といえども共同作業の集積であることがわかる。

つい最近も、ある文学賞受賞者が授賞の気持ちを聞かれて、「私一人で授賞したのではありません、一緒に仕事をしたスタッフ皆の授賞です」と、グラミー賞をとったロック歌手のような応対をしていた。

文学は、一人の心の表現。そうした考え方はもはや常識外れだろうか。


1/23/2003

箴言の頁を新設。

書評「理想の国語教科書」を植栽。

箴言の頁は、直接リンクを見せない隠しページとして存在していた。そんなに気取ることもないだろうとリンクを目次に出した。箴言というほどたいしたものではない。もともと、広告コピー、ラジオCMなどが好きだった。最近は読まなくなったが、「ぴあ」の「はみだしYOUとぴあ」もよく読んでいた。

書評「1.5流が日本を救う」を剪定。碧岡烏兎の書評として、これがなくては画竜点睛を欠くという一文を最後に追加。その他最近は、「21世紀に希望をもつための読書案内」「イエス巡礼」を剪定した。


1/24/2003

富士の月 竹内トキ子写真集、竹内トキ子、東方出版、2002

没後40年 色彩の音楽--正宗得三郎の世界展、府中市美術館、府中市美術館、2002
歴史遺産 日本の洋館 第二巻 明治篇Ⅱ、藤森照信/文・増田彰久/写真、講談社、2002

今年初めて図書館へでかけた。CDを借りるのはずいぶんと久しぶり。読みかけ、書きかけが手元に多くあるので、本は視覚的なものを借りた。建築関係で面白そうな本を手に取ると藤森照信の著書によく当たる。


1/25/2003

Stefan Hussong Plays Johann Sebastian Bach, Stefan Hussong (accordion), Denon, 1997

懐かしのアメリカTVドラマテーマ曲集、クラウン、1993
Pacific Coast High-way, Pacific Winds (Steve Lindsey and Steve Goldstein), コロンビア、1989

Pacific Coast High-wayは、サンフランシスコからL.A.を抜けて、サンディエゴまで続くカリフォルニア州道1号線の別名。アルバムは、カリフォルニア・ロックをフュージョンに編曲したアンソロジー。

Ventura Highway, Georgy Porgy, Do It Again, China Grove, I Can't Tell You Why (Guest Timothy Schmit), California Dreamin', Ride Like the Wind, Fresh Air, Dance With Me, Close to You.

書評「絵本と子ども」「絵本のよろこび」「子どもはどのように絵本を読むのか」を植栽。

読んだのは三冊いずれも昨年のこと。ようやくまとめられた。


1/26/2003

シュヴァイツァー(伝記 世界を変えた人々7)、James Bentley、菊島伊久栄訳、偕成社、1992

銀河鉄道999 PERFECT BOOK、別冊宝島、宝島社、2002
空とぶ船と世界一のばか(The Fool of the World and the Flying Ship: A Russian Tale, 1968)、Arthur Ransome文、Uri Shulevitz絵、、神宮輝夫訳、岩波書店、1970
ピエールとライオン、Maurice Sendak文・絵、神宮輝夫、冨山房、1986
すいか、ちかみじゅんこ文、五十嵐明彦写真、金の星社、1986

Winter into Spring, George Winston, Victor, 1982

GUITARS, ゴンチチ, ポニーキャニオン, 2001
Sprit of Guitar, John Williams, CBS/SONY, 1989

図書館で本とCD。『シュヴァイツァー』は、森有正「流れのほとりにて」から。

「銀河鉄道の夜」よりも前に松本零士の『銀河鉄道999』を知っていた。「銀河鉄道の夜」は、最初に藤城清治の影絵を見て、それから本を手に取った。

原作を読んでみて、銀河鉄道という設定だけでなく、「ほんとうの幸い」や「限りある命」という主題を通して、『999』は「夜」へのオマージュとなっていることを知って驚いた。その一方で宮沢賢治の中に、壮大なSF世界がすでに出来上がっていたことにもやはり驚いた。

『空とぶ船』は、『よあけ』で知ったシュルビッツのコールデコット賞受賞作。荒唐無稽で痛快「ばか」という言葉がこの物語では何とも心地よい。

『ピエールとライオン』は、日経新聞金曜日夕刊の絵本紹介欄で知った『まどのむこうのそのまたむこう』と『かいじゅうたちのいるところ』に続いて、センダックを読む三作目。センダックの作品は、いずれも起承転結がはっきりしている。


1/27/2003

悪口二題。他人の仕事をとやかく言える立場でないのは承知の上で。

  • 1.

