夏の終わりの公園
9/1/2023/FRI
サーバーにつながらない

一昨日の夕方、突然、サーバーへアクセスするVPNのアプリが動かなくなった。

会社は多国籍企業で基幹サーバーは東南アジアにある。ここへつながらないと何もできず、仕事にならない。

困るのはITサポート部門も国外にあること。そのため、ITサポートに連絡するためには、アジアのサーバーに接続しなければならない。

途方に暮れていたところ、同僚が日本の電話番号を教えてくれた。電話してみると番号が03で始まるだけでつながったのはアジアのヘルプデスクらしい。サポートエンジニアの話し方からそう想像される。

結論としては、電話でサポートを受けて問題は解決した。

日本にサービスデスクを設置するよりも、東南アジアで日本語ができる人を雇う方が安いのだろう。ほかの関節部門も、すでに東京からアジアのどこかに集中されている。

私がしているような簡単な事務作業は、近い将来、アジアかAIに取って代わられるのではないか。定年退職するまであと10年。ずっと仕事があるのか、心配になってきた。


さくいん:労働


9/2/2023/SAT
#江ノ電の日
江ノ電300系 江ノ電、鎌倉高校前駅

昨日は「江ノ電の日」だった。公式アカウントが写真を募集していたのでハッシュタグをつけて写真を投稿した。公式アカウントに「いいね」をもらったのでここに再掲しておく。

一枚は長谷駅に停車する305形。もう一枚は鎌倉高校前駅に滑り込んでくる水色の江ノ電。江ノ島がきれいに映り込んでいるところがポイント。

今年の夏は暑すぎたので海には行っていない。江ノ電にもしばらく乗っていない。

もう少し秋めいてきたら出かけたい。


さくいん:江ノ電


9/3/2023/SUN
自分の意見がまとまらない

毎日、いろいろなことが起きている。その一つ一つに自分なりの意見を持ちたいと思っているけれど、実際にはまったくできていない。

ウクライナ侵攻、プリゴジンの暗殺、福島の処理水海洋放出、ジャニーズ事務所の性加害、そごう・西武のストライキ、ガソリンや食品の値上がり、などなど。毎日、新しい問題が報道されている。

X(旧Twitter)を見ていると、事件や報道に即座に反応して、短い文章でも自分の意見を端的に書いている人がいる。すごいなあと感心する。

私の場合、自分の意見が発信できない、という以前に、自分の意見がまとまらないことが多い。政府はどう対応すべきか。それは正しいことか。私にできる行動は何かないか。考えてみるけれど答えにたどりつけない。そして、考えているうちに新しいニュースを聞く。

毎日、文章を書いているけれど初心とはまるで変わって自分のことばかり書いている。

確かにうつの症状が重かった8年ほど前は、自分のことで精一杯だった。いまはだいぶ落ち着いている。世の中で起きていることについてもっと考えなければいけないと思う。

ただ怠惰な毎日を送っているだけに思える。結局、今日も自分のことだけ書いてしまった。


さくいん:うつ


9/4/2023/MON
森戸海岸、神奈川県逗子市
森戸海岸 江ノ島

土曜日の午後、母を連れて逗子の森戸海岸へ行った。今年の夏、海を見るのは初めて。

天気はくもり。波はおだやか。ウィンドサーフィンがたくさん波間に揺れていた。海水浴をしている子どももいた。海の家はもう解体作業を始めていた。

雲が多くて江ノ島はかろうじて見えたものの、富士山は見えなかった。まだ太陽は高く、夕景にも早かった。

しばらく海を眺めてバス停まで歩くとちょうど一台出発する後ろ姿が見えた。仕方なく、次のバスまで待つことにした。私たちが列の先頭で10分のあいだに、かなり長い列ができていた。最初に乗り込んだ私たちは運良く座れた。バスは超満員になり、次の停留所ではもう乗せられないほどだった。

逗子駅まで戻り、いつものイタリア料理店で夕飯を食べて帰った。


さくいん:逗子


9/5/2023/TUE
ノチェロとべリョータ
ノチェロ べリョータ

土曜日の夜のメニュー。「料理の写真撮影はご遠慮ください」という店なので文字だけ。ムール貝は昔、ブリュッセルで食べたなつかしい味。

  1. 地ダコのマリネ
  2. ムール貝のワイン蒸し
  3. ピッツァ・マルゲリータ
  4. ゴルゴンゾーラのフェトチーネ
  5. 仔羊のロースト
  6. スフレチーズケーキ(バニラアイスクリーム添え)とコーヒー

