先週の土曜日。雨の予報が当たらなかったので、三鷹駅近くのハンバーガー店、ブタバコへ行った。この店は一度来たことがある。三年ぶりの訪問。
トッピングを頼まなかったので、シンプルなチーズバーガーになった。その分、肉を十分に味わえた。
オリオンビールのタップは珍しい。フライドポテトの代わりに、ポテトサラダを選べるのもうれしい。
ランチのあとはカラオケ。2時間歌った。ふだん歌わない歌を選んでみた。
「古都」(風)、まほろば(さだまさし)、「ビューティフル・デイズ」(河村結花)。
秋なので「誰もいない海」(トワエモア)も歌った。秋めいてきたせいか、気づくと、さみしい歌ばかり選んでいた。
さくいん:さだまさし
今や珍しいアメカジ・アメトラを特集する雑誌。対象年齢は30代から40代らしい。すこし外れてしまっているけど気にしない。2ndというタイトルからは古着趣味も指しているように感じる。
今回は、すでに持っているものではなく、いま持っていないもので、そのうち手に入れたい品物を特集からメモしておく。
- Alden, Loafer
- U.S.Army, Baker Pants
- Sherry Top Sider, Canvas Deck Shoes
- Baracuta, G-9
アメリカのファッションでも、ストリート系やアウトドア系は一度も試したことがない。イタリアやフランスのブランドもほとんど興味がない。そのため、50代をターゲットにしたファッション誌には触手が動かない。
これからもアメカジ・アメトラを着ていくのだろう。アメリカ文化には好きなものが多いけれど、バーボンだけは香りが苦手。ハードリカーはイギリスのジンかスコットランドのシングルモルト・ウィスキーが好み。
この雑誌には、「街のアイビーリーガースを探せ!」という街頭スナップ写真のコーナーがある。この名称は、かつて『MEN'S LUB』にあったコーナーと同じ。二つの雑誌は兄弟関係なのだろうか。編集者に関係者がいるのかもじれない。
さくいん:アメリカ、ジン(マティーニ)
朝起きてストレッチ。
在宅勤務の合間に筋トレ。
昼食は納豆と温野菜。
退勤後にプールで泳ぐ。
帰宅して、ビールを呑みながらちょっと本を読み、ブログを書く。
夕飯の支度をして、お気に入りの音楽を聴きながら妻の帰りを待つ。
こういう暮らしをリアルに充実してる、と言う。
少なくとも私は。
さくいん:日常
開封の儀とは別に新製品を手にした感想をメモしておく。
結論として言えるのは、ライトユーザーはProでなくて十分、ということ。
- 光学式ズームは3倍がなくても2倍で十分
- Proだけにある常時点灯モードは必要ない
- カメラの突起はデザイン上も使い心地もよくない
- カラーバリエーションがいい
- 軽い、そして薄い→ケースは透明でシンプルなものが製品の色と軽さを実感できる。
- ストレージは256GBあったほうがいい
- カメラボタンには慣れが必要
- Lightening→USB-Cの変換プラグが付属されていないのは不親切
さくいん:Apple
先週の水曜日。夕飯を食べはじめようとしたとき、携帯電話が鳴った。電話は救急隊からだった。母がバスを降りたときに転倒して、頭を怪我したという。意識はあり、怪我は軽傷らしい。
すぐ来てくれと言われたものの、私の住まいから実家までは2時間以上はかかる。そこで、もっと近いところに住んでいる身内に頼んで急行してもらった。
それから、土曜日の夕方に帰宅するまで、長い時間に感じた。今回のことで、母が急速に衰えていることを思い知らされた。
ケガは幸い、軽傷だった。予定していたMRIも金曜日に受けることができた。大事に至らず済んだのは幸いだった。足を骨折して入院したりしていたら、老化が加速していただろう。
でも、母は転倒したことも、MRIを受けたことも時間が経つと忘れていた。転倒したことより、そちらの方がショックだった。
今月、MRIの結果とともに認知症の進行具合を聞きに、もう一度、病院へ行く。
かなり厳しいことを言われるのではないか。いまから不安になっている。
