のろいの木馬

嫁と娘・R(もうすぐ2才)が嫁実家に泊まり、僕だけ
ひとりで過ごした日曜の夜。そして明けて月曜の朝。

今日の夜には帰って来るさと仕事をし、夜家に着いた。
もう深夜であるので部屋の中は暗く、嫁とRは布団で寝て
いたが、突然Rが顔をむっくりと上げ

「えへへ」

とこちらを見てにやにや笑うではないか。

「ちっとも寝ないのよ。お父さんの帰りを待ってたんだわ」

「おお!そうか!R!久しぶり!元気だったか?」

たった1日会わなかっただけであるが、感動の再会。それからの
Rは寝るどころか部屋の中を駆け回って

「いえーい!いえーい!」

歌いまくって踊りまくって、ちっとも寝ようとしない。

「可愛い私を見て!ってあなたに言っているのよ」

と言う嫁。おお、そうかそうか。なんて愛い娘であることよ。
しばらくRのオンステージを眺めていたのだが、いよいよ夜は
更け、良い子は寝る時間はとうに過ぎ悪い大人がシャバダバドゥー
する時間だというのにRの踊りはますますヒートアップ。

まるで呪いの赤い靴を履き、踊りまくる女の子のよう。あの物語
の最後は確か、女の子は死んでしまう…ってだめじゃん。

「R、いつまで踊り続けるんだい」

そうなだめてもRは呪われた情熱ダンサー。時々布団に突っ伏して

「ひーん」

と泣いたかと思えば再び起き上がり踊り続ける。

「きっと眠くて泣いてるんだろうけど、それ以上に踊りたいのね」

Rよ、そこまでこの父にアッピールしたいのか。しかしRがこのまま
踊り続けていればあの童話のように悲しい結末が…一体どうしたら…。

「あなたがいなくなればいいのよ」

と嫁が冷たく言い放つ。ああそうだね。名残惜しゅうございますが

「じゃあR、おやすみ」

僕は隣の部屋に移ってフスマを閉めたのであった。

5分後。

Rはもう眠りに落ちていた。嫁の読みは当たっていた。
翌朝、当然のごとくRはいつも起きる時間を過ぎてもちっとも起きなかった。
これも呪いの踊りの災いであろう。

起きるのが、のろい…。
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僕は泣いちっち。横向いて泣いちっち。

嫁の実家で過ごした週末。案の定嫁は里心がついて長っ尻
になり、月曜まで泊まると言い出したので、仕事がある僕
だけ家に帰ることになった日曜の夕方。

義母が車で駅まで送ってくれた。嫁と娘・R(もうすぐ2才)も
見送りに同乗。暮れなずむ駅前の風景はとても鄙びており、
これからひとりになる僕の寂しさと共鳴して星がホロホロと
瞬いた。

「じゃあね。ばいばい」

車から降りてドアのガラス越しにRに手を振った途端、見よ、
Rが両手をこちらに広げてぎゃんぎゃん泣くではないか。

「うわあああん!うわあああん!」

「R!ごめんよ!寂しいんだね!でもまた明日会え…」

ぶおおおおおおおおおおおお!

義母がものすごいアクセルを噴かし、車はあっという間に
消えていった。とっととRに別れを忘れさせるための義母の
機転であろうか。だが僕はもう少し別れの時間が欲しかった。
義母はドライである。未だに掴めないところが多い。

それでも今しがたのRの姿が脳裏に強く焼き付いた。手を
こちらに差し伸べていたR。きっと僕と別れたくなかったに
違いない。だっこして欲しかったに違いない。

涙がぼろぼろと出てしまった。義母に劣らぬ程ドライな
この僕が涙を流すとは。タイタニックでディカプリオが
死ぬるシーンでも

「そういやパイパニックって風俗店があったよなあ」

と鼻糞ほじっていたクールビューティーの僕が、涙。

すれ違うおばさん3人組が僕の顔を覗いて行く。失礼な。
三十路男の涙の重さをなめんじゃねえ。よるなさわるな
はじけてとぶさ。

人の親になるとこうも涙脆くなるのだろうか。僕は18で
ひとり暮らしを始めた。その初日、親と別れの挨拶をした
時に、母は泣いた。その時僕は苦笑いしたが、あの母の姿が
今の僕だ。

