12/1/2019/SUN
草炭忌
燃料を研究し、天然ガスの仕事をしてウイスキーが好きだった父の命日をそう名付けた。
晴天に恵まれ、小春日和の午後、墓参りをした。
鎌倉の丘から遠くに雲の帽子をかぶった富士山が見えた。
燃料を研究し、天然ガスの仕事をしてウイスキーが好きだった父の命日をそう名付けた。
晴天に恵まれ、小春日和の午後、墓参りをした。
鎌倉の丘から遠くに雲の帽子をかぶった富士山が見えた。
最近、早く寝なければいけない、という思い込みが強い。実際、早く寝ている。それでも昼間、とても眠い。
朝は5時に起きて洗濯機を回す。回している間、また少し寝る。
朝、偶然、電車で座れると短い間でも眠ってしまう。
夜はよく眠れていて朝もすっきり起きている。それなのに一日中眠い。
今夜もまだ10時だけど、旧約聖書を2章だけ読んでもう寝る。
残り4週間で行く展覧会がトップ3になりそうなので、先に行きたかったけど行けなかった展覧会。最初の二つは年初に「行くつもり」と宣言していたもの。
混んでそうな人気展覧会は頃合いを見計らっているうちに終わってることが多かった。
山本大貴は、昨年末、ちばぎんギャラリーで個展も見た。
いま、一番好きな画家。懐が寂しいのが悔しい。
今年はモヤモヤした気持ちでいることが多くて、集中して読書をする時間が短かった。
小説は、海うそ(梨木香歩)、夜明け前(島崎藤村)、日の名残り(カズオ・イシグロ)の3冊しか読んでいない。
図鑑や大型本は今年もよく読んだ。台北旅行の前には写真集やムック、旅行ガイドもたくさん読んだ。図書館で借りた本はブクログに記録してある。
さて、こんな趣味で私の人柄がわかるのだろうか。
人柄はわからないまでも、好みの傾向はわかるだろう。
ルネサンス期から誰も選ばれていない。
孤独や孤高と評される人物が多い。
色使いに特徴のある画家が多い。
あらためて、ここから私の人柄がわかるだろうか。
今年は15展くらい、出かけた。先日予告した通り、直近で見た展覧会が今年の最高位になった。
写真は三つの展覧会の図録。拡大可。
今年はあまり本を読まなかった。その分、読んだ本はどれも強い印象を残した。
こうして書名を並べてみると図らずも私の関心は、トラウマ、死別、うつ、の3点にあることがよくわかる。 自分のことながら納得しなおした。
3年間、ぬるい水の室内プールで泳いでいる。水深は膝丈程度。いい加減飽きてきた。
日差しの明るい外へ出て、冷たい水のなかを思い切り泳ぎたい。
そんなこと、できるか?
別の温水プールを探した方がいいのではないか?
逡巡しても仕方ない。
バスの中で見た星占い。今の運気は「当たって砕けろ」。
つまり、まずはプールから出ろ。
会社へ行ってもすることがほとんどないのでPower BIの練習してる。
AutoCadも必要があった機能を覚えただけでとても使いこなせているとは言えない。
しばらくはこういうことに時間を充てる。
会社も私を労働力とは見てないように感じる。それどころか、「余計なことをするな」と疎んじられている気がする。
忙しすぎるのも辛いけれども、会社に行ってるのに何もすることがないのも気安いものではない。
誰からも話しかけられないのはさらにつらい。
もっとも、私が疎んじられているのはこちらが「話しかけるな」オーラをまとっているからなのだろう。
写真は昨夜撮った今年最後の満月。
東京オリンピックのシングルスの代表が伊藤美誠と石川佳純に決まった。石川とダブルスを組んでいる平野美宇は団体要員として選ばれるだろう。
ここ数年、日本卓球、とりわけ女子の躍進がめざましい。
福原愛の時代、中国に留学しなければ世界の舞台で戦うことはできなかった。
石川佳純も中国語を覚えて中国から技術を学んだ。
伊藤美誠も平野美宇も中国に留学してないし、中国語も学んでいない。それでも世界に通用するようになった。
さらにジュニア世代は大きな大会で次々と中国選手を破っている。
さくいん:福原愛
金曜日の晩、妻は職場の忘年会。すると娘が「ごはん一緒に食べよう」と誘ってきた。
大学三年生になる娘が食事に誘うことなどこれまでなかった。
何か重大な宣言をするのかと思いきや、特別な話は何もなく和やかに回転寿司を食べた。
