最後の手紙

烏兎の庭 - jardin dans le coeur

第五部

拝察 柿右衛門、色絵、染付 高級感のある色付け 伊万里の磁器

2017年3月

3/1/2017/WED

水曜日の憂鬱

伐採されたメタセコイア

大学を出てあるメーカーに入社した。4月は京都にある研修所で、5月からは滋賀県の工場の製造部門で三ヶ月間、研修を受けた。そのときは、独身寮に大勢で暮らした。

朝、寮から駅まで田んぼの畦道を歩いているとき、誰かがぽろりとこぼした。

月曜日は日曜日の思い出がある。金曜日には週末が楽しみになる。
水曜はやだなぁ。昨日も仕事、今日も仕事、で、明日も、なんだもん。

同意している自分も含めて、「学生気分が抜けてないなぁ」と思っていた。

新しく入ったという意味では、今の私も新入社員

26年前と同じ気持ちの水曜日


写真は、腐食したので伐採された公園のメタセコイア。


3/3/2017/FRI

旅立ちの日

公園の巨石

30年前、大学に合格した日有頂天になって、しばらく受験番号を銀行の暗証番号に使っていた。

翌年の3月3日、一人でアメリカへ旅立った19才だった。

ワシントンDCでは前年の夏に知り合った友人の家に泊めてもらった。彼は、一週間の半分を母親と継父、父親と継母の家で過ごしていて、それぞれに連れ子の弟と姉がいた。継父と継母を彼はファーストネームで呼んでいた。

彼の学校で有志の演劇会があり見に行った。離婚した二人と再婚した二人、その四人が談笑しているのを見て、アメリカ人はここまで結婚にドライなのかととても驚いた。

荷物を置かせてもらって、ボストンとニューヨークまで一人で行った。

ボストンからニューヨークへはAMTRAKに乗り、ニューヨークからワシントンDCへは予約のいらない航空便、シャトルに乗った。

電子メールなどない時代だったので、毎日手紙を書いていた。興奮の毎日で、機内食のメニューから美術館の切符まで何でも持って帰ってきた。今も実家のどこかにあるはず。

また来ることもあるかと思っていたけど、東海岸にはそれきり行ったことがない。


写真は、近くの公園で見つけた石。井戸の跡か。明日香の酒船石を思い出した。

さくいん:アメリカニューヨーク


3/4/2017/SAT

娘とおでかけ

鎌倉高校前駅 稲村ヶ崎

久しぶりに娘と二人で出かけた。もしかすると、受験する高校を下見に行ったとき以来かもしれない。彼女は今、19才

年頃の娘は父親と出かけない、話すらしない人もいると聞く。ありがたいことに、今のところ関係は良好。

娘には、病気のことは話していない。梅の花の秘密餃子の秘密も告白していない。

まだ早い。「二十歳になって/大人になって」(シグナル「二十歳のめぐりあい」)、大学二年生になってから。このことについて慎重になりすぎすことはない。

I can never be too cautious about this confession.


それでも、頼りにならない中年の父を憐れんでいるのか、うつむいてぼんやりしているときに、「あんまり心配しすぎない方がいいよ」と諭すように慰められたことがあった。これでは、向こうが年上のよう