最近、気づいたことがある。我が家では、私がほぼ完全在宅勤務、妻は週3回出勤し働いている。この労働習慣の違いが、二人の役回りに違いをもたらしている。
外で働いている妻は、帰宅すると通勤途中や会社での出来事を話しだす。一日中家にいて、刺激も事件もない私は主に聞き役にまわる。
週末、妻は家で休みたいと言うことが多い。一方、ずっと家にいた私は週末くらい出かけてランチも外で食べたい。
以前は反対だった。私が営業職をしていた頃は、私がずっと外にいて、帰宅するとその日の出来事を話したがっていた。専業主婦だった妻は、長い間ずっと聞き役だった。そして、うつ病を患ってからはとくに、週末は出かけずに休んでいたかった。
これは個人の性格の違いや男女の差ではなく、働き方の違いから生じる生活習慣の違い。
この違いを頭に入れておかないと、「愚痴ばかり聞かされている」と思ったり、週末ごとに「出かけるか、家にいるか」で衝突したりする。
違いがわかれば、衝突は最小限にできる。在宅勤務の私は、平日は聞き役にまわることを当たり前に感じるし、週末は、妻が休みたければ、一人で出かけることにしている。
こういうことは立場が変わって、初めてわかった。妻は私だけではなく、学校へ行っている子どもの話も聞かなければならなかったから、苦労しただろう。
『評伝 吉田満』の感想に書ききれなかったこと。
なぜ、語るのか。どう、語るのか。その問いに答えることは簡単ではない。
姉は亡くなり、彼女を知る人も私の周囲にもほとんどいない。ならば、自死した姉のことなどあえて語る必要はないのではないか。語ったところで、聴いてももらえないことのほうが多いのだから。つい最近も、告白を無視されて失望したばかり。
過去の出来事について、後知恵をつけて語っても過去を語り継ぐことにはならない。「あのときはああするよりなかった」という言い訳はもってのほか。そのとき、どういう思いでどう行動したのか。過去の視点に立って反省しなければならない。
今回読んだ評伝では、アメリカの文化人類学者、レッドフィールドの言葉を引いて、前者を「回顧の次元」、後者を「期待の次元」という分類を紹介していた。
中学時代、暴力と校則でがんじがらめに支配されていた学校で、私はどのように振る舞い、高い内申点をもらい、志望校の受験を許可されたか、その当時の私に戻って私自身を見つめ直さなければならない。それは容易なことではない。
なぜ、語り継ぐのか。どう、語り継ぐのか。いずれの問いに対しても、吉田満が亡くなった年齢になっている私は、いまだに満足する答えを持ち合わせていない。
一つの希望は書くという行為にある。私が語る言葉を聴く人はいない。でも、私が書いた文章を、いつか、どこかで、読んでくれる人がいるかもしれない。
私が、過去において過去の自分を見つめているか。「あのときはああするしかなかった」という後知恵をつけた態度でいるか、その判断も私の文章を読む人に委ねる。
ここに、私が書き続けている理由がある。
さくいん:自死遺族、体罰
昨日の続き。私は、いったい、何のために姉のことについて書くのか。
最初から姉妹がいない人もいる。最初からいなかったと思えば、それでいいではないか。そういう考え方もあるかもしれない。
その考えに私は納得できない。私には姉がいたこと、彼女が生きていたこと、同じ時間を共有できたこと、その事実を伝えたい。
それはなぜか。
自分の少年時代を偽りたくないという気持ちは、私のエゴではないのか。
ふと、イエスが亡くなったあとの使徒たちの行動について考える。もし、復活(佐藤研は脱神話化して「イースター事件」と呼ぶ)がなかったら、彼らは刑死したイエスの教えを宣べ伝えることを始めただろうか。それとも、師のことは忘れてしまっていただろうか。
語りたいと思って語ってきたのではない。22年前までは忘れかけていた。
何かに突き動かされて、私は語りはじめた、いや正確には、書きはじめた。使徒たちも、同じ思いではなかったか。つまり、宣教と復活の順序は逆だったのではないか。
忘れようとしても忘れられない。忘れていても、思い出してしまう。だから広く伝えよう。そういう気持ちがあったからこそ、「復活」「イースター事件」は、起きたのではないか。
