女子高通学路の思い出
チャンスは今しかないと思った。栃木に里帰りしている今しか…。
栃木のとある思い出の地に行きたいとずっと思っていた。県都宇都宮の、県下ナンバー1女子高・宇都宮女子高の通学路にあるその地。思い出す度に昔の淡い恋愛の記憶も同時に蘇り、甘酸っぱい匂いが鼻につんと引っ掛かる。
現在は東京に住んでいる身であるので、まず行けない。しかしGWで長く帰郷している今なら可能である、と前々から考えていたのだった。
それでも僕の実家から宇都宮までは、車でも電車でも片道1時間はかかるので、まさか嫁と子供達を実家に置いてひとり出掛けることなども出来ない。そこで
「みんなで宇都宮の八幡山公園(ゴーカートや子供向けの遊具がある公園)に遊びに行こう。それでお願いなんだが、その後にどうしても行きたい所があるから、少しだけ単独行動させてくれないか」
と嫁と母に願い出たところ、渋々ながらそれは受け入れられ、出発することとなった。母に車の運転をしてもらい、東武宇都宮駅近辺で車を降りた。
「どれくらい時間かかるの?」
と嫁。何かを察しているのか、それとも僕のこのような身勝手に対して諦め切っているのか、ともかく細かいことを聞いてこない嫁には感謝する他なかった。
「…15分ぐらいかな。その頃迎えに来て」
何となく罪悪感があったので、娘・R(2才)を一緒に連れて行くことにした。Rと一緒に女子高の通学路を歩く。途中でRは「だっこ…」と甘えて来たので抱いて歩く。次第にその思い出の地に近付き、胸の鼓動が高まる。
そしてその場所はあった。
この建物は床屋である。一見何でもない床屋に見えるが…。
入り口ではこのようなイラスト?が出迎えてくれる。「イイ男カット」とは何ぞや。「カバマク美人」とは何ぞや。そしてこの何とも言えない顔…。目にする者全てにまず疑問を投げ掛ける。これだけではない。床屋の窓にも様々な謎の貼り紙があるのだ。
「スペインカット」
スペインといえばバルセロナ。バルセロナといえば「燃えよバルセロナ」を歌っていたオカマの日出郎。彼の様なテクノカットっぽい頭にされてしまうのであろうか。
「フタカット」「青山サマパーマ」
フタのような頭になるからフタカット?青山サマとは一体誰?ああ、自分の想像力の無さが憎い。
「ボーズ」
ようやく知っている髪型が出てきたと思ったら…1000トモヒロ?トモヒロとはどこの通貨であるか。こんな通貨単位、ドラクエでもFFでもメガテンでも見たことがない!
「モモラパーマ」
なんだか「メメクラゲ」と同じ系統の語感がある謎のパーマ。理解したいと思っても理解できないので、そのうち僕は考えるのをやめた。下にある看板「あぶないからはいってはいけません」が全ての真実を物語っているような気がする。
これが思い出の地の全貌である。正直、宇都宮女子高の女の子などはもう顔の記憶も怪しげなくせに、この床屋の強烈なインパクトの方が心に引っ掛かっていたのである。
この謎を解きたかったが店に踏み込む心の準備が出来なかった。悪いことに時間も無かった。僕に許された時間は先程嫁に告げた15分。調べたくてももう戻らなくてはならぬ。
「哲郎。もうこの星は消えてしまうの。戻ってらっしゃい」
という銀河鉄道999状態。しかしこのままでは夜も眠れぬ…どうしようか…と逡巡していたところ、ケータイが鳴った。
「まだ戻って来ないの?あとどれくらいかかるの?」
嫁のカリカリした声であった。
「はい、すぐ戻ります…あと15分ぐらいです…」
「はあ?15分?はい分かりましたよ!」
最早選択肢は無かった。床屋よりも嫁の方が恐ろしい。床屋だけに、ほっとこーや、とするしかなかった。
僕の胸の中でいつの間にか寝てしまったRを抱えて、大急ぎで戻った。嫁に殴られるかなあ…とびくびくしながら。
どれくらい殴られるかって?
それは、床屋だけに3発(散髪)でございましょう。
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