烏兎の庭 第一部
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12.20.03

森有正エッセー集成5、「木々は光を浴びて」「故国の情感」「三十年という歳月」他(原著1970 - 1973)、二宮正之編、海老坂武解説、ちくま学芸文庫、1999


ようやく、とうとう、読み終えた一巻500ページ以上になる文庫本を五巻も続けて読むなど、これまでなかったこと。これほど長い連続ものを読んだのは『ドリトル先生』(ヒュー・ロフティング、井伏鱒二訳、福音館)以来かもしれない。文庫本では、住井すゑ『橋のない川』(新潮文庫)全7巻以来。この時は三年以上かかったので、一年足らずで読みきったことは驚異的な記録。もっともマンガでは、もっと長い作品をもっと短い時間で読んでしまったこともある。

第5巻を読みはじめる前から、この読書は「過去と記憶」が主題になるだろうと勝手に予想していた。それは、その時の読書と思索の傾向がそうであったためと、読みはじめる前に目を通した目次と解題が、本書に収録された作品のそうした主題を暗示していたからでもある。

同時に、本書はそういう期待と思い込みを裏切るものであることも私は予想していた。心に残る本はいつもそうして期待を裏切るものだったし、これまでの4冊は特にそうだった。読みおえてみると、いずれも予測した通りになった。


これまで、森有正の文章には強く魅かれてきたけれども、彼の文章に登場する場所や人物に自分を重ね合わせることはなかった。生まれ育ったところも違えば、学んだ学校も違う。パスカル、デカルト、アラン、ドストエフスキーなど、森の作品に頻繁に登場する作家たちの作品もまだ読んだことがない。

パリには行ったことがあるけれども、それこそ森が名所見物と軽蔑するような見方で見る程度の時間しか過ごせなかった。フランス文学キリスト教にも、関心はあるけれど、直接的な関わりはもったことがない。

それほど、森と私には共通点は少ない。だから、彼の作品にこれほどのめりこんで読んでこられたのは、ひとえにその文章の魅力のおかげであり、その思索の波長が私に合っていたからだと思う。

ところが、敗戦から30年、渡仏から20年もの年月を感慨深くふりかえる晩年の作品を読んでいると、私の個人的な経験と森とのあいだに接点があることが感じられる。札幌の植物園、武蔵野の森にたたずむ学校、御殿場の研修所。それぞれに思い出深い場所で、思い出す人々がある。

そうした場所が森の静かな回想のうちにちりばめられている。身近に感じるというのではない。存在はなお遠いけれど、自分にだけ特別なつながりがあるように感じられる。遠い星からひとすじの光が自分だけに注がれているような感覚。

そんな気持ちを抱いて、「暗く広い流れ」を読んだとき、強い衝撃を受けた。会ったことのある人の名前が書かれていたから。

そのとき、その人が森有正の名前を口にしていたことも、急に思い出した。それまで、ずっと忘れていた。なぜそのときには、森についてもう少し知ってみようと思わなかったのか、今から考えれば、不思議でならない。しかもなぜ、今ごろになって、森有正の作品を読むようになったのか。それもまた、不思議なめぐりあわせ。こうして「過去と記憶」をめぐる森の思索は、私自身の「過去と記憶」に突き刺さることになった。


ところで、「経験」という言葉を主柱にして思想を構築する森に対して、私は「スタイル」という言葉を軸にして、自分の思想を築こうとしている。命題や理論ではないという点で、スタイルは経験にならっている。生き方、暮らし方、身の処し方。生きる場面のすみずみまでスタイルは広がる。言葉遣い、姿勢、服装、体型、持ち物、食生活、それから分類されない日常のさまざまな振る舞い。あらゆる行動にスタイルは表れる。

経験とスタイルの違いは、後者は語感からもわかるとおり、体型や服飾などの外見の美的感覚にも配慮している点。それ以外については、今後の思索を通じて磨いていかなければならない。スタイルという概念は、まだまだ蕾のようなもの。多くの点で、経験という概念の模倣に過ぎない。

