恋すてふ 親父は腹が 立ちにけり

子供達が寝静まった夜、嫁からただならぬことを聞いた。

「R(3才の娘)がね、自分が好きな人の名前を言ってたのよ」

「ほう」

「パパママ、おじいちゃんおばあちゃん、やっちゃんあっちゃん(それぞれ僕と嫁の弟)、みさちゃんあやちゃん(幼稚園の友達)…ってズラズラ言ってたんだけどね。その中で『たっくんとたっくん』って言ってたのがあって…」

「たっくんがふたり?」

たっくん、とは息子・タク(1才)のことであるが、もうひとりの「たっくん」とは誰なのだろうか。

「それが、幼稚園で同じクラスのタクロー君のことなんだって」

「なんだってー!」

遂に…遂にこの時が来てしまった。Rが、親兄弟親戚以外の、全くの赤の他人の男を、好きになってしまった!。これがRの初恋なのだろうか…。

初恋といえば藤村である(コンビニといえばローソン)

まだあげ初めし前髪の 林檎の下に見えしとき
前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは
俺がこんなに強いのも あたり前田のクラッカー

途中から記憶が曖昧だ。

おのれうちの娘をたぶらかしやがってどこの馬の骨だ去勢してやるいや待てRの幸せを考えればここはじっと堪えてふたりの未来を見守るべきだろうおおそうじゃ結婚式はちゃんと考えて挙げた方がいいぞ僕は嫁に勧められるがままに目黒餓女艶(仮名)でやってしまったがあそこは内装のセンスがデヴィ夫人とか叶姉妹とかそのへんに近いから恥かしかったぞ…

「ちょっと、ちょっと!」

「あ?」

嫁の声で我に返った。どうやら僕は呆けていたらしい。あまりの衝撃で色んなことが頭の中を駆け巡っていた。

「好きっていっても、好きな人大勢の中のひとりなんだからさー」

「そりゃそうだけど…」

嫁のお腹にいる時から愛を注いで来た僕と、先週幼稚園で一緒になったばかりのポッと出のクソガ…、もとい、お坊ちゃまと同列にされることに不満であった。

翌朝、Rがムックリ起きたのですさかず聞いてみた。

「Rちゃんおはよう。ところでタクロー君のことが好きなのかい」

「うん。すきー」

朝からガックリ。

「なに確認してんのよ!」

嫁のツッコミが入った。

「Rちゃん。大事なお話だからよくお聞き。タクロー君とパパ、どっちが好きかナ…」

「そんなこと聞いてどうすんのよ!」

再び嫁のツッコミ。無視してRの返事をドキドキしながら待つ。

「えっとねー。タクロー君」

「はうああああああ!!!」

僕の人生…終わっちゃった。僕の魂が、死神すらも追いつけない速さで、底のない真っ暗な谷底に転がり落ちていく。そりゃもうまっ逆さまに落ちてデザイア。何この失恋より重い絶望感。

「あっはっは。それみたことか」

嫁のツッコミがうるさい。それでも僕はRに最後の抵抗を示す。

「もうパパはトイレに一緒に行ってやらないぞ」

「じゃあパパがすきー」

勝った。ようやくタクローとやらに勝った。必ず最後に愛は勝つ。

「あなた、そこまでしてRに言わせて嬉しい?」

嫁、さっきからうるさいなもー!しかし嫁の言う通りであった。

「…嬉しくない」

僕がいくら聞いたところでRの気持ちが変わる訳ではない。トイレで未だにオヤジにパンツを脱がせてもらって喜んでいるRなので、確かに初恋なんてものではないのだろうが、いずれ本当の初恋の時が来ても同じことである。嫁がずっとうるさくツッコミを入れてたのは、つまりそういうことだ。聞くだけヤボ。僕が動けば動くほど、悲しき親父の一人相撲。

初恋の 娘に父は 一人相撲。

初恋とドスコイってか…。

問題:僕が3才ぐらいの時に、女の子とやってたことはなんでしょう?
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