父親らしいところはまったく見せてやれていない。

ランチは調べておいたカフェでハンバーガーを食べ、夕食は日没に合わせて稲村ヶ崎のレストランを予約してある。まるで初めてデートをする初心な学生。

父親と娘の関係には、父親の方が余計に気を使う、そういう不思議なところがある。

両親、娘にとっては祖父母と合流して鎌倉へ出た。両親にとっても、初孫の娘は特別。

今年、初めて江ノ島を見た。


さくいん:鎌倉江ノ島


3/6/2017/MON

赤毛のアン、Lucy Maud Montgomery、村岡花子訳、講談社、1964

赤毛のアン 外箱 赤毛のアン 箱背表紙 赤毛のアン 背表紙

自己紹介の文章で「好きな人」に「アン・シャーリー、ギルバート・プライス」と書くほどの愛読書『赤毛のアン』を見つけた。

「好きな人」にはもう一人、田中星児の名前があった。


3/7/2017/TUE

役職定年、みたいな

稲村ヶ崎

17時に会社を出るとき、同じように会社を出る初老の人たちを見かける。役職定年になった人たちだろう。

多くの企業では、55歳になった時点で役員になってなければ、ヒラか契約社員並みの給料に下がるものの、65歳までは雇用される。

私も、ほかの人より少し早く役職定年が来たと思えばいい。どの道、役員でも何でも、人の上に立ったり、大きな仕事をまとめたりできるような器ではないのだから


ところで、「〜みたいな」という話し方は好きではないので、なるべく使わないようにしている。


写真は、鎌倉、稲村ヶ崎。


3/9/2017/THU

七里ヶ浜夕景

職場環境

新しい職場の環境は悪くない。これまでに働いたどの会社よりも悪いけど、だんだんと慣れてきた。

これまで、いわゆる外資系の小さな日本支社にいただので、恵まれていた。立ち上がらないと外が見えないパティション(衝立)があったし、デスクはL字型で広かった。

今の会社も外資系ではあるけれど、パティションはない。机は一般的な日本企業よりは広いだろう。椅子の座り心地も悪くない。

一つ、希望を書くと、ウォーターサーバーを置いてほしい。

水とお湯があればコーヒーを買わずに済む。今は引き出しにペットボトルの水を入れている。夏には冷たい水が飲みたい。

毎日、何本もお茶や缶コーヒーを買っている人を見かける。月に数千円の出費になる。つまり、ウォーターサーバーがあれば、数万円の賃上げと同じ意味がある。

オフィルのなかに飲み物の自動販売機がある。働かせる場所で買わせるという行為は、まるで会社が支払った給料を取り上げているようで嫌な感じがする。

小難しく書けば、無産階級である賃金労働者が産み出した余剰価値を、一旦給与として支払いつつも、資本家は社内に自販機を置き、飲み物を買わせることで、余剰価値を簒奪して回収している。


2020年3月2日追記。

オフィスにウォーターサーバーとコーヒーマシーンが設置された。これでずいぶん節約できると喜んだのも束の間、コロナ禍のせいで在宅勤務になったのでまだ使っていない。


さくいん:労働


写真は、稲村ヶ崎のレストランの窓から見た江ノ島方面の夕景。


3/10/2017/FRI

江ノ電

弁当ガラ

昼休みになると、「弁当ガラ」と貼り紙のついた大きな箱が非常階段の横に置かれる。プラスチックの弁当箱を捨てる専用のゴミ箱。

今の会社に入って、これまで耳にはしていた「昼食難民」を目の当たりにした。高層のオフィスビルが数棟、集まっているので、周辺にある居酒屋やレストランでは足りない。路上販売でなく、弁当屋が昼だけ開店する専用の場所がビルの中にある。