ワインは微炭酸のシャルドネとハウスワインの赤をデキャンタで。

食後にいつも頼む胡桃のリキュール、ノチェロを頼んだ。すると、店の人が「味を比べてみて」とどんぐりのリキュールを一杯出してくれた。べリョータというらしい。

甘い味にはあまり違いはない。違うのは香り。べリョータは鼻にツンと軽い刺激がある。どんぐりの渋みだろうか。私の好みは味も香りも甘いノチェロの方。

帰宅してハイボールを呑んでから寝た。


さくいん:ブリュッセル


9/6/2023/WED
バスケットボールW杯

正直に告白すると期待していなかった。大会前の強化試合でも勝ててなかったので。

ドイツ戦は見なかった。

フィンランド戦はハーフタイムで「ダメかな」とあきらめて寝た。

翌朝、大逆転劇を見て感激した。

ベネズエラ戦は力を込めて応援しながら見た。興奮した。

カーボベルデ戦も手に汗を握り見た。

AKATSUKI Japanは、自分の力を信じることと、最後まであきらめないことの大切さを教えてくれた。

もちろん、そのためには毎日の研鑽が必要ということも。

見事な闘いぶりだった。


9/7/2023/THU
早出&残業

昨日は珍しいことに朝から夕方まで働き詰めだった。用件は退職する人からの業務の引き継ぎ。朝7時に家を出て、7時過ぎに帰宅した。通勤だけでもかなり疲れた。

正社員の仕事はとてもできない

引き継ぎの説明を聞いたときの率直な感想。引き継ぐ仕事は、細かい神経を使うデータの加工。しかも毎月締切がある。退職する人はそれ以外にもたくさんの業務を担当しているらしい。いまの私には一つの業務でも十分に重い。

暗くなったバス停からの道を歩きながら考えた。以前はこんな暮らしを毎日送っていた。それが普通だった。

いまは在宅勤務で負担の少ない業務が普通になり、それ以上の負担は対処できないように感じる。それとも、これが普通になれば、次第に慣れていくのだろうか。でも、もう二度と罵声を浴びたり、陰湿な詰問を受けたりはしたくない。

引き継ぐ業務は慣れれば30分程度でできる、と今月末で辞める人は言っていた。私は時間には余裕があるから、倍くらいの時間をかければ何とかこなせるだろうか。

とても疲れたので、帰宅して軽々しく呑まないように隠してあったボンベイ・サファイアを開けた。ストレス・コーピングの第一番が酒というのはよくない。わかっている。肝機能にも黄信号が灯り、酒は控えなければならないのに。

でも昨夜は、ジンの香りが全身にしみわたり、疲れが引いていくような気がした。

やはり、ジンは私にとって最良の友かもしれない。付かず離れずの関係でいたい。


さくいん:労働ジン(マティーニ)


9/8/2023/FRI
ハンバーガーLOVE、Lightning編集部、ヘリテージ、2022
『ハンバーガーLOVE』

全国のハンバーガーの名店を集めたムック。

ハンバーガーが好きで、よく食べる。いつからだろうか。初めてアメリカへ行ったときに、ファストフードでないホームメイドのハンバーガーを食べたのだろうか。最初に好きになったきっかけはよく覚えていない。とにかく、いまは月に一回程度、食べる大好物。

どこが好きなのかもうまく説明できない。いわゆる食レポも下手なので、店ごとの違いも上手に説明はできない。努めて好みを書くとすると、チーズバーガーでピクルスが効いていることが好みかもしれない。もう一つ大事なのは、サイドメニューがフライドポテトでなくてオニオンリングであること。これは大きい。ビールが美味しいことも重要なポイント。

ハンバーガーを食べるのは月一回の診察日が多い。だから食べるのは病院の近くが多い。

病院の周辺にあるハンバーガー店はほとんど行ったことがある。一軒、まだ未体験の店があるので近々行くつもり。そうすると周辺はほぼ制覇ということになる。

本書で、家から散歩がてら行ける店を何軒か見つけた。週末の楽しみが増えた。


9/9/2023/SAT
ビリー・ジョエル来日公演、チケット確保
ビリー・ジョエル来日公演

来年1月、一夜限りのビリー・ジョエル東京公演。息子がチケットを確保してくれた。

家族4人で行ける。20代の子どもたちは初めての生ビリー・ジョエル、初めてのドームでのコンサートに大興奮。前回の来日は1991年、"Storm Front Tour"。私たち夫婦にとっては約30年ぶりの再会ということになる。

