6周年ありがとうございます企画部屋

榎木津が 美由紀に とまどう(京極堂)

名前を覚えるのが苦手なんですかと少女は問うた。


その言葉にぴしりと動きを止めたのは薔薇十字探偵社の従業員二人。何度言っても酷い呼び名でしか名を呼ばわれることのない二人はやっぱり気になるよな、そりゃ気になりますよと頷きあった。かの自称神、こと天才探偵は本当に人の名前を覚えない。腹が立つほど覚えない。わざとかと思うほど覚えない。秘書のような仕事をする片割れに関してはまだ名前の一部を短縮したに過ぎないが、地道な作業の下働きをする探偵見習いに関してはオロカだのなんだの中傷そのものをもって彼の名とするのである。
彼が名前をきちんと覚えているのは自らと家族と数名を除いて誰かいるのであろうかと下僕と称される者たちは言葉に出さずに疑問を抱いたが賢明なるかな口には出さなかった。
少女は再度探偵さんにも苦手なことがあるんですか?と問う。ああなんという怖いもの知らず。幼さゆえの無知というのは時として力を持つ。

周囲の思いに反し、探偵はそれに対し怒りも怒鳴りもせず「僕に苦手なことなどあるわけないだろう」と胸を張った。


「ただ呼ぶ価値に値しない輩は名前を呼ぶのももったいない。だから僕が新しい名に改名だ!」


うへえ、と某カストリ雑誌に関わる男のような顔を従業人たちは作った。相変わらず大将はお偉いこって。しかしその答えに少女は納得がいかなかったらしい。まあ職業とか名前で覚えるのはわかりますと手にしたコップの中の氷を揺らし、首をかしげた。


「じゃあ私が卒業したらなんて呼ぶんですか?」


女学生だったことには変わらないですし、別になんて呼ばれようと気にしないんですけどね。と言う少女に、この場にいる下僕その2は簡単にそんなこと言っちゃあいけないと首を振る。

「美由紀ちゃん、そんなこといってるとこの大先生は本当にとんでもない呼び方するよ」

「え、ええと外で呼ばれたときに恥ずかしくない程度ならいいんですけど」

「この人に恥ずかしいとか恥ずかしくないとかの一般常識を求めちゃあなるまいよ」



男が好き放題言っても、探偵が怒り出すことはなかった。
それどころか探偵はその言葉にすぐは返事を返さなかった。二人の従業員がいつも即決即答即行動のこの人が黙るだなんて珍しいなと恐る恐る顔色を伺えば、真剣な表情で腕を組んで動きを止めていた。まさか、この人が可愛らしい少女の思いつきの発言にその自称高貴なる頭脳を使用するなどとは!
真剣な表情でたっぷりと3分は悩んだ後、探偵はよし!とこぶしを打った。


「女学生君がそういうのなら仕方ない!これからは名前を呼ぶことにしよう!そのかわり」



そのかわり、と探偵は笑った。


「女学生君が探偵さんと呼ぶのもなしだ!」


ああなんて笑顔だいつもそれくらいごきげんでいらっしゃるとわれわれ下々のものも平和で大変よろしいんですけどね。下僕と称される者たちは再び言葉に出さずに疑問を抱いたが賢明なるかな口には出さない。神がご機嫌であらせられるときは、民草はおとなしくその恩恵に与るべきことをよくよく承知しているからである。少女は素直に頷き、分かりました、と答える。ああかの聖女は平和を与えたもう。
二人は与えられた平和な時間を幸せを持って噛み締めた。











「わかりました礼二郎さん」










その瞬間、驚きなのか嬉しさなのか全てを混入させた神の沈黙を見ることになったのだが。







榎さん美由紀ちゃんにふりまわされちゃえばいいんだよ!(笑顔で)
美由紀ちゃんは全く気にせず名前を呼びまくれば良いです(笑顔で)

丈田さんリクエストありがとうございました!

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Dramatic Irony