土を掘る 烏兎の庭 第三部
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2006年11月


11/4/2006/SAT

随想「世界一美しい広場へ帰る」に画家、ルネ・マグリットの名前を挿入。

日曜日の晩、NHKテレビでグラン・プラスの特集番組を見た。ベルギーがテレビで特集されることじたい、めったにない。ガイドブックでもたいてい、オランダ、ルクセンブルグと合本で量は半分以下、そのうえ大半は、運河の街、ブルージュにとられてしまう。今回は世界遺産の番組だったので、グラン・プラスだけをたっぷり見せる番組だった。

マグリットは、前日の土曜日、「迷宮美術館」で話題になっていた。少年時代に母親が自死したこと、そのとき見てしまった布に覆われた顔が、最初の作品のモチーフになったことを知った。

「光の帝国」は、ちょうど今、西洋美術館に来ているらしい。テレビで見ると、本物を見に行きたくなるけれど、今回は見に行けそうにない。

そのほかの推敲。書評「SPACE ADVANTURE COBRA VOL. 6 タイム・ドライブ」の中「ホージーにとってのバンバン」を「バンバンにとってのホージー」に訂正。

このところ、『特捜戦隊デカレンジャー』をつづけて見ている。『テレビ・シリーズVol. 12』『魔法戦隊マジレンジャー VS 特捜戦隊デカレンジャー』『特捜戦隊デカレンジャー THE MOVIE フルブラスト・アクション』(すべて東映、2005)。見ながらふと、単純ながら肝心なことで書き間違いしていたことを思い出した。

「相棒!」と馴れ馴れしく呼ぶのは、バンバンの方。嫌がるホージーが相手を認め、「相棒!」と呼び返すのは、最終回のことだった。そのバンバンは、次の世代の戦隊ヒーロー、マジレッドのことを出会ってすぐに「相棒!」と呼ぶ。

こういう細工を見ても、戦隊ヒーローシリーズは、映像作品を見る練習台になっているように思う。

先月の箱庭を降順に整理しながら、先週の文章に一段落、最後に追記した。

写真は、江ノ島。岩戸から見た相模湾。


11/11/2006/SAT

芸術新潮 2006年4月号 特集 藤田嗣治の真実、新潮社、2006

先週追記した随想「世界一美しい広場へ帰る」に、もう一度追記。

水と油といっても、どちらも液状なので、一つの器に入れられる。エマルジョンといって、分離せずに安定した混合状態になることもある。

エマルジョンという言葉は、絵画と関係がある。『芸術新潮 2006年4月号 特集 藤田嗣治の真実』「第7章 超絶技巧の秘密」(小谷野庄子)の中で、藤田が、彼を有名にした乳白色を独自の配合で手作りしていたことが解説されていた。

エマルジョンという均衡状態は、特殊な乳化剤を使うことで生み出される。ベルギーの場合、乳化剤にあたるものはカトリックと職人組合、いわゆるギルドだった。ベルギーは新教国オランダと絶対王政のブルボン家やハプスブルク家の狭間にあって独立を模索した。件のテレビ番組も、タペストリーやレースが経済的な自立を促したと伝えていた。

ベルギーに関する本は図書館でもそう多くない。歴史の老舗、山川出版の各国史でもスイス、ベネルクスで一冊。旅行前、役に立ったのは児童書の棚で見つけた『ベルギー 目で見る世界の国々』(BELGIUM: Visual Geography Series, Mary M. Rogers、後藤安彦訳、国土社、1995)。一国だけに絞りながら、歴史文化から政治経済まで、簡潔に全体を網羅していて、わかりやすい。親の転勤に従いかの地へ移り住む子どもたちにも、重宝がられていることだろう。

今週、ベルギーに関連した面白い本を一冊、見つけた。『ブリュッセルのカフェで――ベルギーの静かで質素な豊かさ』(千家利久、新風舎、2006)。公立小学校の一教員が、文科省から派遣されて、ブリュッセルの日本人学校にいた三年間の随想。

この著者も、時間がゆったり流れ、人々がのんびりしていることに感心している。長くいるほど実感するものかもしれない。ベルギー生活の楽しみは、散歩とも書かれている。

短い滞在のあいだに、私も散歩を楽しんだ。目的もなく歩いているうち、美味しそうなレストランを見つけたり、どこか見覚えのある田園風景親しげに話しかけてきそうな木にも出会った。

写真は、散歩の途中で見つけたブリュッセル郊外の風景。


11/18/2006/SAT

「絵本の歴史をつくった20人」「はじめて学ぶ絵本史Ⅲ」その他の書評を推敲。「いずれも暗誦できるのではと思うくらい、読んでもらった。」を「今でも折に触れ、言葉が口をついて出るくらい、読んでもらった。」に変更。