忘れたくても忘れられない。だから、私は書き続ける。
さくいん:佐藤研
以前、中央線や山手線沿線の古地図の本を読んだ。
図書館で、同じシリーズで私の生活圏の本を見つけたので借りてきた。
荻窪や吉祥寺が昭和初期は田舎だったという話はよく聞く。成蹊大学が池袋から移転してきたり、慈雲堂病院ができたりしたころは、「街はずれ」で完全に「郊外」だったのだろう。当時の地図を見てもよくわかる。
昭和初めに吉祥寺に暮らしら人として思い出すのは、仏文学者で小林秀雄の師だった辰野隆。新年会に招かれたのは、学者仲間ではなく、近所に暮らすさまざまな職業の人たちで、とてもにぎやかだったという話を読んだことがある。
東大で仏文を教えていたのに、まだ交通の便が今ほどよくない時代に吉祥寺に住んでいたのだから、よほど郊外が好きだったのだろう。
もう一人、思い出すのは、新田次郎。直木賞の賞金で吉祥寺に家を買ったと自伝に書いてあった。文学賞の価値も、土地の値段も、今とは違っていたのだろう。
いま私が住んでいるあたりは畑も多く、高層マンションはないので、ありし日の「郊外」の面影を残している。
さくいん:東京、新田次郎
Eテレで「3か月でマスターする数学」を全12回、欠かさずに見た。見たけれど、やっぱり数学に親しくはなれなかった。同じ「3か月でマスター」の世界史編は毎週楽しんで見られたのに。
なじめなかった数学の番組のなかで、一つだけ、興味を引いたテーマがある。それは図形。講師を務めた秋山仁の専門分野らしい。
図書館で図形に関する本を探して本書を見つけた。黄金比を導く数式はわからないけど、数々の美術作品や建築に応用されていることを知り驚いた。レオナルド・ダ・ビンチがそういう知識を利用して描いたことは何となく想像できる。驚いたのは、後期印象派で点描画で知られるジョルジュ・スーラの作品にも黄金比が多用されていること。
よく知られている「グランド・ジャット島の日曜日の午後」は、黄金比を用いて緻密に計算された構図で描かれているという。美しさには明快な理由があった。
ほかにも黄金比を活用した芸術家はたくさんいることだろう。黄金比という言葉も数式も知らなくても、自分の美的を頼りに、神秘的な対比の美を作品に反映させていた人もいるに違いない。
さくいん:NHK(テレビ)、スーラ
あと3回(ケネディハウス銀座)
金曜日の夜は久しぶりに渋谷へ出かけた。駅は相変わらずあちこち工事中で道に迷った。246の外側に新しいビルが建っていたので驚いた。立ち呑みワインバーで一杯呑んで帰った。
土曜日は忙しかった。朝はMBLの地区シリーズを観戦。2-0になってから病院へ出かけた。診察のあと薬をもらい、ランチはKFCで簡単に済ませた。その時点ですでに2時近く。
井の頭線から銀座線に乗り継いで銀座へ。百貨店と書店を一回りしてから、ライブハウス、ケネディハウス銀座へ向かった。
ボーカルの岡部ともみちゃんがレギュラーバンドから脱退をするまであと2ヶ月。この日を含めて3回行く予定。
途中に抜けていた時期もあったけれども、30年前から彼女の歌声に魅了されてきた。ユーミンも、竹内まりやも、カレン・カーペンターも、私のなかでは彼女の声で録音されている。この夜も、「DESTINY」、「不思議なピーチパイ」、"There Is A Kind of Hus"を披露した。
昨夜は「時代」も歌った。聴いたのはたぶん初めて。生歌で聴くと、涙がにじんでくる。
司さんも去り、もう3年が経つ。そして、ともみちゃんもいなくなる。大袈裟でなく一つの時代の終わりを感じないではいられない。
ところで、MLB地区シリーズ第5戦を、LAに旅行中の息子は球場で観戦できたらしい。元々ビリー・ジョエルのコンサートに行くのが目的の旅で、第5戦までもつれることを期待して、チケットを買っておいたらしい。就職もアパートも何の相談もなく決めた息子は要領がよく、自活能力が高い。私にはない資質を持っている。
それにしても、家族4人で東京ドームでも聴いたのに、もう一度、LAまで行って聴こうとは相当深くハマっている。
