▼宝月茜が 牙琉響也を ける(逆転裁判)
レストランの個室で、男女が一組向かい合って座っていた。
男は笑顔、女は怒りを噛み締めて。
しばしの間その二つの感情の視線がぶつかり合ったまま沈黙が続いていたものの、ついに男が我慢できずにねえねえ刑事くん、と声を発した。それは世の多くの女性にとっては心ときめかすかすれ声だったわけであるが、残念ながら目の前の女性にとっては怒りの神経中枢を刺激するもの以外の何者でもない。
しかしここで引き下がったら負けであると男は考え、話を続けることにした。何の負けだかはよく分からなかったが。
「ねえ刑事くん、僕の話を聞いて欲しいな。話し合えばわかる、人間ってそういうものだと僕は信じたいよ?」
「あら検事からそんな台詞が出るなんて。じゃあどうして非番の日に早急な用事だとか嘯いて呼び出して結果あなたのどうでもいい話につき合わされているんですか?」
「早急な用事だとは言ったけど、仕事だとは言ってないよ僕はうわごめんなさい嘘ですわざと仕事の話だってことをぼかしました」
「分かってるんですね?そこまでは理解できてるんですね?私の!貴重な!オフをつぶしたってことは!理解してるんです!ねっ!?」
がつんがつんと勢いよく机を叩きつつ当然の主張をする女に、男は理解しているよ、とまたも懲りずに笑顔を見せかけて慌ててやめた。彼女の拳が机から自分の脳天に向けられたことを知ったからである。彼にしては懸命な判断であった。
「ええと、とにかくこの間からいろいろ愚痴を聞いてもらったり相談に乗ってもらったりしたし、最近は君の捜査が事件の解決にとても役に立っているからお礼も込めて食事をと思ったんだけど、君はなんとなく断りそうだったからとりあえず呼び出してみたんだけど…迷惑だったかな」
「迷惑じゃないとでも」
「その顔を見たら理解したよ」
「帰っていいですか」
「食事が済んでからじゃ遅いかい?」
「遅いです」
「どうしてそんなに嫌なんだい」
男が少し悲しそうに問いかければ、もともと人のいい彼女は少し言葉につまり、しかし怒りが勝ったのかじゃあ説明しますけどとぶっきらぼうに答えた。
「検事は自分が誘えばどんな女の子でも喜んで付き合うとでも思ってるみたいですけどどれだけ傲慢だって話なんですよこっちだって別段用事はなくったって昼寝したり部屋掃除したりテレビ見たりネットしたり買い物行ったりしたいんです大体なんでよりによってあたし誘うんですかあなたは!腐るほどモテるのならそっち方面で対応してくださいよほんとなに考えてるんですか口を開けば愚痴ばっかりでマイナス思考のあなたがなんでそんなモテるんですか頭にくる!あたしなんかこんなに前向きでひたむきにやってるのにちっともモテやしませんよ!ええどうせ暇ですよ!暇なの分かって誘ってるなら確信犯です。個人的に逮捕しますよちょっと!?」
説明しているうちに怒りがだんだんと呼び起こされたらしく、思わず立ち上がった彼女の手を、彼は思わず両手で掴んだ。その何の脈絡もない行動に彼女が言葉をなくす。彼は口を開いた。
「君の言い分は理解したよ刑事くん」
「は…はぁ?それならいいんですけど。なんですかこの手」
「僕がモテるのはしょうがないんだよ、僕はそういうことの努力を怠らないからね」
「すみませんそれフォローになってない上にすさまじくムカつくんですけど」
「でもね、刑事くん君は大丈夫だよ!」
「なにがですか!」
「君は少なくとも僕にはモテてるから大丈夫!」
男がその言葉を発した瞬間、タイミング悪く控えめなノックとともに中年のウェイターが入ってきた上、その二人の様子におや仲がよろしくて結構ですね、というような笑顔をよこした。とっさに彼女がその手を振り切ろうとしたものの、その手は恐ろしいまでにがっちりと掴まれていた。大体今さっきどさくさにまぎれて何を言ったこの男!
とりあえずビール!と投げやりな注文を投げつけ、
彼女は最後の抵抗とばかりに机の下の男の足を容赦なく蹴り上げた。ウェイターからは長いテーブルクロスが邪魔して見えないことであろう。
こうなればとことんただ飯を食らってやる、と決断しつつ、彼女はいまだ腑抜けた顔で笑う男の足を蹴るべく、己の足をあげた。
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フォローにならないフォローをする検事と、
それが火に油を注ぐ結果の刑事くん。
個人的にはこの二人はくっついたら最後すさまじいラブっぷりだと信じております(笑)
リクエストありがとうございました!
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