最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

神代植物園の雑木林

2017年7月

7/1/2017/SAT

『行人』の感想文を推敲

2017年7月1日推敲。

講演「文芸の哲学的基礎」(1907, M40)は『行人』(1913, T2)の執筆以前だったことがわかったので、論点はそのまま表現を変えた。以下は差替えた部分。

   甲か乙かで悩む神経衰弱は消えて、自分の仕事を、自分の速度で、自分の好きなところまで広げる自由と余裕が感じられる。漱石は言うまでもなく優れた文学作品を書き残した文豪として知られている。彼の実生活を知ると、苦しみながらも自分を傷つけることなく、人生を生ききった勇敢な人と見ることもできる。

新しく挿入した文。

   この講演は明治40年(1907)に行われた。『行人』『こころ』を書く4年前、7年前にあたる。
   漱石は、自らの苦悩を小説という作品に昇華させることで、「えらい事」を成し遂げた。私にはそう思われてならない。

7/3/2017/MON

昇順の目次

目次が「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾」のようになったので、2015年から昇順の目次を作成した。

各年の1月にも直接行けるように飛び石を置いた。

我が家の庭は、せいぜい四畳半程度。しかも、鶴田浩二が「傷だらけの人生」で歌ったように「荒れ放題」

これだけ狭いのに自分ではどこにも手をつけていない。年に一度、植木屋に散髪を頼むだけ。

いつか元気になったら庭を好きなように変えたい

我が家の庭は狭いままでも、私の庭は広がりつづける。


昇順の目次では、写真も変更した。また変えるかもしれない。


7/4/2017/TUE

noon, my fairy tale、ビクター、2004

SAMPO 散歩、オーマガトキ、2009
3,2&1、小沼ようすけ、ソニー、2006

noonのカバー曲はどれもバランスがいい。原曲の土台をきちんと残して、新しい設計の家を建てた感じ。

『SAMPO』は、「ウォーキング、ランニングのためのアコースティック・ギター・インストゥルメンタル集」という面白い発想のコンピレーション。

参加アーティストは、岡崎倫典吉川忠英、中川イサト、中村善郎、内田勘太郎。

岡崎倫典がいい。彼の演奏はとてもまろやか。アコースティック・ギターに独自のエフェクトをかけているのか、低音が厚く、高音は円く聴こえる。テンポの早い曲でもゆったりした感じ。

小沼ようすけはカッコいい。ソロ曲も多いので、なおさらカッコいい。クルマを持っていたら夜のドライブで聴きたい。今はクルマがないので、風呂に浸かって"Spain"を聴く。


さくいん:吉川忠英


7/5/2017/WED

懐かしい人たち

6月、7月、8月、9月と懐かしい人たちの命日が続く。

6月は父の弟の叔父。7月は大学の同級生。8月は母方の祖父。9月は最初に働いた会社の先輩

とても親密だったわけではないけれど、定期的に会う関係で、もっと深く知り合いたいと思う人たちだった。


一人で暮らしていた叔父の家を父と片付けに行った。ジャズのレコードがたくさんあった。古い大きなスピーカーもあった。

高校と大学時代の友人を大切にしていて仲間内の掲示板もあった。そこに書き込んだ文章によれば、レコードは280枚以上持っていて、スピーカーは自作だったらしい。

大量のレコードと大きすぎるスピーカーをどうしたものかわからず、時間の制約もあったので、結局、レコードとスピーカーは処分した。CDだけは私が持ち帰った。

その後、Bill Evanceをよく聴くようになった。


7/6/2017/THU

針穴のパリ----田所美惠子写真集、河出書房新社、2006

長いあいだ探していた写真集をようやく見つけた。

ブクログに登録したのは昨年の4月。日経新聞の書評欄ではなく、文化欄の5 - 10回程度の短い連載コラムに凱旋門の写真があった。コラムの名前も、筆者の名前も忘れた。何でも写真にメモしておけばいいのに、つい忘れる。

文化欄のコラムには長谷川潔を教えてもらった。

ピンホールカメラは知っていた。小学生の頃、学研の『科学』の付録にあり遊んだ記憶がある。


パリモノクロが似合うのか。凱旋門やエッフェル塔など、19世紀末には「新都市」だった街は今では観光名所の集まる旧市街。その古い街がモノクロでほんのりぼやけた空気をまとい、ノスタルジーを増している。