人は誰でも、自分だけの経験をもち、またスタイルをもつ。スタイルは持つというより、誰にでも備わっているもの。探すものでもなければ、見つけるものでもない。学ぶものでも、手に入れるものでもない。あえていえば見出すもの。

広義のスタイルには、三つの種類がある。一つは、無邪気なスタイル。自覚のないスタイル。子どものスタイル。子どもが投げかけるありふれた、けれども新鮮な言葉。二つめは、選ばれたスタイル。意識したスタイル。技能のスタイル。多くの言葉のなかから選び出された、ありふれてはいるが新鮮な響きを持つ言葉。

三つめは、無意のスタイル。自覚的に無自覚であるスタイル。多くの言葉を知っているにも関わらず、意識的に選ばなくても、自然に繰り出されるありふれた、それでいて新鮮で、その人自身を表わす言葉。

第三のスタイルだけが、狭義のスタイル。それだけが、自己肯定と自己否定との両方を含み、それらを往復しながら経験を深化させる自己批評だから。その意味で、自己批評は魂の弁証法と呼ぶこともできる。


自己批評とは何か。どうすれば、無邪気なスタイル、選ぶスタイルから、無意のスタイルへ変貌することができるのか。晩年の森は、その推進力を「勇気」と定義している。勇気とは、「乗りこえるべき障害を前にして一瞬一瞬を集中し注意を払う行為」(日記1970年4月12日)であり、「次々に出てくる新しい現実に向かって、智慧と意志との凡てを傾けて対処すること、要するに極めて意識的な行為の連続」であり、「既に身につき習慣になった技術にたよることなく、一瞬毎に能力のすべてを動員し、意識を集中して奏き続けることをいう」(日記一九七〇年五月一日)。達成した成果に寄りかからず、つねに現実の新しさに目を向け、全力を尽くして現実に向かう。それが経験、それがスタイル。

経験もスタイルも、目に見えない。スタイルは、無形。スタイル、すなわち「思想とは、一人の【人間】の全体であり、それ以外の何物でもない」(日記一九七一年三月二十七日)から。ということは、経験もスタイルも、その人が息絶えたとき、失われてしまう。思想、経験、スタイルをもった人間が生きているときに触れた人は、その人間の生き方から学び、スタイルを継承することができる。自分自身のスタイルを磨く砥石にすることができる。それでは、生きた人間と関わらなければ経験やスタイルを継承することはできないのか。


ここで、これもまた晩年の森が到達した「作品」という考え方に行き着く。「作品」は、時と場所を越えて、スタイルを伝える。確かに「作品」は、けっしてスタイルそのものではない、スタイルは無形なのだから。けれども「作品」は、【人間】を伝える。「作品」は、その人間がスタイルにたどりつく道程に残した轍、水面に残した澪、汗を吸い込んだシャツ。

だから「作品」に触れることによって、人は作品を残した「人間」を知ることができる。より正確に言えば、優れた「作品」を通じて自分のなかにある【人間】に気づかされる。この点については、私の拙い言葉で置き換えるのではなく、森と彼自身によって翻訳されたプルーストの言葉をそのまま引用して、私自身の覚書にしておくことにする。なぜなら、この断章は、ほとんどそのまま私の、いまの思いに一致するから。

