硝子の林檎の樹の下で 烏兎の庭 第四部
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2011年12月


12/17/2011/SAT

先月、11月28日で『烏兎の庭』という名前でウェブサイトをはじめて9年となった。11月28日は思い出深い日付。私が抱えている、いわゆる記念日反応の一つ。

11月28日。この日は毎年センチメンタルな思い出に浸っていた。ところが、今年は“何も”感じなかった。米国本社から社長が来日していてそちらに気をとられていたということはある。でも、それだけではなかった。

中井久夫は、心的外傷が治癒する時、外傷の原因をつくった記憶は「無意味で退屈な」「一つの挿話」になると書いていた。11月28日は私にとって心的外傷というほど深刻なものではない。とはいえ、いつまでも忘れることができない、切ない気持ちにさせる日であったことは間違いない

それが今年になって、突然、思春期に誰にでもありそうなエピソードの一つになってしまった。そう思い直させるきっかけになったのは、中学生の頃に歌い、すっかり忘れていた合唱曲「夢は大空を駈けめぐる」

11月28日は、偶像(アイドル、idol)を記念する日だった。30年以上も前のこの日の出来事が思春期から十代のすべてであるように思っていた。ところが、そうではなかった。11月28日と同じくらいに思い出深い出来事や忘れてはならない人はほかにもあった。

小学五年生の秋から小学校を卒業するまでの「あの頃」藤城清治の影絵劇『銀河鉄道の夜』を見たときも東照宮の陽明門の前でも、国会議事堂の前でも、それから、卒業式のあと、校門の前で撮ったスナップ写真でも、私のとなりにはいつも同じ笑顔があった。小学校の卒業式直前から後、私がほとんど言葉を失っていた数年のあいだ、その笑顔に「幾度、助けられだろう」(大道寺知世「友へ」)。

私は、その存在を当たり前に思いすぎていたのか、あるいは、その存在を独占しようという思いを強くしてしまったせいか、いずれにしてもその笑顔の存在の大切さに気づいたとき、その笑顔は私からずっと遠く離れていった。遠ざかってしまったのは、私の思慮が浅かったせい。


中学三年生の冬、地域の合唱祭の舞台。私の隣りには別の笑顔があった。私の独善的な選良意識がその笑顔を遠ざけた。その非礼に気づいたのもずっとあとのこと。むしろごく最近のことといったほうがいい

ここで“I've been a victim of a selfish kind of love”という言葉をMichael Jackson, “Man In the Mirror”から引用しておいてもいいだろう。

中学時代はずっと鉛色の曇り空だったように思っていた。そうではない。小春日和の日もなかったわけではない。そう気づくことがすで15歳のときの記憶を書き換えている

何年か前に、優れた小説は拡大鏡ではなく、針孔のようなものと書いたことがある。登場人物が多いからといって作品の世界観が必ずしも広いわけではない。独白体や私小説であっても奥深い世界観をもつ作品もある


記憶と偶像についても同じようなことが言えるのではないか。

一つの出来事の記憶や、一人の偶像が自分の世界のすべてを覆っているように思うことは間違っている。ただし、一つの記憶や、一人の偶像が、すべての“源”になっているということはあるかもしれない。

私は30年以上前の出来事が、私のすべて、少なくとも、私の十代のすべてであるかのように思っていた。実際は、自分勝手な感傷をカレンダーに押し付けているだけだった。今、11月28日という日について静かに考えてみると、そこにすべてがあるのではなく、そこからすべてが始まっている

憧れや歓びだけではなく、私のなかにある悲しみ独善的な優越感憎しみや卑屈さ悔しさ苛立ち、そうしたものもすべてこの日にはじまった。

言葉を換えれば、偶像は今やすべての装飾が剥げ落ち、崩れてしまった。あるいは、落ちていったのは、私の目にこびりついていた鱗だったのかもしれない。どちらでもいい。それは表現の違いに過ぎない。重要なことは、偶像が対象ではなく、源になったということ。

