最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

江ノ電の線路

2016年1月

1/2/2016/SUN

ロボットはグリーフケアに寄与するか

薄暮の七里ガ浜

亡くなった人の声や口癖を覚えさせて、遺族を癒すロボットの実現に目処が立ったというニュースを聞いた。

このロボットは永続的に存在するのではなく、一定の期間だけ故人の身代わりとなり、別れの悲しみを癒すことが目的という。

ロボットは悲しみを和らげる、悲嘆の作法(Grief Processに貢献するだろうか。私はあまり肯定的になれない。機械は機械に過ぎず、うまく機能するかどうかは扱う人間次第、なのだろうけど。


もう機械にできないことはないと思った方がいい。

これからは、「機械ができることは機械にさせる」ことよりも、「人間がすべきことを人間がする」時代になるのではないか。つまり、「人間がすべきことを機械にさせないこと」。

では、「機械にやらせてはいけない、人間がすべきこと」は何か?

今年の宿題。


1/3/2016/SUN

笑いもせぬ、泣きもせぬわ

夜のバス停
笑う門には福来たる
笑えば嫌なことも忘れられる

昔から言われていることだから、きっと正しいのだろう。

異論はない。そう思って、年末年始はテレビのお笑い番組をたくさん見た。たくさん笑った。

でも、笑うことを止めた途端に、忘れたかったことが、忘れていたあいだの利息を上乗せして舞い戻ってくるような気が何度もした。

声たてて笑ったあとに
遠くをみつめる癖

松任谷由実「コンパートメント」(『時のないホテル』)の一節。

ときどき、こんな風になった。大切なことも忘れて笑っていた自分が愚かに思える。

思い出したくないことを忘れたままでいるためには、「笑い続けるだけ」。これは、中島みゆき「かなしみ笑い」にある言葉(『THE BEST』)。そういえば「あほう鳥」も「ばか笑い」をつづける(『愛していると云ってくれ』)。

そういう奴は、漫画のなかの「笑いおじさん」か、どこかおかしい、「き印」と呼ばれる人間だけ。そう呼ばれても、笑い続けることができるなら、そうしたい。

笑い続けることもできず、ぼんやり遠くをみつめる。じわじわと暗黒が心に染み込んでくる。

一年の初めから、こんな調子ではいけない。

明日から、新しい日常がはじまる。前向きとは言わないまでも、積極的とは言わないまでも、新しい生活が「普通」になるようにしたい。


1/4/2016/MON

通所開始

冬のけやき並木

就労移行支援施設への通所をはじめた。

新入部員が来たので、全員が自己紹介をした。スタッフが4名。通所者が8人。

スタッフも、全員の名前はまだ覚えていない。通所者については、名前も聞き取れなかった。

年齢も、家族構成も、前職も、どういう経緯でここへ来たのかも、誰も話さない。私も話さない。

この場所に、私は「ただの人間」として放り込まれた。

自分で言うのもおかしいが、どんな風に見知らぬ人と関わっていくのか、楽しみでもある。

自己紹介に加えて、「今年の目標」を訊かれた。「再就職することです」と答えたら、「それは皆そうです」とスタッフに返され、ひととき笑い声が響いた。


社会復帰プログラムのコーディネーターに、先方が立てた計画を見せてもらった。

12月の面談を踏まえて、コーディネーターは、私の現状を以下のようにまとめていた。

三点とも、もっともな指摘で、こちらから追加することはなかった。

具体的な訓練としては、アサーション・トレーニング、通所者との交流、適性検査や会社訪問などをしていくことになる。

見学した他の施設では、障害者が正規の職業に就けるようにパソコンの入力や手紙の仕分けなどの軽作業を訓練しているところが多い。ここは、ワークショップやグループ討論などが多く、ストレス耐性を高めることや、コミュニケーション・スキルを向上することに重きを置いている。

