最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

紫陽花

2016年6月

6/1/2016/WED

悪運の強い内閣

第二次安倍政権は、ある意味、運に恵まれている。自分で動かしたわけでもないのに、功績に見えるような出来事に遭遇している。

慰安婦問題の韓国との和解に、サミット主催、オバマ大統領の広島訪問

意識を持って政治を見ている人でなければ、「大きな仕事をしてるなぁ」と思う人は少なくないだろう。

実際、世論調査では支持率が上がっている。現政権を絶賛している新聞社もあれば、ジャーナリストもいる。

原発事故の処置のまずさは、すべて当時の民主党政権のせいにすればいい。

案の定、消費税増税の延期についても、自らの経済政策の失敗ではなく、「国民の負担増を考慮して」と言い訳をした。


写真は、東京国立博物館の「青磁鳳凰耳瓶 」(せいじほうおうみみへい)

この青さに惹かれる。


6/2/2016/THU

ある演出家について

トーハクの「青磁鳳凰耳瓶」

役者を罵倒し、灰皿を投げる演出家がパワハラと言われないのは、なぜ? 芸術だから?

では、スポーツの世界で同じことは許されるか? 柔道では許されなかった。高校の部活動でも許されなかった。

ビジネスの世界では? 学校教育では?

演出家の行為を絶賛する人はもちろん、「あの人はすごい人だから」という理由で、消極的にも肯定する人は他の世界でも、ある程度の厳しい指導を認めるのではないか。

ここで言う「すごい」は、「一流」でも「実績がある」でもいい。

その、「ある程度」の「厳しい指導」を認める空気が、どうにも好きになれない。はっきり言えば、許したくない


6/3/2016/FRI

『カードキャプターさくら』、新編開始

『カードキャプターさくら』(CLAMP)が連載開始から20周年を迎えた。中学生になったさくらを主人公にした新連載が『なかよし』で始まる。アニメでも新作が作られるらしい。

新連載にあわせてテレビアニメも再放送が始まった。初回こそ見逃したが、その後は録画して見ている。

この作品は、娘が生まれる前に発表された。初回放送を見た記憶はない。

振り返ると、2005年にまとめて見ている。この頃、再放送があったのだろうか。劇場版はレンタル店で借りてきたものだろう。


見ていると、娘はずいぶん詳しい。この台詞はコミックと同じ、ここは場面が同じ。うれしそうに話している。私が古本屋で大人買いした全巻を小学生の頃に何度も読んだという。登場人物のなかでは桃矢が好きらしい。私はコミック版はあまり記憶にない。

今夜は、第8話「さくらのライバル、登場!」を見た。小狼はこんなに意地悪な顔で登場していたのか。雪兎と初対面で顔を赤らめている。

この一目惚れが最後まで続く伏線だけれど、アニメで見た記憶はない。

勧めたものを喜んで受け入れてくれるのは、素直にうれしい。修学旅行で関西に行ったとき、甲子園球場で『ドカベン』の壁画の前で撮った写真を見たときには、さすがに驚いた。


息子の方は、ふつうの高校生らしく、家ではほとんど口をきかない。それでも、「NBAの試合、録画しておいた」とメッセージを送ると、「サンキュー」のスタンプを送ってきてくれる。


「伝統」とか「古典」とか、むずかしい言葉は出さなくても、いいものは受け継がれていく、ということを実感している。

では、『カードキャプターさくら』のどこがいいのか。それを文章にするにはまだ時間がかかる。


6/4/2016/SAT

傷病手当金の減額

黄昏前の空

昨年の1月から給付されている傷病手当金が、4月分から半分以下になった。規定の改正があったらしい。

私がいた会社は2014年の2月に民間の健保組合に加入した。それまでは、公営の協会健保だった。

今回の法改正で、健保への加入期間が一年未満の場合、給付額が自分の報酬額の2/3ではなく、健保組合員全体の平均報酬の2/3になった。

加入してすぐに手当金を給付すると、不公平感や制度を悪用する人が出てきかねないからという。理由はもっともで、よくわかる。


給付は4月分を入れてあと3回。健保組合への加入があと一月早ければ、最後まで自分の報酬額の2/3をもらえていた。ここまでもらえてきたのだから、よしとする。改正した法律の施行が昨年の4月でなくてよかった。安堵のほうが大きい。