「壺に入ったブドウ」や「白いチューリップ」などの静物は、長谷川潔のマニエール・ノワールの雰囲気に通ずる。

やっぱり、パリはモノクロが似合う。


7/7/2017/FRI

学校嫌い

大学を出て、一度就職してから仕事を辞めて大学院の修士課程に入った。目的はMBAではなく、学部時代に専攻した政治思想史のやり直し。

修士課程は何とか終えた。そのあとは先行きが見えず、何とか切り開いていこうという信念もなく、結局、仕事を探してまた働きはじめた。

いま思えば、行くだけで気分が悪くなるほど学校嫌いで、興味の湧いた本しか読まない私が、教えること調べることのプロフェッショナルである教員や研究者になれるはずがなかった。


あの大学院で学んだことは、今はまだ書く「とき」ではない。

いま、言えることは、いろいろな意味で大きな意味があったこと。間違いではなかったし、失敗でもなかった。

つまり、大学院へ行ったこと、あの学校を修了したことに後悔はしていない。


7/8/2017/SAT

運がいい

最近、自分はとても運がいいと思うことが多い。そういうとき、これまであった辛いことをわざと思い出してみる。すると、そういうことがあったのにもかかわらず、いま、こうして暮らしていられるのは、やはり運がよかったからかな、と思い返す。

とても不思議。つい先日まで、過去を呪い、現在に苦しみ、未来に失望していたのに

そういう異常な状態を、西田幾多郎の哲学を真似て「絶対矛盾的自己疎外」と呼んでいた。


過去の出来事を肯定的に受け止めたり、そうでなくても何とかやってこられたことを評価できるのは、「今」の自分を幸せと思っているからだろう(松任谷由実「静かなまぼろし」)。

過去を変えることはできないし、未来を確実にすることもできない。人は常に「今」を生きることしかできない。つまり、過去も未来も、現在のなかにある、と同時に、現在は一瞬のうちに過去になり、未来が現在になり、すぐさま過去へと変わっていく。

こうした刹那の連続のなかに人は生きている。

   右の如き矛盾的自己同一の世界は、いつも現在が現在自身を限定すると考えられる世界でなければならない。それは因果論的に過去から決定せられる世界ではない、即ち多の一ではない、また目的論的に未来から決定せられる世界でもない、即ち一の多でもない。元来、時は単に過去から考えられるものでもなければ、また未来から考えられるものでもない。現在を単に瞬間的として連続的直線の一点と考えるならば、現在というものはなく、従ってまた時というものはない。過去は現在において過ぎ去ったものでありながら未(いま)だ過ぎ去らないものであり、未来は未だ来らざるものであるが現在において既に現れているものであり、現在の矛盾的自己同一として過去と未来とが対立し、時というものが成立するのである。而(しか)してそれが矛盾的自己同一なるが故に、時は過去から未来へ、作られたものから作るものへと、無限に動いて行くのである。
   (「絶対矛盾的自己同一 一」、1939)

西田の哲学を理解できているとおこがましいことを言うつもりはない。それでも、『夏目漱石と西田幾多郎』にも引用されている文章を読むとき、「現在」に生きて、「過去」と「未来」を見据えることの大切さを感じないではいられない。