昨夜から今朝にかけて、プルーストの「見出されし時」を読了した。その感銘は実に深かった。爾後プルーストの「喪われし時」の全体は私の祈祷書のようなものになるであろう。ことに「見出されし時」の終わりに近いところで、「私」が作品を書く決意をする条りに深く感動した。プルーストは「時間」と言うことばを使っているが、それは「経験」の成熟過程が意識された時、それを「時間」と呼ぶ以外にないからである。そして「時間」がこのように感ぜられる時、そこに深い普遍性が露われて来ることが実によく判った、この数十行の文章は、殆どそのまま、私の思想と一致する。以下その部分だけ訳出してみよう。
   「最後に、この時間の観念は、私にとって、究極の価値をもつものであった。それは一つの刺激のようなものであった。その観念は私にこう言っている。私がかつて、ゲルマントの方へ、ヴィルパリジ夫人と車を馳って散歩していた時、短い稲妻のように、私の生涯の中に起こったことを感じ、それは、人生は生きるに価いするものだ、と私に思わせたことが時々あったが、もし私がそういうものに到達したいのだったら、今こそその営みを始めるべき時なのだ、と。今、闇の中に見られていたこの人生というものが、その本当の本質に還元され、絶えず偽られて来たこの人生が究極的に一冊の書物の中に現実化されることによって、解明されうるように私に思われて来たこの際、人生は、量り知れないほどより一層生きるに価いするように思われて来たのだった!そういう書物を著すことが出来たらどんなに幸福なことだろう、と私は考えた。それは行手に横たわる何という労苦だろう。それがどういう観念かということを見たいと思ったら、もっとも高度の完成に達した、様々の芸術からそれに類比されるものを求めなければならないだろう。と言うのは、そういう書物を著す人は、各々の性格についてその対立する面を表わして、性格にヴォリューム(容積)を賦与しなければならないのだが、そのためには、その作家は、攻撃作戦におけるように諸力を絶えず集結し直してその書物を綿密に準備し、疲労を忍ぶようにそれを堪え忍び、規則のようにそれを受け入れ、教会堂を建てるようにそれを構築し、養生の規律に従うようにそれに従い、障害物を克服するようにそれを克服し、友情を克ちうるようにそれを獲得し、子どもを育てるようにそれにあり余る栄養物を与え、一つの世界を創造するようにそれを創造し、しかもその際、他のもろもろの世界にしかその説明が存しえないかも知れないような色々な秘密、その予感こそが人生と芸術とにおいてもっとも深く人を感動させるものであるような、そういう色々な秘密があることをも閑却してはならない。そして、こういう偉大な書物においては、それを構築する作家の企図の広大さの正にその故に、素描される時間だけしかなかったような部分、恐らくは決して完成されないような部分が幾つかあるものなのである。多くのカテドラルが未完のまま残っているではないか。人はそういう書物に栄養を与え、その脆弱な部分を補強し、それを保護する。しかしやがて今度は、書物の方が成長し、我々の墓を指示し、流説と、そしてしばしの間は忘却からその墓を護るのである。だが、もう一度私自身に返って考えてみると、私は自分の書物についてはもっと謙虚に考えている。それを読む人々、すなわち私の読者のことを考えながら書くのだ、と言うことさえすでに不正確である。その意味は、私の考えでは、かれらは私の読者ではなく、かれら自身の読者である、と言うべきだからである。私の書物はコンブレーの眼鏡屋がお客にさし出すような拡大鏡の一種に過ぎないからである。私の本は、それを通して、かれらに自分自身の中を読む手段を提供するものなのである。」(日記1970年12月26六日)

この一年、森の文章に過剰に傾倒してきた。彼の言葉が、自分を代弁しているように感じることも少なくなかった。自分の言葉で表現するより、彼の言葉を引用しておけば、それで満足するように思われたこともある。こうして『エッセー集成』の最終巻まで読み進め、長い引用を残した今、この読書は私自身の経験に向かいはじめている。

森とプルーストは、私に向かって自分自身を読み、自分自身を書くことを促しているように感じる。ただ書くだけではない。私のスタイルを込めた「作品」を書きはじめることを、二人のスタイルは促している。