ルドヴィッヒ・ベーメルマンスの絵本「マドレーヌ」シリーズには、瀬田貞二以外にも訳がある。ところが、他の訳文はあまりよくない。先日図書館で見つけた作品では、例の「ふっても、てっても」と訳された“in rain or shine”が「天気がよくても悪くても」となっていた。これでは中学生の宿題。

ここでは新訳を批判するより、原文の字義ではなく、醸し出す雰囲気まで訳そうとした瀬田貞二の心意気を高く評価すべきなのだろう。冒頭の決まり文句で瀬田訳を踏襲した江國香織の訳文は、瀬田作品として「マドレーヌ」を知った読者には快い。

  • 2.

コメンテーターという人たちは、どうするとあそこまで訳知り顔で、知ったかぶりをできるものだろう。それぞれ何かについての専門家であったとしても、それ以外については専門家ではないのだから未知の部分もあれば、間違う可能性もあるはず。むしろある分野で専門家であるからこそ、他の分野に素人として発言すべきではないだろうか。

あるラジオ番組で。よく知られた社会学者がまず、ここのところ人気の陰山メソッドについて「わたしも小さいころは反復練習してました」と絶賛。それでエライ大学へ入れたとでもいいたげ。一方、週末の新聞では、反復練習の効果は認めるものの、政策の不備を現場での努力に置き換える文科省の無責任が別の教育社会学者によって批判されていた。

同じ社会学者は、番組の前半で米国のイラク攻撃について「絶対、あります」と断言。ところが後半、現地を取材してきた記者から現地の様子、中近東、欧州の情勢からまだ開戦の時期ではないと報告されると沈黙。「イラクの人々は、ワシントンにも開戦非戦両派いることを知っていますから」という発言にも応答なし。

明日開戦されれば、社会学者の予言があたったことになるというわけではない。新聞やテレビ、要するに私たちとほとんど変わらない情報源を噛み砕いて、あるいは時に少し難しく言い換えるだけのコメンテーターは必要ない。学者をコメンテーターとするとこの傾向が強いように感じられる。

法律家やエコノミストなど、専門分野がはっきりしている人は、その立場から限定した発言もあり、また豊富な知識に裏付けられた説明に納得させられることが比較的多い。といっても、メディアはちょっと「できる人」は「使える人」としてもてはやしては使い捨てにするから、しばらく前に面白いと思ったエコノミストが、ほとんどタレント化しているのにはがっかりする。

ところで同じラジオ番組で、「相撲人気は凋落するか」というアンケートでゲストとして発言したやくみつるが冴えていた。アンケート自体意味がないと断じて曰く、「相撲が好きな人は、人気の変動など気にしません。いつも見てるんですから」。政府広報の仕事やテレビの仕事が増えて毒気が減ったようにも見えていたが、いやいや、やくみつるは侮れない牙をまだ隠していそう。


1/28/2003

今朝の荒川洋治。作家が何歳で傑作と言われる作品をものしたか、調べてみる。

明治の作家、江戸時代生まれである森鴎外、夏目漱石の世代では33歳前後、それ以後のいわゆる現代作家では、10歳以上はねあがり47歳前後になる。上昇した背景には、平均年齢の上昇もさることながら、息の長い作家生活をする人たちの存在がある。野上弥生子、谷崎潤一郎、井伏鱒二らは70歳近くなってからも若いときに優るとも劣らない質の高い作品を書いた。


長命なだけでなく、文筆生活を長く続ける秘訣は何か。以下、荒川の指摘。若いころ貧しい暮らしをした作家が抱く、書き続けないと生活できないという不安。戦争や結核で若いころに友人や家族を亡くした世代が持つ、早世した人たちの分までもがんばろうという気概。芸術は常に未完成であるから創作し続けようという表現者としての決意。

これらに加えて、近年、物書きになりたいという人が増えている背景には、世知辛い世の中で、書くことは一生続けられる仕事だという認識が広まっているからではないか。

森本毅郎は中川一政の言葉を引いて、若いときに傑作を出してしまった短距離ランナーが長生きすることほどみじめなことはない、とまとめた。


森本の通俗的な意見には反対。一度でも傑作を生み出した人なら、生きていれば、もう一度、傑作を世に問うことがあるかもしれない、と私は考えたい。いや、一度も傑作を生んでいない人でも、死ぬまでにどんな仕事をしでかすかわかるものではない。

そのような壮年期の作品は、酸いも甘いもかみしめた、人間的な奥深さをもつのではないだろうか。実際、しばらく前の同じ番組で、若いころに芥川賞をとった人が、何十年も休筆した後、味わいある作品を書き上げたと荒川は話していた。

啄木、重吉、中也のように夭折した芸術家は手放しで賞賛されがち。確かに短い命のあいだに爆発的に輝いた感性はすばらしい。しかし、生き続け、娑婆の荒波にもまれながらも鋭い感性を維持し、それを自分の力で表現することも並大抵のことではない。これは比較できる問題ない。


