最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

都電荒川線

5/13/2016/FRI

障害者雇用の現状

ハローワークのセミナーに参加した。テーマは「精神障害者雇用の現状」。

内容を要約すると:

  1. 精神障害者で働きたい人、求職者は急増している。
  2. 精神障害者の求職者はこの10年で7倍になり、知的障害者の求職者を超えている。
  3. 求人も増えてはいるものの、法定雇用率(障害者雇用の全体で従業員数の2%)を達成している企業はまだ半分程度。
  4. 就職した精神障害者の中でも、就労移行支援事業所などで支援を得て、障害者枠で就職した人の定着率が高い。約7割。
  5. 一般求人枠で、障害者であることを開示せず、公的な支援も受けずに就職した人の定着率は3割以下。

結論は、仕事を探している精神障害者も、精神障害者を雇用しようとしている企業も、ハローワークや就労移行支援事業所などに仲立ちを期待している、ということ。


この結論は、セミナーを主催したハローワークと協力した就労移行支援事業所が、自分たちの存在理由を証明しようとするもので、眉唾に思う人もいるかもしれない。

求職の当事者である私も結論に異議はない。精神障害者の雇用には課題があり、課題の解消のためには、公的民間、双方の支援の必要性は高まると思う。

就職活動をはじめてすぐに気がついたことがある。ハローワークで閲覧できる求人票をみると、精神障害者も念頭に置いているか、密かに身体障害者だけを対象としているかがわかる。

精神障害者が雇用される場合、ストレスを増やす残業をさせない場合が多い。従って、求人票に「残業あり」と記載されている場合、身体は不自由でも、労働時間やストレスに関しては健常者並みにバリバリ働ける人を求めていることを示している

身体障害者でも長時間の労働は難しい人はいるだろう。その一方で、パラリンピックの選手などをみると、身体の一部が不自由である以外、むしろ一般人より気迫に溢れているような人も少なくない。

障害者雇用では障害者が一般労働者と同等に働けるようにする、「合理的配慮」が企業には求められる。身体障害者の場合、エレベーターやスロープ、筆談の道具、点字表示ができるモニタ、画面の内容を拡大できるモニタや、などが挙げられる。目に見える障害は対処がしやすい。

精神障害は障害が目に見えず、障害の内容も一人一人微妙に異なるため「合理的配慮」とはどのようなものか、簡単には定義はできない。どんな配慮をしてもらえば「労働」と呼べる程度の活動ができるのか、私も自分について明確に答えることはできない。


精神障害の測定と「合理的配慮」の設定の難しさ、これは行政にとっても同じらしい。精神障害者雇用は週当たりの労働時間が20-30時間で0.5人、30時間以上で1人、と計算される。つまり、現状では、障害者雇用は労働時間でしか判定されない。

労働時間さえ短ければいいのか。業務の負荷はどう計算して、障害の度合いとどう折り合いをつけるのか、答えは簡単に出そうにない。

確かにうつ病の人には休息が重要で、労働時間の長短が合理的配慮にはなる。しかし、ホワイトカラーの労働は時間だけで査定できるものではない。野球でいうリリーフ投手やピンチヒッターのように、短い時間でも責任の重い仕事もある。

同じ労働時間でも、社外の人と交渉する場合と一人で作業する場合では、心理的な負荷は大きく違う。私なら、社外の人と交渉事をするより、一人でデータの分析や資料作成、社内セミナーで新製品の紹介をする方を選ぶ。


精神障害の度合いを測ることは難しい。ここに潜在的な、しかし、極めて重大な問題がある。精神障害者は、特にに長時間労働や精神的な拘束度が高い日本では、一般の社員の延長線上にいる、ということ。

最近、時間も精神も拘束する労働を「全人格労働」と呼ぶらしい。私も、パワハラこそなかったが、退職前は何年も仕事のことを完全に忘れることのできる余裕が全くない働き方をしていた

精神障害者で求職している人が増えているということは、職場で心を病んで、働けなくなっている人が増えていることを意味する。社会的損失は大きい。


労働者で精神障害者と認定された人がこの10年間で7倍になったということは、一般の労働者がそれだけ「心の病」にかかったことを意味する。ということは、今は元気そうに働いている人でも、精神に変調をきたし「全人格労働」から脱落する懸念は更に高まっている。つまり、潜在的なうつ病患者はさらに多い。

結論として、現在、精神障害者雇用について言えることとは、精神障害者と認定されている人の雇用を考えるだけでなく、一般労働者全体の精神面での労働環境を考えなければならない。


6/5/2016/SUN、追記

日経新聞に掲載されたFinantial Timesのコラムから。

題名は「企業トップ自殺が映す現実」。

激務でプレッシャーも大きい企業のトップにはうつを患う人が少なくない。うつに起因する自死も増えているという。取締役でなくても長時間労働はうつを引き起こしやすい。

記事は、「中年の危機は大抵、1度」だから、十分に静養する時期を持つことを勧めている。


このコラムが読者として想定する経営者はもちろん、書かれている助言をまともに受け止める労働者は、日本にはほとんどいないだろう。一度離職してしまうと、再就職はむずかしい。だから皆、今いる場所で頑張ってしまう。そして結局は病んで休むことになる。

労働環境の問題は、企業の規模や地域、共働きで2倍稼げるか、共働きで一人分を稼ぐのが精一杯か、社会階層によっても異なる


10/31/2016/MON、追記。

大手広告代理店での過労死がニュースになっている。非常識な労働時間や異常な職場の人間関係がもたらす急性のうつ病は自死を招きやすい。「この状況を逃れるには死ぬしかない」と思ったり、自分の意思や感情を制御できなくなり、「もう死んでしまう」心境に至ってしまう。

過労死に至る異常な労働環境は、残業時間だけでは判定できない。同様に、精神疾患の労働者が安んじて働ける環境も数字だけでは構想できない。