土を掘る 烏兎の庭 第三部
表紙 > 目次 > 音楽 > 文章

4.19.08

松本隆 風街図鑑、SONY、1999


親しい友人が松本隆作詞の作品を集めたCD BOXを貸してくれた。

作詞家という職業は、表現者のなかでも芸術家というよりは職人に近い仕事だと思う。

作詞家は自分の思いを直接表現することを控えて、メロディや歌手にあわせて作品を創らなければならない。松本隆自身も、「名人」と呼ばれたいと言っているのを、どこかで読んだことがある。

松本には阿久悠と同様、ストーリー性のある作品が多い。さまざまな街を舞台にした短編小説を読んでいるように、聴いているとそれぞれ違った風景が目に浮かぶ。

それでも、こうして松本隆の作品ばかりをまとめて聴いてみると、彼に特有の言葉の世界があることが感じられる。

この作品集を聴きながら、まず驚いたこと。自分で思っていた以上に私は松田聖子のことが好きだった、ということ。

自分では、年齢の近い原田知世菊池桃子のほうが好きなつもりでいた。いや実際「私のアイドル」、妄想の恋人という意味では、彼女たちは十代の私にとってはまちがいなくそうだった。

松田聖子はずっと年上なのでそういう意味でのアイドルではなかったけれど、彼女の歌や声、歌い方、それからもちろん、松本隆の歌詞の世界に私は十代半ばの頃、ずっととりこになっていたことに今になって気づいた。私のなかでは松本隆の世界は、何よりも松田聖子の世界と重なっている。


松本の歌詞をまとめて聞いたみて気づいたことは、未練がましい歌が多いということ。ある意味では、軟弱と思われがちな小田和正などよりも過去の恋へのこだわりがずっと強いように感じる。

松任谷由実の「魔法のくすり」という歌(『流線型’80』)に、「男はいつも最初の恋人になりたがり、女は誰も最後の愛人でいたいの」という言葉がある。まさしく、松本隆の世界では、最初の恋人がずっと大切にされている。

女性の気持ちを歌っているようにみえる「Sweet Memories」でさえ、彼自身の体験からできたと本人が記しているし、女性はあまりこういう形で過去への憧憬はあまり持たないのではないか。少なくとも私の周囲ではそう感じる。

未練がましいというと、桑田佳祐の歌にも過去の恋人や憧れの人が頻繁に登場するけれども、あくまでも気持ちのなかでのことで現実に再会することはない。題名だけなら「いつか何処かで」という曲はあっても、もう会えないことを承知のうえでの気持ちを歌っているように聴こえる。しかも、桑田佳祐の場合、もう二度と会うことができないという雰囲気が影のようにどの言葉にも感じられる

ユーミンにも「昔の彼に会うのなら」(『パール・ピアス』)などがあるけれど、最後には「会いには行かない」で終わる。ところが、「Sweet Memories」でも「蒼いフォトグラフ」でも「セイシェルの夕陽」でも、みんな過去の恋人を思い出すだけではなく、実際に会ったり、会いたいと思ったりしている。それからこのBOXには収録されていないけれど大滝詠一「木の葉のスケッチ」(『EACH TIME』)でも、偶然出会った昔の恋人を食事に誘おうとまでしている。

ユーミンの視点から見れば、「Good Luck & Goodbye」(『14番目の月』)は、ちょうど「木の葉のスケッチ」の歌われている相手、つまり、昔の恋人に偶然に出会ってしまった女性の心情を描いている。

二つを聴き比べてみると、男が一人、ぽつんと取り残されたセンチメンタルな街角の風景とが目に浮かぶ。

思い出してみれば、松本隆の代表的なヒット曲「ルビーの指輪」も、「二年の月日」にわたる男の未練の歌だった。


余談。小田和正では、メロディや声色とは裏腹に人との別れに対してはかなりドライな態度が少なくない。それは彼の歌の多くは、実は恋ではなく、僚友、鈴木康博との友情と葛藤がテーマになっているせいかもしれない。

そのことは、例えばソロになったあとに書いた曲、「MY HOME TOWN」(『MY HOME TOWN』、ファンハウス、1993)を聴いてもよくわかる。横浜から根岸線の下り線に乗る。通った学校は同じではないけれど、小田が回想する高校時代の通学風景は私のそれと同じ。

ソロになってからの小田和正の曲はあまり聴いてはいないけれど、この曲だけはときおり電車の扉にもたれて聴いている。

そういえば、小学校中学年の頃、「お店屋さん調べ」で、子どもだけではじめて電車に乗って行ったところは、アーケードのなかにある小田の実家の薬局だった。そのことは、もちろん、ずっとあとになって知った。


