12/1/2021/WED
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第六部のはしがき代わりの文章、「『終わりの始まり』について」がよく読まれた。先月もよく読まれていてランク入りしていたのに気に留めていなかった。
久しぶりに読み返して誤字を修正し、少し推敲した。
ところで、このサイトをスマホで見ている人に伝えたい。このサイトはChromeで見ると、行末が文節か音節で揃えてある。それが『庭』のこだわりの一つ。
第六部のはしがき代わりの文章、「『終わりの始まり』について」がよく読まれた。先月もよく読まれていてランク入りしていたのに気に留めていなかった。
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父が亡くなって4年が経った。命日は、12月1日。先週末、法事をする代わりに身内だけで食事会を催した。
場所は日比谷のホテル。ここのレストランは前に家族で来たことがある。
父の思い出話をしながら、パリのカフェをイメージした店で美味しい料理を堪能した。
こんな風に亡くなった人の話を楽しくできることが本当の「お年忌」というもの。
その名前さえ誰も口にすることがない死者は気の毒でならない。「公認されない死」とは、そのような強制的な忘却を指すのだろう。
いや、誰も忘れているわけではない。ただ、辛い思い出が、深い悲しみが、昔話を妨げているだけ。そう信じたい。
だから、「公認されない死」に続くのは忘却ではなく沈黙。何が沈黙を打ち破るのか。どうすれば懐かしい話ができるようになるのか。私にはまだわからない。
いつか、楽しく思い出話ができたらいいと思う。そんな日が来るといいと思う。
過日、映画『スティング』のリマスター版が放映されていたので録画した。
録画したことを話題にしたら、子どもたちも一緒に観はじめた。
台詞を先取りしたり、役柄の名前を言い当てたり、大学生の子どもたちもこの作品をよく覚えている。気づかぬうちに何度も見せていたのだろう。
最近は4人がリビングにそろうことも珍しくなった。おかげで家族団欒の楽しいひとときを過ごした。ちょっと気分が落ち込みそうになっていたところを救われた。
『刑事コロンボ』と同様に、この作品も「我が家の文化」であることを実感した。
個人的にはこの作品の衣装が好き。ロバート・レッドフォードの三揃いのスーツに帽子も板に付いているし、ポール・ニューマンのタキシード姿も粋な感じ。
1930年代のアメリカン・トラッドは本当にお洒落で格好いい。
Twitterで紹介されていて興味を持ったところ、運よく図書館にあったので借りてきた。
宮地尚子はこれまでにブックレットと新書を読んでいる。その2冊に比べると今回の2冊は専門性が高く、難しかった。例によって詳しい事例は直視できず読まなかった。
『トラウマとジェンダー』には巻末に中井久夫へのインタビューが掲載されている。これが読み応えのある内容だった。自身の育成環境や思春期の思いや行動についてかなり踏み込んで語っている。親しい友人の前でも、こんな風に私的なことは私は話せない。思春期の悩みについて思い当たることがあり、中井久夫でもそうだったのか、と読みながら安堵する部分があった。
中井久夫には柔和な一面と硬派な一面がある。そのバランスをとりながら大学世界で生き延びてきたというようなことも話している。
私は組織で生き抜くバランス感覚に欠けていた。純情と言えば聞こえはいいけど、実際は鈍感で直情径行で、傍若無人という傾向さえあった。その末路が今の苦境。
トラウマについて。いろいろと読んでみると、私の場合は、トラウマ患者ではないと思う。生活に支障が出るような症状はないから。