そして見ることもなく別れた子がもうひとり。3年前のこの日、
嫁のお腹にいた命がなくなったことを思い出した。今お腹に
いるトロ(胎児名)に響く気がするので口に出さなかったが、
嫁も今頃泣いているのではないだろうか。

東京の 西と東に 泣き別れ、か。

明日になればまた家族一緒さ。

しかし家に帰ってからは孤独に耐え切れず、Rが歌って踊っている
ビデオを10回ぐらいリピートして寝た。

とんとんとんとん、あんぱんまーん…。日記才人投票ボタン。投票のお礼に一言飛び出ます。初回だけ登録が必要です。↑


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あなたがわたしにくれたもの。

嫁の実家で迎えた日曜の朝。

嫁は実家改築後の未整理の荷物を部屋に篭もって
整理していた。娘・R(もうすぐ2才)も物珍しそうに
その荷物たちを覗いていた。

僕は二日酔いに苦しみ、土佐衛門の如く座敷に
ぐったりと横たわっていたが、Rがちょこちょこと
中華帽を被って歩いて来た。

「ははは、ママの部屋から持ってきたのかな?」

いや待て。この帽子には見覚えがある。いつ、どこで
見たのだったか。

「それはあなたが私に初めてくれたプレゼントなのよ」

後からやって来た嫁が答えを言った。はてそうだったか。
言われてみれば昔、中華街で買った記憶があるような
ないような。

しかしまだ付き合って日が浅かったであろう嫁に、何故
こんなキョンシーかゼンジー北京ぐらいしか似合いそうも
ない帽子を初めての贈り物として選んだのだろう。過去
の自分の愚かさが憎い!

かつての贈り物たちは、帽子以外にもゾロゾロと出て来た。
殆どがキャラクター物ばかり。おじゃる丸、トロ、ピカチュウ、
ウゴウゴルーガ…オタクな物ばかりである。

電車男だってもっとマシなもん贈ってるぞ!こんな物ばかり
贈られ続けたにも拘らず、僕とツガイになった嫁も思えば
不思議な奴だ。練馬七不思議のひとつぐらいにはなれる
かもしれない。

かつて女性に贈った物と、時を越えて再会。これだけ
まとまった形の体験は初めてであったが、決して

「うふふ、懐かしいねえ」

などと呑気にノスタルジーに浸れるものではなかった。
かつての自分の愚かさや若さが滲み出ているのだ。
過去に書いた恋文を目の前で朗読されるような恥辱
プレイである。

勿論こんなイロモノの贈り物だけではない。結婚直前に
嫁が心からねだってきた物があった。

それは「愛してる」という言葉で、僕はそのような甘ったる
くも白々しい言葉は死ぬほど嫌っていたのだが、脂汗を
流して言った。必死で贈ったあの言葉も、まだ何処かに
しまわれているのだろうか。

「私、Rと月曜まで実家に泊まるから、あなたはひとり
 で帰ってね」

「ひどい!」

やはりとっくの昔に捨てられているのかもしれない。
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踊るアホウに酔うアホウ。潰れて記憶が飛ぶアホウ。