ここなら、「また何かできるかもしれない」という気持ちになり、「そんな望みを感じながら」(オフコース「水曜日の午後」)家路に着いた。


1/5/2016/TUE

運動と体操

就労移行支援施設には、当面のあいだ、月、木、金の午前中だけ通所する。

月曜と金曜に行くのは、一週間の生活リズムをつくるため。週末にイベントがあっても、月曜の朝にきちんと起きて出かけられるようにしたい。

木曜と金曜に行くのは、連続して「出勤」する練習をするため。


施設までは、駅まで徒歩で30分、電車でまた30分、下車してから徒歩10分。できれば早起きして、一駅前から歩きたい。

自宅の最寄駅まで往復歩き、施設までも一駅分往復歩けば、それなりの運動になる。

最近、Wii Fitのヨガの点数がよくなってきた。最初は片足立ちもできなかった。今では「いい姿勢です」と画面のなかのトレーナーに褒められて喜んでいる


1/6/2016/WED

通所の特典 その1

就労移行支援施設に通所するようになり、社会復帰の訓練のほかに特典がある。

一つは、通える図書館が増えたこと。施設の近くに自治体の図書館がある。うれしいことに在宅在勤でなくても、貸出ができる。


CDは一回、3枚ずつ。これまで探していて見つからなかったアルバムや、知らなかったコンピレーション・アルバムもある。

初回の貸出は、Spyro Gyra, “20/20”、コンピレーション・アルバムの“Aromathelarpy Sound Collection - Lavender”と“Aromathelarpy Sound Collection - Pepermint”


図書館によって資料購入の重点は異なる。新作については、レンタル店もあることから、最新の音楽を多数揃える図書館は多くない。昨日はある図書館で、2015年発売のJeff Lorber & Chuck Loeb, “BOP”を見つけて驚いた。

これで利用できる図書館は5自治体になった。これまで、都内で多くの図書館を利用した。私の知る限り、視聴覚資料が充実しているのは目黒区と府中市。

府中市はDVDや古いVHSも貸出できる。以前は大国魂神社の境内のなかにあった。府中で働いているとき、ここで、本や音楽を借りる図書館通いが始まった。そのあと、転職して勤務地も変わってしまったので、移転した新築図書館へはまだ行ったことがない。


1/7/2016/THU

通所の特典 その2

江戸城、清水門の櫓

就労移行支援施設に通う、もう一つの特典。東京のこれまで行ったことのない名所が周囲に点在すること。当面は午前の部だけに出席するので、午後は図書館か、観光名所を訪ねてみるつもり。

今日は、最近入所した、私を含めて3人の男性と男性スタッフ一人で、「散歩をしながら、自己紹介をして雑談を広げる」とういプログラムを行った。

何の手がかりもない人と会話をはじめるのは難しい。しかも、それぞれに何か問題を抱えて、ここへ来ているわけだが、それを直截に訊くわけにもいかない。住んでいる場所や、これまでにしてきた仕事など、当たり障りのない話題から始まり、どうやら年齢が近いことがわかってきた。

私以外の二人のうち、一人は無口な人で水を向けると話し出すが、ぽつぽつとして続かない。沈黙に耐えられず、喋りはじめ、余計なことまで話すのが私の悪い癖。

同行したスタッフに「気分が高揚したときの調節が課題ですね」と言われた。「やっちまった」という後悔が半分、ここは性格を変えていくところなのだから、欠点を早く見せてしまったことも悪くなかったかもという思いが半分。

無口な人は、「自分からも話を広げるように心がけてください」と助言されていた。


1/8/2016/FRI

一週目、終了

通所開始から一週間。

これまで通り、金曜日と土曜日は、“適量”の飲酒をしてもよいことにする。ここでは、“適量”の定義はしない。


昨日、トレーナーからもらった助言にお礼を伝えたところ、とくに意識した言葉ではないし、喋りすぎたり暴走していたとは思わなかった、と返された。

昨夜書いた後悔と失望と安堵は、私の別の悪い癖——些細な言葉を自分の欠点の核心を突き刺したものと思い、自信を喪失して落ち込む——だった。いちいち反応が過敏で過剰になるのはよくない。よく知らない人と交流すると素の自分がわかってくるような気がする。