ただ、過去の体験について人よりも執着しているところはある。そのために暴力や自死に対して過敏になっている。執着と外傷は違う。
これは性格の問題だから、必要なことは治療ではなく、改善することだろう。
印象に残った言葉。
震災の被災者への支援においても、何かをすることが支援だと思われがちですが、必ずしもそうではありません。何かをしてもらうこと、発信してもらうこと、何かを作り出してもらうこと、そういうしかけを提供することのほうが、被災地の人たちに力を与えることにつながります。被災者はけっして無力ではないのです。
(「宙づりを生きる知のありかた」『トラウマにふれる』)
内から外へ出すこと、言葉にすること、表現すること。それが、セルフ・グリーフ・ケアになる。その重要性は『親と死別した子どもたちへ』にも書かれていた。
文章を書くことが歪んだ性格を改善することへの一助となっている。そう信じている。この20年間で少しずつ、自分が抱えている問題と向き合うことができるようになってきた。
土曜日の午後、カラオケに行った。もちろん、一人で。
4時間、54曲、歌った。たいへん満足した。
今回は、かぐや姫をたくさん歌った。他には桑田佳祐、小椋佳、オフコース、谷山浩子、Richard Marx、Journey、など。
Mr.Children, "himawari"も歌った。泣いた。
チューインガム「風と落葉と旅びと」が入っていたので驚いた。
さくいん:かぐや姫、小椋佳、オフコース、谷山浩子、JOURNEY、チューインガム
実家の桜の木。葉は全部落ちてしまって、静かに冬の寒さに耐えていた。
幹の奥で蕾を膨らませて、暖かい季節を待っている。
山内桜良が夜中に病室から春樹に電話で伝えた言葉を思い出した。
桜はね、散ってなんかいないの。みんなを驚かせようと、隠れてるだけ。
そしてあったかい季節になったら、また一気に花開くの。サプラーイズって。
山内桜良は翌年の桜を見ることはできなかった。私はどうだろう。
生きて、また満開の桜を見たいと思う。6年前に比べれば、大きく心境が変化している。
さくいん:『君の膵臓をたべたい』
先週、株価が暴落した。新型コロナの新しい変異株が見つかったことが主な要因。
このときの自分の心理や行動には反省すべき点が多い。後々のために教訓を書いておく。
投資には性格がよく出る。株価が乱高下するときにはとくに。
慌て者、強欲、ビビり、ブレ、弱気、気まぐれ、中途半端、後悔⋯⋯。
精神面でのストレスや疲労も大きい。乱高下時には平静を保つために、取引には加わらず、自分のポートフォリオも見ないというトレーダーもいる。
また、今回、権利確定日の2日前に購入しなければ権利を得られないことも初めて知った。投資で利益を得るには思った以上に勉強が必要ということがわかってきた。まだまだ知識も経験も足りない。
それでも、行動は自己完結していて、すべては自己責任なので、対人の交渉事よりはずっとストレスは少ない。
今回は何とか損はせずに回復することができた。家族に忘年会をごちそうできるくらいの利益も出た。これから心機一転、新しい作戦で再挑戦。
投資は、精神面が安定していないとできないものなので、心の修養が必要。自分の性格を省みるいい機会になる。選択に自信を持つためには自己肯定感の向上も必要。
今年もクリスマスソングを聴く季節になった。
今年は新しい曲は一つも聴いていない。むかしから聴いている定番のクリスマスソングを聴いている。
今年はとくにパーシー・フェイスやカーペンターズなど、古いクリスマス・アルバムをよく聴いている。
Percy Faith Orchestra, "Happy Holiday"を聴くと、なぜか幼い時分のクリスマスを思い出す。父が自慢のステレオで流していたのだろうか。確かに実家にレコードが残っている。
そのせいか、クリスマスソングというと、新しい曲よりも古い曲を聴きたくなる。
