3/1/2015/SUN
これは非常に面白い。1954年〜88年までのテレビ欄を、改編期にあたる4月と10月の2週目を一週間分まとめている。体裁は新聞掲載時のまま。めくれば、450ページ、ただただテレビ欄が続く。古い新聞の文字がつぶれていたのか、写したときに失敗したのか、画数の多い漢字はやや見にくいものの、テレビ欄の全体を写し取っているので、見ていた番組の裏番組まで知ることができて面白い。
本編は新聞そのままで、ムックにありがちな余計な脚色はなく、追加情報はページ横や別ページのコラムにまとめられている。
昭和生まれ、とくにテレビで育った1960年から1970年中頃に生まれた人にとって、自分史を書く際に貴重な資料になる。つまり、この世代にとって、テレビは非常に重要なメディアだった。
今は見ていた番組に蛍光ペンで印をつけている。それをリスト化しても少年期の暮らしぶりがわかって面白いかもしれない。
一点、注意事項。内容は首都圏の新聞記事なので、圏外に住んでいた人は、放送局名と放映日時の違いを自分で調整する必要がある。当然、地元局だけで放映されていた番組は掲載されていない。
うつ病について、同じ出版社が出している、主に支援する側の人向けに書かれた二冊。文章もやさしく、図や例もわかりやすい。
うつ病については書名を「わかる」としているが、双極性障害の人は「自分はわかってもらえない」という気持ちが強いので、それに反発しないように「気持を考える」とするなど、患者や支援者への細やかな気配りがありがたい。
もっとも、中井久夫は、土居健郎の言葉を借りて、「うつ病の人の心の中に「わかってたまるか」という気持のあること」を指摘している(「精神科の外来診療について」『「思春期を考える」ことについて』。
昨年12月末で会社を辞めて、いまは自宅で静養している。『烏兎の庭』「第四部」は昨年6月で終わりにした。そのあとの経緯は、もう少し落ち着いてから書くつもり。
精神科に通うようになって6年以上経つ。職場では緊張しながらも何とか仕事をこなしても、家に帰るとどっと疲れが出る日が続いていた。休職したすぐあとの1月と2月は、ずっと布団のなかで眠ったり、ぼんやりしたりしていた。今も長い本は読めないし、長い文章も書けない。
最初は「うつ」と診断されたけれど、途中から双極性障害にもみえると言われるようになった。
そこで、現在は気分を安定させる薬(バルプロ酸ナトリウムとアルプラゾラム)も少量処方されている。
ときどき気分がスッキリして、「もう治ったのではないか」と思うことがある。
医師に伝えるとまだまだと言われる。実際、調子がよさそうと感じた数日後、たいてい猛烈なうつが襲ってくる。
S先生はよくわかっている。調子がいいのは回復に向かっているからでなく、いわゆるII型の躁状態になっているだけだった。
本書を読んでも、自分の症状に当てはまり、膝を打つことが多かった。
『うつ病の人の気持ちがわかる本』の冒頭に、うつ病を患うということはこれまで思い描いていた「人生のストーリーを書きかえること」と書かれている。
「病気になった“ありのままの自分”を受け入れる」という考え方は、森田療法に通ずる点もある。
病気のために、あるいは病気のせいで、「せっかく」休むことになったのだから、仕事中心の生き方から見直すことをすすめる土居健郎と中井久夫の考えも同じ。
治療はそこから始まる。患者視点のガイドブック。
さくいん:うつ病、中井久夫、S先生
第二次大戦時の日本兵の装備品、武器から褌まで、種類も数も途方もない規模で蒐集をしている。このような図鑑は戦史を読むとき、当時を想像するための手助けになる。
著者はスペインのコレクター。ドイツ軍の装備品も集めているようで『ドイツ軍装備大図鑑」も出版している。
出演:麻生久美子、長瀬智也、薬師丸ひろ子、忽那汐里、ほか
我が家では子どもたちが好きなタレントが主演でないかぎり、ほとんどテレビドラマを見ない。私にはそういう役者もいないので、自分からドラマをみることはない。それが、どういうわけか、ふと見はじめたこのドラマには釘付けになって毎週見ていた。
作品は現実世界と漫画世界とのあいだを行ったり来たりする。ドラマのなかで映されていた漫画が、各話ごとにそのまま掲載されていてうれしい。個性的な人物の決めゼリフが蘇る。
