メイド喫茶ノスタルジア

※今日の日記は、去年12月24日の除夜のテキスト祭に1時間だけ発表されたものです。


アキバのメイド喫茶でひとりビールを流し込む僕は一体何者なのだろう、と我に返った。

かつてここにRちゃんという超美少女がメイドとして働いていた。古い付き合いで、17才でロリ顔巨乳の彼女は僕の好みにどっぷりはまった女の子であった。僕は妻がある身なので、無論おちょめちょめしたとかそういうことはない。正直したかったが、悶々と想いを秘め友達以上変人未満の関係を続けていた。

ある日からこのメイド喫茶で働くことになったと聞き、僕も何度か訪れたものである。

ゾイドもしくはメギドメイド喫茶のメイドというのは、どちらかというとメイドというより「ゾイド」または「メギド」等の単語の方が語感としてしっくりくる方々が多いが、Rちゃんのメイド姿は「掃き溜めに鶴」を地で行く、群を抜く可愛さだった。

ただこの至福のひと時も長くは続かなかった。Rちゃんが帰るところを待ち伏せしたりするストーカーが現れ、身の危険を感じてメイド喫茶を辞めざるを得なかったのである。それからしばらく疎遠になった時期があり、久しぶりに会った時には彼女は別のところで働き、僕には子供が生まれていたりと、お互い環境変化があったので近況を語り合った。

「あのね、僕の子供、女の子だから君の名前を付けたよ」

「ええっ。何それ」

「僕は娘を君と同じ名前にした」

「ええーまじでー。それってどうなのよ?奥さんはいいって言ったの?」

「ダメとは言わなかった」

「それっていいのかな…人として…親として…」

ひとりの少女を身悶えさせてしまったが、僕はこれでいいのだ、僕はパパになったのだからパパなのだ、とRちゃんの巨乳に負けぬよう胸を張った。

ただしそれ以降Rちゃんとは連絡が取れなくなった。

メールしても戻ってくるし、携帯も変わってしまったようで、何度電話してもダミ声のオヤジが出る。僕のしたことがキモ過ぎたのだろうか。彼女からすれば僕もストーカーと変わりないということだろうか。Rちゃんを失った心の穴はなかなか埋まってくれなかった。

あれから3年。僕は再びRちゃんがいたメイド喫茶に足を運んだ。Rちゃんはいないが、もう一度当時の雰囲気を味わいたかった。それにもしRちゃんとまだ繋がりがある同僚メイドがいれば近況を聞けるかもしれない、というこれまたストーカー的な発想で入店したのである。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

ああこの子だ。メイド喫茶の常套句で迎えてくれたこの子こそ、Rちゃんがいた時期に一緒に働いていた子。ここでは仮に「アキバ子ちゃん」としておく。この子に聞くことに決めた。

サンビスただこれが難しい。メイド喫茶はキャバクラなどではなく、女の子がメイドのコスプレをしただけの普通の喫茶店である。女の子が横に座ってサンビスしてくれる訳ではない。別料金を払ってゲームをするとかそういうサンビスを設定している店もあるが、この店にはない。会話をするタイミングは注文する時と会計する時ぐらいである。客も主にその瞬間を狙って束の間のコミュニケーションを楽しむのだ。

それに接客してくれるのがアキバ子ちゃんであるとは限らない。他に谷亮子風メイドなどもいる。しかしRちゃんを知っているという確証が持てるのはアキバ子ちゃんしかいない。とにかくアキバ子ちゃんが応対してくれるのを祈るしかなかった。

「ご注文はお決まりでしょうか」

ベロ祈りが通じたのか運良くアキバ子ちゃんが注文取りに来てくれた。いきなり聞いてしまおうか。しかしRちゃんの消息を探りに来た怪しい者と警戒されるかもしれない。いや、その通りなんだけれども怪しくはないんだよ!おいらあやしいもんじゃないよ。おいらベロってんだ。アキバ子ちゃんがニコニコしながら待っている姿を眺めながら、しばし考えたが

「ええと、唐揚げとビール」

和民にでも行けよ、といった感じの品を頼むに留まってしまった。とてもシラフじゃ聞けない…と弱腰になってしまったのである。やはり自分でも怪しいと思うよ。何でビール飲みにわざわざメイド喫茶に来てんだよ。自分で自分を埋めてやりたい。周りを見渡しても、ひとり客は僕だけで、皆2人以上のグループである。いくらツワモノのオタクが集まるメイド喫茶といえど、さすがに単独で来るのは勇気がいるのだろう。ますます肩身が狭くなり、ビールを飲むペースが上がる。