重大な告白をするか、悩んでいたのは私の方だった。
私の家族の秘密を話すべきか、談笑しながらずっと考えていた。
結局、打ち明けるきっかけも勇気もなく、和やかなうちに食事は終わった。
意気地なし。
さくいん:秘密
毎年恒例のきりくハンドベルアンサンブルのクリスマスコンサート。
ボヘミアンラプソディを演奏するなど意欲的なところも見せたけど、全体としてはちょっと物足りない感じだった。
ステージにツリーの装飾もなく、音も色ももう少し華やかさがほしかった。
転職活動。
まず3社に応募した。一つはオープン、一つはクローズド、もう一つはむかしの同僚が二人働いている所。
どこも一長一短。何もかも理想通りの会社はない。
この3つで内定でたら決める。
この3つがダメなら最初からやり直し。
まだ、どこからも返事はない。
意気揚々と始めた転職活動。始めた途端に不安と抑うつに落ち込んでいる。
仕事探しで躓いていて仕事ができるわけがない。
やっぱりオープンでおとなしい、いてもいなくてもいいような仕事しかできないのかもしれない。
こんな泣き言は歪んだ認知のせいとわかってはいる。
最近、母との待ち合わせが難しい。
前夜に電話で伝えておいても違う駅に行ったり、約束した駅でも違う改札口にいたり。
火曜日のハンドベルのコンサートの前には1時間近く駅で探し回った。
認知の衰えを補助する責任はこちらの役目。電話に加えてメールでも場所と時間をしっかり伝えておく必要もあろう。
それでも、ようやく会えたときに「アンタが間違ってる」と激昂したりしないところが母の偉いところ。衰えもまだその程度に収まっている証拠でもある。
とはいえ、老いは加速しはじめているようにみえる。会うといつも同じ話をする。それは別に構わないが、話のレパートリーも減ってきているのがちょっと心配。
話の中身もあやふやになるときがあり、覚えてしまっている私が「何々さんのことだね」と助け舟を出すこともある。
母が繰り返すエピソードは短大と短い丸の内OL時代の話が多い。その前の少女時代も後の結婚してからも苦労の多かった人生のなかで、とても楽しかった時期だったのだろう。
金曜日はライブハウスへ。今年はこれが最後。
ステージから「土曜日にテレビに出るよ」という話が出た。
番組で、このライブハウスが今の店になる前もライブハウスだったことを知った。
今の店になってからも35年以上が経つ。そのうち25年くらいは通っている。
バンドリーダーの変わらない元気と笑顔はすでに伝説と言っていい。
2021年6月26日追記。
バンドリーダー、上田司さんが亡くなり、本当に伝説になってしまった。悲しい。
さくいん:ケネディハウス銀座
朝、起きたときは寒そうなので外出が億劫だったが、頑張ってスポーツジムへ出かけた。
K先生のリラクセーションヨガ、45分。
マッサージチェア、20分。
6km/hでウォーキング、60分。
体重もBMIも前回から変化なし。
年末前に目標体重までは減らせなかった。
今年はとても綺麗なクリスマスカードが届いた。
本当に教会に通っている人はカードを選ぶセンスが違う。
昨夜はミサが始まる前に近所のあるカトリック教会へ行き、お参りだけして帰ってきた。
熱心な信者ではなくて寺院や神社でお参りする人も大勢いるのだから、近所にあるという理由でキリスト教会にお参りに行ってもいいと思う。
実は、教会に行ったのは、お参りだけが目的ではなかった。遠い親戚にあたるような人に毎年一度だけ、教会で会う。
その人は私たち家族を若い頃からずっと見守ってくれている。そして、クリスマスに会うとたくさんプレゼントをくれる。
昨夜も、まさにサンタクロースのような人に長い髭を生やした「遠い親戚の叔父さん」に会った。
1日と半分、有給休暇を取ったので木曜日の昼で本年、ならびに本年度の業務終了。
明日から10日間、
呑むぞ
食べるぞ
とてもいい展覧会だったので、「コートールド美術館」展も一緒に観た母を誘って「印象派からその先へ ― 世界に誇る吉野石膏コレクション」展を観に行った。
三菱一号館美術館は展示以外に建物に趣きがある。美術館の手前にある長濱ゴムのレンガ造りの回廊も美しい。
