烏兎の庭 第一部
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3.7.03

趣味は読書。斎藤美奈子、平凡社、2003


趣味は読書。

斎藤の方法と文体は、決して新しいものではない。作品をまったく違う見地から読み込む批評方法は、と学会や、本書でも取り上げられている「空想科学読本」などによって切り開かれた手法。文体には、ナンシー関やネット系コラムニストと共通性がある。

対象が、と学会の場合では疑似科学や荒唐無稽な小説だったりナンシー関ではテレビ・タレントだったりして、文学や普通に売られている普通の本を対象にした批評ではなかった。その意味では、斎藤は時代の子であり、登場すべくして登場した評論家といえる。といっても今回は、普通に売られているどころか、売れまくっている本が対象であり、その版元の多くは大手出版社。その意味では、これまではいなかった恐れを知らない猛者でもある。

先行する手法や文体があるといっても、本書はと学会風の文芸批評でもなければ、ナンシー関風の書評でもない。つまり、斎藤は先行者のパロディや亜流ではない。彼女にしかない手法と主題、すなわちスタイルがある。その肝は倫理観と平衡感覚にあるように思われる。もう少し具体的にいえば、彼女のスタイルの特徴は、非権威・非権力的傾向と、おちょくるが、見下したり馬鹿にしたりはしないという塩梅微妙な礼節にある。


ベストセラーは一つの権威。本そのものでなくても、売れる理由のどこかに権威が隠れている。斎藤はそうした権威を一つ一つのベストセラーについて暴露していく。著者が有名、出版社が大手、テレビで紹介など宣伝が大規模、流行語や誰でも無視できない概念(生死、健康、幸福、性格など)を中心にすえている、などなど。そうしたからくりを知った上で楽しむことを、斎藤は提言しているようにみえる。言ってみれば、ベストセラーを題材にしたメディアリテラシーの教科書と読むこともできるかもしれない。

斎藤の戦略である非権威・非権力とは、反権威・反権力とは違う。サブカルチャーの世界からいわゆる教養主義の文学や思想を批判する方法は、これまでもなかったわけではない。しかしそれらの多くは教養主義を悪しき権威主義と攻撃しながら、その実、自らが依拠するオタクやサブカルチャーの世界を唯一、最高の芸術、表現、知識体系などと思い込んでいる節が見受けられた。

もちろん教養主義のなかにも権威主義はある。対象の事実誤認や論理破綻を指摘するだけなのに、まるですべての知識を備えた存在が無知を断罪するような表現もあれば、反権力を論じる文章のなかでも、「詳しくは拙著を参照のこと」など、拙ないとはばかりながらも命令する文体も少なくない。むしろ従来の教養主義は、このような言わば著者中心主義に対して無感覚だったと言っていい。

斎藤は、そうした文章そのものに潜む権威主義にまで敏感でいる。それだけでなく、彼女は自らがかもし出すかもしれない権威に対しても注意深い。例えば他の作品で展開されている概念を紹介するときにも命令口調を避けて「読んでください」と丁寧に書いている。


これはけっして表面的な問題ではない。表現そのものにまで彼女の思想がこめられていると見るべきではないだろうか。その意味で斎藤は、いわゆるゴリゴリのフェミニストではない。男であろうと女であろうと、自分を含めたあらゆる権威に対する批判が感じられる。

自分を権威ある存在におかないということは、相手を見下したり、馬鹿にしたりしないということでもある。批判はするが、その方法は、自分はすべてを分かっているという見下ろした態度ではなく、下から上に立つ権威を引きずりおろすような表現がとられる。

上に立つ権威を力で引きずりおろすことは難しい。そこで有効なのは、少し斜に構えた表現やユーモアを使って、くすぐるように攻める方法である。戦略が非権力・非権威ならば、斎藤の戦術は笑わせて引きずりおろすことである。これは狂歌や川柳などにも見られる、昔ながらの権力批判の方法と言ってもいいだろう。

非権威・非権力を目指し、控えめな姿勢をとり、ユーモアたっぷりに表現する。そうした斎藤のスタイルは、斎藤自身の考え方を見えにくくしている。それでも彼女の主張が相対主義ではないことははっきりしている。「いい本もあれば、悪い本もある」という考えは明瞭である。


その基準は売れ行きではない。ベストセラーなら「いい本」だと思うのも間違っていれば、ベストセラーなら「悪い本」と決めつけるのもやはり間違っている。まして「いい本」だから売れないという「出版業界の常識」は問題をすりかえている。売れない理由は、本来顧客である読者を見下して自己満足に浸った商品ばかりを製造していることにある。

ベストセラーという権威を取り除いて、虚心坦懐にして読む。すると意外な本に意外な面白さが発見できる。実際、本書の中でもっとも褒められているのは、彼女とはもっとも思想的に程遠いと思われる西尾幹二『国民の歴史』。


権威を排して、自分の感性と基準だけで本を楽しむ。その感想を自分のなかにある権威に注意しながら表現する。これこそ「批評の王道」ではないだろうか。そう考えると、本書は、まさしく小林秀雄賞受賞第一作にふさわしい。

数百万部売れるベストセラーが年に数点でるといっても、出版業界全体は未曾有の不況らしい。権威に拠らずに自分がいいと思った本は買わなければいけない。それが読者として出版界と文筆者を支える、ささやかではあるが最大の貢献だろう。

斎藤美奈子の生活と平凡社の存続のために、私はこの本を買った。


さくいん:斎藤美奈子



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