最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

跨線橋の金網に差す夕日

12/10/2015/FRI

「ただの人間としての私」


朝井リョウが、日経新聞夕刊のコラム「プロムナード」で面白いことを書いている。この文章の題名は彼のコラムについていた標題をもらった。

彼はいま、バレーボールのサークルに入っている。そのサークルは現地集合、現地解散、ただバレーボールを一緒にするだけの間柄で、互いの職業や肩書きを自分から紹介することなく、「肩書き」からではなく「体から」つきあいはじめる。この関係が新鮮という。

新鮮であると同時に、何の事前情報もなく知り合うので、「自分が本当はどういうタイプの人と仲良くなるような人間だったのか、その人とどんな風に関係を築いていく人間だったのか」をあらためて思い知らされていると書いている。


この気持ちはわかる。

松任谷由実「ずっとそばに」は「疑うこともなく/知り合う人々を/友だちと呼べる日々」と歌っている。こういう時期はそれほど長くはない。もちろん、人それぞれではある。学校がそういう場所だったと書く朝井リョウがうらやましい。

私の場合、学校ではなく、会社が「体から」つきあいが始まる場所だった。

私は昨年末まで約20年間、5社のアメリカ系企業の日本支社で働いてきた。本国では上場していても、日本支社は営業事務所なので小所帯。新卒など採用しないので、全員が中途入社。そうなると、互いにどんな人間なのかは、ゆっくり一緒に働きながらわかりあうことになる。


朝井は、学校も肩書きなどなく、ただその学校に来たという地点から人間関係を作る、と指摘している。この点には、ちょっと違和感がある。

学校は、公共体育館のロッカー室とは違う。私自身の過去を振り返ってみると、学校に入った時点で、どこに住んでいるか、ということだけでも、どの社会階層に属しているか、わかっていた。住んでいる場所だけで差別の対象になることも、過去にはあったし、残念ながら今もあるだろう。

つまり、肩書きはなくても、先入観のない出会いというものも、学校ではほとんどありえない。


そう思うのは、私の個人的な体験のせいかもしれない。

小学六年生の冬、私はある秘密を抱えることになった。小学校では、同級生は皆、知っていたので、その時点では秘密ではなかった。

中学校は、近隣三つの小学校から生徒が集まった。ここで困ったことが起きた。誰が秘密を知っているのか、わからなくなったから

同じ小学校の人が話していれば、ほかの小学校出身の人も知ることになる。聞いてなければ、知らないまま、私とつきあうことになる。


秘密は、特徴から見れば、LGBTに近いものだった。日常生活で露見することはない。ただし、知ってしまうと、私に対する見方は間違いなく影響を受ける。言ってみれば、偏見の色眼鏡でみることになる。もちろん、偏見をもつかどうかは、秘密それ自体よりも、知った人個人の感じ方による。


言葉を換えれば、秘密を知り、それをどう受け止めるかにより、「私という人間をどう見るか」が変わってくる。

よく覚えていることが二つある。

一つ目は、ある女生徒が、「知らなかった、ごめんなさい」と言ってきたこと。別に謝ってもらうようなことではなかった。「ごめんなさい」は、彼女なりに考えた精一杯の「私は知っている」というサインだったのだろう。同時に「気にしてない」というサインも。彼女は、勉強もできて、真面目な人だった。

もう一つは、いまも付き合いが続いている友人の言葉。彼とは三年生の秋に同じ高校を受けることがわかって、友だちになった。知り合ってしばらくたってから言った。

秘密を聞いて友だちになるのはやめようかと思ったけど、よく考えて、友だちになることにしたよ

二人の言葉は、とてもうれしい気持ちと一緒に記憶されている。


高校でも、事態は同じ。私の中学から20人以上が同じ高校に入った。誰かが話していれば、私の秘密は知られるし、聞いていなければ知らないままでいる。

中学校と高校では、「ただの人間として私」でいることはなかった。「ああいう経験のある人」であり、その事実は、知っている人と知らない人がいた。

誰が知っていて、誰が知らないでいるかがわからない、という状態は、私の気持ちを不安定にさせた。いまの言葉でいう「カミングアウト」をして、秘密を秘密でなくしようと思ったこともある。

でも、それは思いとどまった。なぜなら、もっと親しくなりたい友人、何人かに告白したところ、一様に驚きと戸惑いを隠せない様子だったから。やがて、嫌な気持ちにさせたような気がして、告白した相手をこちらからも遠ざけるようになった。

一対一の付き合いはあっても、サークルや同窓会のようなグループでの交際が苦手なのも、秘密についての不安が関係している。


大学に入って初めて、誰も秘密を知らない世界に飛び出せた気がする。学校を出てからは、進んで人に告げたことはない。これからもそうだろう。