今年の抱負
昨夜は、紅白歌合戦を見ている途中で眠ってしまった。目が覚めたのは年を越した0時半。最後にリビングに残っていた娘がちょうど2階へ上がるときだった。
ふらふらとベッドに入り、そのまままた眠った。年を越した実感のない大晦日だった。
一度も起きずよく眠れた。よく眠ったので朝は早く目覚めた。見られなかった紅白の後半をNHK+で見て、おせち料理の重箱を開けて、ようやく年を越した気分になった。
紅白歌合戦はあまり印象に残らなかった。強いて探せば、GReeeeNの「キセキ」を聴けたのはうれしかった。
今年をどんな年にしたいか。
「飛躍」を掲げて意気込んでいた時期もあった。
「休養」だけが目標だったときもあった。
今年はあえて「安定」を目指したい。
落ち込まず、浮き足立つこともなく、低空安定飛行を続ける。容易に乱高下する気分を安定させることは簡単なことではない。勢いに任せる方がずっと簡単。でもその結果は心身の疲労困憊。これまで何度も繰り返したこの悪循環をを減らしたい。
言葉を換えれば「中庸」を目指すということ。自分の気分を自分で制御すること。それを無謀という人もいる。確かにそうかもしれない。完全な制御とまではいかないまでも勢いに流されないようにしたい。
もう一つ。今年は「悲しみ」と真剣に向き合う年にしたい。
これまでも目を背けていたわけではない。いつも悲しみを見つめているつもりでいた。
昨年末、自分では気づかないでいた自分があることに気づかされた。
- 悲しみを抑えていた自分。
- 子どものままでいられなかった自分。
- 「なぜ」ばかりを繰り返していた自分。
- 失ったものに気を取られて、失った自分の心境に気づかずにいた自分。
今年は、そういう自分と向き合う一年にする。
写真は、高圧電線が通る故郷の空。上部の写真は2011年に御殿場で撮影した富士山。
さくいん:紅白歌合戦、GReeeeN、うつ、悲嘆
おせちもいいけどカレーもね
大晦日に子と孫、8人集まり迎春。
元旦の午後に一人、夕方に4人、今日の午後に2人と次々に帰っていき、いまは母と二人。おせちは二日間でなくなった。ちょっとさみしい新年二日目の夜。
にぎやかな時間が過ぎると急に部屋が静かになってしんみりする。
なので集まった時には段階的に帰宅するようにしている。
今夜は母の特製カレーうどん。この無形文化財も継承しなければならない。
残しておいたスパーリングワインを分け合う。
コルクではなく王冠で締めてある珍しいスパークリングワイン。
今年行きたい展覧会
年末に買った『日経おとなのOFF』の特集「絶対見逃せない2021美術展」を眺めながら、今年の計画を立てる。
今年は昨年開館したアーティゾン美術館へも行ってみたい。
まだ行ったことのない、行きたい美術館はたくさんある。
去年は消極的だったので、今年はもっと出かけて「心の洗濯」をたくさんしたい。
そのためにはまずコロナ禍が収束してくれないと困る。
さくいん:東洋文庫ミュージアム、三菱一号館美術館、東京国立博物館
仕事始め、られない
昨日は一人でカラオケに行って盛り上がり、仕事始めに向けて勢いをつけた。
ところが今朝、会社のメールにログインできない。イントラネットにも入れない。どうやらログイン権限の期限が切れたらしい。
権限が切れることは先月からわかっていて上長に更新を依頼していた。休み中に更新がされなかったのだろう。すぐに私用スマホから上長にメールを出した。
年末の間、対応してもらえていなかったことが、緊急で依頼するとわずか10分で対応してもらえた。初めから迅速に対応できなかったものか。
ログイン権限が復活してメールを広げると、私が関わっている業務でトラブル。有給休暇にした28日に起きたらしい。
しかも飛び交うメールを読むと私の入力に問題があったと決めつけられている。調べると真の原因は別の人の作業にあった。自分のミスではなかったので、とりあえずほっとした。
こういう時の対処が難しい。責任を強く追及すると逆ギレされることもある。やんわりとした調子のメールで非を認めてもらい、今後の改善策を出してもらう。こういうコミュニケーションが苦手。つい弱腰になり、責任の所在も改善策もおざなりになってしまう。