私は、作ってもらった弁当を持って行くか、そうでなければ、そばか牛丼。弁当を買うことは滅多にない。

あのビルで働く人数分の弁当箱とポリ袋が、毎日ゴミになっているのかと思うと食欲も失せる。

毎朝コンビニで100円のコーヒーを買う。大河の一滴にもならないが、プラスチックのフタは壊れるまで同じものを使っている。


写真は、稲村ヶ崎駅に停車する江ノ電300形。50年前にデビューした現役最古参。


3/13/2017/MON

手帳の重み

公園のカツラ

ふと気づいて怖くなった。

そう考えるのはお前が病気だから

そう言われて返す力がいまの私にはない。言うことすること、私の行いすべてが「病気だから」で否定される可能性がある。

障害者手帳を持っている“リスク”に、取得1年以上を経て気づいた。

このボケさ加減が病気なのか。

これから先、出会う人には「精神障害者」であることは告白しない。自分だけの秘密にしておく

写真は、公園にある名木、カツラ。


さくいん:うつ病


3/14/2017/TUE

会社を休む

モクレン

入社以来、はじめて体調を崩して会社を休んだ。ハローワークで再就職手当の手続きをするために半休を取ったことはある。

昨日の昼頃から寒気がして、早退しようと思っていた。ところが、会議に行った上司が戻ってこない。結局、17時になっても帰ってこなかった。

上司は忙しすぎて、私に業務を説明したり指示したりする時間もない。昨日は朝、言い付けられたタスクは午前中で終わってしまい、午後はヒマになった。


仕事というものは、忙しすぎても辛いものだが、あまりにヒマなのも困る。周りが忙しそうにしているのに、自分だけが時間を持て余しているとなおさら。

研修資料を読んだり競合のウェブサイトを見たり、そうやって時間を潰して午後を過ごした。

立場上、自分から業務を探すことは期待されていないし、しないほうがいい。「もっと仕事をください」と言うことにもためらいがある。

このままぼんやりした時間を過ごすのも息苦しい。

何か手を打たなければ。


写真は、咲きはじめたモクレン。

さくいん:労働


3/15/2017/WED

『行人』とうつ心理

メタセコイヤの切株

夏目漱石『行人』の感想に「一番近くにいて、一番わかってほしい人が、どうも自分の苦しみをわかってくれていないように見える」と書いた。

しばらく前に起きた「小さな出来事」を書いておく。思いかえすと、長野一郎の心理に近いものを感じる。


平日の朝、洗濯機を回すの係は妻、洗濯物を干すのは私。土日は決まっていなかった。

ある土曜の朝、私は前夜呑んたので寝坊していた。一方、妻は出かける用事があった。妻は出かける時間まで洗濯物を干し、それから出かけた。

起きて居間に下りると、洗濯物が半分、物干しにかかり半分がカゴに残っていた。このとき、私はとても嫌な気持ちになった。

あなたが寝坊してるから、出かける用事があるのに、私がやらなきゃならなかったじゃない

そう言われているように思った。どうしてこんな意地悪なことをするのか。

そんなに私が休んでいることが気に入らないのか。正直、怒りがこみ上げてきた。

あとで聞くと、妻からすれば、「平日してもらっているし、出かけるまで時間があったからできるところまでやった」、ということだった。何も間違っていない。

「よかれ」と思ってされたことを「嫌味や意地悪」に感じることがある。完全に私の「認知」に問題がある。

他人は、自分が気にするほど、特別な意図を込めて自分に対して話をしたり、行動したりしていない

認知行動療法を学んだ時に教わった。うつは自意識過剰なところがあり、しかもうつは悲観的で自己肯定感が低いから、何でもない行動やささいな言葉が自分に対しての悪意と感じてしまう。

この悪癖が治らない。それどころか、日に日に悪化している気がする。


さくいん:夏目漱石うつ病


3/16/2017/THU

Best Jazz Woman, EMIミュージックジャパン、2012

Best Jazz Woman

図書館で予約した女性ボーカルのコンピレーション・アルバム。誰を目当てに予約したのか、思い出せない。たぶん、別のコンピレーション・アルバムを聴いていて気になった歌手を検索したのだろう。それにしても最近、物忘れが激しい。

収録されている16曲にハズレがない。とくにJUJU, "Never Stop"がいい。これまでにテレビで見たことはあっても彼女の歌に魅力を感じたことはなかった。これを聴くと小田和正がステージに招きたくなる気持ちがわかる。

ほかには、noon, "What a Wonderful World"。彼女は"Water Is Wide"のカバーを探しているときにアルバム”Full Moon"を見つけた。