東京駅丸の内南口を出てから中央郵便局や丸ビルを眺めながら歩くと気持ちがいい。いっぱしの丸の内ヤンエグ(死語?)になった気になる。本当は「お上りさん」なのに。
2回目なので、今回はいつも注目する色の代わりに構成に注目してみた。枠取りはどうか、黄金比なのか、遠近法なのか、あるいは、そうした基本の構成を意図的に崩しているか。
そういう意識を持って作品を見ると新しい発見がある。新しい絵の見方を覚えた。
どちらかといえば、私は感性にまかせて見る方で、これまで美術史や絵画の技法について勉強したことはない。
来年はそんな本も読んでみようか。
外へ出ると強い北風が冷たい。肩をすぼめて歩いているとなぜかリーチ・マイケルの銅像があった。
家族で忘年会。場所は公園脇のイタリアン。
ふだん顔をあわせることも少なくなった大学生の子、二人も今日は時間を作ってくれた。
今年、家族全員がお酒を呑める年になったので、豪華にスプマンテで乾杯。
何も特別な会話はない。他愛ないおしゃべりに幸せを感じる。
今年は美味しいものをたくさん食べた。
最後を締めくくったのは、渡り蟹とずわい蟹のパスタとオマール海老。
大満足のランチだった。でも、大晦日の大宴会がまだ待っている。
大学生の合唱を聴きに行った。100人を超える人数の合唱。音圧は圧倒的で、ハーモニーも素晴らしかった。
演奏会のあと、幹事が聴衆に挨拶をしたあと、団員に言葉をかけていた。その言葉に涙を流している学生もいた。
私から最も縁遠い世界だった。大勢の中に溶け込んで組織の一員になる。そういう行動をいつも避けてきた。
わかっている。本当はそういう輪の中に入りたかった。学園ドラマが大好きで、あんな風に暮らすのだろうと小学生の頃から想像していた。
でも、心のどこかに醒めた自分がいて、仲間に混ざることも、ましてや群衆の中で涙を流すことなどしたことがない。
大学のときもサークルに入らなかった。正確には一度大きなサークルに入ってみた。でも、あまりの組織の大きさに気分が悪くなってすぐに辞めてしまった。
会社員になってからもグループで呑みに行くことはあまりなかった。沢山の人と同時に付き合うことを苦手にしている。付き合いはほとんど一対一。
孤独癖と呼んでもよさそうな、この冷ややかな自分はどこで生まれ育ってきたのだろう。
そして、もう一つの疑問。こんなひねくれた親から、どうしてあんなに素直な子が育ったのだろう。
子は親とは別の人格だし、それが個性というものだろう。仲間と肩を組み、うれしそうに歌う娘がうらやましかった。
父親としてうれしかったのは言うまでもない。
さくいん:孤独
今住んでいる家に越してきて10年が経った。元はモデルルームだった新古品が割引になっていたので購入した。割引がなかったら不動産は買えなかっただろう。
10年前の『庭』を読み返すと「iPhone 3Gを買って生活が一変した」と書いている。現在から見れば「音楽が聴けてメールが読めて、ウェブサイトが見られる」程度のスマートフォンでも、当時は生活に革命を起こすくらいの製品だった。
3Gの時代から、この10年でiPhoneに追加された機能とSNSの普及を思うとまさに隔世の感がある。Twitterのない生活はもう考えられない。
10年前の私はすでにうつ病で通院していたけれどまだ重症ではなかった。むしろ躁状態の時間が長かった。その躁状態はもう笑うしかないほどの過労から生じたものだった。
あの頃の私は『庭』で書いている自分とはまったく違う現実生活を送っていた。
金持ちになりたい。一旗揚げたい。
そういう下衆な気持ちで暮らしていた。欲にまみれていた、と言ってもいい。
その野望は半ば果たした、心身の健康を代償にして。
この10年間を振り返ると、前半と後半で両極端に違う生活を送ってきた。前半の5年は働きづめで、後半の5年は病んで安静にしていた。いまは重症の状態からは脱して少しずつ活力を取り戻しているところ。
ようやく光明が見えてきた気がする。
昨年と比べれば、心身は安定していたと思う。S先生にもそう話した。
転職活動は慌てず、ゆっくりにね
今年最後の先生の助言。やっぱり先生は何でもお見通し。
写真は今年最後の汐風療法。逗子、長者ヶ崎。ここは父と美しい夕焼けを眺めた思い出の場所でもある。
さくいん:S先生