一週間、三回参加して、不満はない。むしろ思った以上に楽しい。この調子で社会復帰に近づきたい


2016年12月18日追記。

就職が決まり、就労移行支援所を卒業するとき、何人かの人に「第一印象は過剰にお喋りな人だった」と言われた。

私の心配は杞憂ではなかった。トレーナーが気を利かせて不安のないようにしてくれたのだろう。


1/11/2016/MON

dancyu 2014年5月号、特集:餃子の王道。プレジデント社、2014

東京スカイツリー

土曜日、今年初めて餃子を作った。だいたい月に一度、週末に作る。以前は娘と息子が手伝ってくれていたけど、最近は二人とも忙しそうで出来上がった頃にリビングに下りてくる。

散歩がてら図書館へ行くと、ちょうど餃子を特集した雑誌を見つけた。『dancyu』はよく読む。作れる料理を増やしたいのだけど、ついつい餃子に落ち着いてしまう。家族も餃子には合格点をくれるので、なかなか他の料理に挑戦できない。


特集記事を読んで、作り方を少し変えてみた。と言っても、キャベツを蒸してからみじん切りにして、水分を絞り出しただけ。

蒸してからのほうが切りやすい。これまでは生のキャベツをザクザク切っていた。

私が作る餃子は野菜が多い。ニラ、キャベツ、ネギの野菜と豚挽肉の割合は3:1くらい。

ビールを呑みながら餃子を包んでいると、少し悲しく、でも、懐かしくて、穏やかな気分になる。流れている音楽は、Billy Joel, “The Stranger.”


肉はいつも豚挽肉を使う。特集では、美味しい作り方のアドバイスとして、薄切りのバラ肉とロースをミキサーで「全体が白っぽくなるまでしっかり(徹底的に)混ぜる」とある。

来月、試してみる。


1/12/2016/TUE

急降下

落ち葉に映る木の幹の影

就労移行支援施設へ、先週3回だけ通い、昨日は4回目。一週目は緊張もあり、また少々張り切っていたこともあり、疲れを感じる暇もなかった。

昨日は、自分の性格を客観的に観察するプログラム。心がとても疲れた。凝視したくない自分を見て、言葉で表現するのは辛い。

「どんなときに気分が落ち込んでしまうか」「どんなことが引き金になるか」「何をしているときが穏やかな気持ちになるか」「落ち込んだ気持ちを癒す方法はあるか」

それぞれ、箇条書きにして書き出してみる。

数え切れないほど「トリガー」が見つかる。書きながら、「トリガー」それぞれの具体的な場面が思い出され、気持ちが重くなりはじめた。帰宅したときには、気分はすっかり低空飛行モードになっていた。

さらに気落ちさせたのは、「落ち込んだ気持ちを癒す、回復する、元気を取り戻す方法」が思いつかないこと。これまでは医師の助言もあり、辛いときはすぐ寝ることにしてきた。幸い、入眠に困ることはない。

一晩よく眠ると、翌朝気分はリセットされる。でも、日中、気分が沈んでしまったときに対処する方法が、まだ見つけられない


「心の不自由な人」と前に書いた。同じような比喩で、「心の運動神経が鈍い」と言える。

柔軟性も敏捷性も、持久力もない。だから、すぐに疲れて、転んで、ケガをする。かすり傷やらカサブタやらが、身体中、いや、心の中、いたるところにある。


今日は雨降りだったが、家にいても煩悶するか、家族に愚痴をこぼすだけなので、一日、外を歩いた。帰宅して歩数計をみると、19,108歩だった。

考えてみれば一年間もひきこもっていたのだから、見知らぬ人と会話するだけでも疲れるのは当然かもしれない。二日間、一人きりになれば出かける気持ちが戻るか。


1/13/2016/WED

忘れ物が多すぎる

忘れ物が多い。家を出てしばらく歩いてから、忘れ物に気づき戻ることが頻繁にある。会社で働いていたときも、「ほら、やっぱり戻ってきた、何を忘れた?」とよくからかわれた。

