天使がラブソングを

「金玉が右に寄っちゃった(ヘイ)、オールナイーローング♪」

僕がよく歌う「人生」の「オールナイトロング」という曲である。

娘・R(3才)も息子・タク(1才)もよく歌を歌う。Rはだいぶ歌詞もメロディもしっかりしてきた。タクはまだ阿呆陀羅経のようなグルーヴを醸し出す声で唸っていることが多い。それでも

「R、タクは何のお歌を歌っているのかな?」

「『えいごであそぼ』のお歌だよ」

Rには分かるようで、大したものである。

こないだ嫁の実家に行った時、嫁親父がどこぞから古いラジカセを引っ張り出して来て僕らに聞かせたものがあった。聞こえてきたのは子供の歌声。

「あ、これ私だ」

嫁の幼き頃の歌声であるという。

「もひも~わたひが~いえを~たてたにゃ~ら~」

多少滑舌は悪いが上手い。メロディも狂ってない。故にすぐ曲名が分かった。

小坂明子の「あなた」だ。

「あなたー、あなたー、あなたーがー、いてー欲しい」

とサビで歌うこの曲は、当時16才の少女のデビュー曲という触れ込みで大ヒットした。少女らしい夢とほろ苦い失恋を想わせる歌詞をとても澄んだ歌声で歌っていたため、どんな美少女なのかと心をときめかせていた男達も多かった。しかし彼女が初めてテレビに姿を現した時、余りにも××だったため、男達を失意のどん底に叩き込みまくったという伝説がある。

「これ、お前がいくつの時の歌声なの?」

「確かタクぐらいの時だよ。1才半」

念仏のようなタクの歌声と比べてみると

「タクと比べ物にならないぐらい上手くない?」

「私、おしゃべりだったらしいよ。そしてこの歌はオハコ」

「それにしても1才半でここまでの歌唱力…」

「あなーたあああ。あなーたあああ」

「いや、今のお前は歌わなくていいから」

アンパンマンだの童謡だのを歌っているRやタクに比べ、いっちょまえにラブソングを歌っていた幼き日の嫁の早熟ぶりにまったくもって驚いてしまった。

「そして私は、レースを編むのよ。
 私の横には、私の横には、あなたー、あなたー、
 あなたがいて欲しい」

幼き頃嫁が歌っていた「あなた」は結果的に僕になってしまったということになるのだろうか。レースなぞ編むこともなく、今嫁はただひたすらアイロンがけをしている。

そしてその横には「あなた」であるところの僕。金玉が右に…などと「おマタ」の歌っている僕。幼き日の嫁が見たら歌などやめて速攻泣き出しそうな無残な現実。

すまんなあ、不甲斐ない「あなた」で…と思いつつも

「嫁、おなかすいたでぷー」

などと甘えまくる僕であった。

歌は世につれ世は歌につれ
所帯やつれに面やつれ

問題:歌が好きなRやタクがその内言ってきそうだ、と恐れていることは何でしょう?

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