傷病手当金という制度は非常に手厚い。もらっていた給与の2/3が支給され、所得税はかからない。最大18ヶ月(一年半)給付を受けることができる。

これだけ恵まれた制度だけに、資産運用が簡単ではない今、制度が厳しくなるのは止むを得ない面もある。そもそも、会社がよく申請してくれた。

健保組合が会社と一体の場合、傷病手当の給付を渋るケースもあるという。激務から心労が蓄積しているのに休職も認めない会社もあれば、自分の人事考課が悪くなるから部下の休職を認めない人などもいるらしい。生活費の心配なく完全休養ができた私は運がよかった。


就職活動はうまくいってない。ハローワークを通じて応募したものと、求人サイトから応募したものと合わせて、すでに10件以上、書類選考で落ちている。面接まで漕ぎつけた案件はない。

おそらく、年齢と障害の種類が壁になっているのだろう。「足が不自由だけど、心が強い人」と「身体は丈夫だけど、心が折れやすい人」がいたら、企業からすれば前者を雇いたいだろう。だからこそ、2018年には障害者雇用は、身体と精神を区別して義務化される。

それを見据えた企業があると思っていたけれど、まだ見つけることができない。単純に履歴書一式を送るのではなく、面談したうえで企業に売り込んでくれる人材紹介会社に登録して、もっと積極的に活動していくことにする。そういう形式の転職活動は何度もしている。


ちょうど日経新聞の朝刊が、「精神障害者の就職件数が前年比7.7%増」と報ずると同時に、「(精神)障害者がいったん就職しても離職するケースが目立ち、職場への定着が課題」と書いている。


写真は黄昏前の西の空。ヨーロッパの絵画では、雲一つない青空より、こんな薄曇りが多い。


6/22/2016/WED、追記。

障害者向けのある就職セミナーで、障害者枠で就職した人の1年後の定着率は6割と言っていた。


2017年6月23日追記。

新聞で、うつについて安易な診断や休職が増えているという記事を読んだ。過労から精神を病む人が増えているのだろう。対象の人が増えれば、一人ずつに合わせた案内はできなくなり、対応はおざなりになる。

本来、得られるはずの補助や支援を知らされないまま休職させたり離職させるのは、身ぐるみ剥がして路上に放り出すようなもの。弱者の切り捨てでしかない。

一度も転職をしたことのない40代の人が病気で離職した場合、再就職にはいろいろな助けが必要になる。就労移行支援事業所の重要性は高まっている。


6/6/2016/MON

団地に沈む夕陽

フラリー・トロリー・ツアー、fulare_pad、EMI、2009

京風、fulare_pad、EMI、2008

図書館で偶然見つけた。ギターとウクレレの二人組。

二人ともギターのDEPAPEPEよりも、さらに軽やかで、これからの季節に繰り返し聴きそう。


fulare_padは京都発のデュオ。京都の夏、といえば川床

もう当分、京都へ行くこともない。仕事を辞めて失ったものは、仕事以外に多い、仕事じたいにほとんど興味がなかった私のような者には、とくに。


6/7/2016/SAT

アクセス傾向に変化

このところ、アクセスの傾向に変化がある。

Google Analyticsでアクセス解析を始めて以来、トップはずっと『未来少年コナン』の感想文だった。2位は、その最終回、「第26話 大団円」。その下も、『コナン』の各話が続いていた。

ところが、この一ヶ月でみると、トップ3は、「烏兎の庭 表紙」「山村良橘先生のこと」、そして、岡本夏木「子どもとことば」の感想文となっていて、『コナン』は4位に落ちている。