書き終えて、ふと、松本竣介「立てる像」が思い浮かんだ。

「現在」に地に足をつけて立ち、「過去」を謙虚に顧みて、そして、高い理想を掲げて「未来」を遥か彼方まで見つめる姿が、西田の言葉と共鳴している。


さくいん:西田幾多郎松本竣介


7/10/2017/MON

運が悪い

一昨日、「自分は運がいい」と思うことが増えた、と書いた。「恵まれている」と思うときも少なくない。とはいえ、いつもそういう感触があるわけではない。

「どうして何をやってもこうダメなのだろう」と自分に失望することも相変わらず頻繁にある。

「煩悶」するという点では明治の青年に引けを取らない。

青年と書いたけれど、小説家にしろ哲学者にしろ、中年になってもまだ煩悶している。


明治時代に生きた先人は明治の精神と格闘した。私は、「明治の精神」を手がかりに、「高度成長期」「昭和元禄」、「70年代」「バブル」を振り返る。

そうした自分が生まれ育った時代の精神を厳しく見つめなおさなければならない(西田調)。

その手助けをしてくれる同時代、同世代の表現者にまだ出会うことができていない。

言うまでもなく、「時代の精神と格闘する」ということは、「人生のなかで幸と不幸は同じ量」などという処世訓を身につけることではない。


さくいん:70年代80年代


7/11/2017/TUE

自称脳科学者の欺瞞

いまだに自称脳科学者が、「男性は〇〇に長けている」「女性はばXXに強い」などとテレビで講釈している。

これだけLGBTが広く認知されている時代に、身体的な性別で性格や行動を括る正当性はまったくない。

数多いるLGBTの人気タレントと対決させたらどうか。とっちめて退場してもらおう。


7/12/2017/WED

偶然について

ある出来事を偶然と思うか、そうでないと思うか。あるいは、必然と思うか

実は心境に違いはない。その出来事に何か意味があると思っているのだから。

先週から『漱石と西田』の感想文を挟んで書いてきた「運がいい」「運が悪い」も同じ。

すべての出来事に、偶然だろうとそうでなかろうと、何か意味を見出さないではいられない心持ちは、一言で言って病的なことと思う。


7/13/2017/THU

企画展「独立70周年 練馬区誕生への軌跡」、石神井公園ふるさと文化館、東京都練馬区

【開館40周年記念 Ⅱ】<企画展>高畑勲がつくるちひろ展 ようこそ!ちひろの絵のなかへちひろ美術館・東京、東京都練馬区
練馬区の名木 アカマツ 練馬区の名木 クロマツ

久しぶりにたくさん歩いた。上石神井駅から北へ、早大学院、三宝寺、道場寺を経て上石神井図書館まで来た。

図書館で未聴盤のCDを何枚か借りた。最近は、Jazzをよく聴く。スィングほど古典ではなく、フリージャズほど奔放でもない、ジャンルで言えばSmooth Jazzというのか。あまり激しくない、週末の午後にのんびり聴けるような音楽を探している。

写真は練馬区の名木。三宝寺のアカマツと道場寺のクロマツ。


図書館の向かいには練馬区ふるさと文化館がある。

地元産の小麦や野菜を活用したうどんを食べてから、「練馬区独立70周年記念」展を見る。板橋区からの独立は戦前からの悲願だったらしい。練馬区が23区の最後に独立した区とは知らなかった。

現在の練馬区の人口は72万人。南に面した武蔵野市は14万人。これだけ差があると住民サービスのきめ細かさも差もつくに違いない。とくに区役所、美術館、ホールが集中する西武池袋線沿線以外の住民には。いっそのこと、青梅街道から南を武蔵野市に割譲してはどうだろう。

