児戯に等しい辞儀

お辞儀をしたいお年頃、息子・タク(1才)

勿論誰にでも、というわけではなく、娘・R(3才)の幼稚園友達のママさんや、公園でよく会うママさんなど、タクが覚えたと思われる人が現れるとペコペコお辞儀をしている。何故かママさん限定である。まあいやらしい。誰に似たんだ。僕だ。

先日も公園で僕とのボール遊びに夢中になっていたにもかかわらず、

「あ、みっちゃんとママだ!」

というRの声を聞くや否やボールを持ったままダカダカダカとみっちゃんママに向かって一直線。

「こんにっわ。こんにっわ」

そしてもう呆れるぐらいお辞儀をしていたのである。そのペコペコぶりはまさしく「カラテカ」である。「カラテカ」とはアメリカ人が勝手に東洋をイメージして作ったアクションゲームである。

カラテカ
アクマショーグンという適当なネーミングの悪役に攫われたヒロイン・マリコを救うべく闘うカラテカ。

カラテカ
しかし敵と戦う前には必ず礼。敵も礼。その礼儀正しさと、わりとしょぼいことですぐ死ぬワビサビ具合がゲーマーの心を打った。

そのタクのお辞儀姿は、親の欲目フィルターがかかっているだろうがとても可愛く、ママさんたちも皆とろけるような笑顔になって

「たっくーん、おりこうさんだねー」

などと言ってタクをチヤホヤするのである。おのれ人妻キラーめ。

仕事から帰って来た本日の夜。部屋の中には僕に背を向けて座る嫁の姿があった。その背中が語る暗さといったらない。男は背中で語る、などと言うが嫁の背もまた侘しげなことこの上なく、背中に「赤貧」または「生活苦」といった文字が滲み出て来そうな雰囲気であった。傍らではタクとRが寝ている。

僕はタクの真似をして明るく愛らしくお辞儀をしよう、そして嫁と家の中に淀む空気の重みを一掃させよう、こう考えた。僕の道化た姿を見れば嫁もパッと明るくなり

「おかえり」

タクに厚い抱擁をかますように僕にもぎゅっと抱きしめてくれるかもしれない。近頃は熱い抱擁などとんとしていない。せいぜい熱い放尿ぐらいである。

「こんにっわ。ただいま」

ぺこんとタクの仕草を真似してお辞儀をした。

「…」

「まま、こんにっわ」

「…」

しかし嫁は無言のままこちらを振り返りもしない。

「なぜ返事をしない!」

「…私のタクはそんなんじゃない」

「え、かわいくない?こんにっわ」

「全然可愛くない」

「ちょっと待てよ。タクは可愛いだろ。そしてタクは僕に似ているだろ。つまり僕も可愛いということじゃないか。それなのになぜ可愛くないのだ分からないよ、こんにっわ…」

「あー!可愛くねー!」

予想GUYの嫁の冷たい反応に取り乱した僕は、嫁の抱擁を得るばかりか隣の部屋に逃げられてしまったのであった。

慌てるお辞儀はもらいが少ないってか…。

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