7/30/2015/THU
BRUTAS、2015年7月15日号、特集:松本隆、マガジンハウス、2014
松本隆には職人気質がある。『風街図鑑』の感想にそう書いた。歌いたいことを作品にすることよりも、愛される作品を生み出すことを優先する。
同じような、強い職人意識を筒美京平に感じた。松本の方が筒美からそういう姿勢を学んだのかもしれない。「僕と筒美京平さんには影武者はいない。それはプライドなの。」と明言している(影武者を10人以上、抱えている人がいるらしい)。
ヒット曲を量産することが彼らの「仕事」だった。
『風街図鑑』の感想に、「松本隆の作品の魅力は、爽やかさで包んだ未練がましさ」と書いた。その感想はいまも変わらない。
今回、インタビューや対談を読んでいて思ったことは、松本作品は、男が期待する女心を描いている、ということ。
松任谷由実は、松本と組むと彼のほうが女の立場になる、と話している。この発言はそのまま受け取ることはできない。ユーミンらしい妖術をかけた言葉にきこえる。
松任谷由実には女性ファンも多いし、女性の心情を描いていると言われている。それはそうとしても、そこで描き出されているのは、「男に見せてもいい女の心情」ではないか。だから、男は勘違いする。「こういう風に女は思うのか」。そうすると、ユーミンの歌を聴いた女性の妖術に引っかかってしまう。
これと同じことが松本隆の作品にも言える。松田聖子を通して語られる女心がくすぐるのは、むしろ男性の心であって、女性ではない。ただし、女性からみれば、「なるほど、男はこういう女の態度に弱いのか」ということがわかる。
「赤い靴のバレリーナ」や「真冬の恋人たち」のような、いわゆる「ぶりっ子」ソングは、そういう異なる響きを男女に聴かせているように思う。
男に見せられない女の情念は、あらためて言うまでもなく、中島みゆきが歌っている。
女に見せたくない男心を歌っている歌手は誰か? ちょっと、すぐには思いつかない。
もっとも、今の時代に男女の性別でものごとを語るのはナンセンスだろう。とはいえ、松本隆の言葉にまつわる恋愛世界は、どんな恋愛にも当てはまるように思う。
つまり、誰でも、どんな醜態でも相手に見せてもいい、もしくは見せたい「カッコ悪い」ところがある一方、誰にも見せたくない「秘密」もある。Billy Joelが“The Stranger”で歌ったように。
松本隆の作品には、「恋するカレン」のように、未練がましい失恋の歌のなかに意地を見せるところがある。見せられるギリギリの醜態とそれ以上は見せたくない「秘めた素顔」が絶妙のバランスで描写されている。だから、恋をしている人によっては、自分の気持ちはもちろん、恋の相手の気持ちも、「風街」のなかに見えてくるような気にさせる。
松田聖子に偏りすぎているか。松本隆は多くの歌手に作品を提供している。女性では、松田聖子の次に多いのは太田裕美と薬師丸ひろ子だろう。
太田裕美は、多くを聴いていないので、彼女の世界での松本隆の影響はよくわからない。一番よく聴くアルバム『Feelin' Summer』は松本作品がない。前に読んだ対談(『松本隆対談集- KAZEMACHI CAFE』)では、年齢とプロデビューが近く、自身も作詞作曲する分、松田聖子や薬師丸ひろ子よりは対等に近い、共同プロデューサーの関係にあるように感じた。
薬師丸ひろ子は、松田聖子より年下であるにも関わらず、松本隆が提供している言葉はずっと大人っぽい。
たとえば、二十歳の心情を歌った作品を二人は歌っているが、は雰囲気はだいぶ違う。松田聖子「野ばらのエチュード」は「この私 あゝ連れ去って/生きる人はあなただけ」。薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」では、「笑っちゃう 涙の止め方も知らない/二十年も生きてきたのにね」。
思い浮かぶ女性像は、まるっきり違う。
今回の特集で斉藤由貴が語っているように、80年代のアイドルはそれぞれにキャッチコピーがあり、目指すアイドル像があった。歌はもちろん、髪型や衣装、出演するドラマなど、すべてで一人のアイドルを作っていた。そのプロデュースは、松本隆や、少しあとの秋元康のように作詞家であることもあれば、少し前では山口百恵にとっての酒井政利のような音楽プロデューサーの場合もある。
「野ばらのエチュード」と「メイン・テーマ」の違いは、まさに松本隆がプロデューサーとして歌い手のスタイルにより、作品を書き分けている証拠と言えるだろう。
松本隆が綾瀬はるかの大ファンで、作品も提供したことがあるとは知らなかった。特集にある対談で、映画『海街diary』には松本隆の詩の世界、「風街」の雰囲気があると語り合っている。松本は映画も気に入っているという。そういえば、「風街」と「海街」は語呂が合っている。
松本作品には乗り物がよく出てくる、という指摘は面白い。確かに枚挙にいとまがない。ディンギー(白いパラソル、君は天然色)、汽車(赤いスイートピー)船(出航、冬のリヴィエラ、白い港)、クルマ(九月の雨、雨のウェンズディ、ガラス壜の中の船)、バス(青空のかけら)、駅(赤い靴のバレリーナ)⋯⋯。
松本が綾瀬に提供した「マーガレット」では、「江ノ電」という具体的な名前が出てくる。これは松本作品としては珍しい。
松本隆と綾瀬はるかは、ほかにも面白い会話をしている。この歌も『海街』につながる。
松本 天然だと思わせてるけど、それも演技だから(笑)。
綾瀬 違いますよ!(笑)
どうやら松本隆が綾瀬はるかを好きなのは、私と同じく、彼女の演技と素の落差、いわば北島マヤ的な雰囲気があるかららしい。
綾瀬はるかは、トリビュート・アルバム『松本隆に捧ぐー風街DNA』(ユニバーサル、2010)で「赤いスイートピー」をカバーしているという。ぜひ聴いてみない。
松本隆の作詞作品で好きな楽曲を並べてみた。始めたら松田聖子ばかりになったので、松田聖子のFavorite Song Listは明日書く。
- 曲名:作曲:歌手:発表年。リストは発表年順。
- 雨だれ:筒美京平:太田裕美:1974
- あゝ青春:吉田拓郎:中村雅俊(吉田拓郎、トランザム):1975
- September:林哲司:竹内まりや:1979
- >天国のキッス:細野晴臣:松田聖子:1983
- すこしだけ やさしく:大滝詠一:薬師丸ひろ子:1983(代ゼミ講師、土屋博映先生が出演したいた『わくわくどうぶつランド』の主題曲)
- スタンダード・ナンバー:南佳孝:南佳孝:1984(薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」と同じメロディーで男女の視点から二つの歌詞)
- レイクサイドストーリー:大滝詠一:大滝詠一:1984
- 青空のかけら:亀井登志夫:斉藤由貴:1986
- 1グラムの幸福:飯島真理:飯島真理:1999
- 綺麗ア・ラ・モード:筒美京平:中川翔子:2008