"I Need to Be in Love"や "Overjoyed"など、オリジナルの個性が強過ぎてカバーが難しそうな歌でも巧みに自分の個性を込めている。


3/17/2017/FRI

ようやく、まだまだ

雲に隠れた月

不安定な状態が続いている。

先々週から週に一、二度、帰りの電車で訳もなく苦しい気持ちになった。起きていると気が狂いそうで、帰宅するなり寝る。怖いのはまだ7時というのにすんなり眠れること。

いろいろな意味で苦しい。気持ちは暗いし、金でも悩む。

でも、これでようやく、考え方と生き方と働き方とが一致する方向へ進みはじめた気がする。

考えようによっては「理想の暮らし」を手に入れたともいえる。

贅沢をしなければ暮らしていけるベーシック・インカムを確保しつつ、労働負荷は重くない。残業なし、転勤なし、責任が重くなる昇進もない。

これでいい。悩むことも苦しむこともない。

そのはずが、なぜか低空飛行を続けている


「こんなはずじゃなかっただろう」(The Blue Hearts「青空」)と叫びたくなる。では、「どんなはずだったのか」と訊かれると答えに窮する。「何のはずもなかった」。それが実態。

「これまでのことは措いてこれからのことを考えろ」と言われると「これまでのことは捨て置けない」と私は返すだろう。「ならば、これまでのことも“positive”に捉え直せ」と言い返される。「それができたらとっくにやってる」。

こんな不毛な議論を心のなかで毎日している、一人の中で。閉ざされた独房のなかで、あっちへこっちへ転がっている。


写真は、駐輪場で見上げた霞がかった月。


いちばんかんじんなものが、私に欠けている。ささやかな生活のなかのささやかなたのしみを、おしげもなくなげうたせる深い喜びが。
石川吉郎「1956年から1958年までのノートから」『石原吉郎詩文集』

この言葉に、いまの私は共感しないではいられない。

石原吉郎の言葉の言葉にはいつも同じように感じる。嫌いたいのに、否定したいのに、受け入れたくないのに、どういうわけか、共感してしまう。


さくいん:The Blue Hearts石原吉郎


3/18/2017/SAT

霞に隠れた月

映像の世紀 第4集「英雄たちの栄光と悲劇」、NHK BSプレミアム

このシリーズは初回のときによく見ていた。ただ、とても重い内容が多いので、続編のシリーズはあまり見なくなった。

今回は20世紀のヒーローたちに焦点を当てた短い番組のオムニバス。ショッキングな映像もなく、興味深く見ることができた。

初めて知ることが多かった。

ロンメル将軍が選んだ最期の選択、キューバの次にボリビアで革命の理想を夢見ていたチェ・ゲバラの最期、ケネディが、ふだんは松葉杖を使うほど足の不自由だったこと、「キンシャサの奇跡」以降のモハメッド・アリの活動⋯⋯。

信念を貫くアリの生き方に感銘を受けた。


私は信念を貫くどころか、信念らしいものを持つこともできず、流されるままに生きてきた。

考え方と生き方と働き方が一致する方向へ進みはじめた

昨日はそう書いた。それも自分で選んだ結果ではない。落ちて落ちて落ちぶれて、流れ流れてたどり着いたに過ぎない。


写真は、駐輪場で見上げた霞がかった月、その2。

さくいん:NHK(テレビ)


3/20/2017/MON

緊急事態

『烏兎の庭』のファイルサイズが、無料で利用しているプロバイダーの許容量を超えてしまった。

無料スペースは100MBで、50MB増やすたび月額500円。100MBはあまりに小さい。50MBで月額500円も高すぎる。無料スペースで1GBというサービスも今は珍しくない。

使っているプロバイダー、BIGLOBEはサービスを拡充しようという気はないらしい。

NEC傘下だったBIGLOBEはNECが個人向け事業を縮小する際に独立させられ、今ではかつては競合していた富士通系のニフティに傘下にある。


許容量の大きいサービスに移転するにしても、すぐにはできない。広告の有無やGoogle Analytisやサイト内検索のようなCGIが利用可能か、調べなければならない。

写真だけ、別のクラウド・ストレージに置くという案もある。いずれにしろ、すぐにはできない。

応急処置として、文章との関連がない写真は削除した。

写真だけなら「出窓」から見ることができる。