最初に開く「ランディング・ページ」をみると、『子どもとことば』「山村良橘先生のこと」が一位と二位。つまり、岡本夏木と山村良橘で検索して飛来してくる人が多い。


試しに検索してみると、「山村良橘」ではトップ、「岡本夏木」ではネット書店と出版社を除けば首位に来る。

山村先生に関心を持っている人が多いことは非常にうれしい。そう思う一方で、予備校で一年半教わっただけの私の駄文がネット上で首位になるのは、恥ずかしいし、おかしいと思う。

検索が多い、ということは、先生のことを知りたいと思っている人が多いということ。でも、その要望に答えられるのは、私ではない。

山村先生は、都立日比谷高校でも教えていたし、代ゼミでも20年以上、教えていた。先生のことを知っている人はもっと多いだろうし、先生の人間としての深さ広さを語ることができる人も、私以外にふさわしい人がいるだろう。

私は、代ゼミの講義でしか、先生を知らない。講義中に聞いたエピソードの多くは断片的で、謎のまま、心に残っている。

小樽で過ごした少年期のこと。海軍経理学校のこと。東北大学でマルクス主義に傾倒していた頃のこと。編み物や手芸が趣味と言っていたこと。そして、ロシア正教との関係⋯⋯。

もっと、たくさんの人に山村先生について書いてほしい。


6/8/2016/WED

岡本夏木について

昨日の続き。

岡本夏木については、本でしか知らない。それも、『幼児期』『子どもとことば』、新書の二冊だけ。

ネットで検索してみても、人柄について書いたサイトは見当たらないし、著書の目録を見ても、専門分野以外のエッセイなども見当たらない。


6/9/2016/THU

HIT SONG MAKERS 栄光のJ-POP伝説 山上路夫(BSフジサンデースペシャル)、BSフジ

作詞家、山上路夫の特集番組を見た。

弟子にあたる山川啓介が、山上路夫の詩には「明確なビジョン」があると言っていた。

「ビジョン」という言葉ではなかったかもしれない。とにかく、伝えたいことがはっきりしている、という趣旨だった。

確かに、「翼をください」は、明確なビジョンを持っている。作曲した村井邦彦が、「明るい青春時代を送った人には書けない」と述懐していた。山上は喘息のために十代のほとんどの時間を家で過ごしたという。

「翼を広げ」という明確なビジョンは、現代のJ-Popの歌詞にまで、さまざまな形に変奏されている。野口五郎が「私鉄沿線」について語っていたように、「翼をください」という歌がなかったら、今ではJ-Popのclichéになっているフレーズは、日本語として定着しなかったかもしれない。

「スタンダード」になるような歌を作りたかった、という山上自身の言葉も印象に残った。「不易流行」の歌を作りたいと言う松本隆と同じ。

「翼をください」は、「上を向いて歩こう」と同様、日本語を習得しながら育つ人は、十代の間にほとんど必ず出会う、「スダンダード」になっている。


山上路夫の歌には、小さな思い出がある。

小学五年生のとき、担任の女性教員(30歳前後か)と雑談中、「学生街の喫茶店」が好き、と話すと、「あなたって古い音楽が好きなのね」と言われた。1979年のこと。

「学生街の喫茶店」の発売は1972年。すでに6年前の歌だった。でも、私には幼い頃から耳に馴染んだ「スタンダード」だった。


6/10/2016/FRI

Covers、いきものがかり、NHK

東洋文庫ミュージアムのグリーンオニックス。パキスタン、ハイデラバードで採掘

いきものがかりがNHKの音楽番組「Covers」に出演した。

吉岡聖恵の透明度の高い歌声は、「卒業写真」も「時をかける少女」も、甘酸っぱい青春を巧く歌っていた。「聴いていると、自分にも青春時代にいい思い出があったような気がしてくる」という司会のリリー・フランキーの言葉にも納得。

本当のことをいえば、「時をかける少女」のB面「ずっとそばに」のほうがずっと好きな曲だったので、吉岡聖恵の声で聴いてみたい。

アマチュア時代、三人組は性格は違うけれど、カバーしたい曲は一致した、と言う。なるほど、「カバーしたい曲が一致」とは、未来を指した「目指す音楽が同じ」という感覚と、逆に見えるが、同じことを指しているのかもしれない。