そんなことを考えながら、ちひろ美術館のある下井草まで約30分また歩く。


ちひろ美術館・東京。高畑勲が選ぶ作品。上の2枚は複写なので撮影OK。と言ってもただの複写ではない。

幅2メートル近く拡大された海と二人の子。はじめからこの大きさのキャンバスに描いたと思うほど、拡大してもぼやけるところがない。

抽象的でいて緻密。ちひろの真骨頂。

近代の女性美術は裕福な母子像にはじまった。メアリー・カサットやベルト・モリゾら、創成期の女性画家はそうだった。

従来顧みられずにいた戦火のなかの子や母子を描くちひろは、女性美術史の上で革命的な仕事をしたと思う。

カフェでコーヒーを飲み、家まで歩いて帰った。今日の歩数は16,000歩だった。


さくいん:いわさきちひろ


7/14/2017/FRI

甲子園の中継を止めて、インターハイを

夏の高校野球の季節が来た。前に何度も書いたと思って探してみると見つからないので、あらためて書いておく。

文科省がオリンピックの獲得メダル数に目標を設定するのは馬鹿げている。なぜなら、オリンピックは国と国の戦いではなく、選手と選手の戦いなのだから。

それでも、まだオリンピックのメダルを増やしたければ、まず高校野球の全試合テレビ中継を止めたらどうか。代わりにインターハイの決勝戦を全種目中継する。

小学生や中学生は身近に見たことのなかったスポーツに興味を持つかもしれない。そのなかから、興味を持った種目を始める人も出るかもしれない。

競技人口が増えれば、全体のレベルも底上げされる。そうすると、世界の舞台で活躍しオリンピックでメダルを取るような選手も現れるかもしれない。

不公平に野球だけに注目させ、その他の競技人口を増やす努力もせず、スポ根一家に若手選手の育成を委ねているようでは、メダルが増えるはずがない。


7/15/2017/SAT

教会の前で

小林敏明『夏目漱石と西田幾多郎』のなかに、夏目漱石『門』から一節が引用されていた。

彼は門を通る人ではなかった。又門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき人であった。

この心境は『行人』の一郎と共通する。

私は平生から兄さんを思索家と考えていました。いっしょに旅に出てからは、宗教に這入はいろうと思って這入口はいりくちが分らないで困っている人のようにも解釈して見ました。(「塵労」36)
「根本義は死んでも生きても同じ事にならなければ、どうしても安心は得られない。すべからく現代を超越すべしといった才人はとにかく、僕は是非共生死を超越しなければ駄目だと思う」(「塵労」44)

二つ目の引用は禅宗の考えを示していると思われる。漱石が、西田と同じ様に一時期熱心に参禅したこと、生涯座禅を続けた西田とは異なり、やがて座禅から離れ文学の創作に近づいた経緯は『漱石と幾多郎』に詳しく書かれている。


『行人』を読んだとき、現代では「うつ」と呼ばれる症状に苦しむ一郎に自分を重ねた。そして、『門』の一節を読んだとき、これは私のことではないか、と考えた。

キリスト教に興味がある。関連する本はいくつも読んでいる聖書もときどき開いている。それでも、洗礼を受ける気にはなれない。先方で私を受けいれない事情もある。

信者ではないので、索引に「キリスト教」の項目は立ててない。

かといって、漱石の小説や西田の論考を読んでさっぱりした気持ちになるわけでもない。

これが病気なのか。それとも、私がそういう人間なのか。いつもの問いに戻ってしまった。


7/16/2017/SUN

表紙を刷新

表紙を刷新して、新たにサイトマップを作った。

作ったと言っても、それほど手間はかからなかった。サイトマップは現在継続中の第五部のCSSを利用、表紙は無料テンプレートを元にして古い表紙のイメージに合わせてアレンジした。


レスポンシブ・デザインは難しくて独習できそうにないので、無料のテンプレートを流用した。そうすると、半日あまりで簡単にできてしまい、達成感がない。しかも、レスポンシブを謳っているのに、スマホでは画面全体が左寄りになってしまい、見づらい

元のサンプルではきれいに映っているので、あれこれいじったためにおかしくなったのだろう。

こういう細かい部分は原因を探して修正するのに時間がかかる。

今日も一番時間がかかったのは、グーグルのサイト内検索の窓枠を透明にすることだった。


サイトマップの方も、全体はできていても、設定してないはずの下線がすべての項目についていた。

こちらは、「a:link a:active a:hover a:visited」、すべてに「text-decoration: none」を付けることで解決できた。


古い表紙を残したかったので、表紙の頁にある「表紙」をクリックすると行けるようにしてある。

表紙に掲げた詩とは呼べない短文、一箇所だけ、「草のような苗」を「草のような花」に変えた。

写真の左寄りは、一旦、放置する。しばらくしてから見直すと原因に気づくことも多い。


7/17/2017MON

ローザ(Rosa, written by Nikki Giovanni, Illustrated by Bryan Collier, 2005)、さくまゆみこ訳、光村教育図書、2007

キング牧師のことは多少知っている

キング牧師が率いた60年代の公民権運動が、一人の女性がバスで白人に席を譲らなかったことに始まったことも知ってはいた。でも、その女性、ローザ・パークスがどんな人なのかは、知らなかった。

