夫婦茶碗夫婦茶番

家族でゴハン。

その後夫婦でアハーンとなれば言う事無しなのだがそれは望むまい。

もぐもぐとご飯を食べながらテレビを見ていた。ふと手元に茶碗に目を移すと、不思議なことにほぼ平らげていたはずの茶碗にゴハンが乗っているではないか。

「…嫁、お前か」

「さあ、なんのことでしょう」

嫁はあからさまにとぼけたが僕は知っている。嫁はたまに自分が食べきれなくなったゴハンを僕に回すことがあるのだ。

特に僕の実家に帰った時、母はいつもゴハンを山盛りにするのだが、嫁は母の目を盗んで素早く僕の茶碗にインポートする。これを必ずやる。そしてさも全部食べたようにとぼけるのだ。せっかくの姑のもてなしを残すとは何事ぞ、とカドが立つのを恐れているのだろうか。

「なんのこと、じゃない!ゴハンが増えている!」

「そのお茶碗は打ち出の茶碗なのよ」

僕の茶碗は陶芸家の友達が作ったものだ。その彼女は芸術的才能は素晴らしいが魔術的才能はなかったと思う。

「まあいいけどさあ…」

下らないことでいちいち突っ掛かっては消化に悪い。増えたゴハンを黙々と食べ続けることにした。そしてまたテレビに目を奪われた僕は愚かであった。気付くと

「ま、またゴハンが増えてる…嫁ー!」

「だからそれは打ち出の茶碗で…」

「それが本当だったら食費がかからなくていいねえ!」

一体何なのだ。実家において、母のよそった大盛り飯が食べきれないから、ということなら分かる。しかしここは我が家なのだ。自分で食べられる分量ぐらい自分で分からぬのか。

こういう逸話がある。

戦国時代、関東地方に覇を唱えていた北条氏康という戦国大名がいた。ある時、飯に汁をかけて食事をしていたところ(当時は汁かけ飯が一般的だった)、息子の氏政は一度汁をかけた後、足りなかったのでもう一度汁をかけ足した。それを見た氏康は

「日頃食べているものなのに、かけるべき汁の量も分からないとは。こんなボンクラが跡継ぎでは北条家も自分の代で終わりであろう」

と嘆いたという。実際北条家は氏康亡き後豊臣秀吉に滅ぼされた。

汁といえば最近夜汁まみれになってないなあ…と食事中にあるまじき回想に浸りつつ、子供達がゴハンをこぼすのでそれを拾い、また自分の食卓に戻ると、嫁が僕の茶碗にブリの照り焼き半切れを僕の茶碗にそーっと置くまさにその瞬間を見た。

「嫁ー!もうとぼけられんぞ!さっきからなんなんだよもう」

「だって、食べきれないんだモン」

ブリを持ちながらブリブリブリッコっすか。まったく面白いなあ!

「食べられないなら最初からそう言えばいいのに…」

嫁の行動の意味が全く分からず問い質したが、それ以上嫁が答えることはなかった。

茶碗無視っすか。

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