彼らも、いつまでも歌われるスタンダードを目指してる。


いきものがかりは嫌いではないが、今ひとつ、物足りない、というか、余計な添え物を感じる。

歌もギターも上手いのだから、もっと三人だけで魅せる作品が作れるはず。

ゆずやコブクロはそのあたりを意識している。テレビでも、ときおり、二人だけで聴かせることがある。

余計なシンセは止めて、三人が作る音楽が聴きたい。それだけの力は十分にあるのだから。


6/11/2016/SAT

就職活動についてすこし

障害者向けの求人サイトをあちこち見ている。

あるサイトでは、再就職成功者の前職退社の経緯が書かれている。その激務ぶりがすごい。月に100時間以上の残業とか、深夜に客から呼び出しとか。

それでも、辞めることと休むことができて、休養中の生活費も得られたのだから運がよかった。休めない、休んでも傷病手当金の給付を認めない、だから辞められない。そういう人も、少なくないらしい。

精神障害者の雇用が広がらないのは、激務を強制した結果、潜在的な精神障害者が社内に多数いるからではないだろうか。


ハローワークで直接、応募したのでは期待薄なので、職歴を見て、釣り合いそうな企業へ売り込んでくれる人材紹介会社で面談。

「退職前は激務だったというと、残業時間は月100時間くらいですね」と平然として確認した。まるで「100時間程度で心が折れてちゃダメです」と言わんばかり。呆気にとられているうちに、続けて訊いてきた。

再就職後はどれくらい残業できそうですか?
は? 精神障害者枠でも残業有りが前提ですか?

思わず聞き返しそうになったところを、今日は抑えた。

『ブラック・ジャック』で、息子を戦争に行かせたくない母親が、息子を病気と偽っていたのに、結局、応召されて戦死した話を思い出す。

文字通り、生死を賭けたサバイバル・レースがどこまでも続く。日本の賃金労働者には、厳しい時代が続く


6/13/2016/MON

ハローワークで面接対策セミナー

ハローワークでセミナー。21日に東京体育館で、障害者向けの大規模な合同面接会がある。それに備えて、履歴書・職務経歴書の書き方と面接のセミナーが、事業所近くのハローワークで開かれた。

行ってみると、参加者は私を含めて2人。内容がたいしたものでないから、不人気なのかと思いきや、細かく書類の添削をしてくれた。せっかく税金を使って就労を支援してくれているのに、参加しないとはもったいない。


障害者雇用で、企業が一番気にしているのは、働けるところまで回復しているか、ということ。毎日、同じ時間に出社し、8時間、仕事をする。当たり前ではあっても、これができなくなったから精神疾患を患い、障害者枠での就業に応募するのだから、企業が気にするのもわかる。

就労移行支援事業所に週5日、休みなく通っていること、毎日、運動をしていること、英語力を維持するために通勤中にニュースを聴いていること。こういう習慣が身についていることを強調するといい、と助言された。


書類の添削をしてもらっていると、前に相談した職員が通りがかった。

「まだ一つも面接に届いてないんです」とぼやくと、笑顔で返された。

皆そうなんです。諦めたくなりそうな頃に決まる人がたくさんいるんです、不思議なことに
最後までサポートするから諦めないで!

久しぶりに涙腺が緩んだ。


6/14/2016/TUE

慌て無職

ハローワークのほか、複数の人材紹介会社に登録して応募を続けている。

それぞれの会社で提出を求められる文書が違う。Webで記入するところもあれば、専用のExcelファイルに記入してメールで送付するところもある。締切日もそれぞれ異なる。

こういう状態がよくない。簡単なタスクでも数が増えると、優先順位や締切日を間違えることがある。それどころか、ただ混乱して、仕事が手につかなくなることもあった。そうして出来上がった文書は誤字脱字に計算間違いだらけ⋯⋯。