チケットはプラチナ級。かつてLAでNBAのクリスマス・マッチを観たときと同じくらい。それでも、12年前と同じように家族揃って行けることがうれしい。幼い頃からビリー・ジョエルを教えておいてよかった。こういう共感がのちのち生まれようとは思っていなかった。

無理に教え込んだわけではない。子どもがまだ幼稚園に通っていた頃、カリフォルニアへの出張が多かったので、土産にビリー・ジョエルのDVDをよく買っていた。当時、息子はまだ「ビリレーロ」と呼んでいた。せがまれてジャケットを見ながら似顔絵を描いたこともある。

ビリー・ジョエルへの私の想いは17年前に書いたことから変わりない。

ビリー・ジョエルを私は姉から教わった。"Stranger"と"52nd Streetの頃。ビリー・ジョエルは姉の思い出の一つでもある。

姉がどんな人であったのか。彼女の生涯がどんなものであったのか、何も伝えなくても、ビリー・ジョエルを共有できることで何かが伝わるのではないか。

それは映画『スティング』と同じように、我が家の「家庭の文化」といってもいいだろう。「ハビトゥス」と言われても否定しない。

ビリー・ジョエルはいま74歳。元気な姿を見せてほしい


さくいん:ビリー・ジョエルロサンゼルスNBAHOME(家族)


9/10/2023/SUN
雨の日の病院

昨日、台風の余波が残る雨のなか、病院まで歩いた。45分、7,000歩。

今週、突然の出社指示と業務引き継ぎで少し動揺したことをS先生に伝えた。

新しい業務への不安。タスクが増えるとすぐに「ミスしないか」とパニック気味になる。「昔はこれくらいはこなせていたのに」と思ったり、当時の激務を思い出したりする。日常生活では落ち込むことはほとんどなくなったけれど、仕事ではまだまだ気分が不安定になることが多い。そういうことを話した。

S先生のアドバイス。「いいことも悪いことも今と比べて思い出さないようにしよう」。

「激務をこなしていたときからは時間が経ち、年齢も重ねた。今は今の仕事のことに集中しよう」。

まったくその通り。S先生はいつも的確な助言をくれる。

夜にご馳走が待っているので、ハンバーガーは食べずにそばを食べてバスで帰宅した。


さくいん:S先生


9/11/2023/MON
31st Anniversary
ワイングラス tete de fromage ウニ入りのコンソメゼリー 子羊のグリル

今週はAnniversary Weekだった。31年目。昨年は旅行して盛大に祝った

今年は、家から歩いていけるところに手頃なフランス料理店を見つけたので、試しに行ってみることにした。

夫婦二人で切り盛りする小さな店。土曜の夜なので満席だった。

味は田舎風でやや野趣な感じ。量も多め。生カキ、豚肉のゼリー寄せ(チーズでないのにTete de fromageという)、ウニ入りのコンソメ、スズキ、子羊が次々と運ばれてきた。

ワイングラスが変わっていた。店主の衝動買いという。松本零士風のデザイン。

デザートには、妻はフォンダンショコラ、私はクレームブリュレをいただいた。

マダムの心のこもった接客がしみた。馴染みの客はこの人を慕って来るのだろう。

いい記念になった。


9/12/2023/TUE
芸能事務所と中学校

芸能事務所での性加害で思う。

ブラック学校の体罰や校則も同じ構図ではないか。

進路(デビュー)という未来へのカギを握られて、力関係で圧倒的に強い教員に服従するしかない。殴られても蹴られても、我慢するしかない。

親も子も3年間のことだからと我慢し、被害を訴えない。

報復が怖いし、訴えたところで何も変わらないとあきらめてしまう。

件の事務所社長はいま活躍しているタレントは「贔屓されたのではなく、努力で今の人気を勝ち取った」と宣った。そんなはずはない。

身体と心を売って「業界」で生き残るチケットを手に入れたのではないか。

拒んだ者や逃げた者は「業界」から締め出された。

多くの人は、自分の存在を危うくすることを怖れて、他人を押し退け、彼らを踏み台にして生き延びたことを認めようとしない。

ほんとうは、生き延びた事実は恥辱の証。「卑怯者」という自己嫌悪が残るはず。

その心の傷はいつまでも癒えることはない。

加害者であることを認めない人は、自分が受けた恥辱から目を背けて、平然と生き続けていく。いまも、そういう人たちがテレビの画面に溢れかえっている。


さくいん:体罰


9/13/2023/WED
新しい聖堂
聖堂のドーム ステンドグラス 祭壇 チボリウム

近所にあるカトリック教会が聖堂を新しくした。内覧会があり信徒でなくても歓迎ということだったので行ってみた。

教会の由来から新聖堂の設計にまつわる逸話など神父が詳しく話をしてくれた。建物の幅や長さ、柱の数から窓の数まで、それぞれに意味があることを知った。青色が聖母マリアを、白色が主イエスを意味することなども今回初めて知った。