さくいん:ケネディハウス銀座、松任谷由実、竹内まりや、カーペンターズ、声、中島みゆき、ビリー・ジョエル
神代植物公園で森林浴をしたてから、いつもの通り、深大寺そばの多聞へ向かった。神代植物公園は私の安全基地。森に包まれ、花を眺めていると日常の些事でざわついている心が安らぐ。
いつもの通り、とても混んでいたので、名前を書き残して隣の水性植物園を散歩することにした。1時間はかかると店で言われていたので、1周してからこれまで歩いたことのない坂を登ってみた。
途中、ベンチのある休憩所があったので、しばらく座って音楽を聴いた。新しいiPhoneに変えてから、プレイリストも一から作りなおした。同時に、これまで録音しただけで聴いてなかった曲も聴くようにしている。
坂はまだ続いている。水性植物園の横が小高い丘になっているとは知らなかった。
丘の上まで登り詰めると、そこは広々とした芝生広場。人は誰もいない。石碑を見ると「深大寺城址」とある。調べてみると戦国時代に郭があったらしい。
芝生広場の隅にはそばの畑があった。幼い頃に、「おそばのくきはなぜ赤い」という昔話を母に読み聞かせてもらったことを思い出した。そばの茎が赤いこと、寒さに強くて、やせた土地でも育つとその絵本で覚えた。
広い芝生と青い空の下で過ごせばナチュラル・マインドフルネスな時間が流れる。
大切な一人の時間。新しい秘密の安全基地を見つけた。
さくいん:ひとり
日曜日、神代植物公園の大温室で見た熱帯スイレン。この空間も植物園の雑木林と同じく、ナチュラル・マインドフルネスを導く私の安全基地。水に浮かぶ花を見ていると心が安らぐ。
買い替えたiPhone16のカメラ性能が向上していることを実感した。水面に映る花びらまではっきりと撮影できている。素晴らしい。
名前は左上から、ホワイト・パール、アヴァランチ、マリアン・ストロウン、ジェネラル・パーシング、ハンターズ・ムーン、ブルズ・アイ。以前来たときにムラサキシキブという花があったけれど、今回は見当たらなかった。
さくいん:神代植物公園
司会が愛川欽也だった頃から毎週土曜日の夜に見ているテレビ東京の『出没!アド街ック天国』。先週末は出かけていたので録画してあとで見た。出没先は横浜駅。
町中華の代表として龍昧が紹介されていて、とてもなつかしい気持ちがした。
龍昧へは高校の下校途中でよく行った。場所は、いまはもうない有隣堂トーヨー店(東洋信託ビルの地下)の隣。参考書や問題集を買った帰りに立ち寄ることが多かった。
注文は日本語で受けても、厨房のなかはすべて中国語だった。いつ行っても満席で、料理は何を頼んでも大盛りだった。
龍昧は西口の店。東口では地下街ポルタにあった「なかよし」によく行った。いまはもうない。
私が覚えている横浜駅は西口にはまだ東急ホテルがあり、東口にそごうはなく、スカイビルしかなかった。そごうがある場所には50mプールを備えた水泳教室があった。
横浜駅は最近、大きく変わった。紹介されていた店も知らないところが多かった。
さくいん:横浜
在宅勤務で日中自室にいる。睡眠時間も加えれば、一日のほとんどを自室で過ごしていることになる。生活環境は少しでもよくしたい。そう考えて加湿空気清浄機を購入した。
家電量販店へ行くと最新モデルしか展示していない。ネット店では、昨年モデルや一昨年のモデルも販売している。
調べてみると、この数年間、型式名だけが変わって性能は変わっていないメーカーもある。シャープもその一つ。
昨年モデル、いわゆる型落ち品は家電量販店よりもずっと価格が安い。ポイント増しの日に買えば、実質さらに値引きになる。というわけでシャープの昨年モデルを楽天で買った。
私の部屋に大きすぎないか心配していたけれど、部屋の隅にちょうど収まった。
空気清浄機の効果はてきめん。夜、睡眠中のせきが減っている。睡眠モニタリングアプリ、Sleep Cycleでわかった。部屋のほこりが減ったと見える。
音も静かで、動作ランプも消灯できる。とりあえず、いまは満足している。
両親の介護に疲れている妻をどう支えたらいいか?