忘れ物を減らす方法を一つ、思いついた。それは、カバンを変えないこと。カバンを変えると、何かを移し忘れる。いつも同じカバンを使っていれば、そういう忘れ物は減らせる。財布、手帳、ICカード、筆記具、図書館のカード。ふだん必要なものを入れたまま、ほかに荷物があろうがなかろうが、同じカバンを持って出かける。

いま使っているカバンは2年くらい前に買ったもの。3-wayで手提げでも肩掛けでも使え、リュックサックにもなる。リュックサックは、散歩するときに片方の手だけ重くなることがないので都合がいい。ただ、電車で迷惑がられるので、これまで使っていなかった。

このカバンには、リュックサックとして使うとき、つまり、縦にして使う時につかむ持ち手がある。これが便利。混んだ電車では縦長のカバンとしてぶら下げられる。


紛失も多い。財布や傘は何度失くしたか、わからない。iPad miniもどこかで失くした。

物忘れも多い。最近では、自分では初めて話したつもりのことを、「もう何度も聞いた」と家族に指摘される。独り言も多いと言われている。これも、自分では気づいていなかった。

やはり私は、どこかが、あるいは、すべてが、おかしい。


1/14/2016/THU

忘れ物が多い話の続き

忘れるのは物ばかりではない。すること、To Doもよく忘れる。

この「すること」を忘れる失態を減らすために、重宝しているのがiPhone標準アプリのリマインダー。

項目ごとに通知を場所と時間で指定できる。例えば、帰宅途中、家に帰ってすぐにしなければならないことを思い出したら、することを入力し、通知場所を自宅にする。すると、自宅に着いたときにメッセージが画面に表示される。

図書館の返却日や展覧会の会期など、忘れやすい日付を設定している。


変わった使い方は、ビールの冷蔵

安い時にまとめ買いするのだが、あるとあるだけ呑んでしまうので、金曜の朝にその晩、呑む分だけ冷蔵庫に入れる。

そこで、金曜朝を指定して「ビール冷蔵庫に」と入力しておく。

これを忘れると生ぬるいビールを呑むことになる。いまは寒い季節なので、部屋に置き忘れていても、ほどほど冷えてはいる。


1/15/2016/FRI

大人の塗り絵

雲ひとつない青空

昨日は、大人の塗り絵をした。絵葉書を一枚、見本にして色鉛筆で色を塗る。正直、これが「就労移行支援」の課題になるのか、疑問に思いながら始めたところ、意外なことに面白かった。

塗り絵など、何十年ぶりにした。と思ったが、10年くらい前、子どもが小さい頃、せがまれて、ウルトラマンや仮面ライダーの絵を色付きで描いたことがあった

2時間かけて、何とか一枚仕上げた。上手にはできなかったけれど、出来上がった満足感はあった。加えて、ある時間、一つのことに没頭できたことで月曜夕方からのモヤモヤした気持ちがだいぶ払拭できた。


プログラムの最後にトレーナーと面談があった。2点、指摘された。

一つ。一つのことに没頭することができる。あるいは、そういう作業を好む傾向がある。最初に2時間で2枚やりましょう、と言われるので、たいていの人は1枚を完成させることより、何とか2枚仕上げることを優先するらしい。

もう一つ。2時間をまるまる一枚に費やしたことは、隅々まで、あるいは完成するまでやりきらないと気が済まない性格を表しているという。あるいは、やりきる集中力を潜在的にもっている、という解釈もできる。


