土を掘る 烏兎の庭 第三部
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2009年12月


12/26/2009/SAT

2009年最後の土曜日。景気の影響もあるのか、普段の業務の激しさに多くの社員が音を上げたのか、会社は25日で休業となった。米国にある本社では24日から休んでいる人も多い。

今年一年間を振りかえってみると、『庭』をはじめた2002年以降、これほど本も読まず、文章も書かなかった年はなかった。

2002年からの8年間は内省する時間が多かった。職業上の問題もなかったわけではないけれども、内面生活と精神生活とはなんとか分けることができていた。ところが、この一年は自分の身辺が慌ただしかった。大げさに言えば公的生活、早い話が仕事がとにかく忙しかった。

手短に書けば、これほど自分が会社に染まるとは思ってもみなかったほどに、3月に転職してからは会社の業務に没頭していた。そういう年もあるだろうし、あってもいいのかもしれない。何年も続いてしまっては困る。私の体質では早晩落ちていくだろう


今年は前半、ずっと調子が悪かった。新年早々レイオフの通告を受けて調子のいい出だしの一年になるはずはない。新しく見つけた仕事も、同じ業界とはいえ規模も習慣も違い、なかなか慣れなかった。

いまから思い返すとまるで不思議に思えるけれど、秋まではほとんど毎日、「冬になったら、ジンのボトルを一本持って雪山深く歩いて、酔ったままそこで二度と目が覚めないくらい深く眠ってしまおう」と考えていた。それは、自分が考えているというよりも、自分の意志と無関係に湧き上がってくる夢の光景のようなものだった。

12月になってから山形へ出張した。今年最初の大雪が降った週末の翌週。車窓から真白な雪山を見ても、冷え込んだ街並みをホームから見ても、ここで降りてしまおうと思うことはついになかった。

秋が過ぎる頃、急激に身辺があわただしくなった、それこそ、落ち込んでいる暇もないほど。でも、その状況をこなせているのは、まだまだ不安定なところがあるにしても、数年前に比べればはるかに心身が落ち着きを取り戻しているからと言えるだろう。

そういうわけで、読書でも音楽でも映画でも美術でも、新しく見聞を広げるということが今年はすくなかった。それでも、印象に残る出来事や場所、本や音楽などが全くなかったわけではない。重大ニュースというほどではないにしても、この一年で心に残ったことと、来年の生活を変えていく予感がすることについて記しておく。


Best Play: Derek Fisher, Los Angeles Lakers

Orlando Magicと対決したファイナルの風向きを変えた3ポイント・シュート。


Best Music: Portraits、村治佳織、ユニヴァーサル、2009

小学校高学年になった子どもにつられてミュージック・ステーションなどの音楽番組を見るようになった。だから今年はいわゆるJ-POPの新曲をよく聴いた。頼まれてレンタル店で最新曲を借りることも増えてきた。

そういった新しい歌のなかで気に入って繰り返して聴いていたのは、いきものがかりの「YELL」と「なくもんか」。「YELL」は、アンジェラ・アキの「手紙」と同じように中学生の合唱コンクルールのために書かれた曲。最近、なぜかそういう曲になぜか惹かれる。

村治佳織の新盤は自分の好みで買った数少ないアルバムの中の一枚。“Tears In Heaven,” “Träumerei,” “Nocturn,” “In My Life”坂本龍一“Energy Flow,” そして、新録音の“Sunburst”。この8年間を思い返すためにふさわしい選曲だった。


Best Book: 須賀敦子全集 第4巻、河出文庫、2007年

父と娘の関係、という話題を親しい友人と話していて、すすめられた本。今年はほとんど本を読まなかった。この本も、著者が父親の思い出をつづったいくつかのエッセイのほかは読み切ることができなかった。書評にとりあげられていた本にほとんどなじみがなかったせいもある。でも、勧められた須賀が父の思い出、とくに父親から影響を受けた文学や読書について書いたエッセイは心に残った。

音楽や文学の趣味について、父と母、どちらからより多く影響を受けるものだろうか。そもそも両親から文化についての影響を受けない人もいるだろう。須賀敦子の場合は、父から文学的な影響を反発ということも含めて多く受けている。

いまのところ、私の娘息子ほど私の趣味に影響されていないようにみえる。

私自身について言えば、文学の趣味はほとんど母親に負っている。母はいつでも本を読んでいる。私のように濫読や耽読したり、反対にまったく本を読まない時期があったりということがない。『破戒』も『橋のない川』も『伽耶子のために』も『一房の葡萄』も、『若い詩人の肖像』も、それから『草の花』も、みんな母に教わった

8年前、小林秀雄を読みはじめたと言うと、「あの人は言いたいことを言った人だね」とひと言つぶやいた。小林秀雄の文章についていくつか感想文をその後書いたけれども、このひと言以上の感想を書けた気がしない。読書について、いや、実際のところほかの多くの点でも、私は母の影から踏み出していない。自分の子どもが大きくなるにつれて、かえってその思いは強くなっている。