彼女はいわゆる「活動家」ではなかった。日常生活のなかで我慢できない不平等に異議申し立てをしただけ。

最後まで戦うよりも、最初に戦いを始める一人になることが難しい

中学生のとき、最初の一人になれなかったことを、私は今でも悔やんでいる。弱かった自分を情けなく思う。


この絵本は、久しぶりに大きな図書館で児童書の棚を歩いていて表紙に惹かれた。

特大の書名、ローザと警官の顔が半分ずつ、つまり、こちらも特大サイズで書かれている。

訳者はさくまみゆこ。キング牧師の伝記絵本を訳しているので、いわゆる社会派の作品であることは想像できた。バス・ボイコット事件の主人公の物語とまでは気づかなかった。

気づかなかったからこそ、表紙に目が留まり、手に取った。


絵本は短く簡潔なので伝記を読むのにちょうどいい。挿絵があることも伝記絵本のいいところ。人物の特徴を引き出し、読者に想像させる。

時代背景や物語の舞台も、挿絵のおかげでよくわかる。その人物の偉業を理解するために、少しデフォルメしたくらいがいいと思う。

本書でも、モンゴメリーの暑さを表現するために黄色を多用したと画家が書いている。


さくまみゆこの訳書には気に入る作品が多い。

さくいん:さくまゆみこ


7/18/2017/TUE

うつの前兆

うつ状態に陥る前兆がわかりはじめた。

こんなことして、何になるんだろう

この言葉が頭をかすめると危ない。

テレビ見て何になるんだろう。仕事して何になるんだろう。生きていて何になるんだろう。

もちろん、それぞれに前向きな答えがある。それが出てこない。疑問ばかり増えていく。

元気なときは、何のためにもならないことにこそ、楽しみを見つけているのに

よくないのは、こんなものを呑んで何になるのか、とは思わないこと

ただ一つ、救いがあるとすれば、こんなことを書いて何になるのか、とは今のところ思ってないこと。

ほんとうに危ない状態になると文章を書く気も失くしてしまう。さらに悪化すると言葉をつぶやくことさえできなくなる


7/19/2017/WED

うつをよける

昨日のつづき。

うつの前兆に気づいたとき、お笑い番組を見たり楽しげな音楽を聴いたりしたところでますます落ち込んでいくだけ。

こんなとき、無駄な抵抗はしない方がいい。そういうことは、森田療法の本などで知識としては知っていた。実践してみることができるようになったのはつい最近。

何もしないで嵐が過ぎ去るのを待つ。ただし、会社では何もしないわけにはいかないし、人とも話さなければならないので、会社にいる時間は辛い。


単純作業が役立つということも森田療法に学んだ。

例えば、料理。ひたすら玉ねぎを炒めてカレーを作る。先週末はキーマカレーを作った。キーマカレーのつもりで作って出来上がったのはカレー風味のミートソース。再挑戦が必要。

餃子もいい。キャベツとニラを刻み挽き肉とこね回し、餃子の餡を作る。皮で餡を包む作業も単純でいい。作業に没頭すると、悪い気分もいい気分も、だんだん感じなくなる。いつも一回で100個作るので作り終える頃には「嫌な感じ」が消えている、ことが多い。

出来上がった餃子を家族に褒められると気分がほぐれる。さっぱりした気持ちで呑むビールは、確かに「プレミアムな週末」を感じさせる。

すでに深みにはまっている重症時は、これくらいでは心はまだ晴れ上がらない。そういうときは、もう寝るしかない。

今週末は餃子を作るつもり。つまり、「うつの前兆」が始まった、ということ。


7/20/2017/THU

Topaz, The Rippingtons featuring Russ Freeman. Windham Hill, 1999

久しぶりにバッチリ好みに合うアーティストを見つけた。

ラス・フリーマン。ギターの音色が快い。悲しいかな、音楽を言葉で表現するのが下手なので、それ以外書きようがない。

エレキギターのほかにアコースティックギターも弾いている。ベースもキーボードも。

アルバム名は"featuring Russ Freeman"。プロデュースも作曲もしているので、実態は、Russ Freeman with the Rippintons。


ラス・フリーマンをどこで知ったか。それが思い出せない。

iPhoneのメモ帳に、これから借りる音楽を書くページがある。アーティスト名やアルバム名を書き込んでいる。そのとき、どこでその名前を知ったか、いつも書き忘れてしまう。おそらく、「フュージョン系 名ギタリスト」のような検索をして、知らない名前だったからメモしたのだろう。

本の場合、ブクログに「読みたい本」として登録する際、新聞書評の日付や評者、広告を見た日などを書き込んでいる。


7/21/2017/FRI

逆接の「が」

文章を書くとき、なるべく逆接の「が」を使わないようにしている。逆接の助詞を使うと、当然、文意は逆さになる。書きたいことはまっすぐに伝えたい。使うときは、繰り返し使わない。逆接を重ねて使っても弁証法にはならない。文意は同じ水位を行ったり来たりするだけ。話し言葉でも、「〜ですが、〜ですが」と繰り返す人がいる。聴いていて、鬱陶しい。

