動悸の桜

東京では既に終わった感がある桜を追いかけ栃木の実家に帰った。

弟と母が車で迎えに来てくれて、桜の名所、太平山という山に向かう。ここは花咲か爺さんが住んでたんじゃないかってぐらい桜の木がたくさん植わっている桜の名所である。マイナーだがれっきとした観光地であり、その証拠に自販機のジュースは130円である。

登るに手頃な山なので、小学校の時は1年から6年、遠足で毎年登らされる呪われた地でもある。高校生になってすら遠足はここだった。修学旅行は中学高校とも京都奈良だし、このへんの学生はデジャヴ感たっぷりの遠足と修学旅行を味わえてひでぶなのである。

実家の近辺はその他にも桜並木が多いところで、山に向かう途中に通りかかると盛りは過ぎたとはいえまだまだ花は残っており、桃色の霞の中を進むようでまことに気持ちがいい。しかしメインは太平山の桜である。圧倒的な本数の桜の間から見る下界の姿を見ながら、名物のダンゴや焼き鳥と玉子焼きを食べながら

「見ろユリア、これがお前の街だ」

などと北斗の拳ごっこをするのがいいのだ。平野部がまだこれだけ咲いているのだから、多少気温が低い山だったらちょうど真っ盛りな具合のはず…と意気込んでいた。

「さあ着いたぞー」

山の上に到着し、さあ花だダンゴだ飯だと勢い良く車から降りた。

…見事なチルチルミスチルサクラチル状態であった。

「普通山の桜の方が遅いだろうに、なんで…」

呆然としながら「山の桜は根性がない」と結論付け納得しないとわざわざ東京くんだりから来た僕らがアホのようであった。

尤も子供たちは桜とは関係なく楽しかったようで、タクは地面の砂利を掴んでは節分よろしく他の人に向かって投げまくろうとするので冷や汗をかかされたり、Rは展望台に登ったら嬉しくてなかなか降りてこない。

展望台の鉄柵にはカップルの名前が書かれた南京錠がいくつもかけられていた。湘南平のテレビ塔の風習がここまで広がっていた。名前が書かれた上にマジックで塗りつぶされている物も数個あり、そのあたりに物凄い負のオーラを感じる。

この地は何十度となく来た場所だけあって、思い出もたくさんあるが、「少年自然の家」という建物を通りかかった時に

「ここ、お前が泊まって熱出して帰って来たねー」

母が嫌な思い出をほじくり返した。

「子供の頃は枕が変わると寝られなかったんだよ。で、生まれて初めて徹夜したら鼻血わ出るわ熱出るわで体調壊した」

「あなたムダに繊細なのねー」

「うるさい」

「それで連れてった病院がヤブでねえ。ただの風邪なのに入院させられちゃったのよ」

「子供だったから超ビビッたんだよ。入院なんて初めてだったし…」

「退院する時に医者が『特に安静だけを心掛けさせたら回復しまして』とか言ってんの。だからただの風邪だっつーの」

「ぎゃはははは!」

お目当ての桜は散りまくってるのに、僕の暗い過去の思い出話に花が咲きまくっているのは何故ですか…。

問題:桜が散ってるわりには不思議なぐらい凄かったことはなんでしょう?
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