強硬にならないように、それでも、きちんと問題は指摘する。アサーティブ・コミュニケーション。
業務上の今年の目標が決まった。
この文章はMac Book Pro (2014) で、miというテキストエディターを使って書いている。使い勝手に不満は何もない。強いて言えば、デスクトップ版しかないこと。
出先で気がついた誤字脱字をその場で修正できないか。iPhone用のテキストエディターを探してみた。これまでにも何度か探してみたけれど、どれも一長一短があり、導入には至らなかった。
今回、見つけたLiquidLogicは及第点。
htmlファイルの編集ができる。タグは色分けされてわかりやすい。付属のブラウザでのプレビューもできる。
さらにスゴいのは編集したファイルをスマホからFTPにアップロードできること。つまり、執筆、編集、確認、公開までiphoneだけで完結できる。これはスゴい。
あえて難を言えば、機能が盛り沢山なのでボタンがどれも小さい。iPhoneのキーボードも小さいので長文の執筆には向かない。
校正やリンクの追加程度の編集であれば、これで十分。
初出社と臨時ニュース
原則在宅勤務という厳しい措置が取られている中、事業部印を押印するために出社。賃貸しているビルでも感染者が複数出ているので用事が済んだらすぐ帰る。
帰る支度をしてビルを出てスマホを手にした時、合衆国の議事堂にトランプ支持者が乱入したというニュースを見た。しかも報道によれば、トランプ自身が煽動したという。
その後、多くの閣僚が辞任を発表し、民主党や閣僚の一部からもトランプ大統領の罷免を求める声が出はじめている。
選挙結果が拮抗してアメリカの分断がはっきりしたことにも驚いたけれど、まさか大統領選出のいわば儀礼的なプロセスを妨害することになるとは思ってもみなかった。
そういえば、アメリカ政治の専門家の一人は、11月初の時点で「常識を逸脱するところがトランプ氏なので1月20日までに何が起こるかわからない」と予測していた。その予測は最も醜悪な形で的中した。
議会と閣僚によって1月20日の退任前に罷免されることになれば、史上最低の大統領として名を残すことになる。諸書の事情で罷免の措置が困難ではあっても、訴追は免れないのではないか。実際、脱税など、訴追のタネは他にもいくつもある。
民主主義の根幹を揺るがすという意味では、今回のトランプ騒擾事件は天安門事件に匹敵する衝撃を世界に与えるだろう。
政府であろうと、特定の政治家の支持者であろうと、民主主義を暴力で転覆させることは断じて許せない。
さくいん:アメリカ合衆国
拍子抜け
昨日は月に一度の残業日。前月の売上データを所定のレポートにまとめなおす作業をする日だった。
ところが午後になってデータは来週まで出てこないと連絡が来た。速報値すらない。
スタートアップの会社で営業職をしていたときは毎四半期はもちろん、毎月少しでも売上が多くなるように、期末日から翌日まで奔走して積み上げた。だから、前期の売上額は新しい期首日にはわかっていた。「インセンティブ」と呼ばれるボーナスも売上額で決まったので、売上額には毎月一喜一憂していた。
12月は年度末。年度末だからいろいろと込み入った作業が必要なのだろうけど、年度末の決算報告が2週間遅れで出てくるとは何とも呑気としか言いようがない。
まあ、そんな呑気な会社だから、私のようなボンクラでも居座っていられるのだろう。
昨日は早く出社してから、用事を早く済ませて早く帰宅して、データ集計で残業する覚悟で午後は待機していたのにとんだ拍子抜けだった。
すっかり拍子抜けしたので、ベルモットの入っていないマティーニ、すなわちジンをオンザロックで2杯呑んでから就寝した。
さくいん:マティーニ
『パラサイト』テレビ放映
映画『パラサイト 半地下の家族』が地上波で放映された。
珍しく家族4人とも映画館で見ていて、これまた珍しいことに金曜日の夜9時に4人とも家にいたので、家族揃って見はじめた。