今も、たかが数社の調査票を記入して返送するだけなのに、先週末から慌てている。


することのリストと締切日時は、スマホのアプリを活用して整理することができるようになってきた。

慌てない、丁寧に、見直す、当たり前のことをきちんとすれば、うまくいく。

そう自分に言い聞かせている


6/15/2016/WED

薄暮の中央公園

クローズアップ現代+、妻が夫にキレるわけ ~“2800人の声”が語る現代夫婦考~、NHK総合テレビ

男性学研究者の田中俊之が出演すると知って番組を見た。

関係が「常に」円満という夫婦もいないだろう。共に苦しむときもあれば、どちらかだけが苦労する時期もある。それが回っていくから、お互い様となり、関係が積み重ねられていく

夫婦のあいだのミスコミュニケーションの原因に、二人とも多忙でお互いを思いやる余裕を失っているという番組の要旨は理解できる。それは女性だけが持つ不満ではないように思える。下世話な雑誌やネットの掲示板をみると、夫が激務をこなしているのに、家事もせず遊んでいる「専業主婦」もいる。

そういう夫は、番組で紹介されていた妻のように、いつか「キレる」のではないか。


夫婦、どちらが「キレる」のか、決まっているわけではない。自分がしていることを認めてもらえないと思った方が「キレる」。


ちょっと理解できなかったのは、脳科学者が夫婦のすれ違いを脳の性差で説明していたこと。女性は長期記憶を持つ傾向があり、男性はその逆という。生物学的にはそうなのかもしれない。でも、人間関係の齟齬は性別だけで説明できるのだろうか。

長期記憶をより多く持つ男性もいるのではないか。私は、粘着質で、過去にこだわってばかりいるので、長期記憶のほうを強く持っているように思う。

LGBTの人たちについてはどうだろう。肉体と精神で性別が異なる人の記憶の仕方は肉体の一部である脳に依存しているのか、精神の居場所である脳に依存しているのか。いずれにしても、LGBTが広く受け入れられてきた今、生物的な性差で人間の性質を説明することには限界があると思う。

ふと、大長編小説『失われた時を求めて』を書いたマルセル・プルーストのことを思い出した。彼こそ、異常と言っても差し支えないほど長期記憶を保持していた。彼も、LGBTの一人だったと読んだことがある。