ステンドグラスは古い聖堂のものをそのまま使っているという話だった。

教会にあるさまざまな珍しい宝物も紹介された。信徒から献納されたイコンや、1867年にドイツのケルンで製作された豪華なチボリウム(聖体容器)など。

神社や寺を通り過ぎれば、何となく境内に入り、手を合わせる。そんな風に気軽に聖堂に入れるといい。実際、「誰もが入ることができて、祈りたい気持ちになる場所」を目指しているという。

奈良や京都へ行けば拝観料を払って寺社を見る。ヨーロッパへ行けばやはり拝観料を払って教会を見る。「祈る場所」とかしこまらずに身近にある文化財として見るのもいいかもしれない。

最近、結婚式を挙げた教会の説教をYouTubeで聴けることを知った。夜、寝るときに時々聴いている。たいてい話の途中で眠ってしまう。

それでも、31年前のあの日聴いた同じ声を聴くだけでも、ありがたい気持ちがする。


9/14/2023/THU
横浜線 街と鉄道の歴史探訪、山田亮・生田誠、フォト・パブリッシング、2019
『横浜線 街と鉄道の歴史探訪』

父は横浜の小机で生まれ育った。横浜線で新横浜の次の駅。その駅舎と周辺の古い写真が掲載されている。

横浜市内といっても、小机は田舎で田畑ばかり。祖父は郵便局員だったけど、祖母の家は豪農で本書にも書かれている「小机イチゴ」を栽培していた。あらためて、父は田舎育ちの人だったとわかった。

今でこそ通勤通学用に最新の車両が使われているけれど、かつて横浜線は国鉄でも都心では使われなくなった古い車両を使っていた。茶色で車内にポールがある電車を覚えている。おそらく70年代半ば、小学校低学年の頃の記憶だろう。

時は下って80年代半ば、高校への通学に根岸線を使った。そのとき、桜木町止まりの横浜線にも時々乗車した。本書に掲載されている桜木町駅の古い駅舎も記憶にある。

学校をサボり、横浜線で橋本まで乗り、相模線に乗り換え茅ヶ崎へ下り、東海道線で大船まで戻り、午後から登校したこともある。

その頃の横浜線は表紙にある緑色の車両だった。山手線のおフルだったのかもしれない。


さくいん:横浜70年代80年代


9/16/2023/SAT
聖書を読んだ30人~夏目漱石から山本五十六まで~、鈴木範久、日本聖書協会、2017
『聖書を読んだ30人~夏目漱石から山本五十六まで~』

薄い本のなかに面白い発見がたくさんあった。有益な読書だった。

明治以降の日本の知識人に、キリスト教とマルクス主義が大きな影響を与えたことは、『日本の思想」(丸山眞男)で指摘されていた。二つの思想に共通しているることは、歴史に始まりと終わり、そして目的があるという進歩的歴史観にある(反対は、目的や最終地点がなくただ前よりも良くなる、良くする、という進化的歴史館)。

本書で取り上げられている近代日本の知識人たちのなかにも、内村鑑三、新島襄のようにキリスト教徒はもちろん、信徒ではなくても、聖書を熱心に読んだ人は少なくなかった。

夏目漱石や西田幾多郎のように小説や論文に引用していたり、芥川龍之介のように、キリストその人を主題にした作品を書いた作家もいる。

興味深いことはそれぞれが強く惹かれた聖句が引用されていたこと。夏目漱石は「われは我が咎を知る。我が罪は常に我が前にあり」(『三四郎』、詩篇51:3))。西田幾多郎は「もはや余生けるにあらず、基督余に在りて生けるなり」というパウロ書簡の言葉。(『善の研究』、ガラテヤ2:20)。

これらの聖句がどんな影響をそれぞれに与えているか、論じることは容易ではないので、ここでは引用するにとどめる。歴史観の変化についても、一般論としては言えても個々人には当てはまらないこともある。