部屋はいつも散らかっているのに、変に几帳面なところが私にはある。

例えば、iTunes。図書館で借りてきたCDを録音するとき、アートワークが自動で付かないときにはネットで探す。作曲者の名前も調べていれる。

iPhoneに同期させたとき、アートワークが同期できず、画面が“No Image”となるのが嫌で、すべてのアートワークが同期するまで繰り返す。

以前のバージョンで、横持ちするとアートワークがタイル状に並ぶ機能が好きだった。

考えてみれば、『庭』で、行末を文節か音節で区切るように書いていることも、奇妙な几帳面さゆえだろう。


もちろん、塗り絵だけで性格のすべてがわかるわけではない。ましてや、どんな職種が向いているかどうか、わかりはしない。それでも、多くの人を観察してきたトレーナーは経験に基づいて性格の傾向がわかるらしい。

指摘された二点は、同意できることだった。一見、遊びやゲームにみえることからでも、性格の傾向が観察できたり、また、集中力や注意力を養うことができたりすることがわかった。


写真は、雲ひとつない青空八木重吉は「くもの ない日 / そらは さびしい」(「雲」)と詠んだ。

空がさびしく見えたときが、私にもあった。冬中、空が鉛色に見えた。冬の空を清々しく感じるのは、心持ちが好転している兆しと思いたい。


1/16/2016/SAT

PTGについて

PTG(Posttraumatic Growth:心的外傷後成長)について再び。

前置きとして、これまでに何度か引用した中井久夫言葉を掲げる。

   このことと関係して重要なのは、現代が要求する人間の「性能」の厳しさのために、かなりのパーセントの人間が意義のある仕事に参加できなくなりつつあることである。たとえば、精神病の治療は今日非常に進歩し、多くの精神病が事実上治るようになった。しかし問題なのは、現代社会のさまざまな非人間的な側面にも耐えられるようにまで「治ら」ねばならないことである。社会復帰は、社会の方の壁が高くなってゆくために、ますます困難となりつつある。(「現代社会に生きること」『関与と観察』、みすず書房、2005)

PTGという概念は、中井の言う「現代社会のさまざまな非人間的な側面に耐えられるように」なることと誤解されないか。

たとえば、長時間労働からうつ病を発症した人が休職した場合。大企業であれば、しばらくの完全休養のあと、産業医が指定する復帰訓練施設に通う。

その場合、企業は、「PTGを得て、病気になる前よりも強い人間になって戻ってきてほしい」と期待しないか。「PTG」の獲得を、復職を認める目標や基準として公然と当該社員や支援施設に要求することにならないだろうか。

良心的な医師は、病気になる前よりも強くなれと強迫したりしない。「せっかく病気になったのだから生き方を少しひろやか(のびやか)にされては?」と助言する。

ハーマン『心的外傷と回復』の結びには、次の言葉が掲げられている。

ここにその人の回復は完成し、その人の前に横たわるものはすべて、ただその人の生活のみとなる。

トラウマにしろ、うつにしろ、統合失調症にしろ、精神疾患の治療の目的は、その人の「生活を取り戻す」ことであり、人間を、どんなハラスメントにも耐えることができ、どんな過剰労働も苦にしない「労働機械」に改造することではないだろう。

「労働機械」にせず「人間」を取り戻す、それが「治療」のあるべき姿ではないだろうか。治療は患者のためにするのであって、公衆衛生や生産効率、ましてや弱い社員をふるい落とすためにするものではないはず。


いろいろな性格の人がいる。誰もが勝負事が好きなわけではない。のんびりした人もいれば、さみしがりやもいる。感傷的な気持ちを時折楽しむ人もいるだろう

その人の生命と社会生活に脅かすことがない限り、どんな心持ちで生活しようと自由であってほしい。


1/17/2016/SUN

図解 特攻のすべて、近現代史編纂会制作、山川出版社、2013

大西瀧治郎中将は、特攻のような異常な作戦を提案すれば、「万世一系仁慈を似て統治され給う天皇陛下は、このことを聞かれたならば、必ず戦争を止めろと仰せられるであろう」と考えていたという。