30分の短い番組だったので、新書以下の内容でしかなかった。今度は男性側から見た「生きづらさ」を田中に語ってもらう続編に期待したい。


6/16/2016/THU

さびしいときにすること

ブログを始めたのが2002年6月、Twitterは2011年4月

ちょっと寂しいとき、これまでに碧岡烏兎宛てにもらったメールやRTを読み返す。

一度も会ってなくても5年以上お付き合いしている人もいる。

読んでもらえているんだなぁ、としみじみ思い、寂しさも和らいでくる。

短い言葉のやりとりだけでも、この場所は、自分が素顔を見せているところなので、気のおけない友人に出会ったような気持ちになる


メールをやりとりした人の中には、ブログの更新を止めてしまった人もいれば、ウェブサイトを閉じてしまった人もいる。

気に入った文章を繰り返して読んでいたサイトがなくなると、大切な友人が行方不明になったような気になる。

更新は止めても、ウェブサイトは閉じないでほしい。


6/20/2016/MON

あらためて『海街Diary』から(たぶん6回目

葉山、しおさい公園、海岸へ続く松林の道

先週末、鎌倉は大混雑だったので、代わりに葉山へ行った

土曜日の晩、行けなかった鎌倉の風景を見るために『海街diary』を見直した。

「昨日のように覚えてる」ということは、要するに毎日思い出している、ということだろう。

幸(綾瀬はるか)の台詞を聞いて、ふと、そう思った。


毎日思い出している、ということは、その人のなかで、あの日から、時が止まっているところがある、ということ。


昨晩見たNHKスペシャル『キラーストレス』で、過去に受けたストレスは、思い出すたびに繰り返し脳に悪影響を及ぼすと言っていた。

思い出すことはよくないことなのか。では、なぜ人は、震災が起きた日や親しかった人が亡くなった日に、わざわざ思い出す行事をするのか。

ストレスにしない、上手な思い出し方というものがあるのだろう。想像はつくけど、どうして身につけられるものか、見当もつかない。


6/21/2016/TUE

障害者就職面接会

平成28年度第1回障害者就職面接会

厚生労働省東京労働局(ハローワーク東京)が主催する障害者就職面接会が千駄木の東京体育館であった。これまではすべて書類選考で落ちていたので、興味のある企業に直接会えるこのイベントは絶好の機会。期待をして出かけた、はずなのに、到着して持参した履歴書を読み返して肝心な就労移行支援事業所への通所を履歴書に記入していないことに気づいた。昨日、土壇場になって最新の履歴書フォーマットに変更したときに転記し忘れたらしい。

致命的なミスではないものの、文書のミスはいつまでたっても治らない。面接会が始まると、心配は杞憂に終わった。相手は書類よりも顔を見るし、現在の生活が規則正しい生活かどうかも口頭で説明もできれば、何より顔色が回答になってしまう。


イベントの様子は、よくテレビで報道される大学生向けの面接会と同じ。アリーナにテーブルと椅子がずらりと並び、250以上の企業が採用担当者を派遣していた。整然と並んだテーブルのあいだをおそらく参加企業の倍以上の人が行き交い、面接を受ける。

受付開始の時間より1時間近く早く着いたのに、すでに50人以上が並んでいる。年齢は若い顔立ちの人から白髪の多い人まで。障害の内容はすぐにはみただけではわからない。車椅子や白杖の人はあまり見かけなかった。

手話通訳の人が大勢いたので、ろうあ者は多いのだろう。精神障害の求職者が身体障害者や知的障害者の求職者より多くなっているという前に聞いたデータは実感できた


直接、面接してもらえるメリットは大きい。こちらからは、おそらく読んでもらえてなかった職歴もアピールできたし、企業側にしても、顔色を見ることができるので無数の応募書類を読むよりも、ずっと効率よく意欲や健康状態を観察することができるだろう。

興味を持って面接した会社では、どこも好感触だった。とはいえ、二次面接を確約されたわけではなく、「また連絡します」と言われただけなので、この先、どうなるかはわからない。


6/22/2016/WED

フランスの風景 樹をめぐる物語 -コローからモネ、ピサロ、マティスまで-東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館、東京都新宿区

午前中は新橋で就職セミナー。久しぶりに新橋まで来たので、銀座で行ったことのあるレストランまで歩いてみると、ランチでも高い。あきらめて手頃な価格のパエリアを食べ、東銀座駅へ。浅草線と大江戸線、都営地下鉄を乗り継いで新宿西口へ


この美術館は、前に来たとき、いい印象を持たなかった。超高額で競り落としたゴッホの「ひまわり」が本尊のようにガラスケースの向こうに飾られていて、嫌な感じがした。展示スペースもオフィスビルの空き室のようで、美術館らしくないことも気分を下げた。「都会のオアシス」と呼べば聞こえはいいが、美術館は建物から美術的であってほしい。


今日も、上に書いたことを感じて、けっしていい気分ではなかったものの、展覧会はよかった。副題に有名な画家の名前があるけれど、展示された作品の多くはそれほど有名ではない画家が描いたもの。展示作品が多く、展覧会の名前の通り、森林浴をしているような気分になった。


ヨーロッパ、とりわけフランスの風景画を見るとき、いつも思うことがある。それは「突き抜けるような雲ひとつない空」は滅多にないこと。曇り空だったり、晴れていても白い雲が描き込んであったり、日差しも雲の切れ間から差し込むような表現が多い。今回の展示作品でも同じ。

フランスの北部からベルギーにかけては冬が長く、一年を通じても曇りの日が多い。一週間、快晴の続いたブリュッセルにいて、「こんなことは珍しい」と現地の人に言われたことがある。

印象派の画家たちは、記録画の背景にするためだけに使われる理想化された風景ではなく、自ら外へ出て、自分で見た風景を描いた、と解説にある。

戸外で彼らは光についてどう思っただろう。イタリアや、まして南カリフォルニアのような雲一つない真っ青な空はない。現実の風景は、曇りがちだったり、白い雲がまだらに広がっていたり。