ほかにも太宰治、川端康成、堀辰雄、山本五十六らが、聖書を熱心に読んだ人として紹介されている。山本五十六の兄が牧師でキリスト教に近しい関係だったとは知らなかった。

熱心とは言えないものの、私も聖書を開く時がある。何を求めて読んでいるのか。自分でもよくわからない。

彼らが入信しなかった理由を探るより、彼らが何を聖書から読み取ったのかを考える方がずっと有益だろう。少なくとも私にとっては。


さくいん:山本五十六丸山眞男新島襄夏目漱石西田幾多郎パウロ


9/17/2023/SUN
杜甫

夜、寝る前に少しずつ漢詩を読んでいる。小さな声で読み下し文を朗読する。

杜甫の詩には、華やかな宮廷に出仕していたにもかかわらず、政争に敗れて辺境に磊落し、やがて放浪の人生を送ることになった自分の姿をやや自虐的にうたった詩が多い。

緬思桃源内
益歎身世拙
(はるかに桃源の内を思い、益々身世の拙きを歎く)
「北征」
細推物理須行楽
何用浮名絆此身
(こまやかに物理を推せば 須く行楽すべし、何ぞ浮名もて此の身を絆ぐを用いん)
「曲江ニ首 其の一」

いずれも、立身出世など世俗の成功に何の意味があろう。自由に楽しく生きればいいではないか、という含意。そんな言葉に共感せずにいられない。

しかし、杜甫は達観しているのではない。宮仕への未練や、放浪生活の侘しさも吟じる。

私も苦悩している。もっと長く第一線で働けたのではないか。障害者枠での再就職という選択は間違っていたのではないか。いや、自由で平穏な今の暮らしこそ幸福ではないか。今の暮らしを謳歌すればそれでいいではないか。毎日、逡巡している

おおらかな自然の観察と、鋭敏な自己の観察。杜甫の詩を読んでいると少し慰められる。杜甫の苦労は私のそれとは比べものにならないけど、そんな気がする。


さくいん:中国


9/18/2023/MON
ブラタモリ、稚内、NHKテレビ

先週末、実家で見た。札幌旭川あたりまでは行ったことがあっても、それより北は行ったことがない。最北の町の風景を初めて見た。

7、8年ほど前、何もかもが、何が何だかわからなくなり、寒い場所へ行って冷たくなってしまおうと思ったことを急に思い出した。

とても恐ろしい記憶の急襲だった。

幸い、北へ向かうことなく何とか今も暮らすことができている。

でも、まだ何か得体の知れないものが私の心の奥底でくすぶっていることに気づかされた。希死念慮は完全には消失していない。「消えてしまいたい」という気持ち。誰でも心に抱えているものだろうか。それとも、私のうつ病がまだ寛解していないせいだろうか。

いつか、もっと穏やかな気持ちになれたら訪れてみたい。


さくいん:タモリ北海道自死うつ病


9/19/2023/TUE
Happy Birthday
金時 あんみつ

昨日は妻の誕生日。近所の小さな割烹で祝った。

前回来たのは10年以上も前。子ども二人ともキャンプに行っているあいだに珍しく二人で夕食を食べた。この店は小学生は入れない。

今回は、子どもも大人になったので四人でテーブルを囲んだ。

白いのれんの店構えはちょっと怖いけれど、価格は良心的。繁華街から離れていることも幸いして静かなたたずまい。

今年初めて秋刀魚を酢締めの刺身で食べた。食事は栗ごはん。料理はどれも、手がかかっていてとてもおいしい。デザートのあんみつもおいしかった。

食事のあと、駅前の喫茶店でお茶を飲んで解散した。

次回は11月。母の米寿の祝いに親族一同が集まる。


9/20/2023/WED
加害者の立場に立つこと

X(旧Twitter)で『徴候・記憶・外傷』(中井久夫)からのある引用が気になった。この本は熟読したつもりだったけど、この部分は記憶になかった。

  被害者の側に立つこと、被害者との同一視は、私たちの荷を軽くしてくれ、私たちの加害者的側面を一時忘れさせ、私たちを正義の側に立たせてくれる。それは、例えば、過去の戦争における加害者としての日本の人間であるという事実の忘却である。その他にもいろいろあるだろう。私たちの心の奥底には、浮上すれば病的症状となるような漠然とした被害者意識が潜在しているかもしれない。その昇華ということもありうる。(「トラウマとその治療経験」)

この本は絶版になっているので、図書館で借りてきて引用部分を確認した。

加害者の立場に立つことの困難と重要性について、石原吉郎が的確に指摘している。

人が加害者の立場に立つとき、彼はつねに阻害と孤独により近い位置にある。そしてついに一人の加害者が、加害者(被害者?:筆者注)の位置から進んで脱落する。そのとき、加害者と被害者という非人間的な対峙のなかから、はじめて一人の人間が生まれる。〈人間〉はつねに加害者のなかから生まれる。被害者のなかからは生まれない。人間が自己を最終的に加害者として承認する場所は、人間が自己を人間として、ひとつの危機として認識しはじめる場所である。(「ペシミストの勇気について」『石原吉郎詩文集』