一時期、「学習発表会」と何やら政治的公正さを感じさせる名前で呼ばれた学芸会。最近は、古い名前に戻っている。その学芸会で『おしゃべりなたまごやき』の劇を見た。台本では、ところどころ舞台用になおしてある。でも、見ていると自然に原作(寺村輝夫文、長新太画、福音館、1972、手持ちは1973、3刷)の言葉が頭に浮かぶ。

暗誦というと、努力して覚えたような響きがある。「テレレッテ トロロット プルルップ タタター」「わしが、とりごやを、あけたのを、だれにも、いうなよ。だまっていろ」といった言葉を覚えるために、私は特別な努力など何もしていない。生活のなかに溶け込んで、いつの間にか生活の一部から、私の身体の一部になってしまった言葉

生活に溶け込んだ、とは、何度も読んでもらったことだけを意味しない。食卓の会話にのぼり、他愛ない洒落になり、要するに家族の言葉になり、もう絵本がなくても、「王様」といえば、あの「王さま」のことになること。

宿題や受験のために無理して覚えたものでも、自分の中に溶け込んでしまったものもある。勉強とは、本来、そういうものだろう。


『おしゃべりなたまごやき』のなかでは、「だれかさん」という言葉が好き。この言葉は、神宮輝夫が訳したセンダック『かいじゅうたちのいるところ』(1963、冨山房、1975)では、母親を暗示する言葉として使われている。一言で原文にある、“someone (who) loved him best of all”や「誰か、コックさんは気づいていない、でも読者はもうお気づきのあの人」という意味合いが伝わる。

一つの言葉に情緒的な意味をたくさん注ぎ込む、日本語らしい言葉遣い。

写真は、10月28日からの続き。江ノ島から見えた富士山。


11/25/2006/SAT

書評「詩とことば」を剪定。以下の文章を追加して、段落を整理しなおした。

   でも散文は皆、言葉を部品のように使うだけで、言葉の意味を変えるものではないとは言い切れない。詩がもたらす雷の一撃のような変化ではなくても、雨の滴が長い時間をかけて岩の形を変えていくように、散文が長い叙述を経て一つの言葉のあり方を変えてしまうこともある。

この一文は、『森有正エッセー集成』の索引づくりを続けていての実感。森は、一つの言葉を長い文章のなかで何度も使いなおす。やがて言葉は、すこしずつ色合いを変え、重みを増していく。やがて、一つの言葉は、誰もが使う普通の言葉でありながら、同時に森有正でしかもち得ない世界を表わすようになる。

定義、経験という言葉じたいが、そういう過程を経て成長した。一つの概念になった、とも言える。そして、一人の経験の凝縮した言葉が、今度は普遍的な意味をもって、私の言葉の世界を変えていく

「雷の一撃」は、「庭」のなかで探すと大手拓治の幻想詩。こちらの例は、無数にある。

森有正の作品は、一つの言葉を一人の人間の全生涯、全生命をかけて磨く。こういう例は、あまり知らない。

索引づくりは、ゆっくり読む、遅読を強いる。おかげで驚くほど、発見がある。これまで何を読んでいたのか、猛省も強いられる。


四年前に、ラスベガスのグッゲンハイム・エルミタージュ美術館で見た展覧会の感想。このなかでスペインの画家、Francisco de Zurbaránを、調べもせずいい加減な読み方をしていた。

『砂漠に向かって』(『エッセー集成2』)、1963年9月13日に「ズルバラン」という記述がある。一読して人名か場所かもわからず、調べてみると、スルバランと呼ばれる画家の名前とわかった。森は、少年時代、家にあった画集で眺めていたという。

スルバランは、17世紀、セビリャに生きた。フランス、ロレーヌ地方にいたラ・トゥールとほぼ同時代。写実的な画風も似ている。それがために没後しばらくのあいだ忘れられていたところも似ている。

写実的な画風のため、聖母マリアが空に浮かぶ「無原罪の宿り」では、生身の人間が浮かんでいるようで、有名なムリーリョの作品に比べて神秘さが足りないように感じる。

スルバランの真骨頂は、日常性と写実性にある。「少女時代のマリア」では、普段着の少女が針仕事の手を休めて宙を見る。うっすら白い光があたりを包む。少女は、一心に何かを見つめている。何かに見とれている。その何かが、彼女の将来と、もっと先にある未来を暗示する。

日常の風景を写実的に切り取りながら、その奥底から、非日常的で神秘的な瞬間が抽出されている。何も非合理的なものは描かれていないのに、どこか謎めいている。そういうところが、私の気に入るほかの絵とも共通している。つまり、私は、写実的な描写でありながら神秘的な表現を好んでいる。そういうことがやっとわかった。

この絵を見たときには言葉にならなかった感動が、一人の言葉を通じて、ようやく形になった。自分自身についても、前より少しわかった気がする

古い名前は書き換えた。ほかの推敲はせず、散らかった行末もそのまま残した。

Zurbarán,“The Childhood of the Virgin ”は、幸いネット上でも見ることができる

写真は、相模湾の波しぶき。


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