うつ病でかかりつけのS先生に前回の診察時に尋ねてみた。以下、先生の回答。
こちらから無理に積極的になることはない。むしろやめたほうがいい。
元気そうな時に「いつでも話してね」と伝えておく。
向こうが話し出したらじつくり聴いて、話したいだけ話してもらう。
こうすることで、相手も頭のなかを整理ができる。
S先生はいつも的確なアドバイスをくれる。
いただいた助言を頼りに、彼女に接してみることにする。
ところで、妻がふと、「最初はS医院に行くのは乗り気じゃなかったよね」と言った。
確かに。最初に行った病院が診察も投薬もいい加減なヤブ医者で、精神科なんてどこも同じようなものという不信感が強かった。
S医院は、妻が幼稚園の保護者会で紹介してもらった。家族が精神科に通院していることを隠さない明るい人のおかげ。
S医院に行って、話を聴いてもらえて、助言をもらえた。あの時、転院していなかったら、いまごろどうなっていたことか。考えるだけで恐ろしい。それくらい、S先生との出会いは、私にとって大きな救いだった。
さくいん:うつ病、S先生
本書は、過去と現在の二部構成になっている。かつて世界にあったのにいつの間にか消えてしまい、あとになって発掘された場所と、これから消えていくことが心配されている場所と。
例として前者にはモヘンジョ・ダロやアレクサンドリア、後者にはグレートバリアリーフやベニスが挙げられている。そのほかにも、知らなかった場所がたくさん紹介されている。
日本からも、北海道北端にあったが流氷や波によって消失したエサンベ鼻北小島が紹介されている。最近のニュースによれば、この小島はせいぜい岩礁と呼ばれる大きさで、「島」とは呼べない規模だったらしい。
前から疑問に思っていたことがある。なぜ、たくさんの人が暮らしていた文明都市がいつの間にか砂の下に隠れて忘れ去られてしまうのだろう。誰も記録を残そうとしなかったのか。
日本では邪馬台国が好例。それほど繁栄した国であれば、なぜ記録や記念碑などは残さなかったのか。
同じ視点からもう一つ、疑問がある。いま、私たちが暮らしている文明も、いつかは砂の下に隠されて、人々の記憶から消えてしまうのだろうか。
さだまさしの「聖野菜祭」(セント・ヴェジタブル・デイ)という歌は、はるか先の未来が舞台になっていて「伝説上のものとされていたアメリカ大陸が発見された」とナレーションが入る。この歌を聴いた小学校高学年の頃、上に書いた疑問がわいた。「いま住んでいる場所もいつかは遺跡になるのか」と。
江戸が都市になって約500年。この文明はいつまで続くのだろうか。本書は未来への問いを突きつける。
さくいん:さだまさし
金曜日。母が迷子になって美容院に行けなかった。今月二度目。認知症が加速している。
さすがに今回は心が折れた。仕事でのトラブルも影響している。
土曜日は美術館へ連れて行くつもりだったけれど、外へ出る気になれず、ずっと横になっていた。母は、新聞を読んだり、テレビを見たり。一人でいるときの様子がわかった。
もう家族だけでは支えきれない。来月にはMRIの結果を聞いて、病状の具合もわかる。要介護度の審査も受ける。公的サービスを利用するときが来た。
横になっているあいだ、暇つぶしに自著を読み返した。ちょっと読んだだけで、誤字脱字がいくつも見つかった。あんなに何度も読み返して校正したつもりだったのに、情けない。
注意力散漫の病人が書いた証拠として、これはこのまま残すことも考えたけど、商品としてきちんとするために電子版だけは改訂した。
注意力の不足はうつ病のせいだろうか。そう思うのは、仕事のトラブルもそこにつながっているから。確かにうつ病を調べてみると、症状として「注意散漫」や「仕事で小さなミスが増える」とある。
でも仕事としてしている以上、ミスを簡単に病気のせいにはできない。とはいえ、非は私にあるにしても、感情をむき出しにして非難するメールは常軌を逸している。弱っている心にはキツすぎる文面だった。週末、このことも頭を離れなかった。
営業職時代、取引先で罵声を浴びせられたことも思い出したりして、週末はずっと暗い気分から切り替えることができないまま。
この週末はとても疲れた。落ち着いていたのに、気持ちが10年前に戻った気がする。
さくいん:うつ病
ハンディクリーナー(小型掃除機)
前々からスティック型の掃除機が欲しかった。いま持っているのは図体の大きく、ホースが長い昔ながらの掃除機。狭い我が家には取り回しが非常に不便。
