土を掘る 烏兎の庭 第三部
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3.28.09

“蔵王” 合唱名曲コレクション4、尾崎左永子作詞、佐藤眞作曲、福永陽一郎指揮、日本アカデミー合唱団、EMI、1989


金曜日の夕方、19時20分に職場を出た。習慣とは恐ろしいもので、「これは早いな」と思いながら、駅までゆっくり歩いた

新しい携帯電話にはテレビがついている。前から予告で知っていた、アンジェラ・アキ「手紙」を特集したNHKの番組を車内で聴きはじめた。この曲を最初に聴いたのは、NHK教育テレビ19時前の「みんなの歌」だったと思う。その頃は、「天才てれびくん」の途中で帰宅することが多かった。そのあと、年末の「紅白歌合戦」でも聴いた。

番組では、アンジェラ・アキのインタビューや、各地の中学生との交流、全国学校合唱コンクールの様子、「手紙」を聴いて、歌って、不登校や非行を克服した生徒の挿話などなど。

この手の番組は、ヤラセとまでは言わないものの、つくられたもの、という気がしてどうしても好きになれない。それでも、予告を見たときから気になっていたし、電車のなかでも無理して聴いていたのは、番組に登場したたくさんの中学生と同じように、私もこの歌にどこか惹かれるところがあったからだろう。


合唱コンクールというイベントは、いまでも中学校で盛んに行われているのだろうか。25年ほど前、私が通っていた中学校では、三学期の大きな行事だった。

1970年代には、高校でも「合唱コンクール」や「合唱祭」と呼ばれる行事をするところが少なくなかったらしい。1979年頃オフコース「愛を止めないで」を合唱コンクールで歌うとある高校生の女生徒が話していたことを覚えている。しらけたムードの漂っていた私の通った高校には「合唱祭」はなかった。

「合唱コンクール」というと、中学時代に嫌な思い出が残っている。冬になると、毎年、合唱の歌と嫌な感じが一緒になってよみがえる。その思い出を確かめるために、しばらく前に図書館で「合唱組曲 蔵王」を借りた。この曲は、もう一度聴いてみたかったので、ずっと探していた。

つまり、私は「合唱組曲 蔵王」の「早春」を聴くたび、静かな爽快感と激しい嫌悪感を同時に感じる。

中学二年の冬、私のクラスは合唱コンクールの自由曲に「早春」を選んだ。課題曲は何だったのか、覚えていない。それだけ「早春」の印象が強かったといえる。それにしても誰がこの曲を見つけてきたのだろう。

難しい曲だったけれど、ほかのクラスのやらない男女二部の混声四部合唱に挑戦し、下馬評では私のクラスは上位有力と言われていた。

ところが、本番では、指揮者と伴奏と歌とがばらばらになり、練習のあいだには一度もなかったようなひどい演奏になってしまった。


原因が指揮者にあることは、誰の目にも明らかだった。それにしても、終業の時間に男性の担任教員が吐き捨てた言葉に、私は我が耳を疑った。

やっぱり、あいつじゃだめだと、おれも思ってたんだ。

指揮者をした男子生徒は、小柄で髪がもとから少し薄くて茶色。スヌーピーの親友に似ているのでチャーリーとも呼ばれていた。確かに彼は特別、音楽が得意だったというわけではなかった。それどころか、勉強も運動もまるでだめな生徒だった。それでも彼を指揮者に選んだのは、一応はクラス皆で合意したことだったし、担任教員は、ふだんは目立たない、はっきり言えば落ちこぼれに近い生徒を大舞台に上げることになにがしか教育的な効果を期待しているものと私は勝手に思い込んでいた。

リーダーとしても、教育者としても許せない教員の発言を聞いたとき、はっきりと私は気づいた、音楽に親しむとかクラスの団結を高めるとか、どんなに“教育的”なお題目を並べたところで、結局のところ、合唱コンクールは、どれだけ自分がうまく学級経営をしているか、もっと直接的に書けば、どれだけ生徒を意のままに操っているかを、職員室で競い合っている教員たちの代理戦争に過ぎなかったことを。

二年生のときのクラスは、感じがよかった。何かというとすぐ怒鳴り、叩き殴る一年のときの担任や、およそ教員らしいことは何もしなかった三年生のときの担任に比べれば、二年生のときの担任は、担当科目だった歴史の授業が面白かったこともあり、それほど悪い気持ちはもっていなかった。彼は歴史の教員で、私のサヨク的な先入観は彼に植え付けられたものがすくなくない。そのことは特段、恨んでいるわけでるわけではない。

それだけに、彼の思いもよらない言葉に私は落胆し、中学校に入学してから失いはじめていた教員という職業に対する信頼感を完全に失った

それは、彼にとってみれば、気が緩んだときにこぼしてしまった失言にすぎなかったのかもしれない。そういう失敗が、私には数え切れないほどある。

しかし、たった一言で、相手の信用をいっぺんに失ってしまうということもある。そういう経験も、私には山ほどある。


番組のなかで、アンジェラ・アキは「中学生のころはよく笑っていた、笑うことが自分を守る盾になっていた」と話していた。その気持ちは、よくわかる気がする。

中学生のときほど、笑いやエロ・グロ・ナンセンスを求め、楽しんでいた時期はほかにない。ビートたけしと明石家さんまと『オレたちひょうきん族』、アラーキーと赤塚不二夫と『写真時代』、堂々と通学路に貼ってあったポルノ映画のポスター、雨上がりの公園で、濡れたページを剥がして読んだ成人コミック誌、書店の隅で仲間とこっそり立ち読みした『EIGANOTOMO』。

思春期だったと言ってしまえば、それまでのことなのかもしれない。他人から見れば、たいしたものではないのかもしれない。でも、こうして20年以上の時間が流れた今でも、それだけでは説明できないものがあったように、私には思えてならない。

あの異様に緊張した雰囲気のなかで過ごした3年間について、言葉にしてみようと思うけれども、いつまでたっても説明できる言葉が見つからない



uto_midoriXyahoo.co.jp