うれしかったプレゼントはプラレール大鉄橋セット。たぶん幼稚園児の頃。プレゼントはこれ以外、あまり覚えていない。
クリスマスには、ご馳走を食べたり、クリスマスツリーを飾ったり、ごく普通の商業的な祝日を過ごしていた。家族のあいだにどんな会話があったのかは覚えていない。
それでも、一人で留守番をしていたとか、プレゼントがなかったとか、という悲しい記憶はない。クリスマスの記憶はぼんやりとしているけれど、懐かしくて温かい。
それだけでも十分に幸福だろう。幸せな幼少時代を過ごしたと思う。
ところで、今年は毎年、必ず聴いている、きりくハンドベル・アンサンブルのコンサートが去年に続いてなかった。正確には名古屋公演があったので、東京でなかった。
一昨年までこの20年くらい、ハンドベルの音色で年の瀬を感じていた。"O Holly Night"が聴けないのはとてもさびしい。
写真は我が家のクリスマスの飾り。桃の節句や端午の節句のように人形を飾る。子どもが幼稚園で演じた聖誕劇を思い出す。
さくいん:カーペンターズ、きりくハンドベル・アンサンブル
学生時代の友人4人で集まった。ほぼ一年ぶり。場所は前回と同じ。大学のそばにあるビストロ。
5時から11時まで、よく呑みよく食べ、よく語り合った。旧友ほどありがたいものはない。心地よく酔った。
世界情勢から家庭環境までいろんなことを話しあった。家族の秘密を親は子どもに伝えるべきか、伝えるべきとすれば、いつ、どのようにすればよいのか、という私にとっても切実な問題も話題になった。結論は出なかったけれど、そんな話を気兼ねなくできることがうれしかった。こんな話ができるのは、同じ本で学んだゼミの同級生だからこそ。
学生時代よりも親しくなったような気がする。大人になって互いに似ているところ、違うところがわかってきたからかもしれない。
早逝された、ゼミ指導教授のF先生への尊敬の念、志半ばで斃れたN君を失くした悲しみ。二人への追慕の思いが私たちを固く結びつける絆になっている。
N君を失くした悲しみは私だけのものと思っていた。そうではなかった。その場ではあえて言葉にしなかったけれど、私たちは悲しみを共有する「悲嘆の共同体」と言える。
サラダ、生牡蠣、カキフライ、ビーフシチュー、ペペロンチーノ、そしてアイスクリーム。ワインは6本空いた。
この店は料理も絶品なうえ、量が多い。それでも、皆、きれいにたいらげた。
おなかも心も満たされた。
写真のビールはビストロへ行く前に立ち寄ったビアホールで呑んだIPAビール。
最初の二枚の写真は約束の時間の前に大学に立ち寄って撮ったもの。キャンパスと私が所属していた学部のある3号館。古い建物が新しいビルに包まれた構造になっている。
障害者手帳を持っていると無料になるとウェブサイトで知ったので、日曜日に美術館へ出かけた。美術館前には長い行列があり、30分近く待った。
とてもいい展覧会だった。展覧会の宣伝文句にあったように、これまでに見たことのない作品ばかりで、しかもどれも傑作だった。
コロー、セザンヌ、ゴッホ、シニャック、ピサロ、ルノワール⋯⋯⋯。大好きなクールベもたくさんあった。海を描いた作品もあった。
これまで気に留めていなかったブーダンにいい作品が多かった。これから要注目。
上の三枚の写真は撮影OKの部屋で撮った。クールベ「岩のある風景」、セザンヌ「陽光を浴びたエスタックの朝の眺め」、ゴッホ「プロヴァンスの収穫期」。
「光の系譜」というテーマに沿う明るい作品が多く展示されていた。その観点で言うと、一番明るい光を表現していたのはチャイルド・ハッサム「夏の陽光(ショールズ諸島)」。
前日も出かけて疲れていたので、書店には寄らずに図録だけ買って帰宅した。