自分が加害者の側にいることを自覚することはとても難しい。罪を認め自ら進んで裁きを受けなければならないから。言葉を換えれば、自分が加害の側にいることを認めることは、自分の存在を危うくする。だから、ふつう人は被害者の側に逃げようとして、容易に加害者の側に立つことはない。相当の覚悟を決めなければ、その心境に立つことはできない。

中学校で教員の暴力を傍観していたこと、甘受して自分の居場所と行き先を確保したこと。そのことに気づいたとき、私は自分の加害者性を意識せざるを得なくなった。でも、それで十分というわけではない。自分の加害者性を私はまだ直視できていない。もし、いまの私が自分の加害者性を直視したら、おそらく自己崩壊して灰のようになってしまうだろう。

『徴候・記憶・外傷』については、文庫本か選書サイズでの復刊を望む。


さくいん:中井久夫石原吉郎体罰


9/21/2023/THU
万感のおもい、万城目学、夏葉社、2022
『万感のおもい』

万城目学は日経新聞のコラム「プロムナード」で知った。それから、エッセイ集を見つけるたびに読んでいる。本書はその「プロムナード」に書かれた文章が所収されている。

本人によれば「ふざけているような、真面目であるような、どっちつかずともつかぬ切り口から、その先を無念慮にのぞくが如く書き方」。そういう彼のエッセイは、軽妙な文章がとても面白い。

大阪と京都への深い思いがこもった文章もいい。一時期、京都に本社がある会社で働き、毎週大阪へ泊まりがけで出張していたこともあるので、二つの街について書いた文章にはうなづくことが多い。もっとも、百万遍あたりに私はまったく縁がない。

印象に残る文章が二つある。「作家のしあわせ」と「Kの死」。前者で著者は「しあわせな状態」と「しあわせな気持ち」を区別している。本に囲まれ本を書く仕事に就いているのは「しあわせな状態」。でも、締め切りに追われる暮らしでは「しあわせな気持ち」にはなかなかなれない。この区別には共感した。

在宅勤務で、残業も出張も接待もないいまの暮らし。「しあわせな状態」であることは間違いない。その一方で、働きがいもなく、同僚と雑談を交わすこともないので「しあわせな気持ち」にはなかなかなれない。いまの心境を言い当ててもらい、すっきりした。

「Kの死」はコロナで亡くなった旧友への追悼文。追悼文には書いた人の素がにじみ出るとつねづね私は思っている。親友への思いにあふれた悲しくも美しい追悼文だった。

万城目学のエッセイにはペーソスがある。彼自身の言葉をもじれば、「喜んでいるような、悲しんでいるような」文体。私の好きな文章にはそういう文体(スタイル)が共通している。

最後に。本書は横長で装丁が変わっている。奥付を見ると出版社は吉祥寺にある。書店でサイン本を見かけた。著者も吉祥寺にゆかりがあるのかもしれない。


さくいん:万城目学日経新聞大阪京都スタイル


9/22/2023/FRI
出社と夕焼け
駅前の夕陽

昨日は出社した。今月では3回目。一つ一つの用件はたいしたことではない。さみだれ式に頼まれるからこういうことになる。

完全在宅勤務に慣れてしまったので、通勤電車も会社も緊張してとても疲れる。フレックスタイムを利用して4時に退社した。

出社しても雑談をする相手もなく、相変わらず疎外感が強い

帰り道、駅前のベンチで一休みした。手にはコンビニで買ったビールとフランクフルト。

今週は帰省もしないので、金曜日を家で過ごすために木曜日に出社した。

西陽がちょうとビルとビルのあいだに落ちていくところ。

一日の疲れが流れていくような気持ちになった。


9/24/2023/SUN
エルマーのぼうけん展、Play! Museum、東京都立川市
エルマーのぼうけん展ポスター りゅうの人形 原画 原画

図鑑ばかり眺めて、物語の本はほとんど読まない子どもだった。それでも『ドリトル先生』シリーズと『エルマーのぼうけん』はよく読んだ。持っていった物を上手に使い、難題を解決していくところが面白かった。

妻は物語が大好きな子どもだった。なので、この展覧会は妻の方が楽しみにしていた。

娘、母、父が協働して制作したという背景は知っていた。原画を見るのは初めて。

原画を見て驚いた。大きく描いて印刷するときに縮小していると思っていたら違っていた。初めから本に印刷されているサイズで描いてあった。超精細の鉛筆画。

物語、挿絵、そして訳文。外国の絵本はこの三拍子が揃わないと名作にならない。原文を忘れるまで日本語の推敲をしたという渡辺茂男の訳文は素晴らしい。読み継がれている訳はこの訳文が貢献するところが大きいと思う。