彼らは自分で見たものを理想化しなかったとしても、理想の光を求めていたとは言えると思う。


これまで、あまり気にしてなかったけど、今回、作品の縦横比がいろいろあることに気づいた。ポスターにも使われている、シャルル=フランソワ・ドービニー「ヴァルモンドワの下草」のような縦に長い作品は、日本画のように、手前が近く、上に行くほど遠くに見える。リュドヴィク・ピエット「収穫」のような横に長いの絵では、道が幅広く、空にも広がりを感じる。

最近、日本画中国の書画を見ることが増えて、絵の見え方が変わってきたのかもしれない。

蛇足。各ページ上部の写真のサイズは、940 x 200ピクセル。この横に長い構図できれいな景色を見つけるのに、ずっと苦労している。


6/23/2016/THU

自分勝手な不安

一昨年の今頃は、仕事が不安の原因だった。

いまは、仕事がないことが不安の元凶になっている。

なんと身勝手な心持ちだろう。


面接会で何社かから好印象を持ってもらえた、ような気がした。気がしただけだった。

それを勘違いして、「何とかなりそうかな」と浮かれている自分に嫌悪する。

一回目の面接での褒め言葉なんて、酒場でおだてられているのと変わりない。

それを勘違いして⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

止めよう。社交辞令か、真面目な反応だったのか、いずれわかる。


6/24/2016/FRI

東洋文庫ミュージアム、東京都文京区

東洋文庫ミュージアム 知恵の小径 東洋文庫ミュージアム 中国の名言

科挙試験の合格答案「殿試策」をもう一度見るために東洋文庫ミュージアムを再訪した。

ここは心が落ち着く。モリソン書庫の前にあるソファに座っているだけで快い。研究者や職員が必要な文献を探して歩いていることもあるらしい。「泳いでいる魚に餌付けするところまで見せる水族館のようなもの」と小さな声が囁く。飾りでなく本物の資料だからこそ、こんなにも圧倒されるのだろう。

一階の吹き抜けになっているホールの隅に、「ご自由にお読みください」と本がたくさん置いてある。

大判の本を一つ取り上げてみると『鎖国前に南蛮人の作れる日本地図 Ⅲ』とある。著者は、中村拓、発行は1967年。中身は書名通り、古地図のコレクション。

著者、中村拓の本業は生化学と序文に書いている。ここまですれば余儀の域を超えている。

この序文が面白い。シベリア鉄道で同乗したドイツ人との会話からウルムにある古地図を入手した逸話などが、端正で品のある文章で書かれている。

こんな風に、豪華な稀覯本をゆっくり眺めていられるのが図書館に出かける楽しみ。次回は、閲覧室へ行ってみるつもり。


左の写真はレストランに続く「知恵の小径」。アジアのさまざまな言葉の名言が刻まれている。右の写真は、西夏語。

智者は穏やかに言い、人を伏す
黄河はゆるやかに往き、人をのせる

「殿試策」全景。

殿試策

6/25/2016/SAT

PIANO MAN ~FOR YUMING LOVERS~、武部聡志、ユニバーサル インターナショナル、2003

松任谷由実の作品を、ピアノ中心の編曲で演奏したアルバム。

ニューミュージックにしろJ-Popにしろ、日本語の歌をインスト版にした「〜作品をジャズで」のような作品は、たいていスーパーの店内放送みたいな野暮ったいものになる。

このアルバムは一味違う。初めから歌なしの曲として作られたかのように無理なところがない。

「ずっとそばに」や「霧雨で見えない」など、ユーミンの作品のなかでも、私の好きな曲を選んでいるところも、気に入った理由の一つ。

もっとも、この2曲、私にとってのオリジナルはユーミンではない、「ずっとそばに」は原田知世、「霧雨で見えない」は麗美


6/27/2016/MON

政治とは議論すること

イギリスのEU離脱の報道を聞き、思わず、以前ツイートしたことと同じことをツイートした。

議論を尽くして投票で決める。決まったことには皆従う。その結果生じた出来事には、反対に投じた人も含めて全員で責任を負う。

民主主義とはそういうものではないのか?