店で見たり、ネットで調べたりしているまま、なかなか決められない。そんなとき、楽天マガジンで読んだ雑誌に面白い製品を見つけた。ハンディクリーナー。
「これはよさそう」。すぐにそう思った。というのは、私が掃除したいところは、机のパソコン周辺とか本棚のホコリとか、タンスとタンスの間とか、狭いところが多い。
そういうところには、スティック型掃除機でもまだ大きいかもしれない。ハンディタイプなら、狭いところ、細いところも掃除できそう。値段も大きな掃除機よりもずっと安い。
早速、ネットで購入して使ってみた。これは便利。狭いところのほかにも、ベッドの上でも使える。いい買い物をした。
フローリングの隅はこの掃除機できれいにして、床はこれまで通り、使い捨ての濡れ雑巾でふけばいい。
空気清浄機に続いて、自分の居場所を快適にするものが増えた。
ますます出不精になりそう。
複雑性PTSDなど、さまざまな暗い過去を持つ人はつい自問してしまう。
私などが幸せになっていいのだろうか
幸せになるために大切なことは「幸せになっていいんだ」と思うこと。
「幸せになる勇気」とも言えるかもしれない。
たとえば、『父と暮らせば』(井上ひさし)は、「生きている人は幸せになっていい。不幸な過去に囚われず、幸せになる勇気を持つべき」というメッセージを強く発信する話だった。
さくいん:井上ひさし
夏のあいだサボっていたギターを久しぶりに弾いてみた。
全然ダメ。
「時代」も"American Tune"も、楽譜を見ないで弾けるようになっていたのに。
やっぱり少しでもいいから毎日触らないと。
そう思って手に取るまではしてみたけれど、今週はギターを弾く気にもなれない。
昼間も眠いし、夜もたっぷり眠れる。今朝は目覚ましが鳴るまで目が覚めなかった。
こんなことは珍しい。自分が思っている以上に弱っている。
さくいん:中島みゆき、ポール・サイモン
相手を罵倒し、人格を否定するようなたった一通メールで、心が折れてしまった。営業職をしていた頃に受けた罵声や嫌がらせがふつふつと思い出されてくる。
気分はうつの症状が重かった10年前に一気に逆戻り。焦燥感と不安と恐怖感でいっぱい。今までしてきたこと、すべてが間違っていたように思われる。「もうどうにでもなれ」という自暴自棄の感情も胸をかすめる。
相変わらず、ストレスに弱い。気分転換も上手くできない。
母の認知症が加速していることも不安に追い打ちをかけている。母が、私の知っている母でなくなっていく姿を見るのは辛い。株取引が低迷していることも暗い気持ちにさせる。
複雑に絡み合っているような不安材料を分類して、整理する。それぞれを客観的に観察して行き過ぎた思い込みを取り除く。自分なりに認知行動療法を試してはいるけど、これも上手にはできない。何もしないでぼんやりしている時間が長い。
明日は、緊急で診察を受けたほうがいいだろう。
さくいん:うつ病
最近、夜、寝るときにプロテスタント教会の説教を聴いて目を閉じている。30年以上前、結婚式を挙げた教会の牧師がいまも元気に話をしている。
以前は聖書を読んでいない。最近、聖書は開いていない。そもそも、本を開くことがあまりない。何かを積極的にする気力が足りない。YouTubeを流すのはまったくの受け身の姿勢。
ある日の説教で、"Footprints in the Sand"という英詩が紹介された。信者のあいだではよく知られているのかもしれないが、私は知らなかったので、その内容に驚いた。
この詩は、旧約聖書、申命記第10章31節に呼応しているらしい。
また荒野では、この場所に来るまでの全道中、あなたの神、主が、人が自分の子を抱くようにあなたを抱いてくださったのを、あなたがたは見ているのだ。
ほかにも「(主は)あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません」というコリント人への手紙(1)、第10章第13節にも関連づけられるという。
どんなに辛いときでも、誰かが隣にいてくれる。確かに勇気づけられることだろう。この詩では、同伴者はそれ以上の存在。信仰のない私にはちょっと理解できない。
何かにすべてを委ねることができたら、生きていくことの辛さは減じられるだろう。とくにいまのように、心理的に危機的な状況にあるときには強く思う。でも、そういう存在が私にはない。
心のよりどころになる何かを持ちたい。それが宗教ならばそこへ飛び込んでいきたい。そういう気持ちがないわけではない。
