ソナチネの母

栃木の母がコマ劇場で氷川きよしコンサートを観た後、我が家に泊まった。

なんと翌日もきよしコンサートだという。1日目が氷川きよしで2日目がビートきよしというのなら話は分かるが

「2日連続で同じの観んのー?キヨマニー(きよしマニアの略)。オタクー。マジきんもー☆」

と言ったところ

「2日目のチケット持ってた人が都合悪くてね。お母さんが譲ってもらっちゃった」

とのことであった。もう何も言うまい。つつくと右翼より尾崎豊フリークよりも怖いと言われる氷川きよしマニア。深く関わるのはよそうと思う。

1日目のコンサートの様子を語る母は大興奮で、

「前から2列目で、きよしくんと何度も目が合っちゃったー。そんでさ、周りの人がみんな同じような言葉しゃべると思ってたらさ、みんな栃木の農協でチケット取った人だったみたいなのね。だから周りみんな栃木弁」

東京のど真ん中で、「よかんべ」「すげんじゃねん」「ふんだっくれ」「でれすけ」等の栃木弁が飛び交うコマ劇場の様子を想像すると、都心に突然と出現した魔界のようである。

翌日のコンサートに備え鋭気を養うため、母は早々に寝た。いびきがうるさいのは相変わらずで、僕は嫁と腰を振ってズンドコ節といきたかったが、狭い我が家にいびきが響き渡ってしまい、さすがの僕も歯が立たなかった。いや、股間が勃たなかったと言うべきか。

翌日、僕が新宿まで送って行くことになった。

「お母さん、新宿駅から出られなくってさー」

1日目は散々迷ってえらい目に合ったそうだ。確かにJRや私鉄の駅、さらに駅ビルやショッピングモール等がごてごてと重なる新宿駅は、母にとってはドラクエ2のロンダルキアの洞窟並みのダンジョンであろう。

「R(3才の娘)も付いていくか?」

「うん」

息子・タク(1才)は昼寝直前で眠くてグズっていたので嫁と留守番。電車に乗り、アルタ前迄案内してやったら

「ここからなら分かるから」

ということでここでお別れということになった。最後に母とRを写真に撮ってやった。デジカメのモニタで写り具合を確かめた。

「…ふたりとも同じ顔で、Rがとても可愛そうなんだけど」

「何言ってんの!お母さんだって若い頃は痩せてて可愛かったんだかんね!」

新宿の中心で否と叫ばれてしまった。

「私に似てRちゃんもタクも可愛いじゃないの!お母さんはね、お父さんを亡くした時はどん底だった。その頃はまさか孫の可愛い顔が見れる時が来るとはとても思えなかったよ…」

「わかった、わかったよ母さん…」

アルタ前で「ドキュメント女ののど自慢」みたいな語りに入られて困ってしまったが、母なりの山あり谷ありの人生60数年の労苦が偲ばれた。僕と弟を育て、夫に仕え、今ようやく自分の好きなことを気ままに楽しめる時期にいる母。

たまには僕も氷川きよしのコンサートのチケットでも取ってやるかという気持ちにもなった。少しずつでも、恩返し。

小さなことからコツコツと。

そりゃ西川きよしだ。

問題:母がコンサートに必ず持って行くものは何でしょう?

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