初めこそ和やかな雰囲気で見ていて、各人、どこかで仕入れてきた伏線やら小ネタを披露しながら見ていた。
ところが、辞めさせられた家政婦が雨の中、戻ってきたところから皆、声も出なくなり、暗い雰囲気になった。
私自身、映画館で2度見ているのに、いや、それだからこそ、段々先のことがわかっていく恐怖感が強くなってきた。
クライマックスのシーン、結末の場面、見終えたときの言葉にできない不気味な気持ち⋯⋯いろいろなことが思い起こされる。
あの子は自分が数日後にどうなるか、何も知らない
そんなことも考えた。
結局、最後まで見ることはできずに寝てしまった。元々、流血の多い映画は嫌い。というのは言い訳に過ぎない。
「格差社会」の縮図を描いたと評されるこの作品。きっと、安全地帯にいる人ほど恐怖を感じるのではないか。
あの家族の末路を見届けることは私にはできなかった。
この作品の持っている闇の力に負けた。『半地下の家族』から目を背けた。
夜、映画の結末を思い出してなかなか寝付けなかった。最後まで見ることができなかった事実が重くのしかかる夜だった。
さくいん:闇
松本竣介の絵画作品に彼の言葉や友人の舟越保武の文章を添えた画文集。
松本竣介は大好きな画家の一人。今まで何度も回顧展に足を運んでいる。
私はいつも、彼の色に惹かれていた。「都会」の青、「Y市の橋」の茶、「並木道」の緑。どれも他では見ることのできない独特の発色をしている。とくに彼の「青」の使い方に魅了される。松本竣介の青は、空や海よりも炎の青に近い。内側から燃え上がり、揺れている。そういうところに松本竣介の独創性を見ていた。
本書は松本の線に注目する。指摘されてよく見ると確かに線にも特徴がある。人物画でも太い輪郭線を引いている。とくに「建物」のシリーズでは、太くて黒い線が画面に精緻な緊張感と知的な印象を与えている。
松本竣介は外でスケッチをしてから、アトリエで製図板を使って下絵を描いていたという。そこまで線にこだわっていたとは気づいていなかった。
絵にはいろいろな見方がある。自分が好きように観る方法もあれば、こうして新しい見方を教えられて知ることもある。
さくいん:松本竣介、舟越保武
待ちぼうけ
今日は一日、作成したレポートを上層部に提出していいか、上長の承認を待っている。
メールにも返信はもらえず、電話は留守電。
勝手に出して、あとで「まだ完成していなかったのに勝手なことをして」と責められるのも嫌なので、ずっと待っている。実際、そういう風に叱責されたことが何度もある。
こういう放置は本当に困る。
ほかに急ぎの業務はない。
おかげで読書がはかどった。久しぶりにスリリングな読書体験をした。
終業時間を過ぎてようやく返事が来た。
スッキリしない一日だった。
日向の部屋
私の部屋は南向き。南側にベランダに出る大きな窓がある。西側は壁になっていて、そこに仕事をする机を置いている。
西側にも小さくて細長い窓が二つある。そこはロールカーテンを下ろしたまま。
つまり、机に向かうと私は顔を西に向けて背中を南に向けることになる。
今日のような小春日和の日には、朝夕はともかく、日中は窓を開けていても寒くない。
むしろ暖かい。もっとも足元は寒いので毛布をかけている。
エアコンの暖房が苦手。エアコンは頭の上にある。暖かい風が上から降りてくるのは心地よいものではない。エアコンの音も好きではない。電気代も気になる。
午後になって陽が西に傾いても部屋はまだ暖かい。陽が沈むと急に寒くなる。
実家で使っていた部屋も南向きだったけれど、今の部屋ほど暖かくはなかった。窓が小さかったからか。
机も椅子も家電量販店で買ったパソコン用の安物。書斎というほど立派ではないけれど、この部屋を私は結構気に入っている。だから、在宅勤務が続いても苦にならない。
それどころか、この小さな自分の居場所に満足している。ずっとこのままでいい。
朝の散歩
昨日、寒くてしばらくサボっていた朝の散歩に出かけた。朝、といってももう7時半。出勤通学の人たちとすれ違う。