高尾の嫁実家にいた土日。隣駅の西八王子というところで
阿波踊り大会が開催されたので行ってきた。

阿波踊りは有名な高円寺のそれと比べてとても小さいが、
しかし去年と同じく嫁の叔父の家に集まって、駅前まで
歩いて見に行った。

阿波踊りダンサーズが街中を踊りながら練り歩くと、娘・R
(もうすぐ2才)も真似して手をヒラヒラとさせて踊っていた。

「Rが踊った!見て!」

まるでクララが立った時のハイジのような驚きをする嫁に
苦笑いしながらも、去年来た時はまだRは歩けなかったん
だよなあ…としみじみ感動する僕であった。

去年と変わらぬイベント。しかし見る側は少しずつ変わる。
Rはひとりで踊ってるし嫁のお腹には新たな命が宿っている。
また来年見る時はRも嫁も、そして新たな子も変わっている
だろう。おそらく僕も…。

そんな感慨に耽りながら再び嫁叔父の家に戻って宴。しかし
嫁叔父だけは変わっていなかった。このお人は僕にとにかく
酒を飲ませるのである。

ジョッキを持たされたら最後、わんこそば食ってるんじゃないん
だからと言いたくなる程ビールを注ぎまくるのである。最初の
数杯はスイスイと飲めるからまだよいが、ビールの空き缶が
ゴロゴロと床に転がってる頃になっても注ぐペースを落とさない。

「かじりん君、ほれ」

「いえ、まだジョッキにほとんど残ってますので…」

「空・け・て」

「ヒイイイ!」

「かじりん君、コレ冷えてるから」

「いえ、でもついさっき…」

「飲・ん・で」

「ヒイイイ!」

いつもニッコリ笑って注いで来るが、有無を言わさぬ威厳がある。
このお人はきっとニコニコ殺人団に違いない。このようなやりとりが
何回続いただろうか。僕の記憶は飛んだ。気付いたら嫁実家の布団で
寝ていた。目覚めると既に空が薄明るかった。

頭の中にうんこが詰まったかのような鈍痛と嘔吐感。そして自分
でも分かる自分の酒臭さ。横でRが僕にしがみ付くように寝ていた。
いつもは嫁にべったりなのに。酔っ払いにまとわり付くとは蚊の
ような娘である。

Rをそっと引き離して思い出そうとしたが、どうやって嫁叔父の家
から帰り、どうやって寝たかまるで思い出せない。

ふとデジカメを見ると、嫁の祖母の寝顔写真とかありえないもの
撮ってるし。何をやっていたというのだ僕は!酔っ払って何かやら
かしちゃったのではないか、とゲロと共に不安が湧き上がって来て
トイレに駆け込んだ。しかしみんな嫁叔父のせいである。

だーれのせいでもありゃしない。みんなオヤジが悪いのさ。

阿波踊りの後は、ビールの泡溺れが待っていた夜であった。
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はなぞの公園は、なぞの公園/お腹の子の性別を聞いてやろうと決意する。

■はなぞの公園は、なぞの公園。

土日を嫁の実家で過ごしている。

嫁の実家は高尾。東京都の西のドン詰まりで霊山・高尾山を
配し、周囲は霊園がわんさか点在しており休日や彼岸になると
墓参り渋滞が発生する、あの世とこの世を結ぶ街である。

改築した嫁の実家では未整理のモノで溢れ返っており、嫁は
それを片付けるために部屋に籠っていた。その間僕は娘・R
(もうすぐ2才)を連れて公園に遊びに出かけた。

嫁実家から最寄の公園までは距離があり、昼なお暗い鬱蒼とした
森やゴレンジャーが敵と戦ってそうな採掘現場の横を通らなければ
ならない。なんとなくおどろおどろしい道である。いつもなら張り
切って歩くRも、この道に限っては

「だっこ…」

と両手を広げて歩くのを拒否したので、ヒイヒイRを抱いて公園に
辿り着いた。

「はなぞの公園」

入り口にはそう書いてあったが、季節が悪かったのかネコジャラシと
雑草しかない公園であった。

「ほら、ネコジャラシだよーん」

Rにネコジャラシを1本与えると、Rはそれで僕の顔をぺしぺしと叩く。
ああ、こそばゆい!ネコジャラシのジャラシプレイ!齢1才にして
こんな妙技を体得しているとは。R…おそろしい子!

