▼リリーが ヴェルナーを てつだう(アトリエ)
朝起きたらパンが焼けるにおいがした。
寝室を出ると見知った背中が、普段なら脱力しか感じさせない背中があった。
自分の気配に気がついたのかくるりと振り返ると同時に風をはらむエプロン。
おはようと眩しい笑顔を向ける彼女に男は
「不法侵入で訴える権利は俺にあるな?」
とりあえず冷静に返した。
びっくりした?一度やってみたかったのよ朝エプロン笑顔。ほら私もいつかはお嫁さんという人種になるかもしれないしちょっと練習がてらびっくりさせてやろうと思って。
なぜか自分を驚かすことに命を懸けている彼女の説明に、彼はああそうかいと適当な返事を返し目の前のパンにかぶりついた。パンには罪はない。
「で、どうやって入ったお前」
「私の錬金術にかかればあなたの家の鍵くらい簡単よ?」
「危険人物がいるって騎士団に訴えるぞお前」
「だいじょうぶよあなたの家しかやるつもりないから」
「俺が大丈夫じゃないだろうがそれは」
「パン焼いて玉子ゆでてコーヒーいれただけだから無罪でしょう。それ本人が食べてるし」
お前も食べてるからやっぱり窃盗じゃないかと吐き出しつつ、男はじっと彼女を見た。何をたくらんでるんだこいつは。いつも突拍子もないことに命を懸けているがなにかしらの理由はあるはずだ。毎度毎度自分を驚かすそれだけのために情熱を燃やしているわけではないだろう。…少なくともここ数年で錬金術の腕は確実に上がっている。そちら方面の努力は忘れていないようだから、なにか理由がある。あるだろう。頼むからあってくれ。
怪訝な表情から懇願の目線を彼女に向ければ、彼女はゆでたまごの殻をむく手をいったん止めて再度笑った。不信感たっぷりの視線を送らないでよ。これはあれ、ヴェルナーの生活の手伝いだと思って。100%善意。
なんだそれ、と返せばほらいつも私お世話になってるじゃない。との返答。自覚はあったのか。
で、たまには恩返ししようとおもって考えてたんだけど、そしたらあなたのとこで働いてるメイドさんが朝ごはんでも作ってあげたらっていうのよね。あなたがいつもだるそうなのは朝ごはん食べてないからじゃないかって。だからほら、善は急げで行動したのよ。
あああいつ余計なことを!朝飯は食ったり食わなかったりだが別に仕事のやる気とは直結はしていない!大体その話いつ聞いたんだと問えば当然のように「昨日」との返答。
なんという無駄な行動力かと彼女と出会ってから何万回思ったかわからない思いを心に抱き、しかし言ってもしょうがないことも十分すぎるほど理解している男は目の前の"彼女の手伝い"を腹の中に収めてしまうことにした。
ああ、よく考えれば、よくよく考えれば彼女が朝食を作った、それだけではないか。たとえ不法侵入だとしても。たいしたことじゃない。エプロンだって似合わないわけではない。うん、よし、よかったということにしよう。
最近自分が前向きな考え方になったことをつくづく感じつつ彼は最後のかけらを口に放り込んだ。
「しかし、自分でやっといてなんだけどものすっごく新婚くさいわよね!」
「新婚家庭じゃ嫁さんが不法侵入してパン焼くのかよ」
「もうバラしちゃったんだから明日からは不法侵入じゃないわよね」
「明日も来る気か!しかも毎日来る気か!?」
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ラブ!満載!の予定!だったのですがなぜこの二人は普通のことが嫌がらせのようになるのでしょうか(笑)
たくみさんリクエストありがとうございました!
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