先月読んだ『芸術新潮』の読書特集で気になった本。長田弘の詩やエッセイに樹木の絵を添えた詩文集。挿絵を描いている日高理恵子の名前に目が止まった。
日高の作品は大阪の国立国際美術館で見て感動を覚え、個展を見に行ったこともある。
空いっぱいに広がった枝を見上げた構図が多い。この構図を真似して樹木の写真ばかりを撮っていた時期もある。
だから、私にとっては、日高理恵子の絵に長田弘の詩文が添えられた一冊と映る。
正方形の画面も私が撮る写真と同じで、親近感がわいた。真似したのはそのせいもある。
似たような構図であっても、何枚見ても飽きることがない。
優れた表現者は同じモチーフを飽きることなく表現する。
さくいん:日高理恵子
2016年12月16日に入社したので今日でまる5年働いたことになる。
これまで働いた7社のなかでは三番目に長い。それほど32年のあいだに頻繁に転職を重ねてきた。一番長かった場所は2009年に入社して2014年に退職したスタートアップ。そのあとの2年間を静養とリハビリで過ごして長く険しい就職活動の後、今の会社に拾われた。
5年経っても慣れない。雑談のできる相手もいない。昇給もない。まるで昨日入社したかのような疎外感に包まれている。
だから、在宅勤務が常態化して気持ちは楽になった。障害者雇用という身分を知っていて、遠巻きに見ている人たちと関わることなく、頼まれた仕事だけをこなせばいい。
この生活を65歳まで続けたい。まだあと12年ある。
ところで、有期雇用の契約社員は勤続5年を超えると無期雇用契約を雇用者に要望できる。今回、要望を出すのが遅かったため、また半年間の有期雇用契約に署名することになった。次回、6月には無期雇用契約の労働契約書を作ってもらう。
障害者雇用の労働者を雇い止めすることは考えられないが、きちんと法律で守ってもらえば安心できる。
さくいん:労働
年も押し迫ってきた。そろそろ今年一年を振り返る時期。新聞でもアートを回顧する記事がではじめた。
今日から、映画、音楽、展覧会、本、文庫、新書の回顧をしていく。今年発表されたものではなく、今年出会った作品から選ぶ。
今年、映画館では一本も観なかった。その代わり、配信サービスではたくさん観た。
2本は確定。3本目を何にするか、ずいぶん迷った。"La La Land"か、『ビューティフル・マインド』か、『きっと、うまくいく』か。順序で最初に観た作品にした。
今年は『キミスイ』を見てから、私の日常は変わりはじめた。いや、あの作品に踏み荒らされたと言うべきか。私は自分が抱えている悲嘆を自分にさえ秘密にして自分の領域を守ってきたから。
映画を観て、原作を読み、サントラ盤を聴き、DVDを買い、写真集も買った。それほど、この作品を観た衝撃は大きかった。この作品を観ていなかったら、グリーフ・ケアのカウンセリングを受けようと思い立つこともなかっただろう。
相当の授業料も払ったけど、成長中の業界株、3社を揃えた。麻雀で言えば、大三元を聴牌してリーチしたところ。あとは5月の決算発表を待つだけ。
それにしても心が弱い。肝心な勝負所でびびってしまう。あと10円下がることが待てずについ高値で決めてしまう。でも、欲を出して獲物を逃すよりも、たとえ多少小さくても獲物を捕まえた方がいい。考えようによっては、過去の教訓を活かしているとも言える。
さくいん:『君の膵臓をたべたい』、日常、秘密
新しい音楽はほとんど聴いていない。歌番組は見るけれど知らない歌手が増えた。
『キミスイ』のサントラ盤は何回聴いたかわからないくらい繰り返して聴いた。この作品は台詞もすべて覚えてしまった。だから音楽を聴いていると台詞が聴こえてくる。すると楽しい場面の音楽を聴いていても、あの衝撃的な場面が思い出されて涙がこぼれそうになる。
Mr.Childrenが歌う主題歌、"himawari"もカラオケで何度も歌った。