道行く人は皆マスクをしている。他の人と2メートル以上離れて一人で歩いているならば、マスクはつけなくてもいいのではないか。メガネが曇って困るので、一人の時は私はマスクはしない。
バス通りを渡り、すこし遠い公園まで歩いた。ラジオ体操も終わり、太極拳の人もいないので、公園は静かだった。
樹木を陰にして陽の光を逆光で撮ることが多い。なぜかそういう写真を好んで撮っている。
最近は10時前には寝ているので、5時頃に自然と目が覚める。今月はよく眠れている。この1週間は快眠度がずっと90%を越えている。体調は申し分ない。気分も悪くない。
布団の中で英語ニュースをまどろみながら聴く。起床は6時半。
朝食を食べ、洗濯物を干して、始業時間まで時間があるので外へ出た。このタイミングで散歩するのがよさそう。
写真は、けやき並木、公園の木、公園の朝日、枯れた紫陽花。
追記。
今朝も散歩に出たけれど、くもり空でいい写真は一枚も撮れなかった。
知らないところばかり。建物に加えて、工場、橋、水門、突堤、鉱山、水道施設、トンネルなど、幅広い建築物や土木工事を取り上げている。
旅して見て回ることはなかなかできないけれど、こうして写真集で見るだけでも楽しい。
なかでも橋に惹かれる。それぞれ独特なデザインをしていて面白い。
行ってみたいところ。
- ニッカウヰスキー余市蒸溜所(北海道):本場も認める完成度の高さ
- 琵琶湖疏水(京都):明治を代表する都市総合開発事業
- 南河内橋(八幡製鐵所)(福岡):レンティキュラー・トラスという珍しい構造形式
- 旧揖斐川橋梁(岐阜):一世を風靡したダブルワーレントラス
- 白水溜池堰堤(大分):渓谷の繊細な水流美
何しろコロナ禍が収束しなければ旅に出ることもできない。早い収束を願う。
『凍える帝国』を読んで映画『八甲田山』を思い出した。
このCDは2012年にDVDと一緒に買ったのに感想を書いていなかった。映画の感想は2006年に書いている。
このサウンドトラックには主旋律がいくつかあるだけで多彩なメロディはない。実際曲目は「白い地獄」と「大いなる旅」の2曲しかない。
元気な行進から五里霧中の危機、東北の雄大な風景まで、同じメロディの変奏によって表現されている。だから映画を見るといつまでも主旋律が耳に残る。そして、明るい場面から暗い場面まで混じり合って思い出されて複雑な気持ちが胸をしめつける。
映画では採用されていない楽曲の主旋律に歌詞をつけた歌がいい。
「春には花の下で」「大いなる旅」。
作詞は山川啓介。歌い手は五堂新太郎。渋みのある低音の声が白い闇の暗いドラマによく似合う。
とくに「大いなる旅」がいい。雄大でいてせつなく哀しい。白い地獄に斃れた兵士たちの最期の心の声が響いてくるよう。カラオケ店に行くと自分のスマホから音を出して歌う。
五堂新太郎の素性はシンガーソングライターということ以外よくわからない。
それはともかく、この歌には気に入った一節がある。
私がつぶやく子守唄はほろ苦い別れの言葉だ
いつかはお前も歌ってやれ
お前の子どもたちに
まだ、この言葉に共感してしまう時がある。
さくいん:『八甲田山』、山川啓介
石川佳純について(全日本選手権優勝)
先週末、全日本卓球選手権を準々決勝から決勝までテレビ観戦した。
印象に残ったのは、女子の準々決勝の伊藤美誠対早田ひなと決勝の伊藤美誠対石川佳純。最後までどちらが勝つかわからない好ゲームだった。
決勝戦。下馬評では伊藤有利と見られていた。実際の試合でも、3ゲームを伊藤が先取して優勝に王手をかけた。
その後、ファイナルゲームまでもつれて、結果、石川が競り勝った。後半、怒涛の攻撃、というよりは我慢して地道にポイントを重ねて逆転する、という展開だった。
伊藤の多彩なサーブ・レシーブや早田の男子顔負けの強打に比べると、石川の戦型に大きな特徴はない。テレビで解説していた福原愛も石川の特長は攻守のバランスと言っていた。
若い世代が数多く台頭するなか、年長者という重圧をはねのけて、5年ぶりに優勝した石川佳純のプレイは素晴らしかった。最初の優勝は17歳だった10年前。つまり、10年間第一線で活躍しているということ。すごい。なかなかできることではない。
