西田幾多郎を初めて読んだのは13年前。きっかけは三木清のエッセイだった。
『善の研究』を読み、図書館で全集を眺めてみたりしたけれども、彼の哲学はいっこうに分からなかった。
その代わり、随筆や書簡、短歌などは文章もわかりやすく、そこに表れる西田の人間性に強く惹かれた。彼の哲学ではく思想に、すなわち、彼の人となりとものの見方に私は興味を持った。
本書は、西田が作った短歌や漢詩のほかに、西田の子が父を回想する文章も収めている。これがとても面白い。
自宅でも常に研究に没頭する姿や、家庭での「父」としての振る舞い、犬猫好きだったことなど意外な一面を知った。動物園も好きだったらしい。
また、初めて三木清が西田を訪ねてきたときの様子なども娘、西田静子は丁寧に書き残している。
そういう交友関係の描写のなかに西田がカトリック神父、岩下壮一と知己であったことが書かれていた。これは初めて知ったことでとても驚いた。
西田哲学と宗教、とりわけ禅宗との関係が重要であることはここで指摘するまでもない。禅宗以外にも、西田にはキリスト教との接点がいくつかある。キリスト教との関係も関心はあるものの、私の手に負える問題ではないので、これ以上は立ち入らない。
ここでは岩下壮一という日本カトリック史の最重要人物ともいえる人と直接交際があったことは注目に値すると指摘しておくに留める。
娘や息子の回想を読んでいると創作・創造する人と暮らしを共にすることの過酷さを感じないではいられない。
教え子である三木清は西田を「デモーニッシュなものに憑かれている」と評している。結婚したことを後悔するほど彼の生活は哲学中心だった。常に哲学に没頭する人が家にいたら、家庭は常にピリピリした緊張感に包まれていたのではないか。それだけに和やかな思い出が懐かしく語られている。
同じような感想を手塚治虫の評伝を読んだときに思った。
これは「憑かれている」とも言われているように、本人の性(さが)だから選べるようなものではない。だから家族はその人に調子を合わせるしかない。これは家族を常に心理的に圧迫するだろう。
西田がそういう人物であることは評伝を読んで、ある 程度想像はしていた。本書を読み、むしろ心温まる逸話が多く、新鮮に感じ、またどういうわけか安心もした。
最後にもう一点、もっとも重要なこと。西田の人となり、言い換えれば西田の思想には「悲哀」が満ちている。それは彼の哲学にも影響を与えている。西田自身、「哲学の動機は人生 の悲哀でなければならない」と述べている。私が西田に共感するのはこの一点。
繰り返す身内の死と病、定職も展望もない暮らし、困窮⋯⋯。過酷な日常でありながら、なお離れられない哲学への探究心。
絶壁を一歩ずつ登る登山者のような彼の強い生き方を尊敬しないではいられない。
我々の最も平凡な日常の生活が何であるかを最も深く掴むことに依って最も深い哲学が生れるのである
(「歴史的身体」、1927)
「日常」について、このように言うとき、彼の脳裏にあるのは上のような過酷なもので、変わり映えせず、飽きてしまうような日常ではない。
悲哀と困窮。死に物狂いで暮らす「日常」の底で掴む「哲学」。彼の短歌には、そうした「日常」の率直な心情が込められている。
西田の哲学研究は、「日常」に抗う、強い心情の上に積み上げられている。