硝子の林檎の樹の下で 烏兎の庭 第四部
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2010年6月


6/5/2010/SAT

自分の誕生日に銀の指輪を買った。

昨年は身の回りにたくさんのことが起きた。忘れてしまいたくなるような嫌な出来事もあったけれど、よいこともないわけではなかった。そこで、何か記念になるものがほしくなった。

男性の装飾品というと、腕時計を選ぶ人が多い。何かの記念に高価な機械式の腕時計を選ぶ人は少なくない。機械式時計や革ベルトの時計は日ごろの手入れが大切と聞いたことがある。無精で汗かきなので腕時計はしていない。

服は大事にすれば20年近くもつけれども、消耗していくことはさけられない。

靴も同じ。外回りの仕事をしていてすり減ることが早いので、最近ではスポーツ・シューズ・メーカーの作っているラバーソウルのビジネス・シューズばかり履いている。革底の靴はもったいなくて買っても履く機会が少ないだろう。


指輪は、以前から考えていた。

NBAの優勝チームに与えられるチャンピオン・リングやカレッジリングと呼ばれるような太い指輪を右の手にしてみたいとずっと思っていた。

ずっと昔、たぶん中学生の頃、男性向けの服飾誌で見かけたアイビーリーグのカレッジリングに憧れていた。いつかはアイビーリーグの大学に留学して卒業の証にカレッジリングを身に着けたい。

私の願望は知的好奇心ではなく、ファッションへの憧憬でしかなかった。もちろん、アイビーリーグにはまったく縁もないまま過ごしてきた。

それでも、指輪はずっと探していた


めずらしく出先で早く仕事が終わった日、急に思い立ち途中下車して、駅前の百貨店にある有名店をのぞいてみた。

そこで銀の指輪なら、男性向けも意外に品ぞろえがあることを知った。値段も宝石ほど高いわけではない。

新しい銀の指輪は、一度下見をして、二度目に買った。

一度目にも10個は試しただろうか。

二度目にも一度目に気に入ったものを、もう一度ずつ、つけなおしてみた。

そうして一つ、右手の薬指にちょうどいい指輪を見つけた。

太くて、鼓のように中央がやや細くなっている。

小さく彫ってある、ブランドを表す1837という文字は、指の内側にしておけば見られることはない。

意図して外に向けることももちろんできる。


眼鏡も新しく買い加えた。

眼鏡屋の店員は一度も「ろ」ではじまる言葉は使わなかったけれども、「そろそろ遠近両用がいいでしょう」と奨めてきた。

言われるがままに遠近両用のレンズにしてみた。

言われた通り、手元が前より見やすくなった気がする。

しばらく黒縁をかけていた。その前はふちなし。今度はチタンなので見た目は銀縁

仕事が多忙で、友人と外で会うことがなかなかできず、それでいて酒も控えている分、買い物でストレスを発散しているところが最近の私にはある。

新しいネクタイも買った。新しいスーツとシャツも買った。


本は買っていない。

『走れ! T校バスケ部』(松崎洋、彩雲出版、2007)を息子のために買ったくらい。

この本は、塩尻から名古屋へ南下する特急「しなの」の車中で楽しく読んだ。

それを除けば、本を読むことじたい、まだほとんどできない。

暇があれば、寝てばかりいる。


6/12/2010/SAT

台湾へ出張した帰りの機内。

台湾への出張は、ほとんど10年ぶり。前回も今回も行った先は新竹。台北にはまだ行ったことがない。

10年前といえば、まだ「庭」を書きはじめる前のこと。

そのあと、濫読の時期があり、毎日文章を書いたときもあって、しかし、そのうち文章を書くことも、本を読むことも苦痛に感じるようになっていった。

この10年間で私は3度、転職をしている。つまり、10年前から数えれば、いま働いている会社は4社目ということになる。それでも同じ業界にいるので、こうしてまた同じ場所へ出張する機会にも恵まれた

二泊三日の最終日、夜遅くまで仕事していたのに空港へ来るタクシーでも眠れなかった。空港でも機内でも無理に酒をあおったけれども眠れない。残っている仕事のことが気になっているからか、どうにか出張中の仕事がうまくいって興奮しているのか、そういう意味では軽い躁状態かもしれない。

薬を忘れてきたせいもある。ふだんよく眠ることができているのはやはり薬のおかげだったということがよくわかった。

ただ、ぼんやり、飛行機に乗る時、いつも聴く曲や、気に入って最近、電車のなかで繰り返し聴いている音楽を聞いていた。

  • いきものがかり、SAKURA
  • 坂本龍一、Energy Flow
  • 原田知世、愛情物語
  • 村治佳織、Cinema Paradisso
  • The Beatles, We Can Work It Out
  • GReeeeN、道
  • Jake Shimabukuro, Hula Girl
  • 中島みゆき女なんてものに

  • そうしているうちに、ふと、また文章を書きはじめよう、書きはじめなければならない。そう思いたち、メモ帳に思いつく言葉を書きつけた。

    中国本土への出張よりも台湾への出張の方が気が楽。相手の生活水準も、同じ名前の組織のなかでの待遇も、それほど差はないとわかっているから。街並みは20年以上前の横浜、伊勢佐木町あたりの「場末」といった雰囲気もまだ残してはいる。

    いまはまだこれしか書けない。

    しばらく前に書きはじめて消さないでいた下書きも公開する

    せめて一週間に一度、一時間くらいはこうして文章を書く時間をもつようにしたい。


    6/17/2010/SAT

    こういう状態を「躁状態」というのだろうか。

    それとも「リア充」というのか。

    この言葉はつい最近知った、それほど昨年の今ごろからは、欠かさず見ていたほかの人のブログを見たりすることもなく、仕事で使う以外はほとんどインターネットから離れていた。


    ずっとむかし、こんな断章を書きなぐった記憶がある。

    オレが黙っているとき、言われる、言われている気がする。
    なんでオマエだけ暗いんだ?
    オレが機嫌よく、舌が滑らかな時、言われている。
    なんでオマエだけ調子いいんだ?

    実際は、書いていなかったかもしれない。

    でも、こんなことを何度も思い返している。

    今夜も。


    眠れない夜が先週の台湾出張以来、続いている。

    食べるのが早すぎる、と家族によく注意されている。

    かきこむように食事をしていることも同じところに原因があるように思う。

    要するに、いつも訳もなく焦っていて、余裕を失っている。

    しなければいけない、そう思ってばかりいる。

    ここまではやった、そう思って一日を終えることができない。


    今日は夕方、そんな満足した気持ちに珍しくなっていた。

    でも30分もしないうちに携帯電話が鳴り、メールを受け取り、あっという間に今夜中にやらなければいけないことで頭のなかがいっぱいになってしまった

    実際には、一つ一つはたいしたタスクではない。

    日付が変わる前にはなんとか片付けられている、しかも自分の部屋で炭酸水を飲みながら。

    それなのに、終えられないだろう、終わらなかったらどうしよう、そんな風にばかり考えてしまう。

    もっとも、昨夜はほんとうに2時まで片付かなかった。

    だから、ほかのときでも終わらないような気がしてしまう。

    今夜も、しばらくはどきどきしたまま眠れそうにない。


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    uto_midoriXyahoo.co.jp