キッスは娘にして

仕事から帰ってくると、嫁と子供たちは布団に入っていたが、娘・R(2才)がむっくりと顔を上げてニコリと笑った。

「あなたが帰ってくるのをずーっと待ってたのよ」

嫁もモッソリ起き上がって言った。なんだか最近Rは熱烈に僕の帰りを待っていてくれるようである。

「Rちゃん、じぶん、作ったの!」

Rは自分で作ったという、ビニール袋に細かく切った色とりどりの折り紙が入ったおもちゃ?を指差した。

「おお、可愛いねえ。ハサミちょっきん出来たの?」

「うん」

「幼稚園(のプレ教室)で作ったんだけど、それをあなたに説明するのを練習していたのよ。『こうやってーああやってー』とかずーっと言ってたの」

僕に見せて褒めてもらいたいといういじらしさに胸の奥がぎゅうっとなってしまった。

「はいパパ、ねんねするよ」

「はいはい、じゃあおやすみ」

練習どおり説明出来て満足したのか、じゃあ一緒に寝ようと言う。Rの隣に嫁が寝て、嫁の隣に息子・タク(8ヶ月)が寝て、そのとなりに僕が寝るのだ。僕もモソモソと寝床に入ると

「め!だっこしてよー。ふとん、いれてよー」

Rは布団の上に座っているくせに、僕が抱いて布団に寝かせてやらないとダメなのだと言う。

「ほら、お姫様だっこだよー」

「えへへ」

なんとラブラブな感じであることよ。久しく忘れていた、デートの時の「ふたりのために世界はあるの」的な甘ったるい匂いが漂ってきた。嫁と寝ているタクはいるけど。

「なあRちゃん、パパのこと好きか?」

甘い雰囲気には甘い言葉が出るものである。

「うん、Rちゃん、ぱぱ、すきー」

「じゃあチューしてえ」

甘い雰囲気にはバカな言葉が出るものである。

「ちゅ」

しかしRがちゅーしたのは嫁であった。Rはどんなに僕にベタベタしていても、ちゅーだけは滅多にしてくれない。結婚するまで処女なのよ、という貞操があるのかそれとも単にパパお口臭いのか。

「まあ、分かっていたことだ…」

このラブリーな雰囲気ならもしや…と思ったのが浅はかであった。もう眠ろう。眠りの中でその叶わぬ夢を見よう。と、目をつぶった途端

「ちゅ」

唇に柔らかい奇襲を受けた。目を開けるとどアップのRの顔が笑っていた。

「あ、ありがとう」

パパ嬉しい。もう死んでもいい。僕はラブラブの頂点まで極まった。

「ぱぱ、ままにちゅーしてえ」

浮かれていると今度は僕が嫁にちゅーしろと言う。参ったなあ。

「じゃあ嫁、失礼をば…」

勝手知ったる嫁の体とばかりに押さえかかろうとしたら

「いや、いいですから」

手を広げて全力の拒否をした。

「まあそう言わずに」

「いえマジ勘弁」

その嫁の姿に手を広げ憤怒の表情の金剛力士像が重なった。なにマジ切れしてんすか。このラブラブな空気が読めないんすか。せっかくベタなホームドラマのような雰囲気になっていたのに。一気にサスペンスドラマで血を見る2分前のような殺伐とした空気になってしまった。

ひょっとしたら妬いてるのか。まさかね。


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