6周年ありがとうございます企画部屋

ADAが ディンゴを めざす(アヌビス)


ひとつ聞きたいことがあります、という電子音で男は瞑っていた目を開けた。
壊れかけて生かされている体は眠りさえ以前より必要とすることはなくなったようである。それもそれでつまらねえなあと一人ごちつつ、男は彼女へ返事を返した。



どうしたADA。供給回路止めるんだったらまた今度にしてくれよ。

停止を希望するのであれば今すぐでも可能ですが。

冗談だ冗談。で、なんだって?

あなたに聞きたいことがあります。

はぁあ?



なんでまた、お前が?俺に?と男は素っ頓狂な声をあげる。未だかつて自分を馬鹿にしはすれ、まじめな口調でからかいはすれ、彼女から教えを乞われたことは初めてではないだろうか。お前まで冗談言うなよなあと思わずコンソールを見つめても、なにか?とばかりに緑色に点滅するばかりであった。マジかよ。



よし、天才ランナーって呼ぶっつんだったら話聞いてやってもいいぜ。

天才ランナー。



天才ランナー。

…お前に言われると腹立つのってなんでだ?

それは私の感知するところではありません。あなたの意識の持ちようの問題です。希望通りの呼称で呼びかけましたので、私は質問してもいいですか?天才ランナー。

もういい俺が悪かったっつの。で?なんだ?

先日、レオ・ステンバックより入信がありました。

おーおーなんだって?

私がこれからより良いAIとなるためには、あなたから色々と学ぶ必要があるとのことです。

…はぁあ??



男は本日二回目の疑問の声を上げた。あの生真面目すぎるきらいのある彼女の最初の相棒は、たまに真っ直ぐ過ぎて男には理解できないことを言う。それも当然のように。
今回は何だって?俺から学ぶ?何を?俺が人様に教えられるのなんて冗談言うことくらいだろ。まんまとこの賢いAIはそれを習得し、言わなくていいタイミングでそれをぶちまけてくるようになってしまったのではあるが。ケンは変なこと教えないでよと怒ったが、本人は結構気に入っている様子で、ことあるごとに若きランナーたちをからかっている。全く、いたいけな少年少女をからかった遊ぶなんていったい誰に似たんだか。



私も概ね彼の意見に同意しています。どうすればあなたの思考に近づけますか。

…あ?なんだって?

私もあなたから学ぶところは多いと思います。あなたのような人物はそうそういないと思われますので。

それはなんだ、馬鹿にしてるのか?遠まわしに。

あなたを馬鹿にするのに私が遠まわしにする必要がありますか?

あーねぇな!めちゃくちゃ腹立つが確かにねえな!

馬鹿にはしていませんが、褒めてはいます。あなたの本気の情熱が向けられれば、出来ないことはないでしょう。

…なんだって?

ジェフティは動けといって動くものではありません。私はただ聞かれたからといって答えるわけではありません。つまり、そういうことです。

全っ然わからん。わかりやすく言ってくれ頼むから。

あなたは単純です。



褒め言葉に続くのかと思い彼が黙って次の言葉を待てども、彼女の言葉はそこで終わった。ただ何処かで静かにファンが回るような音のほかは静寂が訪れる。



…は?それで終わりか?

終わりです。

…あーのーなー!!!単純と呼ばれて誰が喜ぶって言うんだよつうか俺が単純ならお前は物事難しく考えすぎてるんだろ!どうせ世の中行くか止まるかしかねえんだ、難しく考えるなんて馬鹿馬鹿しいだろうが!



やめておけばいいのにと自ら思いつつ、思わずカチンときて噛み付けば、彼女は待っていましたとばかりに満足げにうなずいた(ように彼には感じた)。そして(おそらく)笑って声を発した。



あなたのようになりたいと少し思います。

おーおー憧れるんならタダだぜ。

少しだけです。

お前の電子回路の1.2本切ってやろうか。単純明快になっていいかもしれないぜ?

前言撤回します。…手を上げたらドメスティックバイオレンスで然るべき場所へ訴えます。

どこでそんなこと覚えて来るんだよお前は!っつうか何を持って"家庭内"暴力なんだ!?



あなたは今ジェフティの中で生活しているも同然です。ということはこの空間は一種の家とみなしていいでしょう。私が世帯主、あなたが扶養家族です。家庭という言葉以外で表現するなら私は大家で、あなたは店子です。と、きっぱりと答えられ彼は返す言葉もなく、その場で口をつぐみ、再び目を瞑った。

俺のようになりたいって腹の立つAIに嫁扱いだの店子扱いだのされたいってことかお前はという言葉をすべて綺麗に飲み込んで。


勝利の見えない戦いからは、さっさと戦線離脱することが生き残る最善の術だからである。









ADAにうまいこと遊ばれるディンゴさんファイト!(ニヤニヤしながら)
リクエストありがとうございました!


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Dramatic Irony