偶像が崩れ去り、何が残ったのか。象徴、という言葉が当てはまるだろうか。あるいはアイコン(icon)と言ってもいいかもしれない。

象徴は、そのなかにすべてを包み込んでいるのではない。そこにすべての源があり、すべては象徴のなかではなく、私のなかにある。象徴はそれを思い起こすきっかけを与えてくれる。森有正の言葉を借りて「促し」と言ってもいい。


偶像は、「促し」を与えない。偶像は、むしろ私から促されるべきものを吸い取り、型にはまった思考だけを残していく。だから、感傷的で空虚な思考停止に陥ることになる。

象徴(icon)は、私の内面を照らし出す。目を背けたくなる所も露わになる。もうそこにすがりつくことはできない。

11月28日は、私の心の窓。そこから私の庭が見渡せる。比較的明るい表の庭。よく見ると、ところどころに木陰や黒土の盛り上がったところがある。振り返ると、もう一つ、窓がある。私の裏庭へ向いている窓。

私は、ずっとこの二つの窓のあいだを行ったり来たりしていた。外へ出て少しずつ庭を耕しはじめたのが、ちょうど9年前のこと

どちらが表でどちらが裏か、それを問うことにも意味はない。夜と昼とが入れ替わるように表の庭が暗くなることもあれば、裏の庭が陽だまりのように暖かくなることもある。結局のところ、どちらも私の庭であることに違いない。

偶像は消えた。でも、この日がこれからも、「ずっと特別で大切で」(奥華子「ガーネット)、忘れることのできない日であることに変わりはない

初恋は終わらない

この日を記念して第四部の表紙にエピグラフを書き添えておく。


12/24/2011/SAT

震災トラウマと復興ストレス (岩波ブックレット)、宮地尚子、岩波書店、2011

誰だって惨めな姿を他人には見られたくないもの。だから精一杯、元気に見せている。

それだけで精一杯の被災者からすれば、「逆に元気をもらった」などと言われることが一番辛いのではないか?


12/31/2011/SAT

クリスマスを挟んでロサンゼルスへ旅行してきた。出張の前に一日早く行ってサンフランシスコやシリコンバレーを見ることはときどきしてきた。観光目的でアメリカへ行くのはほぼ20年ぶりのこと。家族でのアメリカ旅行は初めて。

前回の海外旅行は、まだ子どもが小さい頃。お世話になった人に結婚して生まれた子どもの顔を見てもらうためにブリュッセルへ行った。その人たちは今年、亡くなってしまった。

海外旅行を思い立った理由は、 まず第一に家族4人で旅行するため。子どもの年齢を考えると今を逃すとあと5, 6年は一週間の旅行はできなくなりそう


目的地はアメリカと早くから決めていた。 英語を勉強しはじめた子どもに英語は教科書のなかの言葉ではないことを伝えたかった。自分が19歳ではじめて見た外国をできれば私が見た年齢よりもっと早くに見せたかったということもある。

20年前、単なる観光目的で行った所は、ロサンゼルス、ラスベガス、グランドキャニオン、そしてサンフランシスコ。そのとき以来、いつか子どもができたらグランドキャニオンを一緒に見たいと思っていた。

今回、グランドキャニオンへは行かなかった。予算や日程の都合から、結局、ロサンゼルス、正確にはアナハイムだけに滞在することにした。

ロサンゼルスは、文章を書きはじめるきっかけとなったメモを今からちょうど10年前、2002年の1月に書いた場所。LA旅行は『烏兎の庭』10周年の前祝いとなる記念旅行だったとも言える。


LAに行った目的はNBAの試合を見ること。 チケットは旅行を予約した8月、盆休み明けに買っておいた。今年はロックアウトが長引いたために、開幕どころかシーズン全体が開催されない可能性もあった。労使協定が決着し開幕が決まったのは11月の末。買っておいた12月25日が開幕日となった。