いま、5冊の『エッセー集成』について書いてきた書評を読み返してみると、それぞれの意図は、正、反、合、対、還という一字で表わされる。第一巻、森の真摯な思索を、私は正面から受け止めた。第二巻では、森の時代感覚、政治感覚、表現感覚に反発した。第三巻、森の経験に、自分の経験をなんとか合わせようとした。第4巻では、彼の経験と己の経験を対比し、彼の言語観に対峙しようとし、さらに、私が第二言語を学んだ先達と森との対話を試みた。

そして第5巻。すべては還る。「還」には幾重もの意味がある。まず、森の死。彼は「バビロンの流れのほとりにて」で予言したとおりに、M家の墓へ還った。土へ還った。同時に、森有正が残した文章は、彼個人の経験から一人の人間が残した「作品」へ還った。個人の経験は人類の経験に還った。

だから最終巻の読了は、最初へ還る。『失われた時を求めて』が一人の人間が「作品」を書こうと決意するまでの内面風景の変貌、すなわち経験の深化を描いているように、森有正のエッセーも、「作品」を書く決意に到る心の旅路。その含意が最終巻でようやくわかった。「バビロンの流れのほとりにて」(『エッセー集成1』)は、そのことを暗示する一文ではじまっている。

一つの生涯というものは、その過程を営む、生命の稚い日に、すでに、その本質において、残るところなく、露われているのではないだろうか。

森の生涯の本質が幼い日々に隠されているように、森作品の本質は、すべて「バビロンの流れのほとりにて」に書かれているにちがいない。それを留めてもう一度、読み返してみたい。それから先ほどの引用は、ちょうど一年前の今ごろ読み、その一端を垣間見た、プルーストの世界へ還る。


そして何よりも私自身へ還る。森の文章に埋もれ、抗い、重なり、離れ、その「作品」に沈潜してきた。けれども読み終わってしまった以上、私は自分に帰らなければならない。私自身の経験を深め、私自身を読みはじめなければならない。そして、私自身の「作品」を書いてみたい。そうすることで、いつか、私自身のスタイルを見出したい。つまり、スタイルという概念を究めることが、私のスタイルを見出す道のりになっていくだろう。

森が20年かけた経験という境地に、わずか一年でたどり着けたとは思わない。そもそも森の経験には誰も絶対にたどり着けない。経験は継承できないのだから。

社会を構成し、次々に交替していく一人一人の人間は、そのつど経験をはじめからやり直す外ないわけであり、そういう経験から抽象された自然科学の成果が段々と蓄積され、進歩していくのとは違って、そこにあるのは、永遠のくり返しに他ならないように思われるのである。(「雑木林の中の反省」)

それでは、森が20年、フランスで過ごしてたどりついた地点にたどりつくためには、同じような体験をしなければならないのだろうか。そうではないだろう。森が三十年かけた経験は「作品」に凝縮されている。それは、ずっと短い期間で読むことができる。

そして、こうした優れた「作品」は読者の経験を加速させる、とは言えないか。森は、個人の経験の深まりは人類の経験という水脈につながると繰り返している。「作品」を読む、見る、聴く、そして批評するということは、そうした普遍の経験を継承するということではないだろうか。


こうして私が、いま「作品」を書こうと促されているとき、一年でそう言えるようになったからといって、私の能力が高いとはもちろんいえないけれど、一年で読み終えただけの決意だから甘いとも言えない。あえて言えば、優れた「作品」に導かれたと言えるとしても、同じ読書が誰にでも同じ経験をもたらすとも言いきれない。私は私にたどりついただけ。

経験は個人的なもの。確かにそうではあるけれど、それが最後の結論ではない。経験は、個人的であると同時に、普遍的になる可能性を秘めている。そうでなければ、これほど個人的な手記が、私を含めて多くの読者の心をとらえることはなかっただろう。

経験を普遍的なものにすること。言葉ではわかったようでいても、いまの私にはまるで自分のスタイルと結びつかない。それでも言葉でわかるということは、意味がないことではないと思う。それどころか、それで道半ばまでも来たような気がする。

ここからがアキレスと亀。


さくいん:森有正



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