昭和天皇は、反撃を加えてからできるだけ有利な条件で戦争を終わらせる、いわゆる「一撃講話」の考えをもっていた。それゆえ、特攻については「「命を国家に捧げて克くやつて呉れた」と話したと言われている

大西の述懐は、容易に信じがたい逸話であるが、後の創作であったにせよ、特攻については発案者でさえ尋常ではないことを十分承知していたことは推測できる。

また、ここにも日本軍の無責任体系を見てとれる。

悪化する戦況下、起死回生の作戦を立てなければならない。講話受諾などとは口が裂けても言えない。そこで、誰かが止めるだろうと高を括り、自分でも現実的でないとわかっている作戦を提案する。

ところが、誰も反対しない。それどころか、皆、反対して臆病者と言われることを恐れて大いに賛同する。

「天皇が止めてくれるだろう」という考えも、統帥権は天皇にあったと理解されていたにしても、実際に作戦を立てる軍上層部の発想としては、他人任せでしかない。そして、組織の頂点にいる人が「よくやった」と言ってしまうと、もう誰も中止も否定もできなくなる。

余談。こうした無責任な発案と無責任な指示は、最近明らかになった東芝の不正会計でも繰り返されている。日本の組織にありがちな性質なのかもしれない。


部下に特攻を命じ、「俺も後から行く」と言っておきながら、逃げた人を紹介している。同じ話は水木しげる『総員玉砕せよ』にもある。

特攻の命令に受けても、「生還の見込みのない作戦に部下は出せない」と抵抗した人もいた。こういう逸話はもっと知られてほしい。


1/18/2016/MON

執筆より推敲

書くことが楽しくない。義務感が強くなっている。

しばらく書くことはやめて、休むことにする。

いま、大切なことは回復と再就職。それ以外のことは後回しでいい。

この季節に無理をすると古傷痛む

こういうときは、新しく文章を書くよりも、古い文章の枝葉を剪定することが気晴らしになる。


1/19/2016/TUE

ナンシー関のいない世界

ツィート、一件。

ナンシー関は、もういない。でも、大本営発表のテレビとは違う、さまざまな意見が流れているタイムラインを見ていると、彼女に学んだ人は少なくないことがわかる。

評伝の副題は「心に一人のナンシーを」。ナンシーはいなくなっても、彼女に学んだ人が、彼女だったらこんな風に考えただろう、と思いをめぐらせ、発信している。

ナンシー関は、マスメディア・リテラシーの啓蒙思想家だった。


1/20/2016/WED

教員の洗脳技術

ツィート、一件。

中学時代、何かで機嫌を損ねた部活動の顧問が、「休部だ、廃部だ」と騒ぎ出した。

「じゃあ、辞める」と言って去った者もいた。結局、残った者で話し合い、部長が職員室に行き「すみませんでした。もう一度、指導してください」と頭を下げると、顧問の教員は「仕方ないな、やってやるか」という顔つきで謝罪を受け入れ、練習が再開された

このパターンは、部活動以外でも、合唱コンクールの練習や騒がしい自習時間などで、何度か経験した。

あれは、自分よりも下にいる者を、意のままに動かせるようにする「洗脳」のテクニックの一つだった。ずっと後になって、そう気づいた。

今でも、思い出すだけで気分が悪くなる。


1/21/2016/THU

手帳が欲しい

書くのは止めた、と書いておきながら、また書いている。行動の記録や、ふと思いついて「つぶやいた」程度のことなら書ける。問題は、本の感想文。

何冊か、感想を残しておきたい本がある。ところが、筆が進まない指も動かない

もう一度、読み直してから、挑戦する。書けなければ待つしかない。それもいいだろう。締め切りがないのが、「モグリ」のいいところなのだから。


手書きは増えている。日記や、じっくり考えたことは書けていないけれど、散歩中に思いついた推敲のアイデアは、手帳にボールペンで書き込んでいる。

推敲のアイデアは歩いていたり、電車で自分の文章を読みなおしているときに思いつく。思いついたことをどこに書くか。これまでに何度か、変わっている。

最初は、手書きだった。その頃は、メモ帳を差し込める札入れを使っていた。次にEverNote。それから、Twitter。MacとiPhoneとでメモ帳が同期できるようになってからは、しばらく、iOSの標準アプリを使っていた。