薬師丸ひろ子のライブアルバムの中で気に入った曲は「コール」(須藤晃作詞、玉置浩二作曲)。カラオケで歌う定番曲になった。
今年、薬師丸ひろ子は歌手デビュー40周年を迎えた。記念アルバムでは、注目をしている音楽ライターの松永良平が付録のブックレットでインタビューをしているというので気になるけど、ちょっと値が張るので我慢する。
映画『ビューティフル・マインド』。迷った末、映画三選に入れなかったので、音楽三選に入れておく。
さくいん:『君の膵臓をたべたい』、薬師丸ひろ子、Mr.Children
金曜日の夜、横浜そごうのカジュアルなフランス料理店で、妻と母と三人で忘年会をした。三浦野菜をふんだんに使った健康的なコース。大きなサラダ、カブのスープに続いてメインはオリーブ牛のステーキ。デザートは煮リンゴが入ったプディング。
土曜日は逗子駅近くの馴染みのイタリア料理店。白ワインを開けて、真鯛のカルパッチョ、ピッツァ・マルゲリータとサーモン・クリームのフェトチーネ、チーズケーキを楽しんだ。
逗子駅からバスに乗り葉山美術館へ。「アンリ・マティスの挿絵本」では、「イカロス」をはじめとする雑誌『ヴェルヴ』に掲載された切り絵。切り取った紙片でもマティスとわかる「スタイル」が素晴らしい。夜は、逗子駅前のスーパーで買った刺身を肴に純米酒を呑んだ。
日曜日。金曜日の支払いに間違いがあったことを見つけたので、再び横浜そごうへ。レストランで精算をしなおしてから、大阪の店でモダン焼きと焼きそばを二人で分けた。生ビールを2杯呑んだ。
デパ地下で、年末の宴会のつまみ用にNYパーフェクトチーズを買い、帰宅の途についた。家に着くと4時前だった。
よく食べ、よく呑んだ週末だった。それでも、変な夜更かしをしなかったので調子は悪くない。土曜日の朝は早く目が覚めたので、帰省すると必ず観る映画と同じ監督の次の作品を観た。
神田沙也加の突然の訃報に接し、とても重く悲しい気持ちになった。
コロナ禍のせいであまり美術館へ行くことができない一年だった。
日時指定制では行きづらい。早く、ふらっと行けるようになってほしい。
日時指定の制約があったため、トーハクと三菱一号館での行きたかった展覧会に行けず。実家から行きやすいので、そごう美術館と葉山美術館には何度も行った。感想は残していないけど、そごう美術館では、院展、篠田桃紅展、「寿(ことほ)ぎのきもの ジャパニーズ・ウェディング―日本の婚礼衣裳―」を観た。
来年はトーハクに何度も行きたい。
さくいん:汐留ミュージアム、三菱一号館美術館、東京国立博物館、葉山
今年の読書は収穫が多かった。
悲嘆と死生観。これがずっと読書のテーマになっている。
亡くなった人はどこへ行くのか。遺された者はどう生きていけばいいのか。そんなことをずっと、そう何十年も、考えている。
今年は、そうした問いにヒントを与えてくれる本や映画に出会えた。
今年はよく小説を読んだ。大作から短編ミステリーまでいろいろ読んだ。
意識して小説を読むようにしたので前半はよく読んでいた。後半は失速してしまった。
やはり、好んで読むのは小説よりもエッセイ。
三浦しをんと東野圭吾を知ったのは収穫。それぞれ数冊の小説とエッセイ集を読んだ。
ほかの人から見れば「今頃?」だろう。私にとっては今年、新鮮な出会いとなった。
今日の株取引。大三元をリーチしていたのに、目先の利益に目がくらんで、發と中を切ってしまった。また自分の我欲に負けた。後悔あとに立たず。
学習しないし、まったく懲りない。
図鑑を眺めるのは楽しい。今年もたくさん図書館で借りて読んだ。
高価な大判の図鑑を好きなときに見られるのは図書館の利点。
旅、歴史、宗教、街、乗り物。このテーマで図鑑を借りることが多い。
今年は展覧会にあまり行けなかった代わりに図鑑で旅気分、美術展気分を味わった。