キリスト教に対して、関心はあるものの、先方で私を受け入れない教義があるので、教会の敷居をまたぐ一歩が出ない。啓示のような神秘的な体験もない。信仰とは、私には縁のないものかもしれない。
教会の説教を聴いているといっても、講話をしめくくる祈りの言葉まで聴くことはほとんどない。いつも、途中で眠ってしまう。牧師の言葉も、私には寝物語の一つに過ぎない。
いや、こうして孤独感に苛まれているこのときにも、私は何者かに抱きかかえられているのだろうか。それに気づかないでいるだけなのだろうか。わからない。
この詩が紹介されたのはいつの日の説教だったか、覚えていない。もう一度、聴きたいと思って履歴をさかのぼっても、まだ見つからない。
さくいん:孤独
昨日のこと。不安、焦燥感、動悸が続き、今週はずっとキツかった。妻の勧めもあり、野球中継を途中まで見てから、すがるような気持ちでS医院へ向かった。
この状況に陥った経緯を話してS先生に慰めてもらい、いま服用している薬に加えて、緊急避難的な効果を狙って抗不安薬を処方してもらった。頃合いを見て休みを取った方がいいともアドバイスされた。
診察の後はハンバーガー。前に友人と来たことがある吉祥寺のちるとこ。この店の特徴はパティの凝集感と香ばしさ。ビールは呑まず、食後にコーヒーを飲んだ。
店内に無料Wi-Fiがあるので、ドジャースの逆転勝利をカウンターで知った。
ランチのあとはカラオケ。2時間にあいだに、自分を慰める歌と励ます歌を歌った。
「君住む街へ」(小田和正)、「君が人生の時」(浜田省吾)、「肩に降る雨」(中島みゆき)、「A Piece of Wish」(今井美樹)。
好きなものを食べて、好きなことに没頭する。
ストレス発散、うつ退散にはこれが一番効果的。
昨日、宗教的、ないしは霊的な助けを感じたことはないと書いた。それがない代わりに、ずっとS先生から医療的に助けられてきた。
一番辛かった2013年から病気退職した2014年、完全休養した2015年、再就職活動をした2016年。S先生の助けがなかったら、私は立ち直ることはできなかっただろう。
その頃の私の歩みは、英詩"Footprints in the Sand"にあったように、ひと組の足跡しかなかっただろう。
さくいん:うつ病、S先生、小田和正、浜田省吾、中島みゆき、今井美樹
昨日の日曜日のこと。土曜の夜は少し呑みすぎたか。ソファで寝落ちしてしまい妻に声をかけられた。11時前にベッドで寝直したら、ふだんよりずっと遅く、8時まで寝ていた。
今週はMLBのワールドシリーズ。山本由伸の立ち上がりを見るのが怖くて、まずは図書館へ行って予約していた本を受け取った。帰宅すると上々の滑り出しだった。
途中はずっと観戦していたけれど、最終回、満塁のピンチにはまた怖くなって見ずにいた。スポーツ観戦が好きな人はこの緊張感を楽しむのだろう。私は、いわゆる「ヒリヒリする」場面を見るのが苦手。毎回、主人公がピンチになる連続ドラマも同じ理由であまり見ない。
試合がドジャース勝利で終わったことを見届けて、出かけた。まずは選挙。近所の小学校で投票した。投票先は、ここのところ変わらない。
それから、一駅分の散歩。昼を過ぎていたので目に入ったそば屋でおかめそばを食べた。
最後は床屋。昨夜呑み過ぎたせいか、新しい薬のせいなのか、切ってもらっているあいだ、ずっとウトウトしていた。いつもなら床屋では最新の吉祥寺情報を仕入れるのだけど、昨日は髪を切ってもらっただけで店をあとにした。
選挙に行ったあと外食する人が多いらしい。投票所の近くに美味しい店がなかったので、私は、コンビニで買ったスタードクリームパイとコーヒーでおやつにした。
ドジャースのロバーツ監督が年下と知って驚いている。
責任と実績が貫禄のある顔を作っているのだろう。
40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持たなければならない
そう言ったのはリンカーンだったか。
鏡に映る顔はヒゲも生えているし、前髪は薄い。
年齢だけはたくさん重ねてきた。でも、貫禄らしいものは何もない。
近ごろ、スポーツにしろビジネスにしろ、自分より年下の人が大きな成功を収めている。
40代の半ばから、人生が思いもよらない方向へ進んだ。何かの分野で一角の人物になるという願望は叶わなかった。
