最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

永青文庫

2016年9月

今月の本


『「社会的うつ病」の治し方』は、病苦、休養、リハビリを経て就職活動をしている「いま」読むにふさわしい本。

人は人と人とのあいだで心の病になるけれども、人を回復させるのもまた人という指摘には強く同意する。退職と休養をすすめた社長、穏やかに励ましつづけてくれるS先生、そして、内に閉じこもりがちな私を、社会へ戻る気持ちを後押ししてくれている就労移行支援事業所の人たち。

多くの人たちに支えられ、ようやくここまで来た。家族には迷惑ばかりかけた。仕事が決まったら、感謝と労いの気持ちを形にしたい。


『海戦の歴史 大図鑑』は、300ページを超える大著。博物館を一つ、回ったくらいの満足感が得られる図鑑

人類の歴史とは戦争の歴史と同じなのか。手漕ぎの船しかなく、おそらくは普通の船旅でも命がけだった時代に、もう船と船をぶつけて戦争をしている。どうしてそこまでして殺し合いをするのか。船酔いを我慢するのが精一杯の身にはとても理解できない


『本物の英語力』は頂き物。主張に異論はない。ずっと前に書いたこととも重なる所が多い。英語は英米人だけの言葉ではなく、世界共通語であること

だから、文法がいい加減でも、気持ちが伝わればいいという時代ではすでにない。打ち出したい自分や社会的属性にふさわしい語彙や使い方を身につけなければいけないということ。

ビジネスパーソンが幼児や中学生のような言葉を使っていては信頼されるはずがない。きちんとした通訳を雇った方がまだいい。

そして、上達したければ、映画でも文学でもスポーツでも、好きな分野で学んでいくと長続きすること。

最後のポイントは英語以外の言葉を学ぶ場合にも当てはまる。それはわかっていても、中国語もフランス語もなかなか続かない。

英語ができれば、英語を使うどんな人とも通じ合えるということが、英語を学ぶ最大のメリット。それが仇になり、フランス語話者や中国語話者と話すとき、つい英語に頼ってしまう。


さくいん:斎藤環英語


今月の美術館と博物館


永青文庫の名前は最近、館長になった橋本麻里が連載している日経新聞夕刊のコラム、「プロムナード」で知った。

「刀剣女子」という言葉は耳にしていたけど、本当に女性の観覧者が多くて驚いた。

戦を忘れ、静かに置かれて輝いている刀に妖しい魅力があることは、私にもわかった。


横須賀美術館へは企画展を目当てに行ったところ、新しい出会いがあった。一人は平野啓子。「オトタチバナヒメ」。

細かい唐草模様。全体が赤の一枚から下半分が徐々に淡くなるグラデーション。続いて青色と水色のツートーンから徐々に青が濃くなり、最後に藍色になる。一枚一枚に真白な卵型の印が添えられている。

もう一人は、企画展「千年の」を開いていた川田祐子。見ている者が溶け込んでいきそうな柔らかな具象と色彩に魅了された。

空の絵もいい。最近撮った写真が「それぞれを超えて」にすこし似ているようで、うれしくなった。もちろん、同等ということではない。

元々、抽象画は好きなほうではない。それでも、色合い次第で好きになる。具象が雲や石、樹木のように、ある程度、実体を持っていると一気に虜になる。そういうきっかけになったのは、大川美術館で出会った難波田龍起

屋上から浦賀水道を眺めた。曇り空だったけれど、気持ちのいい週末になった。


東洋・日本陶磁の至宝展 桜田門

前々から行きたかったた出光美術館の特別展。結局、最終日前日に行くことになった。

茶道も華道も免状を持っていて人と一緒だったので、解説してもらいながら見ることができたので勉強になった。あとで三菱一号館の裏手でランチを挟んで60年前、丸の内OLだった頃の思い出話を聴いた

青磁は一つしかなかった代わりに白磁にコバルトで彩色した青花の壺に魅了された。

驚いた作品もあった。板谷波山の手による「葆光彩磁花卉文花瓶」。彩磁をヴェールで包んだような柔和な佇まい。

出光美術館といえば、ルオーのコレクションでも知られている。今回は、珍しい風景画「シエールの思い出」と肖像画「華子」を見ることができた。

出光美術館は休憩場所がいい。広くてお茶がいただける。雨模様のなか、大きな窓から桜田門が見えた。

ふだんは図録も絵葉書も買わない。今回は名品20点を解説した『出光美術館蔵 陶磁の至宝20選』(2016)が安価だったので「葆光彩磁草花文花瓶」のクリアファイルと併せて買った。合わせて810円だった。


岩本町にある画廊、KANEKO TOKYO-ARTで「川田祐子展」を見た。前週、横須賀で出会ったばかり

川田さんがいらして創作の秘密をすこし聞くことができた。作品には水が隠れているという。

小さくなって緑葉の上で朝露に包まれている感じ。ずっと包まれていたい空間。

私財を投げうち、気に入った作品を蒐集して美術館を建てた大川栄ニは、美術品を見ることを「心の洗濯」と言っていた。まさしく心が洗われるような画を見たその日の夕方、穏やかな気持ちで面接に臨むことができた。

就職活動に六等星くらいの小さい光明が見えてきた。10月はこの光に向かって歩いていく


さくいん:東京国立博物館(トーハク)出光美術館横須賀


今月の音楽


『みんなのうた』の50周年記念アルバムは2枚組が4巻に分かれている。

「大きな古時計」に女性二人組のチューインガムが歌う「遠い世界に」が入っている。チューインガムは、コンピレーション・アルバム『ポプコン・ガールズ・コレクション』で「風と落葉と旅びと」を聴いてからずっとほかの歌を探していた。

大きな図書館で、最近はほとんど見なくなった日本語のポップスの棚に偶然チューインガムのベスト盤を見つけた。「風と」は松田りかが12歳のときに作った歌でコーラスを歌っている妹のマミは10歳だった、という驚くべき事実をはじめて知った。

ジャケットは、「岡田さんの手紙」にも出てくる学校の朝礼台で、ギターを楽しそうに弾く二人。確かにあどけない少女たち。まだ「青春」という言葉が早すぎる二人の歌声と歌詞とのギャップが魅力を大きくしている。

オリジナル曲もいいけど、「あの素晴らしい愛をもう一度」や「結婚しようよ」などのフォークの定番や賛美歌も心地よい。

「50周年」シリーズでほかに気に入っているのは「雪の降る街を」(立川清澄)と「踊ろう楽しいポーレチケ」。たぶん小学校の授業で歌ったのだろう。とても懐かしい。


2017年1月2日、追記。

チューインガムのファンサイトにある掲示板に投稿した

一人のファンが作ったサイトに歌手本人が寄稿し、「岡田さんの手紙」の岡田さんまで登場している。ネットの力に驚嘆。