閑話休題。

松本隆の歌詞は、「未練」が主題のものが多い。

ただし、松本隆の場合、「未練」がまったく粘着質に感じられない。

会いたいのは 未練じゃなく
サヨナラって 涼しく言うためよ

「レモネードの夏」では、確かにそうも言っている。でも、別れを告げる涼しい顔を見せたい、その思いが実は未練そのものといっていい。

それが、聴いてみるとそれほどに未練がましい歌に聞こえない理由は、松任谷由実や大滝詠一財津和夫らが奏でる華やかでポップなメロディと、言葉の端々に80年代に流行したアメリカン・トラッドやプレッピー風ファッションを思わせる小道具のせいだろう。ピンボールとか野球とかクルマとか、初期の村上春樹にも通じる空気がある。

私が松本隆で一番好きなところ、彼の彼らしいと思うところは衒いがないこと、平凡をつらぬけること。これは前にも書いたことがある

「白いパラソル」や「小麦色のマーメイド」という言葉遣いにしても、表現にひねりがないことが粘着質の中核にやわらかい包みをしているのかもしれない。

蛇足で言えば、「元彼」「元カノ」なんて言葉がふつうに使われだしのは、きっと90年代以降のこと。いくつも恋愛を重ねることに未練も後ろめたさもない。少なくともメディア受けする、あるいはメディアが創り出そうとしている恋愛観はそういうものになっている。

昔の恋人に会いに行くか、行かないか。松本隆とユーミンの違いに70〜80年代と80年代後半から90年代の恋愛観の変化のグラデーションを見るのは、うがちすぎだろうか。もちろん、これはメディアの上での話であり、ふつうの人びとの恋愛観がそうそう簡単に変わるとは思えない。ただし、メディアの生み出す時代に影響を受けるということはあるだろう


私の場合は、どうだろう。進んで会いに行くことは、もちろんしないだろう。でも、偶然、出会ってしまったらどうするだろう。

Paul Simon,“Still Crazy After All These Years”では、ビールを飲み交わしてしばらくは過ごすけれども、一人家に帰ってから軽い後悔を感じている。小椋佳「時」では、幸せかどうかもたずねられないまま、黙って立ちつくしている。

私ならどうするか。たとえば公園を散歩していて同じ年ごろの子どもを連れていたら、素知らぬふりでキャッチボールをするかもしれない。そうして、言葉にならない気持ちを相手の胸をめがけて投げるだろう

つまり、私は偶然を装いながらの再会を求めている、だからこそ松本隆の言葉に心が揺さぶられるのだろう。


松田聖子が活躍していた80年代、“ぶりっ子”、“かわい子ぶりっ子”という言葉がよく使われていた。可愛らしい表情や素振り。それも異性に向けてだけでなく、自分自身に対しても。その意味では、“ぶりっ子”は少女時代のナルシシズムの一形態だった。

松田聖子は、その“ぶりっ子”の象徴だった。それは『ザ・ベストテン』や『ヤンヤン歌うスタジオ』などの歌番組で見せていた彼女のしぐさだけでなく、彼女の歌っていた歌にも“ぶりっ子”がふんだんに盛り込まれていた。つまり、松本隆は“ぶりっ子”の発信源でもあった。

典型的なのは松田聖子の「赤い靴のバレリーナ」と飯島真理の「1グラムの幸福」か。どちらの曲も“ぶりっ子”的な少女心理を、前髪の長さを通して巧みに描いている。

“ぶりっ子”作品の頂点は、この作品集にも入っている松田聖子の「真冬の恋人たち」ではないかと思う。悪口のつもりはない。さびしい十代の少年たちは、松本隆の歌詞のおかげで、アイドルたちを心のなかで、自分のためだけの「妄想の恋人」に仕立て上げることができたのだから。

彼の言葉に理想の女性像が多分に影響を受けたことは否定しない。同時に、それが当の女性たちから見れば、気に入らない部分が少なくないこともわかってはいるつもり。

いや、ひょっとすると、松本隆の言葉に女性たちは意識もしないままに彼の創りあげた女性像を演じようとしていたのかもしれない。


個人的には、松本隆の作品でいちばん好きなのは大瀧詠一が歌っている「Water Color」(『ナイアガラvol.2』、SONY、1982)。「野球帰りの少年たちが街を走り抜けたら」という言葉が、なんとなく気に入っている。余談。「野球帰りの子どもたち」と言えば、風の「暦の上では」(作詞は伊勢正三)にも同じフレーズがある。この曲も、私のお気に入りの一つ。

それとこのBOXにはなかったもので、中村雅俊主演のドラマ『青春ど真ん中』(1978)の主題歌「青春試考」(作曲は吉田拓郎、『青春ドラマシリーズ・ソングブック 俺たちの旅』、コロムビア、1995)。

中村雅俊の青春ドラマシリーズの主題歌には、小椋佳作詞作曲の「俺たちの旅」や谷川俊太郎作詞、小室等作曲の「俺たちの朝」など、個性的な作品が多いなかで、松本隆らしいプレッピーな雰囲気を残しつつ中村雅俊と吉田拓郎のもつバンカラ風が加味されていい感じになっている。

このとき、すでに名人と呼びたくなる技の片鱗が感じられる。



uto_midoriXyahoo.co.jp