今日の株取引。こらえられた案件と待ちきれなかった案件あり。気分は1勝1敗。
作戦を変更して視界は良好。
計画を変えたというよりは見方を変えただけ。それだけで昨日よりずっと気分がいい。
初志貫徹と臨機応変の両方が大事。むずかしい。
ブクログ:図鑑
松田聖子が大晦日の紅白歌合戦に予定通り出演すると聞いて驚き、心配になっている。娘の神田沙也加が「心の交通事故」で亡くなったばかり。
喪失体験の直後は気分が昂っていて、「これまで通りに暮らそう」とか「亡くなった人の分までがんばろう」という気持ちになりやすい。空元気を振り絞って自分を奮い立たせているような状態。
少し落ち着くと、悲しみの大きな波が勢いを増して押し寄せてくる。
もしくは、悲嘆は慌ただしい日常によって無理にふたをされて隠され、皮膚の下で暗く重く溜まっていく。悲嘆の遷延は回復が難しい複雑性悲嘆を招きやすい。
だから、本当は今はがんばる時ではない。体調や精神の安定を崩さないように静かに過ごしたほうがいい。
こういう時に無理をすることをプロフェッショナル精神とは呼ばない。
12/25追記。
松田聖子は紅白出場を辞退した。しばらくは穏やかに過ごすのがいいと思う。
昨夜、近所の教会に"初詣"に出かけた。
着くと「荒野の果てに」が聴こえてきた。ちょうどミサが終わったところだった。
酔ってマスクを忘れて出かけたので、聖堂には入らず、誰とも話さずに帰った。
朝、食卓の自分の席にプレゼントが置いてあった。紺色のトートバッグ。
図書館用にちょうどいい。今まで夏に買った貝の模様のバッグを冬でも使っていた。
大きな雑誌も入って便利。これなら季節に関係なく年中使えそう。
今年は、もう一つ、クリスマス・プレゼントがあった。スコットランド、スカイ島のシングルモルト・ウィスキー、タリスカー。これは自分で用意した。
ウィスキーを呑むのはかなり久しぶりのこと。最近、ハードリカーを特集した雑誌を読んで呑みたくなった。
ウィスキーはマッセナに、チェイサーはタリランドに。お気に入りのクリスタル・グラスに注いだ。ウィスキーからはスモーキーでスパイシーなシングルモルト独特の香り。まずウィスキーを一口舐めてから水を口に含む。口の中でウィスキーがやわらかく溶けていく。
毎週、大阪のホテルのバーで新しいシングル・モルトを教えてもらった頃を思い出す。あれからもう15年は経つ。
毎年、クリスマスには四人目の博士、アルタバンのことを考える。
アルタバンはゾロアスター教徒でユダヤ教徒ですらなかった。彼は救世主生誕を祝うために出発した三人の博士を追ってベツレヘムへ向かったがイエスの生誕には間に合わなかった。
その後もアルタバンは旅を続けた。途中、困った人を助けるためにお祝いのために用意していた宝石を次々に手放した。過越の祭りのエルサレムまでたどり着いたものの、生きているイエスには会えなかった。でも、彼は確かにイエスの声を聞いた。
あなたによく言っておく。私の兄弟であるこれらのもっとも小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである(マタイ25:40)
この言葉は、トルストイの民話「愛のあるところに神あり」(「靴屋のマルチン」)でも引用されている。
私はキリスト教徒ではない。現在のところなる予定もない。でも、なぜか、理由はうまく説明できないけれど、救い主には会いたいと思っている。
四人目の博士の話を教えてくれた幼稚園の園長先生は「僕たちは2000年も遅れていても、アルタバンのようにイエス様に会うことはできる」と話していた。
アルタバンのように生きる自信はまだないけれど、その言葉を信じたい。
新書はあまり読まなかった。新書は選択がむずかしい。
ほどほどにわかりやすくて、それでいて内容がしっかりしていることが理想の新書。