手帳に書き込むことを思いついたのは、『刑事コロンボ』を見ているとき。ピーター・フォークが縦にめくるメモ帳を使っている。聞き取った情報を書き込んだり、相手を揺さぶる情報をさも苦労して探してきたかのように読み上げたりしている。この仕草を真似したい。

横開きの手帳カバーがあったので、今はそれを使っている。文具店へ行くと縦めくりの手帳カバーを探している。


1/22/2016/FRI

いい言葉が見つからない

学校は登校、会社は出勤、もしくは出社。役所は登庁。では、就労移行支援施設に行くときは何と言う?

出所では、刑務所から出てくるようでおかしい。通所という言葉は、継続して通っている状態を指す。朝、施設に向かうときに使うと、やはりおかしい。

施設の人は来所と言う。これは迎える側が使う言葉。

まだ、いい言葉が見つからない


1/23/2016/SAT

エゴグラム

エゴグラムと呼ばれる性格診断をした。結果は「タイプ分類外」。

クラス分けできるほど、はっきりした傾向が見られないということらしい。出現率も0.078%と低い。1万人のうち8人いるかいないかという希少な傾向。

定常的な性格というより、いまの心理状態が反映されていると思ったほうがいい。トレーナーにそう慰められた。

確かに、「組織としてはこの人物を雇用するメリットはほとんど無いでしょう。」と診断されては、「とにもかくにも、20年間働いてきたのに」と反論したくなる。対人営業性、リーダー適性、マネジメント適性、組織従属性、すべての面でCランクと評価されているのは、会社を辞めざるを得なくなった状態を如実に表している、と思いたい。

就労移行支援施設のトレーナーは、さらに励ます。集中力を高め、ストレスを自分で受け流したり、休憩のタイミングを覚えたり、感情を自分で制御できるようになれば、適職のための診断は確実に向上する、と。

そうあってほしい。

復職プログラムをはじめてまだ3週目。焦らないことも、課題の一つ。


1/25/2016/MON

労働条件の希望

  • 通勤時間が60分以内
  • 勤務時間は9時-18時で原則残業なし
  • 有給休暇取得率が100%
  • 給与は応相談(さすがに最低賃金では困る)

こういう仕事はないものか。

上記の条件は、客観的にみて特別なものではない。でも、現実にこの条件に見合う仕事などほとんどないことは察しがつく。

特別ではないはずのことが、現実とは、どこかで乖離している。

それは、つまり、現実が間違っている、ということ。

それを言っただけでは、現実は変わらない。さて、どうするか。焦らず急がず。昨日も書いた。それだけ胸のなかでは慌てている。


1/26/2016/TUE

『体罰の研究』の感想文に追記

体罰と管理を生き残ったおぞましい己に対する自己批判」から離れて、もうすこし遠くから見渡してみる。

石原吉郎の言う「加害者」という言葉は、「原罪」と言い換えることができるかもしれない。宗教的な響きを避けるなら「生命の矛盾」とも言い換えられる。

生命は、ほかの生命を殺しながら生きていく。人間の場合、他の人間を食うわけではないが、ほかの人間を押しのけて生きて行くことが避けられない。学校や会社での試験や競争だけではない。東京に電気を送るために福島につくられた発電所が事故を起こし、多くの人が故郷に住めなくなっている。

「加害者」の立場を自覚する。並大抵のことではない。

結局、問いは同じところに戻る。


1/27/2016/WED

きれいに揃った杉の木

うつの世界にさよならする100冊の本 本を読んでココロをちょっとラクにしよう、寺田真理子、佐藤伝制作、ソフトバンククリエイティブ、2007年

Points of view-視線の変遷 野又穫作品集、野又穫、東京書籍、2004
ALTERNATIVE SIGHTS―もうひとつの場所 野又穫作品集、青幻舎、2010年