以前、萩原健太がラジオでブルース=スプリングスティーンについて、「大人になることは難しい。少年の心を残すというと響きはいいが、現実にはただのわがままであることが多い。少年の心をもちながら責任ある大人になるのは苦しい道のり。そういう人はほんとうに数少ない」と解説していたことを思い出す。

若いころ明朗だった人が年をとるにつれ頑迷になることもあれば、若いころには奇人と呼ばれるほど偏屈だった人が、柔和な好々爺となることもある。年のとり方は難しい。


新聞の日曜版にある芸術欄で、彫刻家、平櫛田中が90歳を越えてから作った作品を見たことがある。心と身体の底からこみあげるような破顔一笑に、人間が成熟するとはこういうことかとつくづく思った。


1/29/2003

雪の降る名古屋。

これまで見る機会がなかったNHK教育テレビ「人間講座 絵本のよろこび」最終回を見る。講師は、長年絵本の編集をし、現在では福音館書店取締役となっている松居直


松居は現在、アジアの絵本を広める努力をしているという。これまでアジアの絵本はほとんど読んでいない。『スーホの白い馬』(大塚勇三文、赤羽末吉絵、福音館、1967)は読んだことがある。『マーリャンとまほうのふで』という民話を覚えているが、手元にはない。違う版なら図書館にはあるけれども、読んだ絵本は現在は絶版らしい。

以前、荒川洋治が児童文学は大人向けに比べてずっと幅広い地域の作品が翻訳されていると話していた。多文化を学ぶにも絵本はよい教材となるに違いない。今までは確かに合衆国やヨーロッパの絵本を読むことが多かった。これからは注意してアジアの作品もみたいと思う一方、時が来ればそうした本との出会いも訪れるような気がする。


これまで読んだ絵本も漠然と出会ってきたわけではない。自分が行った場所や、出会った人、気に入ったものなどとの関わりのなかから、次々と出会ってきた。無理をして「読まなければ」「探さなければ」と思うこともない。読み続けていれば、アジアの絵本に出会うこともあるだろう

ところで、松居が多文化という時、文化の並存状態を意味しているようで気になった。文化の並存状態とは、日本文化、韓国文化という文化がそれぞれ独立してあり、その間の交流が多文化理解だという考え方。文化は固体のように存在しているのではない、と私は考える。混沌とした世界を便宜的に日本文化といったり、若者文化といったり、食文化と呼んでいるに過ぎない

『スーホの白い馬』はモンゴル文化か、日本文化か。いずれでもあり、そのいずれでもない混合した別物でもある。


同じことを以前小林秀雄について書いた。ランボーの翻訳は、日本文化でもあれば、フランス文化でもある。フランス文化(詩)と日本文化(日本語)が溶け合った混合文化。

さらに大切なことは、存在するのは多文化ではなく、多文化を吸収した個人個人ということ。『スーホの白い馬』を読んで育ち、小林秀雄を読む個人のなかには、モンゴル/日本的なものもあり、フランス/日本的なものもあり、さらにさまざまな文化が混ざり合っている。

思想というものに私がたどりつけるとすれば、この考え方は不可欠な構成要素となるだろう。


1/30/2003

正月休みに、休み明けに予定された10時間の飛行に備えてMDを編集した。もともと“Sweet music above the clouds”という題をあてた一連のアンソロジーが作ってあった。それに新たに数曲と前後にインストゥルメンタルを追加した。出来上がって、一通り聞いてみて新たに浮かんだ題名が“Home――遠ざかりながら近づく場所”。Homeは人でもあり、街でもあり、もっと広い意味である場所の空気でもある。いずれの曲も遠ざかりながら近づいていく心境が描かれている。

ちょうど機内で読んでいた森有正「バビロンの流れのほとりにて」の主題にも重なるところがある。AORや西海岸系を中心に選曲したので、ブルース、ブリティッシュ・ロック、アメリカン・フォークなどは外した。

  • A long time ago and far away, Earl Klugh
  • It might be you, Stephen Bishop
  • It wouldn't have made any difference (if you loved me), Todd Rundgren
  • It's in your eyes, Phil Collins
  • Heart of mine, Bobby Caldwell
  • I'll be over you, Toto
  • End of innocence, Don Henley
  • You're the inspiration, Chicago
  • I guess that's what they're calling the blues, Elton John
  • Faithfully, Journey
  • Time after time, Cyndi Lauper
  • More than words, Extreme
  • Through the fire, Chaka Kahn
  • Right here waiting, Richard Marx
  • And so it goes, Billy Joel
  • Going home, Kenny G

1/7/2004追記

この選曲は、「Home――遠ざかりながら近づくところ」として音楽のページに入れた


碧岡烏兎