「すいません、ビール」

ゾックアキバ子ちゃんに2杯目を頼んで飲んでいると、徐々に気分がほぐれて来た頃、隣の席にひとり客が入って来た。緑色の変なジャンパーを着た、ずんぐりむっくりのゾックみたいな体型の男。彼はFOMA携帯のレスポンスのようなモッサリした動きで歩き、席に付き、途中で貰ったと思われる他のメイド喫茶のチラシを眺めていた。よかった、僕以上に痛い人が来た。

「すいません、唐揚げとビール」

すっかり出来上がってしまって3杯目のビールを飲み、ビールうめえ唐揚げうめえ、うわゾック男ケーキ食ってるきめえ、とゴキゲンになっていたら他の客がチラチラこちらを伺っている視線とぶつかった。顔が相当ニヤついていたようだ。

ハート様あ、僕も痛い客だと思われている。うわー視線が痛い。痛えよー痛えよー血だ血だ痛えよー。しかし僕はRちゃんとの思い出に浸りに来たのだ。Rちゃん、君の為ならひでぶ。それでも痛いと思う者は勝手に思え。笑いたいと思う者は勝手に笑え。遠からん者は音にも聞け。近くば寄って屁を食らえ。

あははメイド喫茶で飲むってのも乙なもんだね。赤提灯はないけど、ちょうちんブルマとか誰かコスプレしてくれないかな、アキバ子ちゃんとか…とますますやぶれかぶれになったところで笑顔のアキバ子ちゃんが

「ラストオーダーとさせていただきますが、よろしいでしょうか」

とお伺いを立てて来たのでハッとなった。

アキバのメイド喫茶でひとりビールを流し込む僕は一体何者なのだろう、と我に返った。

おおそうじゃ。Rちゃんのことを聞かなければならないのだ。チャンスは今しかないと決意し、遂に聞いてみた。

「あの、前ここにいたRちゃんって覚えてます?」

「は?誰ですかそれ」

サッと営業用の笑顔が消え、冷たい真顔と素の言葉遣いの返事が突き刺さった。あ、そうか。本名じゃなくメイド名で言わなきゃ、と思い出した。メイド喫茶で働く女の子は、源氏名というかメイド名で通しているのである。本名でやってる人はあまりいないのではないだろうか。

「ここでは○○ちゃん、って名前だったんですけど」

「あーはいはい。覚えてますよ。あ、○○ちゃんのお友達ですか?」

「ええ。彼女がいた頃は何回か来たことがあるんです」

ようやく話が通じた。

「ご主人様はRちゃんと結構会うことあるんですか?」

「…はい」

思いっきり嘘を付いてしまった。

「私は彼女が辞めてから全然やりとりとかなくって…」

「はあ。全然、ですか…」

これで望みは絶たれた。時々この店に顔を出してる、とか、時々メールしてるんですよ、とか何らかのやりとりがある、ということだけでも聞ければ嬉しかったのだが…。

「たまには遊びに来てねって伝えといて下さい!」

「わ、わかりました。伝えときますっ」

嘘に嘘が重なり、ビールが脂汗に変換されて額を伝う。もうここにはRちゃんの痕跡は既にない。だからこれ以上ここにいる理由もない。

「行ってらっしゃい。ご主人様」

会計を済ませて外に出た。二度と「帰って」来ることはあるまい。しばし酔った頭を冷やしていると、件の緑ゾック男もモッサリと店を出て来た。彼はこのメイド喫茶にどんな夢を抱いているのであろうか。酔ったついでに聞いてしまった。

「あなたはどの子が一番いいと思いますか?」

「そりゃアキバ子ちゃんでしょう。そういえばおたく、さっきアキバ子ちゃんと親しげに話してましたが彼女と仲いいんですか。アキバ子ちゃんは笑顔も話し方も素振りもホントに可愛くて僕は癒され…」

黙れ緑のアキバ王。

君ってかなりエッチなんだね確かに言われてみればアキバ子ちゃんも可愛かった。欲を言えばメイド服のスカートがもっと短くても良かったかな…。このゾック男がゾッコンになるのも分かる。ズッコンな仲になることはないだろうが。実はRちゃんはアキバ子ちゃんのことを

「接客態度は素晴らしいけど、他のメイド達にはわりとキツイ性格」

と評していたが、それは言わぬがフラワー。適当に相槌を打ってアキバを後にした。おそらくRちゃんをストーキングした男の想いも、僕のRちゃんへの想いも、ゾック男のアキバ子ちゃんへの想いも、同じ愛なのであろう。但し他人から見るといびつでイカレた愛。でも本人にとっては本物の愛。メイド喫茶が何十と乱立するこのアキバの空の下には、そんな愛がいくつ生まれては消えていくのだろう。僕はそんな報われぬ愛の為にレクイエムを歌うのだ。

愛してる~とても~。 愛してる~ほんとに~。

にしきのアキバ【完】

問題:「あんたここにいていいんか」という客もメイド喫茶にいた。それは誰でしょう?
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