野口ビデオ

娘・R(3才)が幼稚園に入園した。

僕は残念ながらどうしても外せない仕事があったので休むわけにはいかなかった。

「Rの入園式。それはもう二度とない…」

二度目の東京見物は二度都内…雇われの我が身の辛さを呪った。たかが子供の入園式で会社を休むのか、という考えも確かにある。しかしRの一生に一度であり、幼稚園といえども初めて家から社会に出る記念すべき瞬間を自分の目で見ておきたかった。実際僕の職場も仕事に支障さえなければ「子供の入園式なので午前中休ませて下さい」と言えばおそらく余裕で承認してもらえただろう。タイミングが悪かったとしか言いようがない。その無念さをそのまま嫁に伝えた。

「それじゃしょうがないね。あ、ビデオ撮っておく?」

「撮っておいて」

せめてもの記録を嫁に頼み、入園式当日の朝には

「Rちゃん、幼稚園、今日から頑張るんだよ」

Rを励ましつつも心はなんだかRが嫁いで行ってしまうような悲しい気持ちで仕事に向かったのであった。午後、嫁から

「泣かずに入園式できました!」

というメールが入った。添えられた画像には制服姿でニッコリと笑うRが…。ああ、その場所に僕もいたかった…と感傷に浸る間もなく仕事の並に飲まれていった。

仕事から帰って来ると子供達はもう寝ていた。幼稚園はどうだったか、Rが感じたことを本人の口からその日のうちに聞きたかったがそれも叶わなかったか…。嫁が起きていたので頼んでおいたビデオを見るべく

「び、ビデオ見ようぜ…」

あまりにも楽しみにしていたため喉がゴクリと鳴り、エロビデオ鑑賞直前みたくなってしまったが再生開始。嫁の話によると母親が子供を引率して父親はビデオ撮影、というようにやはり両親で出席した家が多かったらしい。

幼稚園の門の前でニコニコしているR。教室で楽しそうにお絵描きしているR。式が始まり、やや緊張した趣で会場に入場して来るR。退場する時は園児みんなが混乱して先生に手を引かれながら歩いていくR。誰だか分からないオヤジの笑顔。

「ってこのオヤジ誰だよ」

「Rを見失っちゃったの!」

それからクラスの写真撮影でまじめそうな顔で立っているR。式が終わって園庭で息子・タク(1才)とじゃれ合うR…。

ほーっと溜め息が出た。ちゃんと園児として行動しているだろうかと僕は緊張していたらしい。しかしRは一生懸命よくやっていた。涙が出そうになった。生で見ていたら確実に泣いていたであろう。

「で、パパへのメッセージはないの?」

「は?」

「ほら、さんまのからくりビデオレターみたいに、『ぱぱー、Rちゃんはようちえんせいになりました』とかRが僕に語ってくれるシーンはないの?」

「ないよ!」

「気が利かぬ奴!」

「私は子供ふたりの引率と撮影でいっぱいいっぱいだったの!」

嫁を怒らせてしまった。あーはいはい、どうせ僕が行けなかったのが悪いのですよー。

子供は入園式、僕らはオギノ式という野望は潰えたようである。

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