母は今年、母を、つまり私にとって祖母にあたる人を失くした。今年は、そういうこともあった。

私の音楽の趣味は、誰から影響を受けているだろうか。そのことを書くために8年間を費やしてきた。そう言っても間違いではない。そして、ほんの少し書き出したところで立ち止まっている


Best Gadget: iPhone 3G, Apple

   今では、一方では広告は新しいライフスタイルを想像させる力を徐々に弱め、他方、世の中が豊かになるにつれ、一つの商品がライフスタイルの全体を変えるようなことも、ほとんどありえなくなっている。

しばらく前にそう書いた。それは訂正しなければならない。5月にiPhoneを手に入れてそう思った

通勤時間が長く、多忙であるにも関わらず、子どもが寝る前に帰宅できているのは、電車のなかでも仕事をさばいていけるこのデバイスのおかげ。

自分が書いた文章を読み返したり、NBAの速報を見たり、これさえあれば時間が空くことがない。

とはいえ、画面の文字ではなく、紙に印刷された文字をページを繰りながら読むことが恋しくなることもある。文庫本新書の数冊を除けばほとんど読書はしなかったけれども週刊アスキーだけはほぼ毎週、読み続けた。楽しみにしている連載は「東京トホホ会」と「電脳なをさん」。唐沢なをきのパロディ、とくに藤子不二雄A『まんが道』の変奏には毎度驚かされる。

狐の書評も、サラリーマンの悲喜こもごもを描いて、疲れた家路に何となく元気づけてくれる漫画『負けてたまるか』もなくなってしまったけれど、日刊ゲンダイも、まだときどき読んでいる。

クリスマスサンタクロースはiPhoneをもっていない私以外の家族にそれぞれ違う色のiPod nanoをもってきてくれた。

この調子ではMacが私の家にやってくる日もそう遠くないだろう


Best Place:

今年は私の居場所に大きな変化があった。そもそも1月に事実上、整理解雇の対象となり、そのあと何とか見つけた新しい通勤先は、これまでよりずっと遠い場所だった。

8月にその職場が移転した。それまでいた過激派のアジトのような薄暗い雑居ビルの一室から、築数年の新しいオフィスビルへと一挙にレベルが上がった。そのあと今度は会社のなかでの私の役割は突然180度変わることになった。

それから初秋のある週末、新聞の折り込みチラシでふと見かけた新古の戸建をただ冷やかしに見に行ったつもりが、その場で気に入り衝動買いしてしまった。

まさか不動産の購入をわずか数十分で決めることになろうとは思ってもみなかった。あとからみれば、あらかじめ調べておくべきだったことがたくさんあったことに気づいた。結果的には後悔するような事実はなく、契約は恙無くすんだ。

うつ病の申告をしたにも関わらず団体生命保険がおりたことに不動産屋の担当者も驚いていた。私はこれまで休職したことはなかったし、快方に向かっているという大甘の診断書を書いてもらってはいたものの、精神科にかかっているというだけではねつける保険会社もあると聞いていたので気が気ではなかった。

人生は塞翁が馬。レイオフでもらった加算退職金が不動産購入の頭金の足しになったのだから。

新しい職場と新しい家。ここが最善の場所になるかどうか、それはこれからの暮らしで決まる。


一軒家に住むことになるとは、それも東京でとは、思ってもいなかった。今の恵まれた環境を選ぶのなら、このままずっと賃貸アパートに住みつづけることになるだろうと思っていた。そのほうが気楽だろうとさえ思っていた。

一軒家に住むことには、むしろ不安のほうが大きい。それはローンのことばかりではない。小さな部屋で4人いつも顔を合わせ、布団を並べて暮らしてきた。そんな暮らしとは違う生活がこれから始まる。夕食のあと、子どもたちはすぐに二階に上がり自分の部屋に閉じこもってしまうのではないか。

家の外で忙しくしているあいだに、家が大きくなった分だけ、家族の一体感も拡散して希薄になってしまうのではないか。

杞憂ではない。そういう家庭を私自身、目の当たりにしてきたのだから。

とはいえ、子どもが巣立っていくことは避けられないことだし、その過程ではさまざまな衝突も当然、あるだろう。それはわかっているつもり。つまり、私が抱いている不安は、これからのことではなく、これまでのことにある

それはそれとしても、思い返してみれば、もうすこし広い住まいへ引越したいと思っていたのは、そもそも子どものためというわけではなかった。大人だけの時間をもつため。二人だけで過ごせる部屋ではその意味について語り合うこともできるだろう。

クリスマスは私にとって特別な日ではなかった。特別になったのは3年前。職場近くの小さな教会で静かな時間をしばらく過ごしたあと出社したクリスマスの朝、倒産と解雇を告げられた。そんなひどく屈辱的な思い出の残る日に、今年、サンタクロースは私に小さな鍵をくれた。この小さな鍵が、12月25日の記憶をこれから色鮮やかに積み重ねてくれることを願う。

写真は、袴線橋から眺めた操車場と東京の西の空。


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uto_midoriXyahoo.co.jp