普通/異常、善/悪、敵/味方⋯⋯⋯⋯etc. そういう対立で語るものは、民主主義とは言えない。

政治とは、A案かB案か、の話でしかない。

リベラルを自称する人にかぎって、これを理解していない人が多い。だから付け込まれる。

そして、自分の気に入らない方向に世論が向かうと、火が点いたように「ポピュリズム」と言い出すと、いよいよ大勢の人が離れていく。


2017年6月10日追記。

「議論すること」が軽く扱われる風潮は日本だけではない。雰囲気や勢いで一国の大統領まで決まってしまう。

それでは、一定の見識のある人だけに政治を任せればいいかといえば、そうもいかない。主権在民は民衆が戦い、勝ち取ってきた権利なのだから、これを手放してはいけない。

ここから先、今の私には名案もないし、政治学の本も長いあいだ読んでいないので、研究者がどんな提案をしているかも知らない。


6/28/2016/TUE

プレゼンでの言葉遣い

セイルを下ろした無数の帆柱

最近、セミナーや講演会を聴く機会が多い。教員のようにふだんから人前で話すことが慣れてない人は、あがってしまうためなのか、同じフレーズを繰り返してしまい、聴いていてとても気になる。二つのフレーズが、最近、とても気になった。

1. 〜していただけたらと思います
2. 〜なのかなと思います。

2.の場合は、「なのかなと」のようにお尻を切る人も結構いる。ある政治評論家がラジオで、「〜だと、〜するしかないと」のように、文末を必ず「と」で終わらせるのが気になり、とうとうその番組は聴かなくなってしまった。

1.は「してください」で十分。2.も、「〜です」でいいし、強調したければ、「〜であると私は思います」と言えばいい。

この言い回しは英語の“It would be much appreciated if you could do ---”と関係があるだろうか。こちらも、冗長な言い回しで、言いたくないことをおずおずと切り出す感じがする。

プレゼンで使うのならば、もっと押し出しの強い、自信を持っていることを補強する言い回しが適しているはず。

こういうフレーズが繰り返されると、講演の中身に耳が向かない。

丁寧に言おうとすると、かえってこういう回りくどい言い方をしてしまうのだろう。


気をつけていると、テレビで何かのイベントを取材したとき、主催者の声を聴くと、この「していただければ」をよく聞く。同じように、テレビで何かの事件や事象について専門家に意見を聞くと「〜なのかなと」と応じることが多い。

学校でプレゼンテーションの方法を学ぶ機会はなかった。会社に入ってからも誰かに教わったのではなく、OJTだった。

私の世代では、そういう人のほうが多いのではないか。大学の演習で、持ってきた原稿をそのまま朗読した人がいてとても驚いた記憶がある。

人に伝える話し方や、事実を的確に伝える報道文の書き方、要するに、学校でもっと実践的な日本語を教えてほしかった。


写真は、「セイルを下ろした無数の帆柱」(松本隆/大滝詠一「白い港」)。


6/29/2016/WED

職場体験

「実習」もしくは「職場体験」と呼ばれるプログラムに参加した。

ある会社に行き、一日仕事をする。それだけ。

それだけ、と言っても、1年以上、会社という場所で過ごしたことがなかったので不安は小さくなかった。就労移行支援事業所も、午前中だけ出席していて一日中いることはない。とくに薬の副作用で昼食後に眠くなってしまうことが心配だった。

今日の仕事はエクセルのデータ入力。場所は従業員が10人もいない小さな事務所。新しくて綺麗な事務所だった。職場環境は重要。給料が高くても古くて汚れた事務所では働きたくない。少なくとも、私はそう思う傾向があることがよくわかった。

データが不規則だったため、単純作業にはならず、昼食後も眠くはならなかった。

体調は悪くない。一日8時間、週5日、勤務することに問題はないように思う。

あとは仕事を決めるだけ。こればかりは、自分だけではできない。