そういう野心そのものが、失敗と挫折の原因だった。成功者はいつも無心。理屈を並べる前に目標に向かって努力する。そういう努力をしてこなかった。
考えが甘かった。ほどほどの努力で、ほどほどの成功を得られると思っていた。
そうではない。精一杯の努力でようやくほどほどの成功が得られる。世界は甘くない。
それがわかったところで、今日からがむしゃらに努力するかと問われても、きっとしないだろう。
貫禄のある顔はいらないから、せめていま得られている幸せを維持したい。
秋のNew Arrival
毎年、秋冬用にラグビージャージを新調してきた。在宅勤務にラグビージャージはちょうどいい。でも、色違いの似たような服が増えてきた感じもするので、今年は違うスタイルの服を探してみた。
あちこちの服屋へ何度も足を運び、ネットでもずいぶんと調べた。そして選んだ服がジップアップのコットンセーター。メーカーは「フレンチリブプルオーバー」と呼んでいる。
店で見てみると、色展開が5色と豊富。悩んだ末にバーガンディ(紫色味の赤)を選んだ。青系はたくさん持っているので、これは新鮮。
ちょうどいつもの服屋でリサイクルキャンペーンをしていた。着古した服、1着につき、1,000円のクーポンをもらえる。襟の擦り切れたシャツと裏地がはみ出したパンツを返して2,000円の割引になった。
ウールではないので、裏地がチクチクしていない。だからTシャツの上に着ても心地よい。
防寒という目的ではウールに勝らないけど、室内ではこれで十分だろう。真冬になれば、フリースを重ね着すればいい。
少しずつ涼しくなってきた。手放せない季節が近づいている。
衣替えもはじめた。
これまでに二人の心理職にカウンセリングを受けた。一度目は失敗。二度目は成功した。
成否のカギを握るのは、カウンセリングを受ける前の心構えにある。
過労から発症したうつ病で退職し、1年間、完全休養した。2年目、就労移行支援事業所に通い、退職から1年半後に再就職活動を始めた。
就活はうまくいかなかった。いくつ応募しても、書類落ち。たまに面接まで進むと、前職の給与が高く、職歴も高度なので、障害者枠の業務に向かない、と言われた。
そんなとき、自治体が休職から再就職を目指す人へ無料カウンセリングを行なっていると聞いた。内容は、再就職の心構え、面接での気構えなどと案内されていた。無料だし就活中だし、という感じで気軽に受けてみることにした。
カウンセリングは、まず休職した経緯を話すことから始まった。ところが話は発病以前の生活史に移っていき、意図していなかった身の上話をすることになった。思いもがけず、姉の自死についても打ち明けることになった。
そのあいだ、カウンセラーは優しい口調で私から言葉を引き出していた。強引なところは何もない。まるで犯人がベテラン刑事に自白を促されるように、私は、自然と話すつもりもないことまで嗚咽しながら話していた。
涙でボロボロになりながらも、心の内では、「カウンセラーは、こんな風に心の奥底を引き出していくのか」と感心していた。
「聴き上手」は必ずしもほめ言葉ではない。聴かれたくないことまで聴きだす力だから。
あとでうつ病を診てもらっているS先生に話したら、「心が弱まっているから、まだカウンセリングは早かった」と諭された。
それ以降も医師からはカウンセリングは止められた。それでも、どうしてもグリーフケアのカウンセリングを受けたくなり、まずはネットで近所にあるカウンセラーを調べた。ホームページを見て、よさそうな、というか、怪しくなさそうなところへ、「グリーフケアのためのカウンセリング」は受けられるかメールで尋ねてみた。「専門ではないが、対応はできる」という返信が来た。
そこで、カウンセリングを受ける前に、これまでの経緯を長いメールに書いて送った。本当なら、長文のメールを読んでもらうだけでもお金を取られてもおかしくはないだろう。幸い、そこでは費用は発生しなかった。
その後、2回、カウンセリングを受けた。2回とも、成果のある、満足する結果だった。
満足を得られた大きな要因は、何のためにカウンセリングを受けるのか、よく考えて目的を事前に絞り、カウンセラーに伝えておいたことが大きい。
カウンセリング自体は、受け身の行為だけれど、カウンセリングを受けることは主体的な行為。ここでしっかりしていないと、初回の私のようにカウンセラーに振り回されてしまう。
だから、主体性を持って受けられないほど弱っているときには、カウンセリングは受けない方がいいだろう。
さくいん:うつ病、自死遺族、S先生