最終ゲームは終盤まで互角で点数も9-9になった。こういう緊張する場面を最近の私は経験していない。
ストレスやプレッシャーがないことが最近の心の安定につながっている。勝負師の世界とは無縁。これからもそうだろう。
私はこういう暮らし方でしかもう生きていけない。
それだけに、緊迫したゲームで力と技を出し切った選手たちにとても感動した。
さくいん:石川佳純、福原愛
上智大学グリーフ研究所がまとめたグリーフケアの入門書。
第一章で、現代の都市化や核家族化の影響で従来の共同体にあったグリーフケアの仕組みが廃れたと島薗は指摘する。代わりに、大規模事故や震災から遺族の自助会が生まれ新たな「悲しみの分かち合い」の場となっていると具体例を挙げて解説している。
これを受けて、第三章で葬儀社を経営する佐久間は、葬儀社が葬儀後に提供している遺族会がやはり新しい「悲しみの分かち合い」の場になっていることを紹介している。葬儀後まで遺族のサポートをするというアイデアは新鮮に感じた。
さまざまな自助会があることは知っている。しかし自助会と言えど、まったく同じ体験をした人はいないし、年月も経ち、事情も複雑な人の場合、たとえ参加できたところで慰めは得られないのではないか、という考えから抜け出せない。
そういう悲嘆者にとって、佐久間が提案する本や映画を通じたグリーフケアは言ってみれば「セルフケア」であり、取り組みやすい。童話作品には大人でも死について考えるきっかけをくれる作品が多いという指摘には同意する。
鎌田東二はずっと昔「神道ソングライター」として取り上げたことがある。グリーフケアに関わっているとは意外だった。
その鎌田が担当した第二章も、仏教や神道が、日本のグリーフケア文化にどのような影響を与えてきたかを簡潔にまとめていて勉強になった。とりわけ、本居宣長と平田篤胤の死生観の比較は大雑把ではあるけれど興味深い視点だった。
さくいん:悲嘆(グリーフ)、島薗進
父の誕生日
今日は父の誕生日。健在であれば、89歳だった。
最近、亡くなった半藤一利は90歳だった。男性の寿命も伸びている。
もっと長生きしてほしかった。
ジョー・バイデンの就任演説
一昨日の朝、布団のなかでジョー・バイデン新大統領の就任演説を聴いた。
アメリカが危機にあることを実感させる内容だった。パンデミック、政治的分断、格差。
"Unity," "together"という単語が頻出した。国内に向けた言葉の多い演説に聴こえた。
私が理解できたかぎりでは、隣国や同盟国、仮想敵国(中国とロシア)に向けた強いメッセージもなかった。今は国内重視の時なのだろう。露中は、その間隙を狙って国益の伸長を画すだろう。いずれ、外交にも厳しい目を向けなければならなくなる。
Ask not what your country can do.
Ask what you can do for your country.
ちょうど80年前、ケネディ大統領は国内外に向けて非常に強い要求をする演説をした。
いまは、国民に要求ではなく協力を求める時なのだろう。感染防止、分断に対する自重、格差への注目。いずれも、政府の一方的な施作でも、諸個人の小さな行動だけでも、もはや解決できないところまで来ている。
強い言葉はなかったにしても、わかりやすい言葉を選び、国の内外に理解を求める姿勢を強調した。今のアメリカではこうした姿勢が求められている。柔和な相貌の大統領が国内に融和をもたらすことを期待する。
バイデンが新大統領になることで、アメリカ政治は従来の富裕層や高学歴からなるエスタブリッシュメントの支配に戻るのではないか、と懸念する記事を読んだ。それが今の実態であることは間違いない。しかしトランプが旧体制を破壊することに成功したとも思えない。彼の4年間は「自分ファースト」で「アメリカ・ファースト」でさえなかった。
If a free society cannot help many who are poor, it cannot save the few who are rich.
