据え膳しか食えない男の恥。

僕は家事全般が苦手だが何よりも炊事が異常なほど嫌いだ。
台所に立っただけで憂鬱な気分になり、何も触りたくなくなる。
ちょっとおかしいかもしれない。

そんなわけで草木も眠る丑三つ時。嫁も当然寝ている。
ゴハンは出来ている。あとは僕が暖めるだけ…。

といった状況においてもどうしても台所に向かいたくはなく、
自室で空腹のまま寝てしまおうか、それとも覚悟を決めて
台所に立とうか、と煩悶していた。

…嫁を起こしたら怒るだろうか。当然怒るであろう。
飯を温めるぐらい自分でやれ。そんなことで私を起こすな。
そう言われるのが関の山である。

どっちにしろ、この時間はいつも熟睡している嫁。
声を掛けても絶対に起きないだろうと思い、ダメモトで

「嫁…嫁ぇぇぇ」

枕元に立つ先祖の亡霊のような、嫌な感じで呟いていたところ

「は?」

意外なほどにパッチリと目を覚ましてしまった。

「ママ…ゴハン食べたい」

「あっためればいいでしょ!」

「ママやってえ〜やってえ〜」

僕ちゃん君が作ってくれたご飯じゃないと嫌なの…と
返って嫁の逆鱗に触れそうな訴え方でアピールしたのだが

「しょうがないわねえ」

嫁はむっくりと起き上がり、台所でテキパキと僕の
食事を用意してくれ、

「はいよ」

ずい、と僕に差出した。なんて献身的な嫁であろうか。

「ありがとう…この恩は一生忘れないよ」

「何を言ってるの…」

拍子抜けしてしまうほど素直だった嫁はまたモソモソと
布団に入り、寝てしまった。こうしたわけで僕は深夜にも
かかわらず据え膳をおいしくいただくことが出来た。
持つべきものは嫁。ありがたや。

食べ終わった後に、嫁自身もレアでいただきたいと思ったが
さすがにそれは思い留まった。それこそ鬼畜というものであろう。

嫁を据え膳でいただく方が困難な今日この頃である。
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