NBAのチケットはなかなか取れないとは聞いていた。そのうえLos Angels Lakersは、現在NBAで最も人気のあるスター選手、Kobe Bryantのいるチーム。チケットが取れたのは、ロックアウトの影響で買い控えた人がいたおかげ。運がよかった。

開幕日で、クリスマス・ゲーム、レイカーズが迎えたのは昨年シーズンMVPを獲得したDerek Roseを擁するChicago Bulls。試合開始前に、選手会長David Fischerの開幕挨拶。

そして試合は両チームのエースが活躍しながらも地元レイカーズが終始リードしたあと、残り20秒、ローズがフックシュートを決め、1点差でブルズが勝利を収めるという好試合。これ以上ない取り合わせでNBA観戦を満喫した。


今回の旅行で驚いたことは、超肥満の人が多いこと。以前から気づいてはいたものの、今回、コート上にいる引き締まった身体のスポーツ選手や細身でグラマラスなチアガールを間近で見たので、街なかで見かける、まるで風船のようにおなかだけ膨らんでいる人たちが余計に目についた。

今年、アメリカでの格差問題が注目を集めた。現地へ行ってみると、アメリカには格差を是正する制度や社会的な精神が欠落しているのではないかとさえ思われた。努力し、勝ち上がった人には法外な報酬が与えられる一方、努力もせず、怠けている人は放置されている。超肥満になってしまった人たちに対して、保険制度で救おうというよりは、自業自得と思われている節がある。

では、法外な報酬を得ている人たちは、ほんとうに自らの努力だけでその地位を築いたのか。金が金を生むマネー・ゲームで稼いでいるのではないか。怠けているように見える人たちはほんとうに何の努力もしていないのか。勝ち上がる人たちの踏み台にされたのではないか。産業の空洞化のせいで取り残されているのではないか。格差問題の論点はそこにあった。

産業の空洞化は深刻。経営側にいる人々は工場を海外に移すだけで、自分たちの収入を減らしている訳ではない。多くの企業は登記上の本社を海外のいわゆるタックスヘブンに置いている。アメリカの企業が儲けた金は経営者の懐に入ることはあっても、税収となり政府を通じてアメリカ国民に還流するようにはなっていない。


今年、アメリカでは格差の問題が脚光を浴びた。この問題は、日本でも深刻になりはじめている。産業の空洞化、雇用の海外流出も日本で起きている。

こうした状況において、自分はどこにいて、どこへ向かうべきか。もう逃げることはできない。来年は、よくよく考えなければならない年になるだろう。


2012年2月4日追記

ロサンゼルスへ行って、もう一つ、驚いたこと。物心ついてから初めて行った外国というのに(贅沢なことに彼らは物心つく前に外国へ行ったことがある)、子どもはそれほど興奮した様子もなく、カルチャーショックを受けているように見えなかったこと。

街中で見かけた人々の姿ひとつとっても、アメリカはもう日本で育った若者にとって“憧れの国”ではなくなってしまったのかもしれない。ただ、両親と一緒で安心しきっていたということであれば、それはそれでわからないことではない。いずれ一人で行って、自分自身で衝撃を受け止めることだろう。そういう機会も訪れてほしいと思う。


今年はほとんど本を読まなかった代わりに音楽はよく聴いた。今年よく聴いた作品を書き残しておく。今年一番聴いた歌手は山口百恵。私にとって2011年は山口百恵を「再発見」した年だった。

「あの素晴らしい愛をもう一度」(北山修作詞、加藤和彦作曲)と“Ave Verum Corpus”(モーツァルト作曲)は春に読んだ『優しい音』(三輪裕子、小峰書店、2010)に登場したもの。今年読んだ本のなかでは、とりわけ印象に残っているのはこの物語。

いま振り返ると、この物語を読んだことが中学時代をこれまでとは違う見方で思い返すきっかけになったのかもしれない。


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uto_midoriXyahoo.co.jp