これもケネディ大統領の就任演説の一節。この言葉は2020年代の米国にも響く。
エスタブリッシュメントが既得権益に固執して保守化すれば、アメリカはますます分断していく。内戦のような取り返しのつかないことになりかねない。
バイデン政権はよく分かっている。その轍を踏まない。過大なことは承知で、そう期待している。
日本の政治家の演説との比較はしない。する気にもなれない。
さくいん:アメリカ、J.F. ケネディ
一人暮らしの母は平日閉じこもっているので活動も必要と思い、百貨店の中の美術館へ。
印象にのこった色。
ミレーが描くバルビソンの森の深い緑。
「プロヴァンスの風景」(セザンヌ)の多彩な緑。今回の展覧会で一番明るい作品。
「藁ぶき家のある風景」(ピュイゴドー)の夕焼け。
美術館を観たあと美術画廊で見た竹内康行の個展がよかった。フランスの街を精密に描く写実画。すこし離れて見ると写真のように見える。気持ちを集中して見ると、まるでその場にいるような気分になる。絵の中へ入っていけそうな感じ。また機会があれば観てみたい。
人混みに合わないように朝早く出かけ、ランチにお好み焼きを食べてすぐに帰った。
本来なら外出はしない方がいいのだろうけど、ずっと家にこもるのも健康的でない。自粛と活動のバランスが難しい。
二日続けて母と外出。人手の少なさそうな美術館を選んだ。
外出自粛の呼びかけと冷たい雨のせいで人出は少ない。美術館も空いていて、ゆっくり鑑賞できた。
紀元前10世紀から香水があったことに驚いた。化粧も同じくらいの歴史があるらしい。
いろいろな瓶のデザインを見るのは楽しい。特にルネ・ラリックのデザインは美しい。庭園美術館の装飾を思い出した。
板谷波山の青磁香炉の色もきれいだった。
華麗な容器や香道用の漆器は観ているだけで優雅な気持ちになれる。美術品を見ることは「心の洗濯」と言った人がいる。昨日はまったくその通りだった。
香水は好きで自分でもよく買う。いつも使い終わってから容器の始末に困っていた。現代の香水も容器はそれぞれ凝ったデザインをしている。いっそのことコレクションするといいかもしれない。
「香りの器」展では財布の事情から図録は買わなかった。図書館で検索するとラリックの写真集は多い。
一冊借りてきてみると展覧会で観たガラス瓶が掲載されていた。香水瓶だけでなく花瓶や置物も数多く掲載されている。一冊読めば、もう一度展覧会に行った気になる。
華やかで大きな花瓶もいいけれど、小さな瓶に繊細な細工がしてある香水瓶は可愛らしく美しい。
とくに気に入ったものは、人物をあしらった「二人の人物」と「彼女らの魂」。花模様の「リンゴの花」(上の写真の左下)。
これで見たくなったらいつでも見られることがわかった。
図書館というものは本当にありがたい。
実家から持ってきた文庫本。読みやすくて在宅勤務のスキマ時間に読み終えた。私にしては珍しく愉快な読書だった。硬質で重い本を選んでしまう傾向が私にはある。
読書とはそういうもの、と思い込んでいるところもある。読書の世界はもっと広い。在宅時間の気分転換に本書のようなエンターテインメント作品を読むことも充実した読書体験になることを知った。
よくできているなぁ。これが本書を読み終えたときに思った最初の感想。
舞台は世間には知られていない世界。個性的な登場人物。次が予測できない起伏に富んだ展開。恋愛、友情、師弟愛。大人への成長。トラブルと逆転。ホロリとさせる終盤。納得の大団円。そして何より、これらの構成要素をひとつの物語に編み上げる軽妙で、ブレのない文体。
書名は聞いたことがあった。帯文を見ると「2012年 本屋大賞」とある。7年も前の作品。今まで知らずにいたのはもったいないことだった。
重箱の隅が気になる性分で言葉遣いで気になるところがあった。「超弩級」という言葉を船以外に使うことには私は違和感がある。「弩」がイギリスの戦艦、ドレッドノートと知らない人にとっては「ものすごい」という形容詞として定着しているのかもしれない。実際、『広辞苑』には「同類のものよりも、けた違いに大きいこと」とある。
もう一つ。古い家を「メンテナンス」しながらとある。ここは「修繕」の方がよいのではないか。書き言葉に対する私の感覚が古いのかもしれない。
さらにもう一つ。一番気になったこと。主人公の生真面目な性格を表すためには一人称は「俺」よりも「私」の方がよかったのではないか。西岡との区別もつきやすい。
社会人になった30年前、仕事では「私」を使うように指導された。確かに最近の若い人は会社でも「僕」や「俺」を使う。やはり私の感覚が古いのだろう。
読書も重いが、私が書く文章も重い。本書のような軽やかで時に笑いを誘うような文章に憧れる。練習すれば書けるようになるものか。それともこれが私の文体(スタイル)と思ってあきらめて貫くか。
