失われた時を求めて13 第七編 見出された時Ⅱ(A la recherche du temps perdu, Le temps retrouvé)、Marcel Proust、鈴木道彦、集英社、2001

プルーストを読む――『失われた時を求めて』の世界、鈴木道彦、集英社新書、2002


『失われた時を求めて』を読もうと思った直接のきっかけは、森有正の日記。「バビロンの流れのほとりにて」にはじまり、その後いくつかのエッセイを通じて重ねられた森の思索は、晩年、作品という考えに集約され、生前には公刊されなかった日記のなかで、結晶のように簡潔で堅固な表現になった。有機的な構造をもつ作品という考えに最後に導いたのが、プルーストの作品。1970年12月26日では、ふだん日記を書いているフランス語ではなく、原文を自ら日本語に訳し、「見出された時」から長い部分を引用している(『森有正エッセー集成5』、二宮正之編、ちくま文庫、1999)。

まさか、自分が『失われた時を求めて』を手にとって読もうと思うことになるとは、数年前にはまったく想像できなかった。プルーストの名前こそ、以前から知っていたけれど、あくまで文学史上の一人としてであり、それも壮大な長編小説を書いた人というだけで、それ以外は何もなかった。それどころか、誰かが読むべき本や「20世紀最大の文学」として紹介するほど、かえって遠ざけたくなるような作家でもあった。

大長編、貴族社会の克明な描写、コルク張りの密室で書き続けたという逸話、有名なマドレーヌの挿話。読む前からもっていたこうした知識はみな、作家と作品のほんとうの姿を遠ざけた。中途半端な知識が、かえって食わず嫌いを生むことがある。そのため私の場合には、いちばん肝心な作品の本質については、垣間見ることも、情報として知ることもないまま過ごしてきた。個人訳をなしとげた鈴木は、そのような誤解があっても不思議ではないと示唆する。

本来この小説はひと握りの研究者のためのものでも、閉鎖的で高踏的な文学論のためのものでもなくて、自分自身を振り返るすべての読者に開かれているはずだった。

プルーストを知らないでいたのは、必ずしも私のせいばかりではない。文学論をもてあそぶ一部の研究者や教養主義者が、この作品にほこりをかぶせていたともいえる。

鈴木は、そうしたほこりをとりはらうために、「日本語だけで読める『失われた時を求めて』を作る」ことを目指した。ただ読みやすいだけでは足りない。作品の本質が伝わるように、「できるかぎり作品の構造を明らかにすること」も必要になる。

『失われた時を求めて』の最終巻を読んだとき、作品を書くことに目ざめた語り手の堰を切ったような激しい文章には、今ここでは何も書けないほど感激した。それについて書くには、もっと時間がかかる。同時に、あとがきに記された鈴木の静かで、それでいて熱のこもった解説にも引き込まれた。略歴をみると、プルースト研究のほかサルトルも研究し、社会運動にも関わっていたらしい。鈴木がなぜプルーストに惹かれたのか、もう少し知りたくなった。東大仏文学科を卒業後、パリに留学していたと書いてある。パリで森有正と会うこともあったのだろうか。

新書『プルーストを読む』では、『失われた時を求めて』という広大な宇宙にある、さまざまな星雲や惑星が紹介されている。小説論、文学論、芸術論、ユダヤ問題、同性愛。私自身の言葉で言い換えれば、書くとは何か、批評とは何か、作品とは何か、秘密とは何か。そんなことの多くがこの大作のなかにさざめいているのだという。語り手がたどりついたところ、見出した「時」は、わかったような気がする。もう一度、最初に戻って読みなおそうか、そうすべきではないか。

けれども鈴木は、いや、プルーストは釘を刺す。大作を書きはじめる前にプルーストが英語から仏訳したジョン・ラスキンの読書論『胡麻と百合』のために書かれた序文を、鈴木は簡潔にまとめる。

そのなかでプルーストはまず読書を、精神が自分自身に対して実り豊かな働きを続けている最中に、孤独のなかで他の思想からの伝達を受け止めることである、と規定する。その上で、読書の素晴らしさを認めながらもその過大評価を戒め、著者にとって結論である書物は、読者にとっては「うながし」(incitation)にすぎず、人を精神生活の入口へ連れて行ってくれるが、精神生活そのものを作りはしないのだ、と言う。そればかりか、読書が精神生活にとって代わるようになると、その役割は有害でさえある、と断定する。なぜなら、各人は読書の「うながし」を受けながら、自分で精神生活を切り開いてゆかなければならないからだ。(「終章 読書について」)

ここにははっきりと、読書に対する両義性がみられる。それは単に読むことにはいい面と悪い面があるということではすまされない。人は誰も、自分だけの精神生活をもちうる。しかし、そこに閉じこもれば独善的になる。だから他の人、できれば優れた人の精神生活から学び、自分をたえず反省しなければならない。そうかといって、他人の精神生活を覗く、読書だけを繰り返しても自分の精神生活は一向に深まらない。読みながら考え、考えながら読む、そんな読書と反省の往復が必要になる。

読まなければ、という気持ちから20世紀を代表する大作を読んでみたところで、自分の精神生活に寄与するものはない。せいぜい、文学史上の必読本を一冊読みおえたという虚栄心が満たされるか、世紀末の貴族生活について少々知るだけだろう。

いつか、鈴木訳を第一巻から読んでみたい。義務感からではなく、ゆっくりと味わうような穏やかな知性の欲求をもてるようになった日に。あるいは、その日を迎えるために、少しずつ、機会と時間のあるごとに読んでみたい。

文学史の名作リストではなく、これまでの読書を通じて、導かれるままにプルーストにたどりついたことは、時間はかかったけれど、幸せなことだと思う。ふりかえってみると、これまでの、とりわけ十代から二十代はじめにかけては、これは読むべきだから、これを読んでおけば役に立ちそうだから、という気持ちから読んだ本は少なくない。読み終えることは読み終えて、読んだことにしてはいるけれど、それらの作品のほんとうの姿が私にわかっていたか、まったく心もとない。

まだ読んでいない名作は数え切れない。新しい本も日々、洪水のように増えている。そのなかには、これまで読んだ本に導かれて読んでみたいと思っている本もある。本は出会いを待っている。同時に、かつて開いて読んだつもりになった本も、ほんとうの姿をみせようと、再会の日を待っているように感じる

ところで、鈴木は「はじめに」のなかで、『失われた時を求めて』を読む前に、ドストエフスキー『罪と罰』に心を奪われていたと書いている。この本こそ、私にとっては、豪華な、けれども、古ぼけたほこりまみれの本棚に押し込まれた作品。

これまで読んだ作品の著者の多くがそこへ続く道へ促している。同時に、『罪と罰』を奨める文章についた、べっとりした教養主義の手垢に、うんざりさせられることも少なくない。実際、これまで何度か読みはじめたけれども、読み終えることはできずにいる。

いつか、ドストエフスキーを、静かな気持ちで最後まで読む日ががあるだろうか。その日が来たとき、いったいどんな風に思うだろう。


碧岡烏兎