逆接の文になりそうなときには、「したところ」「したものの」などを使う。避けられないときは、「けど」「けれども」も使う。逆接を避けているというより「が」の音を避けているのかもしれない。

昨日の文章。「アルバム名は〜とあるが」と書いている。

いろいろ試して、ここでは短い音の「が」がちょうどいいという結論に落ち着いた。

原則は原則。必要なときには逸脱を許さなければ教条化する。


7月22日追記。

何度か読み返して、結局、「とあるが」の部分すべてを削除した。これでも文意は通じる。


7/22/2017/SAT

Russ Freeman

一昨日のつづき

Russ Freemanのほかの作品を借りようと図書館のサイトで検索したみたら、すでにいくつも彼が参加したアルバムを持っていることがわかった。ご丁寧に"Larry's World"には"Love"のハートマークをつけている。コンピレーションを聴き流していて名前に注意していなかった。

"Larry's World"が入ったアルバム"Touch"は、Michael Hedgesを聴くために借りたもの。このアルバムでAlex De GrassiなどのWindham Hill Artistsを知った。

お気に入りのアーティストが一人、入っているだけでもコンピレーションを借りておくと、あとでこんな幸運が待っている。

以下、手持ちの作品から曲名、アーティスト名、アルバム名を書いておく。"Pazz & Jopps"はJ−Wave開局当時、夜10時から放送していた番組。司会はジョン・カビラ。私のsmooth jazz好きはこの番組の影響が大きい。

  1. I'll Be Around, Russ Freeman & THe Rippingtons, GRP&J-WAVE PRESENT Pazz & Jopps 1995 from New York, 1995
  2. When She Believed in Me, The Benoit & Freeman Project, GRP&J-WAVE PRESENT Pazz & Jopps 1995 from New York, 1995
  3. Where the Road Will Lead Us, Rippingtons Featuring Russ Freeman, J-WAVE PAZZ and JOPS, 1993
  4. Tourist in Paradise, Rippingtons/Russ Freeman, Stars 2000 Fusion, 2000
  5. Double Exposure, Brian Culbertson Feat. Russ Freeman, Another Long Night Out, 2014
  6. Larry's World, Russ Freeman, Touch - Windham Hill 25 Years of Guitar, 2001

7/24/2017/MON

Aさんの庭、東京都杉並区

曇り空の日曜日。気温は低くて散歩日和。いつもと違う、どこか遠くへ出かけてみたくなり、C線A駅から歩いてS区にある「Aさんの庭」へ来た。

天気がよくないせいか、休日の午後なのに誰もいない。車の音もしない。ここには大正13年に建てられた住宅があった。のんびりと昭和初期の雰囲気に溶け込んでみる。

Aさんの庭 庭園への木戸

残念ながら大正時代の邸宅は焼失した。その後、宮崎駿が設計した小屋が建てられた。トイレと防災倉庫になっている。

小屋の裏の樹木 花壇のあいだの小道

庭園は手入れが行き届いていて人の温もりがある。地域の人が世話をしているという。

池の蓮 トトロが住みそうな小屋

正面から見るとバージニア・リー・バートンが描いた『ちいさいおうち」によく似ている。


木戸と小さな家を見ていたら、私の家族にとって第三の両親とも呼ぶべきベルギーの知人の家を思い出した。いつか、ここに住んでいた高貴な夫妻について書きたい。

ベルギー、テルビューレンの家

7/25/2017/TUE

雨宿りの音楽

昨日のつづき。

「Aさんの庭」へ着くと小雨が降り出した。小屋に付いている小さな縁側に座り、しばらく雨宿りをした。

そのあいだ、雨にちなんだ歌を選んで聴いた。

Aさんの庭で雨宿りしているあいだに聴いた曲。


7/26/2017/WED

やっぱり、ダメ、ではダメ

昨日は、最低にダメな日で嫌な気持ちでいた。

単純な集計なのに、するたびに結果が違う。この程度の仕事もできないのか。自分の無能さに呆れる。

うつで休職した人は復職したばかりの時期に要注意、とどの本にも書いてある。前のようにできない。周りの人のようにできない。期待されているようにできない⋯⋯⋯⋯。絶望して病気が悪化する人もいるらしい。