嫁には内緒の、父娘の秘めやかなプレイで盛り上がっていたら

「如是我聞一時佛在舍衞國祇樹給孤獨園與大比丘衆…」

どこからかお経が聞こえてきて鳥肌が立った。さすがあの世とこの世を
結ぶ街。どこで誰が唱えているのだろうか。Rはいつの間にか木製の椅子に
積み上げられた小石で遊んでいるし、まるで賽の河原に来たような雰囲気。

「はい!」

Rは小石のひとつを僕に差し出した。ひとつ積んでは父の為…か。

「なんか怖いからそろそろ帰ろう」

お経が続く中でどんどんダークな気持ちになり、退散することにした。
Rは帰り道でも歩くのを拒否。Rなりにおどろおどろしさを感じているの
だろうか。再びRを抱いて森の中を歩く。ここで稲川順二や織田無道や
細木数子などが森の中から飛び出してきたら僕も本気で泣く。それだけ
心細かった。

家に帰って義母に聞いたところ

「ああ、近くに葬儀場があるのよ」

とのことで…幽霊の正体見たり枯れ尾花。しかしそのような施設が
すぐ近くにあるあたり、さすが高尾である。

あの世とこの世を結ぶ街。

僕と嫁にとっては独身時代に

あんな夜やこんな夜に結ばれた街でもある。
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■お腹の子の性別を聞いてやろうと決意する。

1ヵ月ぶりの産婦人科の定期健診を前に、嫁と話していた。

「トロ(お腹の子の仮名)の性別、分からないかなあ」

「産婦人科の先生、無口なんだよね。健康、順調、ぐらいしか
 言わないしさ」

「あなた、聞いてみてよ」

「うーん」

という訳で今回は絶対性別を聞き出してやる、という並々ならぬ
決意を秘め産婦人科に向かった。その足で嫁の実家に向かうので
ちょっとした長旅でもある。

1時間待たされて診察室に入ると、産婦人科医はTシャツ姿で、看護婦の
おばさんもアロハみたいな派手なシャツを着ており、一瞬ポリネシア
辺りのウィッチドクターの家に迷い込んだかと思った。なんかゆるゆる
な雰囲気。

「はい…」

相変わらず無口な先生が嫁に診察台に寝るよう促し、僕は娘・R(もうすぐ
2才)と後ろから見守る。しかし映し出されたお腹の子のエコー画面より
先生のTシャツのプリントが気になってしょうがなかった。

photo

「日本ルイ・アームストロング協会」って…面白過ぎる。
ぷぷぷ…笑いをこらえるのに必死でいると、嫁が

「あのー。性別って分かるんですか」

と聞いたので我に返った。しまった。聞くの忘れてた。しかし先生は

「…分かる時もあれば分からない事もある」

そういうことを聞いてんじゃねえ!お前は即答をはぐらかす政治家か!
しかしその一言で僕らは腰砕けになってしまった。

結局診断はものの5分で終わり、無口な先生はどこまでも無口で、嫁への
回答と「うー」とか「ふーむ」とかの唸り声も含め、5語ぐらいしか
発してなかったと思う。

産婦人科医との問答勝負に敗れた僕らは、トボトボと病院を出た。

「何も言われなかったけど、異常なしってことでいいんだよね?」

「じゃないの?でも今度の診察は来月だし、もう出産直前まで性別
 分からないよ…」

そうこぼし合って今度は嫁の実家に向かう。

「手ぶらで行くのもなんだから、スイカでも買っていこう」

スーパーに入ってスイカを一個所望。

「うををを!重い!重過ぎる!スイカってこんなに重かったっけ?」

リュックに入れてから思いっきり後悔した。スイカの重さが腰に響き、
またしても腰砕けに。

スイカのせいで腰をやられる。

これをスイカん板ヘルニアといいます。

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