ただ原画を展示するだけでなく、いくつかの場面をインスタレーションにして、物語に没入して楽しめるよう工夫されていた。いま楽しんでいる人も、懐かしく思う人も楽しめる展覧会だった。

展示の最後に絵本がたくさん、それも並べてあるのでなく、床いっぱいに置かれていた。その周りに著名人がおすすめする「冒険の物語」が並んでいた。

楽しそうに本を広げている大勢の子どもたちを見渡して、「ここに連れてきてもらえる子は幸せね」と妻がつぶやいた。

確かに。絵本を読み聞かせてもらうこともなく、本の世界を知らないままで子ども時代を過ごす人もきっといる。ここへ子どもを連れてくる人は意識の高い人たちだろう。

販売していた本の奥付を見ると141刷だった。これからも読み継がれていくだろう


さくいん:渡辺茂男


9/25/2023/MON
日本伝統工芸展、日本橋三越、東京都中央区
陶彫彩色人形、霧笛 彫漆箱、遥かに 象嵌躑躅文銅箱 淡青釉皿 中野青青瓷壺 青青瓷白ぼかし壺

これぞ眼福、というひとときを過ごした。

全国の名工が手がけた作品が一堂に会する貴重な機会。テレビ番組「日曜美術館」で見た受賞作品のほか、青磁の作品に注目して見てまわった。最近、汐留ミュージアムで象嵌を見たので、象嵌細工の作品もじっくり見た。

こういう丁寧に手作りされた品物を一つでいいから手元に置いてみたい。作者と作品名は以下の通り。

  1. 陶彫彩色人形、霧笛、中村弘峰
  2. 彫漆箱、遥かに、松本達弥
  3. 象嵌躑躅文銅箱、川合里奈
  4. 淡青釉皿、岡田泰
  5. 中野青青瓷壺、福島善三
  6. 青青瓷白ぼかし壺、山中辰次

9/26/2023/TUE
Hamburger Sunday
コールスロー チーズバーガー

日本橋三越で伝統工芸展を見たあと、日本橋を渡り高島屋まで歩いた。

目的はハンバーガー。先日読んだムックで紹介されていた店、Brozers'に行ってみた。

人気店らしく、向かいのビストロは席が空いているのにBrozers'には長蛇の列。30分以上待った。

頼んだのはシンプルにチーズバーガー。野菜も補給したいのでコールスローも頼んだ。

食レポは苦手なので味のことは美味しかったということ以外書けない。他店よりレタスが多いように感じた。サイドにフライドポテトに加えてピクルスとオニオンリングがついているのがうれしい。コールスローも美味しかった。

結論として待った甲斐があった。次回、百貨店の催しに来るときに再訪したい。次回は「レタス、トマト、オニオン、チーズ、ベーコン、パイナップル、目玉焼き」の全部が挟んであるロットバーガーに挑戦する。


9/27/2023/WED
夏の終わり

猛暑というより酷暑と言った方がいいような夏もようやく過ぎ去る気配を見せている。

今週は朝昼晩の寒暖差が激しい。月曜日の朝は涼しくなり、慌ててクローゼットの奥からスェットパンツを出した。ところが、昼には気温が上がり、夏仕様の短パンに着替えた。

今夏、暑かったにもかかわらず、日中はエアコンをつけずに過ごした。窓を開けて扇風機を回せば何とか過ごすことができた。その代わり、夜はずっとエアコンをかけた。そのおかげで夏中、よく眠れた。

仕事用のデスクのすぐ左にベランダに続く大きな窓がある。右隣にはベッドがある。扇風機はその横、デスクからはベッドを挟んで1.5mほど離れたところに置いてある。

窓からの風と扇風機の風のおかげで、日中、屋外は酷暑でも、室内で汗だくになることはなかった。

ゲリラ豪雨に見舞われたときには、さすがに窓を閉めるので、エアコンをつけた。

10代のあいだ、エアコンが1台もない家で暮らしたので、エアコンは無駄使いという感覚がまだ残っている。冷たくした部屋から出たとき、余計に暑さを感じることも好きではない。