さくいん:三浦しをん
『舟を編む』の小説が面白かったので映画も見てみた。同じ登場人物で同じ筋書きでも、まったく雰囲気の違う作品だった。
小説は登場人物は風変わりな性格で描かれ、笑わせるエピソードもたくさんある。一言で言えばコメディタッチ。一方、映画はよりシリアス。「辞書を作る」職人たちの意気込みと主人公を支える妻の内助の功に焦点を当てている。
ネットでの評価を見ても一方を高く評価する人は他方を低く見る傾向がある。
個人的には小説の方を面白く感じた。登場人物がより多くて、かつ個性的に描かれていて、主人公以外のエピソードも豊富。要するに物語の世界が広い。
小説の映画化は難しい。同じように、小説を読んでから映画をみた映画『蜜蜂と遠雷』で強く感じた。
映画は背景や小道具を映像化することで物語をより実感のこもった、リアルなものに感じさせる。反面、かぎられた時間では小説に盛り込まれたすべてのエピソードを描き込めない。だから、小説の中から何か焦点を当てるポイントを見つけてそこを軸に描くことになる。
どこにスポットライトを当てるか、出番のすくない脇役をどれだけ上手に盛り込めるか。小説の映画化が成功する鍵はそこにあるように思う。
本作でも、主人公が暮らす下宿屋や本が積み上がった部屋、辞書編集室など物語の舞台は小説を読んで想像していた通りの雰囲気を出していて感心した。
反面、登場人物、とくに主人公は小説ほど変人ではない。西岡も然り。小林薫と加藤剛はいい演技をしていた。この4人以外は脇役。登場場面も少ないし、造形も深くはない。小説を楽しんだ人はそこを物足りなく感じるかもしれない。小説では個性的な人物が多く描かれている。
映画は「辞書づくり」という職人の世界を描くことに重きを置いている。小説でもそこに関心を寄せた人は映画も面白く感じただろう。
結論として、小説と映画は同じプロットのまったく世界の異なる作品として楽しめばいい、と言える。
さくいん:三浦しをん
Fのこと
Fは小学校の同級生。今ではもう付き合いもない。母親通しは今も付き合いがあるらしい。
彼は勉強ができる優秀な生徒だった。でも協調性は今ひとつ足りなくて、一匹狼のようなところがあった。
負けん気が強く、よく教員と口論をしていた。小学生で教員と口論できるのは、相当自分に自信があり、強い性格だったのだろう。
小学校のときは、よく目立つ生徒だったことは間違いない。
ところが中学校に入ると彼は気配を消した。学校の部活動に入らず、学級委員などの役職も引き受けなかった。
同じ学校の人が通っていない、遠い塾へバスに乗って通っていた。そうして彼は難関の私立高校に一人だけ合格して、あっさりと中学の仲間から去っていった。
私の中学生活は彼とは正反対だった。運動部に入り、部長になり、学級委員も学年代表もした。勉強もそれなりにできていたので、中学ではかなり目立つ生徒だった。
中学時代は学校が生活のすべてだった。学外での活動は何もなく、塾も行かなかったから他校の友人もいなかった。
厳しい校則に黙って従い、教員たちの罵声や暴力に耐え、それでもリーダーを装い、三年を生き延びた。
私は大いに傷ついた。同時に優等生気取りで多くの人を見下していた。
Fのことを私はうらやましく思った。そう思ったのは中学校を卒業するとき。それくらい、Fは中学校では目立たないように努めていた。中学時代の3年の間、私は彼を見失っていた。それくらい、私は中学校に埋没していた。
今、彼はどうしているだろう。どうやってあれほど上手に気配を消して、管理教育に距離を置き、鮮やかに脱出できたのか。再会できたら聞いてみたい。
森有正について
久しぶりに森有正に関連する本を読んでいる。明日には感想を書き上げるつもり。
最近では蛍光ペンをたくさん引いた『エッセー集成』を開くことも少なくなった。初めて著作を読んだのは2003年の冬。もう15年以上前のこと。30代半ばだった。
あの頃、2001年に野心を抱えて転職したベンチャー企業は期待を裏切り経営が悪化しはじめていた。仕事は減り、その分、時間が余っていた。そうでなければ、あれだけの読書をして索引を作ることなどできなかった。
私が森有正から学んだことは「書く」ことで「考え」を深めるということだった。
今日は『エッセー集成』の感想を読み返して推敲した。行末もChromeで揃え直した。
森の思索のテーマの一つに「悲嘆」があることに気づいたのは、『エッセー集成』を読んでからずいぶん後になってからだった。2003年には、私はまだ自分自身の「悲嘆」をはっきり意識していなかった。
でも、取り憑かれるように読んだのは、「バビロンの流れのほとりにて」の冒頭で何かを察知していたからかもしれない。
写真は、木曜日に東京で降った初雪。
さくいん:森有正、悲嘆