昔の新書には、元になる専門書があるものが多かった。
最近はわかりやすいだけの新書が多い。下の3冊はわかりやすさと内容の濃度のバランスがよかった。
さくいん:宮地尚子、悲しみ(悲嘆・グリーフ)
家族で忘年会。場所は一昨年と同じ、公園脇のイタリアン。去年は中華だった。
ふだんは忙しくて顔を合わせることも減った四人がテーブルに揃い、ご馳走をいただいた。
これまでの家族旅行を振り返りながら、美味しい時間を過ごした。
こうして皆、健康で食事をともにできることは本当にありがたい。
学校で大きなトラブルもなく、入院するほどの大病や大けがもしたことはない。すくすくと素直に育ってくれた。
この家庭を守るために、誰か一人でなく、四人で努力してきた。そんな思いを強くした。
この30年間で一番トラブルが多かったのは、夫であり父親でもある私かもしれない。
この家族のおかげで、崖っぷちまで追い詰められても崩壊せずに生き残ることができた。
仕事は先週金曜日で終わりのはずだった。トラブルが発生して今日、短い電話会議をした。解決が見通せたので心安く新年を迎えられる。
さくいん:HOME(家族・家庭)
今年は心境に大きな変化があった。その変化を凝縮した文章を3本、掲げておく。
これらの文章を、第六部の最初に書いた「『終わりの始まり』について」や『烏兎の庭』を始める前に書いた文章と読み比べると、心境の変化がよくわかる。
今年は年初に「飛躍よりも安定」を目指すと誓った。その目標はほぼ達成できた。減薬もできたし、大崩れすることも減った。その上、新しい自分に出会うこともできた。落ち込みそうなとき、気分転換をして重いうつに陥ることを回避できる頻度が増えてきた。
充実した一年だった。
長い間、終わった世界に生きている気がしていた。そうではなかった。
あの人がいなくなったあとも世界は続いていて、私はその世界のなかに生きている。
否定しようとしても、まだ信頼を寄せられずにいても、世界は世界としてある。
写真は今年最後の散髪に行く途中、立ち寄った武蔵関公園の冬景色。
2016年に知った一年を振り返る方法。4つの質問を自分に問いかける。去年も同じように振り返った。
自問するポイントは次の4つ。
私の回答
めでたく勤続5年を迎えたもののこの間に昇給は1円もなし。前職から収入は半減以下。
生活が立ち行かないほどではないものの、旅行や大きな買い物など思い切った支出はなかなかできない。転居して10年以上経ち、家の修繕や家電の老朽化に備えもいる。
資産をふやすために投資を始めたけれど、まだ目立った成果は出ていない。
来年は家計のやりくりについてよく考える必要がありそう。
今年の初めに「悲しみと向き合う年」にしたいと書いた。
言葉通り、悲しみ、すなわち姉の死に対する思いが大きく変化した。
『親と死別した子どもたちへ』を読み、『君の膵臓をたべたい』を観て、グリーフ・ケアのカウンセリングを受けたおかげ。
投資は少し、家族の忘年会をご馳走できるくらいの成果が出ている。勉強もはじめた。
金融機関の統一はポイント目当て。椅子を買い替えたときは結構な金額のポイントが還元された。ポイントは大晦日の宴で食べるすき焼肉に充当した。
息子は就職が決まり、4月から一人暮らしを始める。正直、少しさびしい。子離れができていないとつくづく思う。
さくいん:悲しみ(悲嘆)、『君の膵臓をたべたい』
「終わりの始まり」と題して書いてきた第六部は今年で、つまり今日で終わりにする。
その理由については、第七部のはしがきで詳しく書く。
第六部は5年続けた第四部ほど期間としては長くないものの、4年間、とくに最後の2年間はほとんど毎日何かしら書いていたので、目次のページが1,000行をはるかに超えてしまった。それも部立てを変える理由の一つ。
明日から、気持ちも新たに第七部を始める。