30分に一回は立ち上がり、何かしら身体を動かす。1時間に1回は水分補給をする。これが今年の夏の日常だった。

なしで過ごしたといえば、今年は素麺をあまり食べなかった。暑いとご飯が進まず、麺類に頼ることが多い。今年はほとんど毎日ご飯を食べられた。

コロナにはかかったけど、夏バテはしなかった。今年は猛暑に打ち勝った。そう言ってもいいかもしれない。


さくいん:日常


9/28/2023/THU
黒人の歴史(Black History Book, 2021), Nemata Blyden, et al.、沢田博訳、河出書房新社、2023
『黒人の歴史』

大型書店で見かけてメモしておいて図書館で借りた。本の重さもさることながら、中身もとても重い本だった。

「30万年の歴史」という副題に偽りはない。

アフリカについては何も知らない。あらためてそう思った。数々の王朝が存在した歴史はもちろん、現在の政治状況もよく知らない。本書で少し知識を得ることができた。

奴隷制が欧米で敷かれていた時代については、過酷な暮らしぶりが詳細に書かれている。

16年間、米系企業で働いていたなかで黒人の同僚はいなかった。西海岸のハイテク系企業には少ない。教育格差の影響だろうか。代わりに多かったのはアジア系。インド、イラン、ベトナム、台湾。経営者がインド系、イラン系だったこともある。

アメリカに何度も行っているわりには、私は黒人について間接的にしか知らない。

興味を持って読んだのは、現代アメリカ史。南北戦争前の奴隷制については、小学生の頃、テレビドラマ『ルーツ』で見たシーンが記憶に残る。改名を矯正されて鞭打ちされる場面や、逃亡をさせないためにつま先を切断された場面などを強く覚えている。

その後、主に子ども向けの絵本で公民権運動について知ることになった。マーチン・ルーサー・キング・Jrやソジャーナ・トゥルースローザ・パークスなどは皆、絵本から学んだ。

本書はごく最近の"Black Lives Matter"運動までとりあげている。それは、黒人の苦境が終わっていないことを示してもいる。


さくいん:アメリカアフリカマーチン・ルーサー・キング・Jr


9/29/2023/FRI
ベスト・エッセイ 2022、日本文藝家協会編、光村図書、2022
『ベスト・エッセイ 2022』

エッセイが好きでよく読む。一人の作家のエッセイ集も面白いし、いろいろな作家の文章を集めたアンソロジーも面白い。本書は後者。

コロナ禍の出来事や心境について書いた文章が多い。追悼文も多い。どれも味わい深い。

本書を読むきっかけになったのは漫才師の田中卓志が書いた「最高の食事」。新聞に彼の新著の紹介があり、その記事にこの文章が『ベスト・エッセイ』に収録されていると書かれていた。

とてもいい文章だった。コミカルな話から涙を誘う人情噺になり、最後には漫才師らしいオチがついていた。

ほかに面白く読んだ文章は、上手に笑わせる三浦しをん、アイヌの誇りを感じさせる川上蓉子、言葉について考えさせる温又柔と酒井順子、人間について考えさせる黒井千次など。

上手な文章を読んでいると、こういう文章を書けるようになりたいと思う。

狙ってかけるものではない。かといって、気の向くままに書いて出来上がるものでもない。

文章修行は難しい。いい文章を読み、よく考えて書き続ける。これに尽きるのだろう。


さくいん:エッセイ三浦しをん黒井千次


9/30/2023/SAT
ウクライナ・ファンブック: 東スラヴの源泉・中東欧の穴場国、平野高志、パブリブ、2020
美しきウクライナ 愛しき人々・うるわしの文化・大いなる自然、ウクライナー、岡本朋子訳、平野高志監修、日経ナショナル ジオグラフィック、2023
『ウクライナ・ファンブック』 『美しきウクライナ』

こんなに詳細なガイドブックは、これまで見たことがない。紹介されている店舗の多さ、歴史から文化まで幅広い紹介。著者のウクライナ愛があふれている。

ロシアやウクライナについて、正直なところ、強い関心を持ったことはなかった。一度、12月のモスクワに数日滞在したけれど、あまり記憶に残っていない。

軍事侵攻が始まってからも、時事刻々と変わっていく状況を追いかけてもいない。

ファンブックを読むと、キエフをキーウと呼ぶようになったのは軍事侵攻以前とのこと。そのこと一つとっても、私の関心の低さがわかる。

ウクライナの風景写真集に、ザポリッジャやドネツィクなど、ニュースで初めて耳にして今では頻繁に耳にする地名を見つけた。どの風景も美しい。

いま、そこは戦場になっている。毎日人が死んでいる。心が痛む。

一日も早い停戦と平和を願う。

信頼できる情報源の一つとして著者のX(旧Twittre)をフォローすることにした。