『うつのせかいにさよならする100冊の本』は、写真集からスピリチュアルまで、幅広く紹介している。著者も言っているようにすべて読むつもりにはならず、自分の好みや、聞いたことのある本から手に取るといい

『もうひとつの場所』は、『100冊の本』で紹介されていた一冊。

静かな音楽を聴きながら、不思議な形をした空想の建築を眺めていると、知らないところを旅しているような気持ちになり、ひととき「この世界」にいることを忘れさせてくれる。


写真は、きれいに三角に揃ったメタセコイア。


1/28/2016/THU

ケアする人も楽になる 認知行動療法入門 BOOK1、伊藤絵美、医学書院、2011

とてもわかりやすい。章立てと小見出しの付け方が適切で、読みやすく、また気になるところを簡単にメモすることもしやすい。

これまで疑問に思っていたことも解けた。

認知行動療法とは、現実を受け入れる「言い訳」に納得する、「合理化」の手段に過ぎないのではないかと思っていた。そうでなければ、何でも“ポジティブ”に考える単純思考か。

著者は、認知行動療法が「単に「個人の認知と行動が変わりさえすればよい」と想定しているわけではありません」と明記したうえで、「認知行動療法の適応と限界、および実施にあたっての注意点」として次のように書いている。

環境的要因があまりにも重大なときには、認知行動療法を悠長にやっている場合ではなく、できるだけ直接的にその環境的要因にアプローチする必要があるのは当然のことです。(第2章 アセスメントしてみましょう)

環境的要因の例として、職場でのパワハラや家庭でのDVが挙げられている。こうした問題は、認知と行動で対処できるものではなく、環境的要因の方(パワハラとDV)を解決しなければならない。


では、いま、私が抱えている問題は、「対処できない環境的要因」だろうか。それとも、認知と行動を変えることによって軽減されるストレスだろうか。

歴史学は、過去の事実を究明するために証拠を集め、分析し、理論化し、歴史の見方を創る。取り上げる証拠や、分析方法、理論の建て方によって、過去の見方は違うものになる。

これは自分史にもあてはまる。過去は、そのときどきの「今の自分」の見方により違ったものになる。歴史学と同じように、思い込みが解けたり、知らなかった事実を見つけたりすると、過去の見方も変わる。最近、そういう経験をした

見方を変えれば、過去は変わる。それはわかる。では、どう変えればよいのか。わからない。

私が抱えている問題は、環境的な要素と認知的な要素の両面をもっているように思う。言葉を換えれば、客観的な面と主観的な面がある。


いまの優先事項はそれではない。職業を見つけ、働いて、お金を稼ぎ、生活を立て直すこと。

いまは遠い過去の見方を究明するときではない。医師からも助言されているし、自分にも言い聞かせている。それでも、悲嘆憎悪苦しくなることがある

「この世界」と「和解」することも、「片想い」になることさえ、私にはできないかもしれない。


1/29/2016/FRI

フュージョン Disc Collection 740 discs included!、熊谷美広監修、シンコーミュージック・エンターテイメント、2013

70年代のフュージョンから最近ではスムース・ジャズと呼ばれる音楽を好んで聴いている。

気に入ったアーティストのアルバムに参加しているアーティストを聴いたり、コンピレーション・アルバムで気に入った曲を演奏しているアーティストのアルバムを探したりして、ライブラリを広げている。

本書は、海外、日本、フュージョンではないが、フュージョンのアーティストが参加しているアルバムや、フュージョン風のサウンドのアルバムを多数紹介している。海外モノについては、誰もが認める名盤・傑作はジャケット写真を大きくしているので、入門者にわかりやすい。

名盤・傑作と呼ばれているアルバムでもまだ聴いていないものがある。まずは、そうしたアルバムを図書館で探してみる。