土を掘る 烏兎の庭 第三部
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12.27.08

70s 日本の雑誌広告、(広告に記録された70年代、泉麻人)、ピエ・ブックス、2007

80s 日本の雑誌広告、(「キラキラ」としたものが愛された時代、サエキけんぞう)、ピエ・ブックス、2007


まだ冬の寒い頃、海野弘『二十世紀』を読み、20世紀を10年ごとに刻んでそれぞれの時代について考える方法を知った。それからしばらくして、図書館の新刊棚で、70年代の雑誌広告を集めた本を見つけたときは、もうどこも桜が満開だった

出版元は写真集や広告関係の仕事が多いピエ・ブックス。調べてみるとやはり続編として80年代版もある。あとから予約をして2冊を比べながら読んでみた。

1960年代の終わりに生まれた私にとって70年代は子ども時代と少年時代、思春期の手前までにあたる。最初の記憶は74年頃。毎日仮面ライダーの絵を描いていたことや、幼稚園バスの窓から通りを走るクルマを眺めていたこと、小学校へ入る前の節分の日、はじめて遠くの友だちの家へ一人で出かけてお土産に鬼の面と豆をもらったこと、そんなことを覚えている。彼の名前は『ジャンボーグA』に変身する青年と同じ「ナオキ」だった。

クルマの名前を覚えることが大好きだった。新聞や雑誌のおかげで、クルマの名前はいつのまにかたくさん覚えていた。発表されたばかりのブルーバードUを幼稚園バスから見つけて興奮したことを覚えている。家にクルマがなかったので、通りでクルマを眺めているだけでも幸せだった。

だから集められた広告のなかでもクルマの宣伝につい目が行く。それからオーディオ製品。なかでもカーオーディオは、タッチパネルの画面が全面を占拠しているいまのナビゲーターとは違い、ダイヤルやボタンがたくさん並んでまるで飛行機のコックピットのようだった。プリ・アンプ、パワーアンプ、チューナー、カセットデッキ、イコライザーと、一揃え集めるとコンソールに何段も積み上がった。なかには飛行機そのままに天井に設置するオーディオもあった。広告でも、飛行機のコックピットをイメージさせる写真が多い。

そういう広告を見ては、いつかは、ずらりとダイヤルが並んだコックピットに乗り込んでクルマを運転してみたい、そんな空想を膨らませていた。

ラジカセやコンポーネント・オーディオも若者から少年たちの憧れだった。テクニクス、ローディー、ダイアトーンなど、家電やオーディオのメーカーはそれぞれに社名とは別のオーディオ・ブランドをもって、商品だけでなく若者のライフスタイルをリードするイメージを競い合っていた。

私の家には、Zil−Bopという名前の黒い大型のラジカセがあった。イジェクト・ボタンを押すとゆっくりカセット・テープのふたが開くソフトイジェクトを備え、最高品質のFe-Crのカセットテープが使える製品だった。


70年代は、広告が強い影響力をもっていた時代だったのかもしれない。広告は商品を売り込むだけでなく、その商品をつかったライフスタイルを提案し、消費者にその商品を買うことで生活そのものが変わることを想像させ、期待させた。

それは広告に力があったからというわけではない。商品のほうに影響力があったからこそ、広告がその魅力を十二分に引き出す触媒としての機能を果たしていたというべきではないだろうか。

今では、一方では広告は新しいライフスタイルを想像させる力を徐々に弱め、他方、世の中が豊かになるにつれ、一つの商品がライフスタイルの全体を変えるようなことも、ほとんどありえなくなっている。クルマもオーディオも単なるモノになりさがり、広告だけが饒舌になっている。

結果、宣伝に出ているタレントの名前やタイアップされた音楽は覚えていても、肝心の宣伝されていた商品のことは何も記憶に残らないようなことが起きている。

70年代には、広告と商品と消費者の想像力があるバランスを保ちながら膨らんでいたそして、いわゆる消費マインドを押し上げていた。当時の広告を見ていると、そんな風に思う。

あるいは、私のもっている70年代への郷愁が、そんな風に思わせるのかもしれない。

見まわせば、ヒット商品というものはいつの時代にもあるし、とくに若者の暮らしぶりがそれによってどんどん変わっていくことに変わりはない。ただ、商品と消費者の想像力とライフスタイルへの実際的な影響を広告が絶妙にとりもつような関係はもはやなくなってしまったようにに思う。



uto_midoriXyahoo.co.jp