やっぱり、ダメなんだ

こういう言葉で自分を追い詰めるのはよくない。

病気が寛解したから働きはじめたのではない。順番はその逆のはず。病気を治すために、少しずつ社会的な活動をはじめた

だから、以前のようにできないのも、周りの人のようにできないのも、勝手に自分が設定したハードルを越えられないのも当たり前。

言葉で自分に言い聞かせても、暗雲が立ち込めた気持ちは晴れない。


暗い気持ちで帰りの電車に乗った。来月、両親をどこへ連れていくか、美術館のウェブサイトを見ていて元気が出てきた。あれも行きたい、これも行きたい。

そして、東洋文庫ミュージアムの次回企画展の予告を見て憂鬱も吹き飛んだ。

モリソン文庫渡来100周年 東方見聞録展~モリソン文庫の至宝

モリソン書庫は、私にとって、もう聖堂と言っていいくらい心鎮まる場所

早く行きたい。


7/27/2017/THU

眠れない

ここのところ、よく眠れていない。Sleep Cycleが示す快眠度もずっと50%前後。快眠度が70%を超えたときは自分でもよく寝た実感がある。

寝つきが悪い。朝、早起きするつもりで10時前に横になり目を閉じてみても眠れない。1時間ほど、ベッドの上でゴロゴロしている。

眠りが浅い。二度三度、目が覚める。喉が渇いていたり、トイレだったり暑かったり。エアコンは1時間で止まるタイマーにしているので、熱帯夜にはエアコンが切れた途端に目が覚めることがある。かといって、健康面からも経済面からも、朝までつけておくことはしたくない。


一時期、目を閉じて眠ったと思った次の瞬間に目覚まし時計が鳴り、まったく寝た気がしないという症状があった。今はそれほどではないにしても、少し心配な状態。今週末は病院に行くので、場合によっては入眠剤を増やしてもらうか。

きっとその前に「眠れないこと」を気にし過ぎないように、と言われるだろう。眠れないまま朝が来て辛かったら一日くらい休んでもかまわない、と。

S先生がどんなことを言いそうか、見当がつくようになった。と言っても、言われたようにすぐにできるわけではない。


2015年10月7日追記。

ドラマ『男たちの旅路』「車輪の一歩」についてツイッターでつぶやいたこと。


7/28/2017/FRI

サボタージュ

昨日は会社を休んだ。正確に言えば、サボった

あまりに眠れないので、酒を呑めば眠れるかと思い、昨夜はコンビニの安いワインを呑んだ。案の定、今朝はいつもの時間に起きられず。

起きたときは、遅いとはいえ、まだ間に合う時間だった。何となく行く気がなく「体調が悪い」と連絡して休みにしてしまった

病欠の連絡をしてから目を閉じたら正午に。久しぶりによく眠れた。


行きたくない理由は他にもある。むしろ、平日に呑んだりしたのはそのせい。

入社から半年、面倒を見てくれた上司が退職するという。

次の上司はどんな人か。今の人のように穏やかな人か。配置転換はあるのか⋯⋯⋯⋯。

いずれわかること---今、悩んでも仕方がないこと----をくどくどと悩むのは典型的な「認知の歪み」

不眠症と心配性、いずれもよくない傾向。週末にS先生に相談する。


今日は出社した。なぜなら職場近くの図書で予約していたThe Rippintons, "Welcome to the St. James' Club"を受け取るから。

目的があれば、会社に行くことじたいは苦ではない。


7/29/2017/SAT

もったいない 2

中高一貫校や難関公立校へ行くメリットは年若いときに優秀な友人をたくさん作れるところにある。

反面、世の中全体でみればとても優秀なのに、周囲に優秀な人がたくさんいるために無駄な劣等感を持ってしまう人が少なくない。

もったいない


私自身について言えば、学校を出るまで井の中の天狗だった。その後も悪知恵を働かせて、優秀な人と出会わないように生きてきた。「鶏口となるも牛後となるなかれ」が座右の銘だったと言っても間違いではない。

自分を過小評価してしまう人は気の毒ではある。とはいえ、若いときに切磋琢磨できる友人に多く出会えることはうらやましい。

きっと私の周りにも優秀な人がいたに違いない。そういう人たちをわざと視界の外に置いて生きてきた。

それはもったいないことだったか。それとも、無用な劣等感を持たずに済んだ幸福だったか。