物語の後半で、「世界と両想い」「世界に片想い」という言葉が鍵になる。簡潔でいて深い。
このドラマのキーワードである「世界と両想い」と「世界に片想い」は、ハンナ・アーレントが言う「世界への愛」(Amor Mundi)と何かつながりがある。私はそう解釈している。政治思想とテレビドラマがつながることは、森有正とみうらじゅんが同居する私のなかでは不思議なことではない。
はらちゃん 「越前さんが笑えば世界は輝くのに⋯越前さんの住む、この素晴らしい世界が」
越前さん 「素晴らしいですか? この世界は⋯⋯嫌なこといっぱいあるじゃないですか⋯⋯そう思ったでしょ? はらちゃんも・⋯⋯」
<中略>
はらちゃん 「でも、私は自分のいる世界が好きです。世界と両思いになりたいです。両思いは幸せです。越前さんも、この世界と両思いになってください」
越前さん 「⋯⋯(微笑)」
はらちゃん 「それが私の一番の幸せです・・・・愛です」
(第10話)
「世界と両想い」とは、ボランティア活動をしたり、政治的なメッセージを掲げてデモ行進したりすることだけを指しているわけではない。
何より基本的なことは、「世界」というたくさんの人がいる場所に「私」がいるという認識をもつことだろう。越前さんは、それさえできていなかった。そういう人は案外多いのではないか、私自身を含めて。
はらちゃんは、「両想い」のまだ前、「世界に片想い」をするためには、まず、自分を好きにならなければいけないと言う。
「世界と両想い」になりたくて、「世界に片想い」をしている人は少なくない。でも、多くの人は、自分は何も変わらずにいても「世界を変える」ことができると信じている。あるいは、自分のことを心から好きではないのに、自分の外側にある「世界」と両想いになれると勘違いしている人もいる。
私がいなければ、この世界に意味はない。そして、私が私自身を好きにならなければ、「世界と両想い」どころか、「世界に片想い」なること、つまり、世界を変えようとすることもできない。
この世界に生きていることに幸福感を持てないのは、当然だろう。私は、いまだに自分自身のことを好きになれないのだから。
このドラマは音楽もいい。サントラ盤を購入した。
音楽担当は井上鑑。要所で流れるギターは、夏川りみ「涙そうそう」を弾いていた吉川忠英。
「19. 私の世界 ~6弦ギターのうた~」は、ギターだけで主題曲を演奏。
吉川忠英の音色は優しくて温かい。切ないドラマに似合っている。
2013年、この年、薬師丸ひろ子は大活躍だった。『はらちゃん』の他にも、大ヒットしたNHK朝の連続ドラマ『あまちゃん』でも重要な役を演じていたし、オリジナルからキーもアレンジもほとんど変えないまま歌うという、素晴らしいコンサートも開いた。
この作品では、百合子さんがはらちゃんとのお別れで見せた敬礼が可愛らしかった。
さくいん:アーレント、森有正、みうらじゅん、麻生久美子、薬師丸ひろ子、井上鑑、吉川忠英
7/4/2015/SAT追記
テレビでTOKIOが主題歌「Lyric」を歌っていた。うっかり涙ぐんでいたら「涙もろいね」と娘に指摘された。
見られているのか。泣くのはたいてい風呂場で、十代の頃よく聴いていた音楽を聴いているときだけのつもりだったのに。
娘とは、こんなにも冷静に父親をみるものだろうか。それとも、私と娘との間柄だけのことか。
どうも娘のなかには、もう一人、別の人がいるような気がしてならない。
2021年2月12日追記
ネット配信で再放送。ほぼ全話を見直した。
小さい頃から乗り物が好き。クルマでも電車でも、船でも飛行機でも。
一番熱心だったのはクルマ。我が家に自動車がなかったので、毎日クルマを運転できるタクシーの運転手に憧れた。
小学5年生のときには『モーターマガジン』を毎月買っていて、「個人タクシーの運転手になるにはどうすればいいか」と質問を投稿し、回答と一緒に掲載されたことがある。
珍しい乗り物の図鑑や特殊車両が特集されている雑誌はつい借りてきてしまう。
今回の特集で目についはのは、下の3機種。
- Ford F-150:アメリカで一番売れてるピックアップトラック
- 陸自PLS:20トンコンテナを自力で回収、積載、移動
- 大原鉄工所:国産雪上車のオンリーブランド